a trifling day
カイルはシーツを手に取り、眼前に大きく広げた。
皺が随分と寄ってしまっているシーツは、すっかり汚れてしまってもいる。
汚してしまったのは、カイルとガレオンだ。何をどうしてシーツが汚れたか、なんて説明はいらないだろう。
その行為を思い出して、カイルは思わずニヘリーと笑った。
それから、いやいや今は浮かれてる場合じゃないと思う。カイルはこれから、このシーツの処遇をどうするか、考えなければならないのだ。
女王騎士は貴族とは違う意味でこの国のトップの身分である。
専属の部屋掃除をする人、服を仕立てる人、武器の手入れをする人、そして洗濯をする人も、ちゃんといる。
洗濯物を籠に入れて部屋の入り口すぐのところに置いておけば、担当の女官が持っていって洗ってくれて、そして綺麗に洗濯されて返ってくるのだ。
最初はカイルも、女性にそんなことさせるなんて・・・と気が進まなかったのだが、そのうち慣れてしまった。今では女王騎士服から私服から寝具から下着に至るまで、全部お任せしている。
だがさすがに、精液ベッタリのシーツを洗ってもらうのはどうなんだろう、とカイルは悩んだのだ。
女性に関しては、連れ込むよりも忍び込むほうが好きだったので、こんな悩みを持ったことはなかった。
そして、ガレオンと関係を持ち始めてからも、こんな悩みを持ったことはなかった。何故なら、今までは一度の例外もなく、ガレオンの部屋で事に及んでいたからだ。
それにも一応理由がある。大抵いつも約束を取り付けたカイルが嬉々として押しかけるようにガレオンの部屋を訪れるから、が一番の理由。もう一つの理由は、湯船にゆったり浸かるのが好き、というガレオンの嗜好にある。というのも、カイルの部屋にはシャワーしか付いておらず、そしてガレオンの部屋には浴槽が付いてる。だから、行為のあとでもゆっくり湯に浸かりたいガレオンは、自室でのほうが都合がいいのだ。
ならば何故この日、二人がカイルの部屋で事に及んだかというと。単に、全くその気もなくカイルの部屋で話していて、ふとした弾みで、その気になってしまったのだ。カイルはともかく、ガレオンにだって、ムードに思い切り流され引き返せないところまで行ってしまう、なんてことがたまーーーにはある。
そして一戦交えてから、ガレオンは自室に戻り、今頃おそらく湯に浸かっているだろう。カイルはシャワーを浴びて出てきて、そのまま放置していたシーツに気付いて悩み始めた、というわけだった。
「ガレオン殿は・・・どうしてるんだろー・・・」
ガレオンがまさかそ知らぬ顔で汚れたシーツを洗濯に出しているとは考えにくい。かといって、自分で洗っているというのも想像しづらい。というか、ガレオンにそんなことさせるくらいなら、カイルは自分が洗うほうがまだマシだと思った。
「うーんー・・・」
考えども、答えは出ない。
「・・・まぁいいや、明日ガレオン殿に聞こーっと」
カイルは考えることを早々に諦めて、シーツを新しいものと取り替えた。
毎日食べているのに、食堂のご飯には飽きが来ない。さすが天下の女王宮の食堂である。
というわけで、カイルとガレオンは時間が合ったので昼食を共にした。
日替わりランチを食べ終わり、コーヒーを飲む。ガレオンはブラック、カイルはミルクを入れる。そして、ミルクをカップに注いでいるとき、その白く少しドロッとした液体を見ながら、カイルは思い出した。
「あ、そうだ、聞きたいことあるんですよー」
スプーンでミルクを掻き混ぜながら、ガレオンの視線が向くのを待ってからカイルは口を開く。
「あのですねー、ガレオン殿は汚れちゃったシーツをどうしてるんですかー?」
ここは公共の場なので、一応声は潜めて尋ねた。
「どう・・・とは?」
ガレオンもカイルのほうへちょっと身を寄せて問い返す。ちなみに二人は、壁に向かう席に、横並びに座っていた。
「ガレオン殿は普通に洗濯に出してるっぽくないなーって思って」
「・・・・・・それは」
ガレオンは少し周囲を窺う。食堂には他にも食事を楽しんだり雑談している一般兵の姿があるのだ。
どこか気まずそうに、ガレオンはボソボソと答える。
「浴場の洗濯物に・・・まぜてもらっておる」
「・・・・・・なぁるほどー!」
カイルは、さすがガレオン殿!と思った。
