*ゲーム展開に沿ったガレカイ。どっちかいうとカイル寄り。
*ちゃんとした小説の形式は取っていません。箇条書きな部分や適当にはしょっている部分が多々あります。あとから手直しや加筆をどんどんしていきます。視点がコロコロ変わったり、読みづらいことも多いと思います。抜けてるシーンや矛盾点がたくさん出てくると思います。その辺もおいおいに。
*完成したらさらにその前後も付け足し、一大ガレカイ大河ストーリーになるのではないかと思いますが、完成はしない気がしま す



■クーデター前夜■

「明日・・・ですね」
 明日、リムスレーアの婚姻の儀が執り行われる。この女王宮に、ギゼル・ゴドウィンが乗り込んでくる。
 何かが起こる気がする・・・ではなく、確実に何かが起こるのだ。
「・・・・・・」
 ポツリとカイルがもらした言葉を契機に、ガレオンがゆっくり席を立つ。それは、決まりきった合図だった。立ち上がったガレオンは、これからカイルを抱くか、それともカイルを部屋に帰らせるか。明日を控えて、今夜は間違いなく後者だろう。
 だがカイルは、ガレオンの意を汲み取って扉に向かおうとは、しかししなかった。
「・・・ねぇ、ガレオン殿」
 ゆっくりガレオンに歩み寄り、甘えるような仕草で腕を伸ばす。
「今夜、泊まってってもいいですか?」
「しかし・・・」
 カイルがそっと抱き付いてガレオンの頬に軽くキスをしたが、どんな反応も返ってこなかった。
 そんなガレオンの躊躇いの理由が、カイルにはわかる。こんなときだから、明日に備えてしっかりと体を休めておいたほうがいい、そう思っているのだろう。
 だがカイルは、再度ガレオンの頬に口を寄せた。
「いいじゃないですか、そう気負うこともないですよー。いつもみたいに、イチャイチャしましょう?」
 軽い口調で言って、カイルはガレオンの首筋に顔をすり寄せる。ガレオンの体に回した腕には、しかし不自然な力が篭っていた。
 言い知れぬ不安が、カイルの胸を騒がせる。本当に明日、全てが上手くいくのだろうか。何か・・・嫌な予感がする。明日を境に、何かが変わってしまいそうな気がする。
 しかしそれでもカイルは、気付きたくなかった。なんの不安もないのだと思っていたかった。
「・・・・・・」
 カイルの思いは、抱きしめる腕を通じてガレオンに伝わる。ガレオンにもその気持ちがわかるのか・・・もしかしたら同じ不安を抱えていたのかもしれなかった。
 ガレオンの腕がゆっくりとカイルの体を抱き返す。
「ガレオン殿・・・」
 ガレオンに拒む気配はもうない。カイルは遠慮なくその唇に口付けた。
 馴染んだ感触、何度目になろうとも胸が熱くなる瞬間。
 もう何も考えずおこうとカイルは思った。今ひとときは、明日何があるかも忘れて、ただガレオンのことだけを考えて、ガレオンだけを感じていようと。
 だがカイルは、どうしても考えてしまった。いつも通りの幸福感に包まれながら、ずっとこうしていたい、ずっとこのままでいたい、と。
 愛している人がいる。敬愛している人がいる、尊敬している人が、守りたい人が、信頼出来る人が、大好きな人たちがいる。
 カイルは今充分幸せだった。これ以上ないくらい幸せだった。
 だから、何も変わって欲しくない。このまま何も変わらず、これまでのようにここで暮らしていきたい。
 いっそ夜が明けなかったら、カイルは心の片隅でそう思った。


■クーデター当日■

 だが勿論、明けない夜はない。
 リムスレーアとギゼル・ゴドウィンの婚約の儀が行われる日が、ついにやってきた。ギゼルはあと数刻もすればこの女王宮に入る。
 女王騎士長フェリドは、今夜の最終確認の為、詰め所に女王騎士を集めた。
 この場にいるのは、カイルとガレオン、ゲオルグにミアキス・・・同じ女王騎士ザハークとアレニアの姿はない。
 誰もそのことに触れなかった。だが、みな、わかっているだろう。その意味するところを。
 予感はあったカイルだが、目の当たりにすると、やはり身につまされるものがあった。
 そして、もう確実に、戻れないのだ。彼らか、それとも自分たちか、共に並び立つことはあり得ない。昨日までと同じでは、もうなくなる。
 フェリドは常ならず淡々とそれぞれに指示を与えた。誰も無駄口を叩かず、短時間で打ち合わせは終わってしまう。
「・・・以上だ。みな・・・いや、また明日も、ここで顔を合わせよう」
 フェリドはどんな言葉を途中で飲み込んだのか。いつもの頼もしい笑顔で、しっかりした口調で締めくくる。同時に四人とも、右手こぶしを胸元に構えた。ファレナ式の礼、同じポーズをとりながら、その思いもきっと一緒だっただろう。
 だが誰も何も言葉にすることはなかった。
 フェリドとゲオルグは執務室へ入る。ミアキスは部屋を出て行き、ガレオンもそれに続こうとし、カイルも扉のほうへ数歩歩いて、しかしその足をとめた。
 ガレオンもつられて立ち止まる。
 振り向いたガレオンに、カイルは素早く口付けた。ガレオンが驚き目を見開いたが、カイルは構わず唇を押し付け、体もぴったりと寄せる。
 この部屋を出たら、躊躇いを捨てなければならない。どんな現実が待っていても、逃げず、女王騎士として成すべきことを成さなければならない。
 だから、部屋を出る前に、少しだけ。
「・・・ガレオン殿」
 ファレナの為ときに命すら懸けるのが女王騎士。互いに女王騎士である以上、カイルだって、どこかでいつも覚悟をしていた。
 だからこそ。
 カイルはガレオンを見上げて笑った。
「じゃあ、また」
 もし、たとえこれが最後になったとしても、後悔のないように。
 もう一度だけ軽く唇を合わせてから、部屋を出た。
 勿論、これを最後にするつもりなんてない。全てを上手くいかせるのだ。完全に以前通りには戻れなくても。
 また明日、同じようにガレオンに口付けるのだ。
 決意しながら本当は、明日からもいつも通りの日常が続くのだと、カイルは心の奥底では信じていた。


