the day of retribution
この日めずらしく、ガレオンとカイルは揃ってデスクワークに勤しんでいた。
ガレオンは慣れた調子で書類を一枚ずつ片付けていたが、隣に座るカイルは早くも集中力が切れているようだった。
何か考え事をしているのかボーっと宙を見ていたり、手持ち無沙汰げに万年筆をクルクル指で回していたり。
事務仕事が苦手なのはわかるが、しかし席について早々のその態度に、ガレオンも眉をしかめた。
しかもたった今、カイルは頬杖を付いて目を閉じ、コクコク舟をこぎ始めたのだ。
「・・・カイル殿!!」
「・・・・・・え、あっ、はい!?」
ガレオンの怒鳴り声に、カイルはハッと目を開いた。
「あれ、寝ちゃってた? あ、うわー」
カイルは目の前の書類をかざして溜め息をつく。ガレオンが横目でチラリと見れば、文字が途中からミミズが這ったようなものになっていた。
「・・・・・・・・・」
ガレオンもつい溜め息をつく。
女王騎士とはとても思えない仕事ぶりだが、これがいつものことなのだがら、さらにタチが悪い。
「・・・真面目に仕事せぬか」
「でも、お昼ご飯食べた直後なんだから、眠くなるの当然じゃないですかー」
「・・・気がたるんでいるからであろう」
「えー、でもどんなに気力振り絞っても、眠たくなるときは眠たくなりますよー? 生理現象じゃないですかー」
「・・・・・・・・・」
ああ言えばこう言う。ガレオンは再び深い溜め息をついた。
「これも女王騎士の立派な務めであるぞ」
「・・・はぁー、そうなんですけどー・・・」
カイルはどうしても気が乗らない様子で、思案げに眉を寄せる。
「でも、どうもやる気になれないっていうかー。なんの為にやるのかよくわからないっていうかー・・・」
「・・・フェリド閣下の負担を少しでも減らす為、と思えばよかろう」
それは間違ってはない。カイルが適当に仕事をすれば、そのツケは女王騎士長であるフェリドに回ってくるのだから。
カイルはフェリドのことを慕っている。この理由ならカイルも納得するだろうとガレオンは思った、のだが。
「あ、そーだ、なんかご褒美用意すればいーんだ!」
カイルはポンッと手を叩いて言った。
「・・・・・・」
子供のような発想に、ガレオンは呆れる。
だがカイルはそんなガレオンに構わず、ニッコリと笑い掛けた。
「ガレオン殿、今夜お部屋に行ってもいいですかー?」
「・・・・・・」
夜部屋に行くということが、つまり何を意味するのかくらいガレオンにもわかる。そしてどうやらカイル的にはそれがご褒美らしい。
これは喜ぶところなんだろうかとガレオンは少し悩みつつ、カイルのおねだりに律儀に答えを返すべく口を開いた。
「・・・明日、勤めはないのか?」
「・・・え・・・えぇーと」
カイルが次の日仕事がある日はガレオンは相手しないことにしている。
それを知っているカイルの視線が一度フラーっと彷徨い、それからまたガレオンに戻ってきた。
「はい、休みです!」
「・・・勤めならば、無理であるな」
カイルの下手な嘘に気付かないガレオンではない。ピシャっと却下したガレオンに、カイルは不満そうに唇を尖らせた。
「えー。だいたい、別に明日仕事あってもいいじゃないですかー!」
「・・・ならぬ」
何度聞いたかわからないカイルの訴えを、ガレオンは今回も退ける。
「えー、どうしてですかー? 大丈夫ですって、明日はちゃんと起きますからー!」
と言って、ガレオンもその言葉に乗せられ、しかし結局カイルは昼過ぎまで寝ていた、なんてことが一度あった。
「・・・その言葉は信用ならん」
「ひどっ! って、確かに前科ありますけどー・・・。でも、明日は起きてみせますって! 根性で!!」
「・・・どんなに気力を振り絞っても、眠たくなるときは眠たくなる、のであろう?」
「うっ!!」
自分がついさっき言った言葉を持ち出され、カイルはさすがに返す言葉を失ったようだ。
だがやはりまだ不満げなカイルは、立ち上がると壁のほうに歩いていく。そして、ガレオンに背を向けたまま、ポツリともらした。