女王騎士は女王宮の自室にシャワーもしくは風呂が付いているが、一般兵は勿論太陽宮に部屋など持っていない。なので、そんな兵士たちの夜勤や訓練後の為に、太陽宮には兵士用のお風呂があった。基本的にタオルは貸し出し制で、係りのものが随時使用済みタオルを洗い真新しいものと交換している。それを利用して、ついでに自分の服を洗ってもらう者も現れ・・・いつのまにか兵士たちの無料コインランドリー代わりに利用されるようになってしまったのだ。
それを利用するなんて、よく考え付いたなぁとカイルは感心した。
「そんなこと、全然考え付かなかったなー・・・・・・」
ガレオンはそこにシーツを持ち込んで、ついでに洗ってもらったのだろう。他の兵士もやっていることで、誰が何を持ち込んだかはわからない。
とはいえ・・・女王騎士のガレオンが兵士用の浴場に行くのはそう自然なことではないし、やはり人目はなるべく忍ばなければならないだろう。
「・・・・・・うわっ、すいません、そんなことさせてるなんて・・・!」
感心している場合ではない。今までちっとも気を回していなかったことをカイルは反省した。ただでさえ後始末なんかをほとんどガレオンに任せっきりにしているのに、さらにそんなことまでさせていたとは、かなり不覚だった。
ショックで顔を少し青くするカイルに、しかしガレオンは静かにハッキリと言う。
「いや、我輩にも責任あることである・・・おぬしは気にせんでもよい」
「ガレオン殿・・・!」
さっきまでちょっと青かったカイルの顔が、あっという間にピンクに染まった。
なんて男らしいんだろうステキ!!とうっとりする。本当は、そんなことするなんて気が進まないだろう。それなのに、と思うと益々カイルは嬉しくなった。
気をよくしたカイルは、ガレオンにニッコリ笑い掛ける。
「やっぱりガレオン殿、堂々と出して洗ってもらうの、ヤなんですねー」
「・・・・・・」
当然であろう、と言いたげに、ガレオンは渋い顔をしてコーヒーを啜った。
「ですよねー。ガレオン殿らしいなー。でも、一回出してみたら面白いかもしれませんよー?」
カイルは悪戯っぽい笑顔をガレオンに向ける。
「あのガレオン様が!?って、みんな驚きますよー。相手は誰だろう、とかって噂になりますよね、きっと。それも楽しいと思いませんかー?」
「・・・・・・思わぬ」
思い切り渋い口調でガレオンは答えた。予想通りの反応に、カイルは笑い隠さずもらす。
低く嘆息して目を閉じたガレオンは、しかしハッとしたように、そんなカイルに視線を向けた。
「・・・おぬしはどうしたのだ?」
カイルのセリフから、何か不穏なものを感じ取ったらしい。
それに対してカイルは、正直に答えた。
「オレは、普通に洗濯に出しましたよー」
「・・・・・・」
ガレオンの目がちょっと見開かれた。嫌な予感はしたが、まさか、と思ったのだろう。
「・・・まことか?」
「はいー」
「・・・・・・」
もうちょっと目を見開いて、信じられん、と言いたげな視線をガレオンはカイルに向けた。だがカイルは、ケロッと答える。
「どうせ、あぁカイル様女性を連れ込んだんだろうな、って思われるだけですよー」
「・・・・・・」
「誰も、オレとガレオン殿の、なんて疑いませんって」
それはそうだろうが、しかし・・・と、ガレオンはなんとなく居心地悪い思いを覚えているのだろう。
一方カイルは、特には気にならなかった。だからこそ、どうしようか悩んで結局、まぁいいやと洗濯籠に入れておいたのだ。
汚れたシーツを見られても別に恥ずかしくはない。そうなる原因の行為を、恥ずべきことではないと思っているからだ。
だが、かといって、ガレオンが行為自体を恥じているわけでも、ないだろう。ただそれは、恋愛や性に関することに開けっ広げなカイルと、どちからというと閉鎖的なガレオンの、その差なのだ。
それがよくわかっているカイルだから、たまにガレオンとの関係を声を大きくして言い触らしたい気に襲われることがあっても、グッと我慢して誰にも言わずにいるのだ。
少しでもガレオンの負担にならないように、でもせっかくなら出来るだけ甘えたい、その上手い両立を目指しているカイルだった。
そして、カイルはやっぱり、ガレオンにシーツの始末までさせては駄目な気がする。
「そうだ、ガレオン殿」
だからカイルは提案した。