 状況は、予想を遥かに上回って、最悪だった。
 ゴドウィンが動き出すと同時に、カイルは言い付け通りまずは地下牢へゼガイを助けに走った。ゴドウィンのことだから、混乱に乗じて自分たちにとって都合の悪いことを知っているゼガイを始末する可能性は高い。同時に、ゼガイの手を借りられればこちら側にとってかなり力になる。
 カイルはゴドウィンより先に地下牢に辿り着き、無事にゼガイを開放した。それから簡単に状況を説明しようとしたところに、ゴドウィンがやってきた。
 カイルは、ゴドウィン兵相手ならそうてこずることはないだろうと思っていた。女王騎士を勤めてきた、それなりの自負もある。そして今は、ゼガイもついている。闘神祭でギゼルの立てた代理人を、練習でとはいえ下したゼガイだ、実力は並みの兵士より断然ある。
 剣を合わせるその直前まで、カイルは自分たちの有利を疑いもしていなかった。
 だが、現実は、違った。あとで知ることになる幽世の門、彼らは強かったのだ。
 ゼガイと二人でどうにか倒したが、もし一人だったら危なかったかもしれない。カイルは不安と焦りを感じる。作戦は完全に失敗だろう。もうゴドウィンを返り討ちにするどころではないかもしれない。
 謁見の間にいる陛下やフェリド、そしてガレオンのことが気に掛かったが、しかしカイルはゼガイを連れて、王子たちの元へ向かった。それが自分に与えられた役割だからだ。
 王子たちを守る・・・いや、無事に逃がすこと、それが今カイルが成すべきことなのだ。

 
 眩い光が、女王宮の窓から見える夜空を覆った。
 王子たちのところへ向かうカイルの足が思わずとまった。
 二年前、女王がロードレイクに対して太陽の紋章を使ったときと同じ光。離れているのにビリビリとした空気を感じる。
 どうしようもなく胸が騒いだ。自分の心臓の音が耳にうるさいほどだった。
 少しののち、また光った。その輝きは、さっきとは少し違う。何があったのか・・・浮かび上がりそうになる可能性をカイルは必死で抑え付けた。
 立っていられなくなりそうな自分を叱咤し、カイルはゼガイとどうにか王子たちと合流した。そして、やはり躊躇う王子たちを逃げるよう説得する。
 本当なら、サイアリーズは自分の手で守りたかった。だが、そうも言っていられない。リオンとそしてゼガイに二人を任せ、カイルは陛下たちのところへ向かうことにした。
 部屋を出ようとして、やはりカイルはうしろ髪を引かれる。これからまたあのゴドウィンの兵を相手しなければならないのだ。リオンの言うことが正しいなら、彼らは幽世の門、その強さはカイルも聞いたことがある。そして実際、ゼガイと二人でも苦戦したというのに。
 状況は甘い期待を許さない。もう二度と、王子や・・・そしてサイアリーズとは会えないかもしれない。
 だがそれでもカイルは、やはり笑顔で言った。
「それじゃ、また!」
 彼らの不安を少しでも軽減する為。何より、自分に言い聞かせる為。


 カイルは急いで謁見の間に向かった。大広間に入ったところで、ゲオルグに会う。
「ゲオルグ殿!」
 駆け寄ったカイルに、ゲオルグがゆっくりと視線を向ける。だが一瞬で、その視線は逸らされた。
 いつもどこか悠然としているゲオルグが、ずいぶん憔悴した表情をしている。ギュッと握りしめる刀に、付着した血が誰のものか、このときのカイルが知るはずもなかった。
 ただ、悪い知らせがあるのだということだけは、嫌でもわかる。
「・・・・・・フェリドとアルシュタートは・・・死んだ」
 ゲオルグは、簡潔に事実だけを口にした。
「・・・・・・」
 まさか、思わずそう言おうとしたカイルは、ゲオルグの表情に口を噤む。こんな状況で、こんな冗談は言わない。さっきの光にも説明が付く。わかっている。でもわかりたくない。
「・・・・・・」
 足元が崩れそうな感覚を、カイルは必死で抑え付けた。そんなカイルに、ゲオルグの言葉が僅かな救いを与える。
「・・・ガレオン殿とミアキス殿がリムスレーアについている」
「え・・・あ・・・っ!」
 それは一筋の光明だった。
(生きている、ガレオン殿は無事生きている!)
 今はその喜びにだけ縋ろう、カイルはそう思う。
「王子とサイアリーズ様をお願いしていいですか?」
「わかった、お前は?」
「オレは、太陽の紋章が戻ってるかもしれないから、封印の間へ行きます」
 事務的な口調で言葉を交わし、カイルはゲオルグと別れた。


 封印の間へ向かうと、そこにはすでにゴドウィン兵がいた。
 カイルは考える。こうなると、リムスレーアの元に向かったほうがいいのか、それとも王子たちを追うか。それとも・・・
 見付からないように隠れ、じっとしていると、カイルの思考はどうしても悪いほうへ向かう。
 ゲオルグの言葉が自然と思い出された。打ち消そうとしても、頭の中をグルグル巡る。
「・・・・・・フェリドとアルシュタートは・・・死んだ」
 こんなことになるなんて、思っていなかった。何かが変わってしまう予感は、確かにどこかあった。だが、まさか、こんな。
「・・・・・・っ」
 カイルは口元を押さえた。込み上げてくるものを抑え付ける。
 それは、悲しみか、それとも怒りか。
 状況はわからないが、だが首謀者はゴドウィン。カイルは考える。ギゼルだけでも、始末出来ないだろうか。たとえ、刺し違えてでも。
 湧き上がってくる思いに、カイルが身を任せてしまいそうになった、そのときだった。
「・・・カイル殿」
「っ!」
 見知った声。カイルは、振り返り様、刀を振り下ろしたい気に襲われた。
 凶暴な衝撃を、だが抑えて振り返る。そこに立つは、ザハーク。彼とアレニアが裏切ったことは、もう明白だ。
 カイルは刀を握り締め、そしてしかしそれを投げ出した。
(そうだ、こんなところで我を忘れ自棄になっても、なんの意味もない)
 状況を読みそれに応じて対処するのはカイルの得意とするところだった。
 カイルはヘラッと笑って、両手を挙げた。
「はいはーい、降参しまーす。降参っていうか、こうなったら、オレもそっち側に付きたいなーなんてー」
「・・・・・・何故だ?」
 普段と変わらない無表情で問うザハークに、カイルも普段と同じ笑顔で答える。
「オレが日和見主義者だって、ザハーク殿はよく知ってるじゃないですかー」
「・・・・・・・・・」
 ザハークは、カイルがそんなふうに見えて、実は揺るがぬ信念を持っているのだと知っている。だが、ここで処分するのは自分の役目ではないだろうと判断した。
 踵を返したザハークに、カイルも従う。
 女王騎士として、カイルが一番に果たすべき使命は、すでに失われた。
(それでも、まだ何か出来るはずだ。オレにも何か・・・)
 当面は、敵の懐に入り込んで、状況を見よう。自分の身の振り方はそのあと決めよう。カイルはそう考えた。


