being wise after the event




 まだ躊躇う思いがないわけではない。だが、ガレオンは決めた。
 女王に忠誠を誓い従うのが女王騎士なれど、自分は王子に仕えるのだと。
 そんなガレオンに、不意に背後から声が掛かる。
「冷たいですねー、ガレオン殿」
「・・・・・・」
 振り返らなくても、声の主が誰かガレオンにはわかった。
 軽い口調とゆるんだ表情が特徴の、自分と同じ女王騎士、カイルだ。
「・・・聞いていたのか」
「はい、偶然にねー」
 ゆっくり近付いてくるカイルから、ガレオンはなんとなく気まずくて目を逸らす。人に出来るなら見られたくない場面だった。
 一体どんなふうに揶揄われてしまうのかと、溜め息つきたくなるのをこらえたガレオンに、カイルはわざとらしく非難めいた口調を向けた。
「ガレオン殿の決心に、オレは少しも関係ないんですねー」
「・・・・・・それは」
 言われて、ガレオンはその事実に気付く。
 思わずガレオンはカイルの顔を見た。その表情は、いつものように朗らかで、その心中は全く窺えない。
「別に、それがどうだって言いたいわけじゃないんですけど。オレだって、ガレオン殿がどうすることにしたって、ここにいることを選びますから」
 変わらず軽い口調で、それでもほんの少し、そこには真剣さが覗いていた。
「・・・・・・・」
 だがやはり読めないその心情を、ガレオンが察しようとする前に、カイルはパッと話を終わらせてしまう。
「とにかく、またガレオン殿と一緒に戦えるってことで、一件落着。それよりオレは、あの女医さんとの関係のほうが気になりますけどねー」
 笑いながら、カイルは一歩一歩と距離を近付けた。
「ていうかそもそも、オレはそんな話をしに来たわけじゃないんですってー」
 そしてカイルは手を伸ばし、ガレオンの頭を引き寄せるように、自分からも距離を詰める。その見慣れた仕草に、ガレオンはつい、特に何も考えずいつものように唇を重ねた。
 触れて、ずいぶん懐かしい気がするのと共に、すぐに馴染むのを感じる。
「リオンちゃんがこんなときに、不謹慎だって、思うんですけどー」
 少し距離をとり、カイルが僅かに眉をひそめた。
 確かに、こんなときに、とガレオンも思う。だがそのことは、今のカイルにとってはなんの抑止力にもならないのだろう。
「こればっかりは、どうしようもないっていいますかー」
「・・・・・・」
 そしてそれは、ガレオンにとっても、同じだった。吐息が届くくらいの距離に近付くのは、ほんとうに久しぶりなのだ。
「・・・・・・加減は出来んぞ」
 腰を引き寄せてガレオンが言えば、カイルは少し目を丸くして、それから心持ち身を引く。
「えー、ちょっとは・・・」
 眉を寄せて文句を言おうとしたカイルの口を、ガレオンはもう一度塞ぎながら、逃さないよう体をさらに引き寄せた。