「これからはオレがシーツ出しときますよ。そのほうがいいでしょー」
「・・・・・・しかし」
やはり気が進まなさそうなガレオンに、カイルは畳み掛ける。
「ガレオン殿だって、ホントはイヤでしょ? こそこそと洗濯物にまぜて洗ってもらうって」
「・・・・・・それは・・・そうであるが・・・」
「ね、オレに任せて下さいよー!」
「・・・・・・」
ガレオンはしばらく黙って考え込んだ。カイルは、そろそろぬるくなってきたコーヒーを啜りながら答えを待つ。
多分ガレオンは、カイルが匿名ではなく堂々とシーツを洗ってもらうというのが、自分のことがバレるわけでなくてもなんだか居心地悪いのだろう。かといって、こっそりと洗ってもらうというのも、ガレオンの女王騎士としての矜持に関わる。つまり、ガレオンがどちらをより嫌だと思うか、の問題なのだ。カイルはだから無理強いはすることなく、ガレオンの結論を待った。
そしてガレオンは、小さくハァと溜め息をついてから、カイルに視線を向ける。
「では・・・・・・頼む」
「はい、任せて下さいー!」
渋い声で言ったガレオンに、カイルはことさら明るい声で返した。もう決めてしまったのだから、これ以上このことで悩まないで欲しいと思うが、しかしガレオンのことだからそうもいかないだろう。
カイルはやはり申し訳なくて、つい視線を俯けた。
「でも、なんか、ガレオン殿をこんなことで悩ませちゃって、悪いですねー・・・」
「・・・言ったであろう」
するとガレオンは、さっきとは違ってハッキリした口調で言う。
「我輩にも、責任があること。おぬしが気に病むことはない」
「ガレオン殿・・・!」
カイルの顔が、またパァーっとピンク色に染まった。
あぁ、ガレオン殿、やっぱりステキです最高ですー!! みんな聞いて下さいよ、オレの大好きなガレオン殿はこんなに素晴らしい人なんですよーー!! もー、うっとりしちゃいますー!!
などと、辺りに言い触らしたい気分にカイルは襲われた。
が、勿論そんなことは出来ない。
だからカイルは、残りのコーヒーでそれをゴクリと飲み込んだ。そして、ガレオンを見上げる。
「ガレオン殿、昼のお勤めまで、まだちょっと時間ありますよねー?」
「・・・・・・あるが」
向けられる視線で、ガレオンはなんとなくカイルの言いたいことがわかったようだ。遠慮がちに答える。
そしてカイルは、瞳を輝かせながら、おねだりする。
「じゃあ、それまで・・・ちょっとだけ、ね?」
囁くように言いながら、カイルは手をテーブルの下にやり、ガレオンの太腿をそっと撫でた。当然ガレオンは咎めるような視線を向けてくる。
「・・・やめぬか、このようなところで」
「じゃあ、ここじゃなかったら、いいんですねー?」
そのガレオンの言葉を都合よく解釈して、カイルはさっさと席を立った。そしてウキウキと食堂を出る。
カイルは、振り返らなくても、わかった。ガレオンは、小さく溜め息をつきながら、それでもカイルにちゃんと付き合ってくれる。
そんな、カイルに実は結構甘いところもあるガレオンが、カイルはさらに大好きなのだ。
そのことを、誰にも言わず秘めておくのは、ちょっと残念でちょっとつらい。
でもだから、このあり余る思いを、その分ガレオンに全部ぶつけるのだ。惜しみなく。
カイルは振り返って、やっぱりすぐそこにいてくれるガレオンに、にっこり笑い掛けた。
END
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シーツネタというよりは、洗濯ネタのような気もしますが。(そして結局、いつも通りのバカップルで締め)
汚れてしまった(というか、汚してしまった)シーツをどうするのだろう?
とか、誰も問題にせずスルーしてますよね、普通!
こういうのに考え巡らせるのが大好きで…!
しかし、今思うなら、
ガレオンはきっと、汚れたシーツを自分で洗ってたと思います。
でカイルが、ガレオン殿にそんなことさせるくらいならオレが洗います、洗わせて下さい!とか言って。
それで、カイルは持ち帰ったシーツを、素知らぬ顔で洗濯に出すんです。
とかそんなかんじがいいなとか今さら…!
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