■女王宮陥落後■

 女王宮はゴドウィンによって完全に制圧された。すぐにマルスカール・ゴドウィンも来城し、太陽の紋章も彼らの手に落ちた。
 ザハークとアレニアはゴドウィンに付いた。
 王子とサイアリーズは無事逃げ延び、ゲオルグとリオンも一緒だ。
 リムスレーアは自室に保護・・・とはゴドウィンの言い分で、事実上は軟禁である。ミアキスはリムスレーアについている。ガレオンは、服従を拒んだのだろうか、謹慎に処されている。
 そして、フェリドとアルシュタートは、やはり命を落としていた。
 状況を把握し、そしてカイルがまず選んだ行動は、ガレオンに会いに行くことだった。
 これからどうするか、話し合っておきたかった。それから、フェリドとアルシュタートの最期も、聞いておきたかった。その場にガレオンもいたのだろう。だとしたら、今ガレオンがどんな心理状態なのか、それも気になった。
 そして、ただガレオンに会いたい、その思いもあった。
 昨日までとあまりにも変わってしまった状況。大好きな人たちがいる幸せな日々が、これからも続いてくのだと、そう思っていたのに。この現状に、カイルは打ちのめされそうになっていた。
 それでも、負けるわけにはいかない。だから、力が欲しい。頑張れる、力が欲しい。
 ガレオンは、自室に謹慎されていた。扉の前には常にゴドウィン兵が配置されている。
 カイルは信頼出来る女官を選んで、協力してもらうことにした。彼女に兵士の気を逸らしてもらい、その隙に部屋に入る作戦だ。
 女官は、上手くやってくれた。上手い具合に兵士を誘い出し部屋の前から連れ出してくれる。
 カイルは素早く部屋に入った。
「・・・ガレオン殿・・・っ!」
 謹慎されていても、ガレオンはやはり女王騎士服に身を包んで、椅子に座っている。その表情は、やはり暗かった。
 カイルに気付いて、驚いたように顔を上げる。
「・・・・・・カイル・・・」
「・・・・・・」
 ガレオンもゆっくり立ち上がって、二人は対峙した。しばらくは、何も言葉に出来ずに、ただ見つめ合う。
 こんなふうに顔を合わせることになるだなんて、思ってもいなかった。明日、また同じようにガレオンに口付けよう、そう思っていたのに。
 散ってしまった命、手に届かないところにいってしまった人たち、それでも、ガレオンは目の前にいる。
「いろいろ・・・言いたいこととか聞きたいこととか・・・あったけど・・・・・・」
 カイルは耐えられず、ガレオンに歩み寄った。ゆっくりと、腕を回し、体を寄せる。
「無事で、よかったです」
 生きて、また会えた。そのことを喜ぶのは、少しうしろめたい。だが、カイルは湧き上がる喜びを抑えられなかった。
 ギュッと力を込めて抱きしめる。カイルは、もしかしたら振り払われてしまうだろうかと思った。こんなときに、と。
 だが、ガレオンの腕もまた、カイルの背に回った。ギュッと、カイルと同じだけの力で、腕の中の体を抱きすくめる。
 無事でよかった。カイルの姿を見た瞬間、ガレオンもまたそう思った。強く、そう思った。
 腕に慣れた感触が、堪らなく愛おしく思える。だが、それと同時に、ガレオンに湧き上がる感情があった。
 目の前で失われた命、守ることが出来なかった。そんな自分が、腕の中に愛しい存在を抱きしめることが許されるのだろうか。
 その感情は、罪悪感、にひどく近かった。
「・・・・・・・・・」
 ガレオンはゆっくり腕を解いた。カイルの肩を押して、距離をとる。
「ガレオン殿・・・」
「・・・すまぬ」
 数日振りに聞いたガレオンの声は、掠れひどく苦かった。
 カイルにはガレオンの気持ちがわかった。自分も同じような感情を、覚えたのだから。ただ、カイルはそれよりも喜びのほうが勝った。ガレオンは、反対だったようだ。
「・・・・・・」
 カイルは、本当はもっとしっかりと抱き合いたいと思った。でも、ガレオンが苦しむとわかってて、出来ない。自分だって、苦しくないわけじゃない。こんな気持ちで抱き合うなんて、ちょっと悲しい。
 何事もなかったように口付ける、なんてこと、出来なくなってしまった。ずっと続けばいいと思っていた日常が、完全に壊れてしまったのだとカイルは知る。
 それでも、元には戻れなくても、先に進まなければならない。
 カイルは気持ちを切り替えて、今の状況を簡単に説明した。本当はフェリドたちのことを聞きたかったが、もう時間がないだろうし、何より今のガレオンに語らせるのは酷だろう。
「ガレオン殿はどうするつもりですか?」
「・・・・・・」
 ガレオンは俯いたまま答えない。まだ何も考えられないのかもしれない。それなら・・・まだいいかもしれない。
 ガレオンはフェリドとアルシュタートに強い忠誠を誓っていた。特にアルシュタートは、彼女の子供の頃から、ずっと知っていて、ずっと見守ってきた。そんな二人を、ガレオンはしかも目の前で失った。女王騎士であることが全て、そんなガレオンが。
「・・・オレも、まだどうすればいいかわからないんですけど・・・」
 そのとき、扉がノックされた。女官からの、もう時間がないという合図だ。
 こんなガレオンをおいて部屋を出たくない。だがそうもいかない。
 せめて、ガレオンが思い詰めることのないように。
「ガレオン殿、取り敢えず今は余計なことは考えないで、オレたちの使命を全うしましょう!」
「・・・・・・」
 ガレオンは顔を上げて、小さくだが確かに頷いた。それを確かめ、カイルは扉に向かった。それでも離れ難さが、ノブを回そうとするカイルの手を一瞬とめる。
 そのとき、すぐ背後に気配を感じた。
「・・・・・・カイル」
 振り返り様を抱きしめられる。強く、強く。
「ガレオン殿・・・」
「・・・・・・・・・」
 無茶はするな、ガレオンはそう言いたかった。うしろを向いて、視界から消えていこうとするカイルに、ガレオンは不安を煽られたのだ。
 だが、そんな言葉を戦士であるカイルに掛けることは愚かだ。だがらただ抱きしめる。
 もうこれ以上失ってはならない、その思いはガレオンに確かに力を与えた。
「・・・ガレオン殿」
 カイルもガレオンの背に腕を回す。
 また、ノックの音がした。本当にもう時間がない。最後に一度ギュッと力を込めて、それから体を離した。
「・・・じゃあ、また」
 カイルは、笑うことは出来なかった。それでもこの部屋に入る前よりはずっと、強さを取り戻せたと思う。視線を合わせると、ガレオンの瞳もまた、力を取り戻していた。