「ガレオン殿的には・・・したいからする、じゃなくて、明日オレが休みなんだったら付き合ってやってもいい、なんですねー」
「・・・・・・・・・」
その声が妙に悲しげに、その背中が妙に寂しげに、ガレオンには見えた。
「しかもー・・・」
まだ何か訴えたいことがあるのかと、つい続きを待ったガレオンに、カイルは振り返って言う。
「オレ、あと4日も我慢しなくちゃダメなんですけどー! ムリですよーイヤですよー!!」
「・・・・・・」
どうやらわざわざ壁に貼られた女王騎士スケジュールを確認しにいったのだろう。駄々っ子のような言い方に、ガレオンに一瞬芽生えたカイルに少し優しくしてやろうかという気が、シュンと消えてしまう。
ガレオンはそろそろ勤めを再開しようと、書類に向き直った。
「あ、ガレオン殿ー、聞いて下さいよー!」
カイルは不満そうな声を上げながら近寄ってきて、何故かガレオンの背後に立った。
「ねー、ガレオン殿ー」
何かをねだるときのような、甘めの声色で。同時にカイルは、ガレオンの背をツツーっと指で、飾りタスキを上手く避けて辿った。
「オレ、早く欲しいなあー。ガレオン殿の、熱ーい、コレ」
耳元で吐息を吹き掛けるように言いながら、前に回してこようとしたカイルの手を、ガレオンは掴み自分の体から剥がす。
「カイル殿、職務中であるぞ!」
そして振り返らず怒鳴るように言うと、カイルが離れる気配がした。
「・・・・・・・・・スイマセン」
落ち込んだようなシュンとした声に、少しガレオンの胸が痛む。
強い口調で言ったのは、カイルにこれ以上続けられたくなかったからだった。何故なら、危うくその気になりかける、そのギリギリのところにガレオンは立たされていたのだ。
「・・・・・・」
ガレオンはカイルの様子を窺おうと振り返った。それと同時に、カイルがガレオンの肩に手を掛ける。
「じゃあせめて、キス、していいですかー?」
ガレオンの顔を上から覗き込み、至近距離でカイルは伺いを立てた。それも拒否すればおそらく今度こそ拗ねてしまうだろうと予測させる表情で。
「・・・・・・・・・」
ガレオンは、それくらいなら・・・と、つい思う。今までそれで何度も、あとで後悔したことがあるというのに。
今度は振り払わないガレオンに、了承の意を読み取ったようで、カイルはゆっくり顔を近付けてきた。
カイルが目を開けたままなので、ガレオンも閉じることが出来ない。カイルの青い瞳がガレオンを見つめ、それから少し伏せられ、そして。
触れる、と思った唇は、しかしいつまで経っても触れてこなかった。
カイルはそれどころか、少しガレオンと距離をとる。
「・・・やっぱり、やめます」
何故、と思わず目で問うたガレオンに、カイルはしぶしぶ諦める子供のように口を僅かに尖らせて言った。
「だって、その気になっちゃったら困りますもん」
そしてガレオンの肩に乗せていた腕を引こうとするので、ガレオンはついその手を掴んで引きとめた。
押され続けていたところを突然引かれればあとを追いたくなるのが人間だ、からかどうかはわからないが。
「ガレオン殿?」
カイルは不思議そうにし、それから驚いたように目を少し見開き、それからその目を閉じた。
髪に指を差し込み後頭部を引き寄せ、口付けをより深くすれば、カイルはまたしっかりとガレオンの肩に腕を回してくる。
「・・・もぉー」
一頻りしてから、カイルは少し距離をとって、ガレオンを軽く睨み付けた。
「その気になっちゃったらどうするんですかー」
頬を染めたカイルは、ガレオンに可愛く抗議する。だが、再び唇を重ねてきたのは、カイルのほうからだった。
ガレオンの唇を食み、舌でつつきながらカイルは先をねだる。応えて口を開き舌を引き入れてやると、カイルは嬉しそうにガレオンの口内で動き始めた。
高い位置にいるからか、今度はカイルのほうが主導権をとるらしい。
今まで散々浮名を流してきただけあって、カイルはキスが上手かった。ガレオンの舌を絡めとり、舌やときに歯で刺激する、その所作はとても手馴れている。
