not affection but love
フェリドはカイルのことが気に入っていた。
女王騎士に推薦するくらいだから、剣の腕前もかなりのものだ。その強さだけでなく、舞うように刀を振る姿も、好きだった。
いつも表面ではへらっと笑い、人当たりがよさそうに見えて、しかし実のところは人を自らに立ち入らせることを拒絶している。カイルは自らの心許した人とそうでない人を、明確に区別していた。
そしてカイルが誰よりも心を開いている人、それがフェリドだ。カイルに全幅の信頼で以って見つめられることが、フェリドは誇らしいまでに嬉しかった。
また、カイルはその外見だけでもフェリドを楽しませる。
伸ばし始めた金の髪は、その光沢で目を惹き付け、触れればやわらかく手に馴染んだ。青い瞳は、フェリドの生まれた群島諸国の海のようにどこまでも深い。すっと通った鼻梁、大きめの愛嬌のある口と合わせて、柔和さと精悍さを併せ持つ顔立ちを形成していた。妻とは違った美しさを、フェリドはそこに見い出している。
さらに、未だ発展途上な体は、しなやかに成長するだろうと思わせて、フェリドの想像力を掻き立てた。
フェリドはこの少年を、妻や子供たちとは異なる意味で、愛していた。
「・・・フェリド様ー」
「・・・ん?」
そんな少年を目の前にして、思わず自らの思いに耽っていたフェリドは、掛けられた声に現実に戻る。
「こんな強そうなお酒、飲んだことないんですけどー・・・」
少し困ったように見上げてくるカイルを見て、フェリドはそういえばと思う。
その独特の話し口調も、好きなところだった。だから、貴族たちがどれだけ眉をひそめようと、言葉遣いを正せなどとはフェリドは言わない。
それから何より、その声。いつも弾むようなその声は、フェリドに対するとき、ほんの僅かに甘えを含む。おそらく無意識なのだろうが、だからこそフェリドはその声色が好きだった。
「フェリド様、聞いてますかー?」
「ん、ああ、聞いてるさ」
正確には、声を聞いてはいたが、内容までは聞いていなかった。それを気取ったのだろう、カイルは不満げに少し口を突き出す。そんな仕草も、フェリドには可愛く思え、つい笑みがこぼれた。
「もー、何笑ってるんですかー? ホントに聞いてます? フェリド様、もう酔っちゃったんじゃないでしょーね?」
「これくらいでは酔わんさ。お前とは違ってな」
「オ、オレだってー」
カイルは目の前の、見るからにアルコール度数の高そうなが入った瓶をチラッと見る。
「酔わない・・・かもしれないじゃないですかー」
「ほう、それは楽しみだな」
フェリドはその酒瓶を手に取り、カイルのほうに掲げた。カイルは気が進まなさそうに、それでもグラスを差し出す。
カイルは、酒をまだあまり知らなかった。味が苦手だそうで、これまで弱い酒を少量しか飲んだことがないそうだ。
だからフェリドは、カイルに酒の味を覚えさせようと、今晩誘った。これから酒を飲む機会は増えるだろう。酒との付き合い方を知らぬままでは心配だった。
そして、もう一つの理由。フェリドは、カイルの酔った姿を見てみたかったのだ。普段は快活なカイルの、その頬が赤く染まり瞳を潤ませた姿は、さぞ趣深いだろうと。
「うーん、やっぱり変な味です」
「ははは、そのうちそれが病み付きになるんだ」
「ホントですかー?」
カイルは眉をしかめながらも、フェリドがグラスに注ぎ足すままに、酒を飲み干していく。自分のペース、など知らないのだろう。
その様子は、酒の飲み方を知らないといっているも同然で、フェリドはこういう場を設けてよかったと思った。こんな危なっかしい飲み方を人前でしようものなら、誰にどう付け入られるかわかったのもではない。
そしてフェリドは、しかしそんなカイルに訂正などいれず、ただ見守った。その辺のことは追々教えていけばいい。今晩は、このままカイルをどこまでも酔わせてみたかったのだ。
「ほら、酔ってきたんじゃないか?」
「んー、そうですかー?」
カイルはフェリドが促すまま、酒を飲んでいく。
次第に頬が色付いていく様は、やはり最高の見ものだった。惜しむらくは、カイルは長袖の服を着込んでいて、だからその変化が顔でしか見られない。
ならばせめてより間近で眺めたい、フェリドはそう思いソファーを立った。そしてカイルの隣へ腰を下ろせば、これ幸いとばかりにカイルが凭れかかるように体を寄せてくる。
甘えるようなその仕草に、フェリドの手は自然とカイルの肩を抱いた。
「フェリド様ー、なんかふわふわするんですけどー」
「それが酔うってことだ。気分いいだろう?」
「んー、そうですね・・・」
何気なく聞いたフェリドを、カイルは見上げて、ゆるく笑う。
「気持ちいーです」
「・・・・・・」
フェリドは、ゾクリとしたものを感じた。
酔っているせいで熱っぽいカイルの眼差し。その口調は、いつもよりもさらに甘ったるく聞こえた。
その蕩けきったような笑みは、フェリドがもたらした感覚ではないとわかっていて、それでもまるで己が快感を与えたような気にさせる。