 フェリドとアルシュタートの遺体は、女王の間に置かれていた。
 形の上では、二人は乱心したゲオルグによって弑されたことになっている。だからその遺体は綺麗な棺に入れられ丁重に保管されていた。このときのカイルは、まさかフェリドが何一つ残さず消えてしまっただなんて知らなかったが、フェリドの棺もちゃんと用意されている。
 その死を確かなものにしたくなくて、カイルは今までここに近寄らなかった。だが、いつまでも目を逸らしてはいられない。
 だからカイルは、ガレオンの部屋を出たその足でここに来た。
「・・・使命か」
 並んだ二つの棺を前に、カイルは小さく呟く。
 さっきはガレオンの為にああ言ったが。
「オレは・・・オレの使命は、陛下やサイアリーズ様、王子、姫様・・・・・・それから、フェリド様、あなたを守ることだと・・・思ってました」
 それを果たすことの出来なかった悔しさのせいだろうか。カイルは込み上げてくるものを、しかし必死に抑えた。
 まだ、泣けない。今の自分には、その資格がない。
 守れなかった。だからこそ、今度こそ。守るべきものはまだある。成すべきことはまだある。
「たとえ、オレがもう・・・」
 言いかけて、カイルは首を振った。それは、全てが終わったときにハッキリする。今は、ただ自分が何をすべきか、何が出来るのかだけを考えなければならない。そして全てがおわったら、そのときに・・・。
 カイルはもう一度目の前の棺をしっかりと見据え、部屋を出た。
 それから少しして、バロウズの下に身を寄せていた王子がゴドウィンに反旗を翻したと聞いた。だからカイルは王子の下へ向かうことにした。ガレオンともミアキスとも連絡が取れず、ここにいても自分だけの力では何も出来ない。リムスレーアも太陽の紋章も、自分一人ではとても取り返すことなど出来ない。
 ガレオンのことは気に掛かったが、最後に見たガレオンの目を思い出し、ガレオンなら大丈夫だろうと思った。
 太陽宮を出て、ソルファレナを出て、カイルは一度振り返った。ここが、八年もの長く、自分の居場所だったのだ。
 必ず取り戻してみせる、固く決意して、カイルは王子の元へ走った。


■ロードレイク復興■

 荒廃しているロードレイクを目の当たりにしてカイルは、このまま何も変わらず暮らしていけたらと思っていた自分を恥じる。

 ここがガレオンの故郷なんだと考えて、レルカーのことを思い出す。
 あそこがやはり自分の故郷なんだろうかと思う。


■レルカー■

 カイルは、やっぱりここが自分の故郷なんだと思い知る。

 街に火を放ったザハークに驚く。
 インタビューには「あいつならやりかねない」と答えたが、カイルは実のところ信じられなかった。
 ザハークは冷徹で面白みもなく、苦手にしていた。だが、嫌いだとか許せないだとか、そう思ったことはなかったのだ。
 たぶん、気は合わなくとも、同じものを守る仲間だと、思っていたのだろう。カイルはそう気付く。
 同時に、ザハークが完全に自分の敵に回ったのだと、この期に及んでだがカイルは思い知った。


■戴冠式前■

「もうすぐ新女王の戴冠式がとりおこなわれる。貴殿も出席するように、とのことだ」
 未だ謹慎されたままのガレオンのところへ来て、ザハークがギゼルの命を伝えた。
 どんどん変わっていっているだろう状況に、全く関われない自分をガレオンは歯痒く思う。
「それから・・・そういえば言っていなかったか。王子は謀反を起こし、カイル殿も加わった」
「・・・・・・」
 なんの情報も入ってこない状況で、カイルの消息を聞けて、ガレオンはホッとした。
「貴殿も、あとを追うか?」
「・・・・・・」
 カイルは自分の使命を果たそうと王子の下へ向かったのだろう。ならば、ガレオンが取るべき行動は一つだった。
「・・・我輩の忠誠は女王陛下に。なれば今、我輩が仕え守るべきは」
 ガレオンはしっかりした口調で言った。
「リムスレーア様」
 それが今の自分の使命だとガレオンは定めた。
「・・・・・・」
 その言葉に嘘はないだろう、ザハークはそう判断する。
「・・・ギゼル様にはそう伝えておこう」


■親征直前■

 ガレオンならこっちの味方になってくれそうと言うミアキスに、カイルはそうかなぁと返す。
「同じ女王騎士でも、なんの為に戦うかはみんな違ったよね」
「・・・そうですねぇ。私は姫様の為。ゲオルグ殿は・・・フェリド様でしょうか」
 そして、アレニアはゴドウィン。ザハークは、国の為、らしい。
「・・・カイル殿はぁ?」
「オレは・・・」
 自分の居場所、だったのだろうか、カイルは思う。フェリドやサイアリーズや、大好きな人たちを守ること、それがカイルの女王騎士としての使命・・・自分の存在意義だった。彼らがいたから、カイルはそこにいたのだ。
 カイルは胸がキリリと痛むのに、気付かない振りをした。
「で、ガレオン殿はきっと、陛下の為。アルシュタート陛下が亡くなられた今、ガレオン殿は姫様・・・リムスレーア陛下を守る、それだけを考えてると思う」
「だったらなおさら、姫様の為にもこっちの味方をするほうがいいと思うんですけどぉ」
「うん、オレもそう思うんだけどねー。そう思えないのが、ガレオン殿なんだよねー」
「・・・わかる気がしますぅ」

 そんなガレオンをとめ、説得する自信が、カイルにはなかった。
 ガレオンに使命を果たすことだけを考えるように言ったのはカイルだし、そしてリムスレーアを守ることをガレオンは自らの使命だと定めた。
 傍から見れば愚かしいほど融通が利かないと映るかもしれない。
 だがカイルには、そんなガレオンの思いを否定することは出来なかった。
 そして、それ以上に。カイルには曲げられない信念がある。ガレオンにもガレオンの思いがある。それが、相容れぬものならば、戦うしかない。きっとガレオンはリムスレーアを守ろうと、こちらに刃を向けるだろう。
 それでもカイルは、ガレオンと戦いたくなかった。弱いと言われようが、嫌だった。
 だからカイルは、姫様を助けたい思いもあったが、ザハークのほうを相手することにする。ザハークになら、もう躊躇なく刀を振れるだろう自信があった。


