The night passed quietly ...... ?




 女王騎士四人は任務でとある領地に赴いた。四人揃って、なのだから大層重要な任務なのかといえば、しかしそういうわけでもない。
 領内の森に、突如魔物と思われる獣の大群が出た、と報告があった。本当なら、女王騎士を二人派遣すれば充分・・・それでも過分な措置なくらいなのだが。
 丁度その頃、ソルファレナの情勢は非常に落ち着いていた。だから、フェリドが決めたのだ。
 よし、女王騎士全員で行こう。これを機に親睦を深めるというのもいいだろう。女王騎士合宿、だと思えばいい!
 と。
 そんなわけだから、領地の人たちにとっては深刻な問題なのだろうが、現地入りした当人たちは至っていつもと変わらない様子だった。
 つまり、ガレオンとザハークはいつもの無表情、緊張感があるというよりはただ落ち着き払っているだけである。
 フェリドはいつものようにどっしり構えておおらかに笑い、カイルは物めずらしそうにキョロキョロと周りを見回し女性を見付けたらそのつど声を掛ける。
 そんな女王騎士たちの様子に、しかし領地の人々は逆に安心した。彼らにとっては今回の任務はたいしたことがない、つまり簡単に片が付くのだろう、と。
 その読みは確かに全く正しかった。まさか合宿代わりなどと思われているとは、さすがに想像もしなかったようだが。
「これはこれは遠いところへ・・・」
 領主の館へ着くと、領主が現れ、挨拶を始めた。六十前くらいの痩せ気味のその領主は、恐縮しきった様子で何度も頭をペコペコ下げる。
 小さな領土の領主である彼は、ソルファレナでの議会でも末席で、女王騎士長始め女王騎士を間近にするのが初めてだからだろう。しかも四人勢揃いである。
 身を小さくしたまま今回のあらましなどを話そうとする領主に、フェリドが苦笑しながら口を挟んだ。
「話途中ですまんが、確かに遠い道のりでな、打ち合わせなんかは食事と一緒にさせてもらって、早々に休ませてもらえんか?」
「あ、賛成ー、オレも腹ペコですー!」
 気を遣ったフェリドと、単にそれに便乗したカイルの言葉に、領主はホッとしたように笑った。


 食事しながらの打ち合わせも終わり、四人は体を休めるべく部屋に案内された。それぞれの、と言いたいところだが。
「まことに申し訳ないのですが・・・この通りこの館は狭いもので・・・」
 と言いつつ、非常に済まなさそうに、案内人は三部屋しか用意出来なかったと告げた。個室二部屋と、相部屋一部屋、だそうだ。
「はいはーい、オレ、ガレオン殿と一緒の部屋がいいでーす!!」
 と、カイルは言いたいところだったが、しかし二人の関係は知られていないので、言い出せない。自然と、部屋割りは決まってしまう。
「じゃあ、ザハークとカイル、おまえらが一緒の部屋を使ってくれ」
「は」
 当然の流れに、ザハークは勿論異を唱えない。カイルも、やっぱりそうなっちゃうよなー、と思いながらも、一応言ってみた。
「えー、ヤだなー」
 カイルの隣で、ザハークがピクリと片眉を上げた。ザハークと一緒の部屋は嫌だ、と言っているようなものだから当然だろう。
「ん? なんだなんだ、カイル、俺と一緒の部屋がいいって?」
「そんなことは言ってませんー」
 揶揄うように笑って言ったフェリドに即座に言い返してから、カイルはどうせだから言ってみた。
「フェリド様とよりは、ガレオン殿とのほうがいいですよー。フェリド様って、いびきうるさそうですもんー」
 冗談めかして言いながら、しかし本音だ。いびき云々はともかく、どうせならガレオンと一緒の部屋がいい。
 だが、やはりそう上手くはいかなかった。
「カイル殿、閣下の決定に意を挟むものではない」
 静かな声で、ザハークが言った。至極尤もなことを。
「・・・はいー、わかってますよー」
 しぶしぶと、しかし自分の思ったとおりになるなどと思っていなかったカイルは、引き下がった。
「仕方ないなー。まぁ、いいや。オレは、優しいお姉さまの部屋にでも忍び込ませてもらいますー」
 ちらり、とガレオンに視線を向けながらカイルは言った。ガレオンと、一瞬目が合う。たぶん、わかってくれたはずだ。
「カイル、明日は早いんだ。あんまり無茶をして、遅れるなよ?」
 苦笑まじりに言うフェリドの言葉を背に、カイルは取り敢えず一応、という気持ちで用意された相部屋に入った。