だが、それでも。
「・・・・・・ん、ん」
ガレオンがそれまで好きにさせていた舌でお返しのようにカイルの舌を擽ってやれば、カイルはそれだけで喉を鳴らし小さく声をもらす。眉毛が僅かに寄り、睫毛がピクリと震えた。
そんな反応に、ガレオンのカイルに対する愛しさは、益々募る。
ガレオンもただ受け止めるだけでは足りなくなり、いつのまにかここが女王騎士詰め所だということを忘れるほど、今が職務中だということを忘れるほど、そのキスは濃厚なものになっていた。
だが不意に、その二人の時間は終わりを告げる。
扉の向こうで、巡回中の兵士の足音が聞こえたのだ。
その瞬間、ハッとしパッと体を離したのは、意外にもカイルのほうが先だった。
カイルは一歩下がると、口元を押さえながら、何度か小さく深呼吸をする。
「ここじゃなんですから、ちょっとばかし部屋にしけ込みません?」
たとえばそんなふうに誘われたとして、ガレオンはやはり仕事中だからと受け付けるつもりはなかったが。
「ねー、ホントに今夜部屋に行っちゃダメですかー?」
たとえばそんなふうに言われたとしたら、ガレオンは断る自信が、あんまりなかった。
キス一つで昂ぶるような年ではない。が、キス一つで昂ぶってしまうカイルの相手をするのは、嫌いではなかった。正直に言うなら、好きだった。
だが、カイルの口から出てきたのは、全く正反対の言葉だったのだ。
「スイマセン、つい盛り上がっちゃって! 仕事中でしたね! ご褒美先払いしてもらっちゃったんで、ハイ、これからちゃんとやります!!」
ガレオンに注意される前に、というかんじでカイルは言った。まだ顔は興奮を引き摺って紅潮しているというのに、さっきガレオンに怒鳴られたのが効いているのかもしれない。
そしてカイルは、微妙に不自然な足取りで扉へ向かった。
「あ、逃げるんじゃないですよー! ちょっと落ち着けてきたら、戻ってきますからー!」
そう言いながら、カイルはそそくさと部屋を出て行ってしまう。ガレオンは引き止めることも出来ず、そんなカイルをただ見送るしかなかった。
そして、頭を切り替えてさて仕事に戻ろう、としたガレオンだが。なかなか、そうは上手くいかなかった。
ガレオンは、キスだけなら、と許可したことを後悔する。それから、いやカイルはしないことを選択したのに、それなのに仕掛けたのは自分のほうだったと、思い出してガレオンはとても居た堪れなくなる。
そしてその挙句、駄々を捏ねたりねだったりしないカイルに、ガレオンは寂しさに似た感情を覚えたのだ。
カイルが我儘を言ってそれを仕方なしに受け入れる、というスタンスに慣れていたのだとガレオンは気付いた。
だが、仕方なしにでも、付き合ってやってもいいという妥協でも、本当のところはない。
それをカイルに黙っているのは卑怯な気が、今さらだがガレオンはした。だから知らせてやる為には、今夜ガレオンのほうから誘うべきなのだろうかと思う。
思うがしかし、次の日仕事があるならしない、と自分で決めたことを自分で破りたくはなかった。
ガレオンはどうするべきか、思わず真剣に悩んでしまう。
そんな、書類を前に真面目な顔をしたガレオンを、しばらくしてスッキリした顔で帰ってきたカイルが見て、少し反省した様子で「当分は真面目に仕事しよう」と呟いた。
そんなふうに言われれば、せっかくカイルがやる気になっているのだから、それを邪魔するようなことはガレオンには出来ない。
だがガレオンの葛藤はとまらず、その日の書類にちょくちょくミスがあったと、フェリドにめずらしいこともあるものだと笑われてしまった。
END
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結局どっちもどっちですが、年食ってるぶんジジィのほうがタチ悪い気がします。
全くもってダメなジジィです。そしてそんなジジィが 大好き で す !!! (・・・)
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