■親征後■

 ガレオンが女王殺しの真相を語る。
 その様子に、カイルは、きっとガレオンはこのあとここを離れるのだろうと思った。
 フェリドとアルシュタートを目の前で失い、今度もリムスレーアを守りきることが出来なかった。誰もガレオンを責めないだろう。だがガレオン自身が、このまま王子のもとに身を寄せるのをよしとしないはずだ。
 そんなガレオンを無理に引き止めることはカイルには出来ない。
 だが行かせたくないのも本心で、カイルはやはり城の外に向かおうとしているガレオンをそっと追った。
 そこに王子とシルヴァが現れ、ガレオンを説得する。
 ガレオンにそんなふうに強く言えないだろうカイルは、すごいと思う。
 きっとガレオンは今、悔恨や自嘲の念でいっぱいで苦しいだろうから、せめてガレオンの気を少しでも前向きに出来ないだろうかとカイルは考える。
 ガレオンの前に姿を見せ、いつもの笑顔で、
「本当なら思いっきり抱き付きたいところなんですけど、それは後回しにしまーす。ガレオン殿、ロードレイクに行きませんか?」
「・・・・・・」
 ガレオンがやはり躊躇しているところに、タルゲイユが通り掛る。
「タルゲイユ殿、これからガレオン殿とロードレイクに行ってくるんですよー」
「ほう・・・」
 ガレオンとタルゲイユは視線を合わせる。ひどくばつが悪そうなガレオンに、タルゲイユは笑い掛ける。
「それはよろしい。ようく見てこられませ。王子殿下が・・・我らの主が救って下された、あの街を」
「・・・」
「王子殿下が何をなされたか・・・それから、そこの女王騎士殿も」
「や、やめて下さいよー。オレはちょっと王子を手伝っただけですってー」
 カイルは微笑み掛けるタルゲイユに決まり悪そうに笑い返してから、ガレオンに向き直る。
「ガレオン殿、さっ行きましょー!!」
 カイルに背を押され、ガレオンはまだ少し気が乗らないが、ロードレイクに向かった。


 ロードレイクに着いて、ガレオンは自分が目にした荒廃した様子とはまるで変わっている光景に目を見張る。
 まだ荒廃の跡が目に付くが、それでも水を取り戻したロードレイクは、ガレオンが知る豊かな街の片鱗を見せていた。
 自らは何もしてやれなかったことを悔やむ思いもあるが、それ以上に。
 さっき自分を引き止めた、いつのまにか強い眼差しを持つようになった少年。彼が、この街を救ったのだ。そして彼は、リムスレーアを始め、このファレナに住む全ての民の為に戦い続けている。
 自分の故郷も救えず、守ると決めていた陛下も守れなかった。そんな不甲斐ない自分でも、少しでも王子の力になれるのなら。
 女王騎士として生きてきた自分の全てで、王子の力となろう。ガレオンは、そう決める。
「・・・だいぶ気が晴れたみたいですね」
 カイルが優しく笑んでガレオンを見ていた。
 ガレオンは、カイルがその為に自分をロードレイクに連れてきたのだと気付く。
 カイルだっていろいろあって大変だろうに。
「気を・・・使わせたな」
「いいえぇ」
 カイルは明るく笑ってから、少し表情を改める」
「ガレオン殿、オレ思うんです」
「リオンちゃんは自分の信念に従って王子を守り、そしてサイアリーズ様も・・・きっと、自分の信念に従って・・・」
 カイルはあのときのことを思い出すとまだ暗澹たる思いになる。
 だがカイルは、サイアリーズがただ自分たちを裏切ったとはどうしても思えなかった。サイアリーズは、王子もリムスレーアも、本当に愛していたのだ。
 カイルは、自分の記憶の中のサイアリーズを信じることにした。
「だからオレも、自分の信念に従って、王子の為にこの刀を振るいます」
 王子が全てを取り戻すまで、迷わずその力になろう。カイルは改めてそう決意した。全てが終わった後どうするか、そんなことは今は考えない。
 そして、ガレオンも同じ思いなのだと、カイルは知った。
 しばらく真顔で見つめ合っていたが、不意にカイルが表情をやわらげる。
「さて、ガレオン殿はロードレイクお久しぶりでしょう? せっかくだから泊まっていきます?」
「・・・いや」
 それは全てが終わってからでいいだろうと思う。
「王子がいない城を守るのも立派な勤め、ですか?」
「・・・・・・」
 カイルは笑って、
「そうですね、帰りましょう。そうだ、お城の中、案内しますねー」
「・・・うむ」
 ガレオンは一度だけ、明るい日差しを受けて輝くロードレイクの湖を振り返り、そしてカイルに並んで歩き始めた。


「こんなに魅力的な女性が揃ってるのに、ちゃーんと貞節守ってたんですから、褒めて下さいよー」
 冗談めかして言いながら、カイルはガレオンに城を案内した。
 食堂まで来て、カイルは腹が減っていることに気付く。もう夕飯にしてもいい時間で、そういえば昨日からろくに食べていないと思い出した。
「ガレオン殿ー、お城案内するの明日にしていいですかー? オレもうお腹ペコペコで」
「・・・そうであるな」
 言われてガレオンも空腹に気付き同意する。
 食べていると、腹が満たされるにつれ、心なしか気分が軽くなる。
 そうするとカイルは、そういえば数ヶ月ぶりにガレオンを目の前にしているのだと、改めて気付く。
 こんなにも長いこと、セックスどころかキスどころか、抱き合ってすらいないなんて、初めてなのだ。当然カイルはムラムラと湧き上がってくる欲求を抑えるのが難しくなってくる。
 が、今は状況が状況だ。切り替えの早いカイルはこんなときになどとは思わないが。ガレオンに不謹慎だなどと呆れられる可能性がないとは限らない。いや、いかにもありそうだ。
 だがやっぱりしたいし、とカイルは当たり障りのない話題を振りながら食事もしつつ器用に頭を悩ませていた。
 したい。でも、よくこんなときにそんな気になれるな、などと思われたくない。
 だったらどうすればいいのか・・・カイルは思い付いた。
「そうだガレオン殿、食べ終わってちょっと腹ごなししたら、お風呂に入りに行きませんかー? ここのお風呂、女王宮に負けないくらい気持ちいいんですよー。ガレオン殿もきっと気に入ると思います!」
 あの残念ながらカイルにはわからない絶世の美ビーバーが運営するお風呂に入るたび、風呂好きのガレオンを連れて行きたいなーと思っていたのだ。
 が、勿論それだけではない。裏があった。カイルは、ガレオンのほうがその気になってくれればいいんだ、と思い付いたのだ。
 そして、ガレオンにその気になってもらう場に、カイルは浴場を選んだ。風呂は当然裸で入る。それを利用して、何気なくガレオンを煽ってやろうとカイルは思った。
 浴場で欲情なんちゃって、などと下らないことを考えつつ返事を待っていたカイルに、興味を引かれたらしいガレオンは頷いて返した。