フェリドは今まで、カイルをそういう対象として見たことなど一度もなかった。フェリドのカイルの愛で方は、息子たちに対するそれと限りなく近かったのだ。愛を与え慈しむ、そんな愛し方だと。
だが、どうだろう。今フェリドがカイルに向けているのは、ただ可愛がり庇護すべき存在に対する視線だろうか。
その火照った肌に指を這わせたい、酒で湿った唇を味わいたい。片腕で抱き寄せるカイルに対して、ふつふつと欲が湧き上がってくる。
フェリドは繕いもごまかしもせず認めた。自分が今、カイルへ劣情を抱いていると。
そもそも、酔った姿を見たいと思った時点で、父性愛から外れているではないか。おそらくは、自覚がなかっただけで、初めからフェリドにとってカイルはそういう存在だったのだろう。
自らの欲に適うカイルを見下ろして、しかしフェリドは自らを抑えた。
カイルは、フェリドにとって欲を誘う存在であると同時に、欲に任せて蹂躙していい存在では全くなかったのだ。
カイルの信頼を裏切る、そんな選択肢などフェリドには存在しない。酔って思考力が低下したカイルを自らのいいほうへ誘導する、簡単なことだろうが、それもまたフェリドの望むところではなかった。
こんなことになるなんてと、酔った姿を見たいと軽い気持ちでカイルを招いたことに多大なる後悔の念を抱きながら、フェリドは酒瓶をテーブルに戻す。
「少し、飲み過ぎたな。立てるか?」
さっさとカイルを部屋に返してしまおう、身内に燻る熱をどうするかはそのあと考えればいい、フェリドはそう思った。
だがカイルは怠いのか思うようにならないのか、体を動かす気配はない。フェリドもそれが本意ではない為、そして運んでやるにもそのままちゃんと寝台ではなく扉へと向かえるか自信がなく、次の行動に踏み出せなかった。
そんなフェリドの思いなど知るよしもないカイルは、フェリドに身を預けたままゆったりと手を動かす。
「なんだか・・・熱いです」
言葉どおり熱っぽい口調で呟きながら、カイルは自らの服の留め金を上から一つ、もう一つ外した。
眼下に僅かに面積を広げ晒されたカイルの色付いた肌に、フェリドは覚えず息を飲む。
「・・・そんなに、無防備にするものではない」
「・・・?」
カイルが首を傾げフェリドを見上げる。
その焦点がぼけたような目を直視することは出来ず、フェリドは可能な限りの軽い口調で、冗談めかして言った。
「食われても、文句は言えんぞ?」
「・・・・・・・・・」
カイルはぼんやりとした瞳のまま、しばらくフェリドを見つめる。
なんのことかわからずさらに首を傾げるか、それとも揶揄うなと口を突き出すか。カイルは、しかしゆるく微笑んでみせた。
「いいですよー、オレ、フェリド様にだったら」
「・・・・・・・・・っ」
思わずカイルと視線を合わせたフェリドを、今度こそ抑えきれない衝動が襲う。
カイルが何もわからず、ただフェリドに言われるまま身を委ねようというのなら、フェリドには自分を抑える自信があった。
だが、そうではないようなのだ。
笑うカイルの瞳は、熱を持ち潤み、しかし真っ直ぐフェリドに向けられている。カイルの瞳が朦朧としている、そう見えたのは、直視出来なかったフェリドのせいだったのだろう。
そしてフェリドに向けられる迷いのない視線は、全てわかっている、そう言っていた。
カイルはフェリドに許そうとしているわけではない。望んで、いるのだ。
いつもフェリドの愛情を、表にこそ出さないが求めていた少年は、しかしフェリドの親としてのそれが欲しかったわけではなかったのだろう。もしかしたらカイルも、今このときに初めて気付いたのかもしれないが。
フェリドがゆっくりと頬をなぞれば、カイルは気持ちよさそうに自らもすり寄せてくる。
ならばもうフェリドに躊躇いなどない。カイルの欲するまま、そして己の望むまま、この体を愛せばよいのだ。
手始めにフェリドは、薄く開いた唇を楽しみたいと思い、まずは親指の腹でその柔らかさ弾力を確かめる。するとカイルは、まるで先を促すように、目を閉じた。
従順ともいえるその仕草が、どうしようもなく愛しくて思え、そして同時に悪戯心が湧き上がり、フェリドは目を細める。ゆっくりと唇を合わせ、しかし軽く触れるだけであっさり離してしまえば、カイルは目を開いて少し眉を寄せた。
「・・・フェリド様ー」
物足りなさを隠さず、カイルはねだるような声色で名を呼びながら、フェリドに腕を伸ばす。相変わらずフェリドだけを映すその瞳は、欲に濡れていた。
その様は、壮絶に美しく、そしていやらしい。
カイルを見い出した自分の目は全く正しかったのだ。そのことに堪らない喜びを感じ、フェリドは思わず口の端を上げた。
END
----------------------------------------------------------------------------
はーい、またエロの前でぶったぎりですよー(…)
「不倫」なことが前提となるフェリカイ。
もちろんこのフェリドも、嫁のことは愛してます。そして同時にカイルのことも、同じだけ愛してる。
そんなフェリド様が どうにも ステキ過ぎる !!!
と萌えた末にできあがった話でした…。(なんか、いろいろとダメな話だな…)
|