 部屋にはすぐに湯が用意された。部屋は同じでも、勿論湯は別だ。といっても、たらいに湯を張っただけの簡素なものだが。女王宮ならともかく、辺鄙な領地の風呂だ、文句はない。
「さっさと湯を浴びて、どこかに行こーっと」
 カイルがそう呟きながら、女王騎士服を脱ぎ始めた。ザハークは、つい視線を向ける。
 カイルはザハークに完全に背を向けている。男の裸なんて見たくないですからー、とでも尋ねれば理由を返すのだろう。ザハークにとっては都合がよかった。
 気取られないようにじっと眺める、のはザハークの得意技なのだ。カイルに対してしか、したことはないのだが。
 カイルは少しずつ服を剥いでいく。内着を落とせば、しなやかな体躯がザハークの眼前に包み隠さず晒された。最後に髪留めを取り、眩い金糸が白い肌に這う。
 怪しまれないよう自らも服を脱ぎながら、ザハークはカイルの姿を目に焼き付けるよう眺めた。うしろ姿なのが残念だが、贅沢は言うまいと自分を納得させる。
 豊かな金髪の上を、瑞々しい肌の上を、水が滑り落ちる。白い肌が、湯の蒸気に当てられて、ほんのり赤みを帯びていく。
 それは堪らない光景だった。その水滴の一つ一つまで、ザハークはつい目で追う。
 タオルで腕を拭き、背を拭き、ザハークからは見えない前にも勿論手を遣って動かす。
 腕が動くに合わせて、しっとりとぬれた髪も一緒に肌の上を動いた。
 ザハークとカイルの距離は、一メートルほど。湯気で段々と霞んでいく視界が、ザハークにはもどかしい。
 だが、ザハークは決して動こうとはしなかった。遠くから、距離をとって眺める。それがザハークが自分に課した制限だった。
 ザハークはわかっているのだ。たとえここで、自分から距離を縮めようと、カイルから返ってくるのは拒絶だけだと。
 気の合わない同僚、以上には決して、なれないのだと。
 全身を洗い終えたカイルは、立ち上がり新しいタオルで体を拭く。ザハークも、結局あまり体を拭かずに終わったが、湯から上がった。
 カイルは寝台に腰掛け、髪の手入れをする。ザハークも、同じように寝台の縁に掛けて髪を拭いた。
 両端の壁に沿って一つずつ配置された寝台、その縁に腰掛ければ当然二人は向かい合う形になる。
 内着だけを身に付け、体が火照っているからだろう胸元を少し肌蹴ているカイルを、ザハークは視界の隅にこっそりと入れていたのだが。
 そのカイルが、不意にザハークのほうを向いた。その口から出てきたのは、勿論甘い言葉とは程遠いいつも通りのものだったが。
「ザハーク殿、もう寝るんですかー?」
「あぁ。貴殿も、寝るのだろう?」
「はぁ、寝ますけどー・・・」
 そう言いながら、カイルは一応といったかんじで横になる。だが、目を閉じず、布団も掛けず、寝ようとする気配は感じられなかった。
 カイルの算段はわかっている。ザハークが寝てしまったあとに、部屋を出て、さっき言っていたように誰かの部屋に忍んでいこうとでもしているのだろう。
 ザハークが起きていれば、任務を控えて・・・などと小言を言われるとカイルもわかっているから、ザハークが先に寝るのを待っているのだ。
 だが、ザハークとて、カイルが部屋を出るのを易々と許すわけにはいかない。先に寝てなるものかと、ザハークも横になって、同じように布団は掛けず、襲ってくる睡魔と戦った。
 二人の根競べは、どれだけ続いただろうか。
 先に根を上げたのは、カイルのほうだった。ソルファレナからの道のりで、二人とも体は疲れきっていた。そして、体力がないカイルのほうが先に落ちてしまったのだ。
 規則正しい寝息を確認し、ザハークは起き上がった。そして、近付くと、カイルはやはり布団を掛けないまま眠っていた。
 たとえば今、カイルに触れたり、キスしようと思えば、可能だろう。そう唆す声が、内側から聞こえた。
だがザハークは、無防備に眠るカイルに、布団をそっと掛けるだけで自分の寝台に戻った。
 決して触れない、それもまた、ザハークが自分に課した制限だったのだ。
 自分も布団をかぶり、カイルがちゃんと寝ていると再度確かめてから、ザハークはやっと体の欲求に従って眠りについた。