 一刻後、ガレオンと一緒にお風呂に入っていたカイルは、自分の短慮を悔いていた。
 お風呂は言い換えれば公共浴場で、勿論他に人がいる可能性は高い。そしてこの日も、浴室にはすでに数人の先客がいた。
 こんなところで、女好きの優男で通っているカイルが、ガレオン相手に変な行動を取るわけにいかない。何より、そんなことをしたら間違いなくガレオンに怒られてしまう。
 ガレオンを煽る作戦はあっさりと失敗した。
 むしろ、久しぶりに見るガレオンの裸体に、カイルのほうが煽られてしまう始末だ。
 気持ちよさそうに湯につかるガレオンの隣で、カイルは盛り上がりそうになる自分と必死に戦っていた。


 風呂を上がって、カイルは今度は自分の部屋にガレオンを招いた。
 もう直接的にガレオンを誘うことにした、わけではない。逆に、カイルはもう諦めていた。今日は、やめておこう、と。
 だが、ガレオンを部屋に通すと、カイルはどうしても意識してしまった。
 カイルの部屋は、ゲオルグの部屋みたいに立派ではない。部屋があるだけましだが、それでも太陽宮の部屋とは比べ物にならないくらい狭く、ベッドだって小さいのが一つあるだけだ。
 こんな部屋に通すなんて、誘ってると思われても仕方ないかもしれない。だがそういうつもりじゃないのだ。かといって、全くその気がないわけでもなくて。
 心配やら期待やら何やらで胸がドキドキしつつ顔が赤くなってきたカイルは、しかし首を振って気を逸らす。
「あ、あの・・・そ、そう、お茶、お茶ですっ・・・!」
 カイルはどうにか、ガレオンを部屋に連れてきた理由を思い出した。
「ガレオン殿が好きそうなお茶の葉、集めてたんですよー」
 と言ってカイルは、それを見せようとガレオンを連れてきたのだ。
 棚から小さな包みをを数個取り出してガレオンに見せる。
「こっちが群島諸国に行ったときに見付けたやつで、なんでも北の大陸のどっかの地方でお祝いのときに客にか出さないめずらしいものとかでー」
 カイルは店主のうんちくを思い出しながらガレオンに一つ一つ見せていった。ガレオンも興味深そうに、手に取りラベルを眺める。
 こんなふうに、ガレオンに渡す機会がいつかくるはずだ、とはカイルは思っていなかった。渡せないその事情や理由はいくらでも思い付く。
 それでもカイルは、だからこそか、ガレオンにあげる為のお茶っ葉、を選ぶことでガレオンとの繋がりを持ちたかったのかもしれなかった。正確には、渡すことではなく、選ぶことが、目的だった。
 だが。今、こうしてガレオンに、渡すことが出来る。
 カイルはそのとこを、そうさせた状況はひとまず措いて、ただ喜びたいと思った。その感情は、間違ったものではないと、カイルは思う。
「・・・こうして」
 カイルが手に持っていた包みをテーブルに置いてガレオンを見ると、ガレオンも茶葉からカイルへ視線を移した。
「ガレオン殿と同じ思いで戦えることになって、オレ、嬉しいです」
 カイルは率直に思いを伝えた。
 あの夜以来、カイルは様々な別れを経験した。死別、別離、離反・・・
 ガレオンとだって、もう二度と生きて会えないかもしれないと思ったこともある。もう二度と、道は交わらないかもしれないとも思った。
 それなのに、今カイルの目の前にはガレオンがいる。同じ方向を向いて、すぐ側に、触れられる位置にいる。
 カイルはいろいろ思い巡らせていた自分が馬鹿らしく思えた。愛しい人が、そこにいるのだ。何故躊躇わねばならないのだろう。
 思いに素直に、カイルはガレオンに抱き付こうとした。
 と同時に、ガレオンが動く。
 ガレオンに向かって伸ばしかけた腕が強く引かれ、気付けばカイルはガレオンの腕の中にいた。びっくりして思わず一瞬動きをとめたカイルは、しかしガレオンに強く抱きすくめられ、すぐに背に腕を回し返した。
 ガレオンの、服越しの体、体温、匂い。
 全身でガレオンを感じて、カイルは泣きたいほどの高揚を感じた。
 何もかも忘れてただ一人しか見えなくなる、そんな瞬間があることをカイルは知っている。そして、今がそうなのだと、カイルは思った。


 エロる。


 目が覚めたカイルは、ガレオンに胸枕をされているような体勢になっていると気付く。
 女王宮の立派なベッドとは違って、一人用の狭いベッドなので、そうなるのも当然だった。
 少しいつもと違うが、こうしてガレオンの体温を感じていると、カイルはつい勘違いをしそうになる。
「・・・こうやってると・・・なんだか・・・」
 女王宮にいた頃みたいです、そう口にしかけて、カイルはグッとそれを抑えた。
「・・・なんでも・・・ないです」
 カイルはギュッとガレオンに抱き付いた。そんなカイルの思ったことが、ガレオンもなんとなくわかる。
 似ているのに、確かに違う。その差異を思い知らされるのは、つらいことだった。
 ガレオンは、それきり黙り込んでしまったカイルが、もしかしたら泣いているのだろうかと思う。そして同時に、それでも泣いていないだろうとも思う。
 カイルは泣かない。まだ、泣かない。
 ガレオンはただカイルを抱き返した。