「・・・でも、この数ヶ月・・・いろいろありましたよね」
 むくりと体を起こしながら、カイルが呟いた。
 その声には、いつもの明るさ軽さが余り感じられない。単に先程までの行為の疲労感が原因だとは思えなかった。
 その表情は、ガレオンからは見えない。
「・・・・・・大丈夫か?」
「ガレオン殿が張り切るからですよー。オレ、くたくたー」
 軽口を返すカイルの口調には、やはりどことなく澱みがある。
「・・・・・・・・・」
 何か言葉を掛けようとして、しかしガレオンは口を閉じた。
 「ガレオン殿の決心に・・・」そう言ったカイルの言葉を思い出したのだ。
 確かに言われた通りで、そんな自分に、一体どんな言葉を掛けてやることが出来るのだろうかとガレオンは思う。
 あのときの自分は、女王騎士としての自分しか考えていなかった。シルヴァに言われるまで、忘れていた。王子のことも、国や民のことも。カイルに至っては、本人に会うまで思い出しさえしなかったのだ。
 この数ヶ月、めまぐるしいまでにいろいろあった。受け入れ難い事実、劇的に変わる状況。
 そんな中にあって、ガレオンも自分のことだけで精一杯だったのだ。あのミアキスですら、この現実に、一度は打ちのめされたという。
 目の前の背中を、ガレオンは見つめた。
 いつも飄々としていて、何事にも動じないように、見える。だがガレオンは、この青年にも脆い部分があることを、知っていた。
「・・・・・・・・・」
 ガレオンはゆっくりと体を起こす。そして目の前の、手入れの行き届いた金糸を一房、気付かれないように手に取った。
 カイルは、自分の役割を知っている。
 王子や周りのものたちが深刻になり過ぎないように、ときに不謹慎と思えるほど、明るく振る舞うこと。いつもお気楽そうなカイルだからこそ、誰もが思い詰めてしまいそうになる状況にあって、決して本当の弱音を漏らしてはいけないのだ。
 張り詰めた糸ほど、切れやすい。だがそれでも糸である以上、どんな状態であっても、切れない保障はどこにもなかった。カイルがいかに、この髪の毛のようにしなやかで柔軟であっても。
「・・・・・・カイル」
 ガレオンはそこまでカイルの精神状態を思いやって、しかしだからといってどうしてやればいいのかなどはわからなかった。
「・・・疲れたなら、休め」
 強引にカイルの肩を引いて、ガレオンはその体をそのまま力任せにベッドに押し付けた。
 結局体の疲れしか気遣えない自分に、ガレオンは嫌気が差す。
 そんなガレオンを見上げて、カイルはしばし目を瞬かせ、それから笑った。
「・・・やっさしーい」
「・・・・・・」
「でも、オレは、大丈夫ですよー。ガレオン殿が来てくれたから」
 少し細められてガレオンに向けられるその碧眼をどれだけ覗き込んでも、カイルの心の中は窺えない。
「欲求不満も解消ー、なんてね」
「・・・・・・」
 その口調は、いつもの軽やかなものに戻りつつあった。
 だがガレオンには、自分がカイルの心を軽くしてやれたとはとても思えない。
 ならば、カイル自身が意識して明るく装っているのだろうか。ガレオンにも心の中に立ち入って欲しくないと、そう思っているのだろうか。
 ガレオンはそう考えて、益々自分がどうしようもなく情けなくなる。こんな自分の半分も生きていない青年が、何を考えているかわからず、そして何をしてやればいいかもわからないのだから。
「・・・ガレオン殿、眉間に皺が寄ってますよー?」
 不意に、つんっとカイルがガレオンの眉間を突いた。
「疲れてるのはガレオン殿のほうじゃないんですかー?」
 カイルはそのまま、面白そうにガレオンの眉間をぐりぐりといじり続ける。その笑顔は子供っぽいもので、普段の朗らかなそれとは少し違い、ガレオンと二人のときに見せるものだった。
 こんなふうに笑えるのなら、カイルはまだ大丈夫なのだろう、ガレオンはそう思う。自分にしてやれることが結局なかったのだとしても。
 カイルがいつもの笑顔を見せるなら、変に悩むことなく自分もいつもの自分でいればいいのだろうか、ガレオンはそう思った。少し虚勢を張っているのだとしても、無理が出てくるまでは見守っていればいいのだろうかと。
「・・・・・・そうかもしれんな」
「でしょー?」
 ほら見ろ、と言いたげにカイルは笑って、自分の隣をポンポン叩いた。
 促されるままそこに横になって、ガレオンはすぐ近くにあるカイルの顔を見つめる。
「・・・確かにあのとき、お前のことを少しも思い出さなかったが」
「あ、やっぱり冷たいー」
 拗ねたように口を突き出してみせるカイルに、ガレオンは正直な思いを告げた。
「だが、今こうして側にいられて、よかったと思っている」
「・・・・・・・・・」
 カイルは瞬間、片眉を下げ口をへの字にし、なんともいえない表情をする。
「・・・そ、そうですかー」
 そしてそそくさと、反対側を向いてしまった。
 だがガレオンは、カイルの頬が僅かに上気していたのを見逃さない。いつもは黙して多くを語らないガレオンの、たまにの率直な言葉にカイルは弱かったのだ。
「つ、疲れてるなら早く寝たほうがいいですよー?」
「・・・あぁ」
 その様子に笑いを誘われながら、ガレオンは確かに疲れていることだしと目を閉じた。
 そんなガレオンの耳に、しばらくして小さな声が届く。
「・・・・・・オレも、さっきも言いましたけど」
 思わずガレオンは目を開け直して隣を見た。変わらずカイルは背を向け、シーツをかぶっている。
「・・・ガレオン殿がいてくれて、本当に、嬉しいです」
 めったにない、カイルの素の声。
「・・・・・・」
 ガレオンはそれに応えるようにカイルの頭を撫でた。カイルが身動ぎしたが、構わず続ける。
 互いに、お互いを一番に選ぶことは出来なかったし、結果論かもしれないが。
 それでも、ガレオンは思う。今ここにこうして二人でいられること、それが全てだと。今のガレオンには、そう思えた。



END

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・・・・・・何この駄目ジジイ・・・!!(ヒィ!!)
でもカイルはそんなガレオンが大好きなのでした、という話。(そうなのか!?)
ところで本拠地にカイルたちの部屋ってあるのかな・・・ゲオルグの部屋はあるけど・・・
どっちにしても、道端?でちゅーとかやめとけよ!!とかね(笑)