■ソルファレナ奪還前後■

 カイルは、ゲオルグから旅の話を聞いたりしていて、この戦いが終わったら自分もそんなふうに生きてみたいと思うようになっていた。
「ゲオルグ殿は、これが終わったら、また旅に出るんですよね?」
「・・・あぁ」
「そっかー・・・」
 これが終わったら。そのとき自分がどうするのか、カイルはまだ答えが出ていなかった。
「一緒に来るか?」
「・・・・・・そう、したい・・・ですけど」
 自分に旅の話をねだるカイルが、そういう生き方に憧れているとゲオルグは気付いているのだろう。こともなげに誘ってくるのがゲオルグらしいと、カイルは苦笑しながらも答えた。
「ゲオルグ殿は、もうファレナに来るつもりは、ないんでしょう?」
「・・・・・・あぁ」
「オレは、ファレナを出るつもりないです。だから、行けません」
 カイルはこの国を愛している。勿論それがこの国にとどまらなければならない理由にはならないが。少なくとも今は、カイルはこの国を出る気にはなれなかった。
 誘ってくれたゲオルグの気持ちは嬉しいから、カイルはゲオルグに明るく笑い掛ける。
「残念ですけどねー」
「そうか」
「ま、いつか気が変わったら、そのときはお願いしますねー」
「あぁ」



■最終戦後■

 戦後処理で慌ただしい女王宮。その合間を縫って、詰め所に一人で、カイルは立っていた。
 不意に扉が開いて、カイルは思わずハッとして視線を向ける。しかし入ってきたのがガレオンだとわかると、カイルはさっきの自分の感情をごまかすように笑った。
 だが、ガレオンの表情を見て、カイルは繕わなくてもいいのだと知る。
「もう・・・ここに入ってくる人って限られてますよね。ミアキス殿は姫様に付っきりだし、ゲオルグ殿はもうずっと女王騎士服すら着てないし・・・」
 カイルは詰め所を見渡す。自然と思い出されるのは、人で溢れ笑い声やときに怒声が響いていた、活気に満ちた部屋。こんな寂しい空間ではなかった。
「もう・・・いないんですね。ほんとに、いないんですね・・・・・・」
「・・・・・・」
 ガレオンは、泣き出す一歩手前の顔で笑ったカイルを、黙って抱き寄せた。
「・・・・・・っ」
 カイルもガレオンに、縋るようにしがみ付く。
「オレ・・・オレ、好きだった。フェリド様もサイアリーズ様も陛下も、大好きだった。だから、オレは女王騎士になろうって・・・ここにいようって・・・」
 涙が溢れ出したが、カイルはもうとめようとはしなかった。そんなカイルを、ガレオンはただ抱きしめる。
「オレ・・・あの人たちだって・・・嫌いじゃなかった。ザハーク殿もアレニア殿も、オレにとったら・・・仲間だって、そう・・・」
 そう、カイルは思っていたのだ。
 大事な仲間、大好きな人たち。女王宮にいれば自然と顔を合わせることが出来たのに。もう、どこをどう探しても、彼らはいないのだ。
 一度流れ出した涙はとまらない。ガレオンは、それを許すようにカイルの背をゆっくり撫で続けた。カイルもまた、とどめる術も理由も、知らなかった。


 腕の中のカイルの、涙が一段落したと察したガレオンは、口を開く。
「・・・カイル」
 人気のなくなった詰め所で、それが堪らなく寂しいと泣いたカイルに、今告げるのは追い討ちを掛けることにならないだろうかと一瞬悩んだが。逆に、今しかない気もした。
「我輩は、女王騎士を・・・辞めることにした」
 ガレオンはその決意を初めて言葉にした。
 だがずっと、考えていた。守ると決めていたアルシュタートも、フェリドも、目の前で失った。そしてファレナの為戦う王子に、力を貸した。
 その戦いも終わり、もはや、自分に女王騎士として成すべきこと、成せることはない。ガレオンはそう思った。
「・・・ロードレイクに戻り、そこで余生を過ごそうと、そう思うておる」
 生まれ育った、ロードレイク、自分の故郷。今まで何もしてやれなかった。だから、残りの生はロードレイクに捧げたい、ガレオンはそう思った。
「・・・・・・なんとなく」
 カイルがガレオンの腕からゆっくり抜け出る。
「ガレオン殿はそうするんじゃないかって、思ってました」
 カイルは目を伏せたまま、呟くように言った。その表情は、どこかすっきりしているように見える。
「・・・でも、ちゃんとガレオン殿の口から聞いて、オレも・・・心が決まりました」
「・・・オレは弱いのかもしれないけど・・・でもオレはもう、女王騎士として戦うことは出来ない。・・・あの日、フェリド様たちを守れなかったあのときから、オレは女王騎士じゃなくなってた」
 カイルを女王騎士たらしめていたもの、それは何よりもフェリドの存在だった。それから、サイアリーズ、アルシュタート。彼らの存在を守る、その思いがカイルを女王騎士でいさせていたのだ。
 その彼らがいなくなった今、カイルを女王騎士にとどめるものは、もう何もなかった。
 勿論、王子もリムスレーアも大事に思っている。だからこそ、王子の力となって戦ったのだ。そして、それを果たした今。
 カイルは顔を上げて、ガレオンと視線を合わせた。
「・・・オレも、女王騎士を辞めます」
 ガレオンは、驚くこともなく、静かにカイルの言葉を受け止める。おそらく互いに、互いの決意を、感じ取っていたのだろう。
 ガレオンがもし女王騎士に残るなら、カイルも考えたかもしれない。だがやはり、ガレオンもここを去る。ならばカイルに、もう女王騎士への未練はなかった。
「・・・決めたのだな?」
「はい。・・・ガレオン殿も」
「・・・・・・」
 ガレオンは頷き、それからしばらく無言で見詰めあった二人の視線は、次第に自然と逸れていく。
 女王騎士を辞める。それを決めた今、話すことがあるはずだった。だが。
 これまで長く女王騎士として生きてきた二人にとって、女王騎士を辞めるということは、一つの生の終わりと同じだった。これからは、違う自分として、新しい生を生きる。
 だから二人とも、これからどうするのか、それを口にすることが出来なかった。これまでのような関係では、もうなくなってしまう。それを承知で、二人ともここを去ることにしたのだ。
 本当は、だからこそ、話し合っておかなければならないのだろう。だが二人とも、結局どんな言葉も交わせずじまいだった。


■別れ■

 ガレオンは、カイルがここで自分との関係を終わらせるのだろうかと思う。
 互いに女王騎士である、ということを前提として成立していた関係だった。その関係が、二人とも女王騎士を辞めて、それでも今後も続いていくとは限らない。
 何より、カイルはこれから生き直すつもりなのだろう。今度は女王騎士でない自分として。
 そうなったとき、ガレオンとの関係は足枷にしかならない。
 このまま別れることをカイルが望むなら。ガレオンは黙って行かせるべきだろうかと思う。


 結局、今後について何も話さないまま、カイルがソルファレナを出ていく前夜になった。
 カイルにとっては最後となる、勤めを終えた二人は、自然とガレオンの部屋に一緒に入った。
 こうして、カイルの女王騎士姿を見るのは、これが最後になるのだ。そう思うと、つい感慨深くなるガレオンを、同じようにカイルが見つめてきた。
「・・・これで、ガレオン殿の女王騎士姿、見納めになるんですね。正確には、明日、ですけど・・・」
「・・・・・・」
 しんみりとしたようなカイルの口調には、8年の重みが篭っているようだった。
 二人が出会い、カイルも女王騎士となり、そして8年間。同僚としての、恋人としての、数え切れないほどの思い出を共有してきた。
 だが、8年間は長かったようで、あっという間のようにも思える。明日で終わり、そう思うと、もっと続いて欲しかったような気が、ガレオンはした。もっと、カイルの女王騎士姿を見ていたかったような。
「・・・お互い様、というものであろう」
「・・・そっか」
 カイルは自分の女王騎士服を見て、気付く。ガレオンの女王騎士服姿を見るのも最後になるが、自分が女王騎士服を着るのもこれで最後になるのだ。
 自分が女王騎士服を脱ぐときのことなど、カイルは考えたこともなかった。こんな状況で、になるなんて、とカイルはつい笑ってしまう。
 ガレオンに歩み寄って、腕を回す。自然に、どちらからともなく口付け、互いの服に手を掛けていく。いつもの決まりきった流れ、それも今日で最後になるのだ。
 その思いからか、カイルの女王騎士服を脱がせていくガレオンの手つきは、いつもよりも少しゆっくりとしていた。
「・・・最後の女王騎士服を、脱がしてくれるのがガレオン殿なんて、なんか変な感じです」
 カイルは、またくすりと笑う。
「初めてこれを着たときは、想像も出来なかったことですね」
「・・・・・・」
 ガレオンだって、想像もしていなかった。カイルと、こうして服を脱がせる関係になったことですら、今でも不思議に思えることがあるのだ。
「・・・それこそ、お互い様であろう」
「ですね」
 カイルは笑って、いつものようにガレオンに唇を重ねた。


 カイルがソルファレナを離れる日。
 王子たちも見送りたいと言ってくれたが、湿っぽくなるのは嫌だったので、遠慮しておいた。だから、カイルを見送るのは、ガレオンだけだ。
「・・・どこに、行くつもりなのだ?」
 最後の最後になって、やっとガレオンはそう尋ねた。
「取り敢えずは、レルカーに。復興手伝おうかな、って」
 普段着姿のカイルは、そう答える。もう二度と女王騎士服を着ることはないのだと、そう思うとあの少し着るのが面倒だったところすら愛しく思えて、堪らなく寂しいような。そんな感情をカイルは抑える。
「なんだかんだ言っても、あそこがオレの故郷なんだって、今回わかったから」
「・・・そうか」
「それ終わったら、ロードレイクにも行きますね」
「・・・うむ」
 これが別れになるにしては、随分あっさりしたやり取り。
 すぐに会話が途切れ、カイルはガレオンを見つめた。何か言いたげに見える瞳が、すぐにガレオンから逸れる。
「・・・じゃあ、オレ、行きますね」
 くるり、とカイルはガレオンに背を向けた。それに合わせてゆるく結った三つ編みが揺れたが、いつも一緒にひるがえっていた飾りタスキはもうその背にはない。ガレオンは喪失感のようなものを感じた。
 ゆっくり歩き出すカイル。
 このまま別れることになってしまっていいのだろうか、ガレオンは思った。
 もう二度と会えないわけではない。だが、このまま別れてしまえば、何かが終わってしまう気がした。同僚ではなくなって、そして深い間柄でもなくなって、そうしたら一体自分とカイルはどんな関係になるのだろうか。何も、なくなってしまうのだろうか。
 カイルの未来を考えれば、そのほうがいいのかもしれない。だが、自分は、どう思っているのか。このままカイルと別れてしまって、本当にいいのか・・・。
 振り返らず歩いていくカイルが、角を曲がり、うしろ姿がガレオンの視界から消えてしまう。
 ガレオンは、堪らず、カイルのあとを追って足を踏み出した。勢いよく角を曲がると、向こうから来た人と思いっきりぶつかってしまう。
 慌てて謝ろうとしたガレオンは、しかし瞬間言葉を忘れた。
「・・・ガレオン殿!」
 同じように目を見開いたカイルが、ガレオンを見つめ返す。カイルもまた、どうしてもこのまま別れたくなくて、引き返してきたのだ。
 二人はそのまま、しばらく黙って見つめ合った。
「・・・やっぱり、聞いていいですか・・・?」
 そのうち、カイルが口を開く。
「ずっと、聞こうと思って・・・昨日も、でも怖くて聞けなくって・・・」
「・・・・・・」
 それだけで、ガレオンはカイルの聞きたいことが、そして答えがわかった気がした。いや、今瞳を合わせた瞬間に、わかっていた。おそらくカイルも、そうだろう。
 だが、ちゃんと言葉で、確かめたいのだ。
 本当はもっと早くにすべきだった問いを、カイルがやっと口にした。
「・・・オレたち、これで終わり・・・じゃないですよね?」
「・・・よいのか?」
「なんで、オレに聞くんですか」
 カイルは少し潤んでいる瞳を細めて笑った。
「オレの答えは、決まってるじゃないですか」
「・・・カイル」
 ガレオンの答えも、決まっていた。
 もう躊躇わず、ガレオンがカイルをぎゅっと抱きしめれば、カイルもまたガレオンに腕を回し返す。
「オレが・・・ロードレイクに行ければいいんですけどね」
 気持ちを確かめ合ったとはいえ、やはり今までのように側にいることは出来ない。ガレオンはロードレイクに帰ると決めているし、カイルは逆に全く定めていない。
 カイルがそう言ったのは、だからだろう。
「・・・それは、我輩にも言えることである」
 当分は根なし草生活をするカイルに、ガレオンがついていくことだって出来るはずなのだ。だが、ガレオンにはその選択肢を選ぶことは出来なかった。
「だが、仕方のないことなのであろう。誰にも、生き方を変えることなど、出来ぬ」
「・・・オレは、ガレオン殿とだったら、変えてもいいかって、思ったこともありましたけどね」
「・・・・・・」
「でも、やっぱり無理みたいです」
 カイルは明るく笑って言ってから、ガレオンにもう一度ぎゅっと抱き付く。
「・・・でも、それでも、ここで終わりなんて、イヤです」
「カイル・・・」
 ガレオンも同じ思いで、カイルを抱き返した。




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