「・・・・・・ん・・・?」
 寝返りを打った拍子に、目が覚めたカイルは、ハッと起き上がった。
「やばい、寝ちゃった・・・!!」
 思わず声にしてから、カイルはハッと口を押さえる。辺りは暗い。ザハークの眠っている気配がした。
 そこでふと、カイルは自分の体に布団が掛かっていることに気付く。自分で掛けた記憶はないので、たぶんザハークが掛けてくれたのだろう。
 ザハーク殿もいいところもあるんだけどなー、と思いながら、カイルはそーっと寝台を抜け出した。そして、そろりそろりと、部屋を出る。
 どうやら、まだ夜中のようだ。寝てしまうとは不覚だったが、カイルはまだ間に合うかもしれないと、ガレオンの部屋に行ってみることにした。
 ガレオンの部屋は、相部屋の左隣、さらにその向こうにフェリドの部屋がある。カイルは足音を忍ばせながら、隣の部屋にそっと入った。
 灯りはついているが、ガレオンはどうやら、やっぱり寝ているようだ。
「はー、残念」
 カイルは溜め息をついた。それから、どうしようかと少し迷う。
 そしてカイルは、寝台に近付き、その大きさを確かめた。充分、隣に入り込む隙間がある。
 これからまた部屋に戻るのもつまらないし、かといってフェリドに言ったように女性のところに行く、なんてことも考えていない。とすれば、カイルの行動は決まっていた。
 ガレオンを起こさないよう慎重に、カイルはその隣に忍び込んだ。別に、ガレオンが起きたらそれはそれでいいのだが、やはり睡眠の邪魔をするのは気が進まない。
 ガレオンはいつものように、上を向いて微動だにせず寝入っている。それを見て思わず笑んでから、カイルは目を閉じた。


 湯を借りて、体を清めあたため、寝る準備は整った。ガレオンはそのまま、しばらく寝台に掛けてただときが経つのを待っていた。
 部屋に入る前のカイルのセリフは、つまりあとでガレオンの部屋に行きますということなのだろう、ガレオンはそう解釈したのだ。
 だからガレオンは、しばらく待っていた。だが、一向にカイルはやってこない。
 湯冷めしては困るので、布団に入り、またしばらく待っていた。だがやっぱり、カイルは来ない。
 そのうち、ガレオンにも睡魔が襲い掛かってくる。もしかしたら同じように、カイルも疲れて眠っているのかもしれない。
 ガレオンはそう思いながら、しかし一方では思ってしまった。もしかしたら、言っていた本当にその通り、どこか女性のところに行っているのかも、しれない。
「・・・・・・・・・」
 ただの勘繰りだとわかっていても、ガレオンは、嫌な気分になってしまった。胸の辺りがグッと、熱くなる。
 その思いを昇華させるように溜め息をついても、嫌な気分は消えなかった。頭が勝手に、カイルと女性が今しているかもしれない行為を描こうとする。
 それを打ち消すように、ガレオンはきつく目を閉じた。そして、無理やり睡魔を手繰り寄せ、眠りに落ちていった。
 だが、やはり深い眠りは得られなかったようだ。ガレオンは一刻もせぬうちに意識が覚醒するのを感じた。
 すっきりしない思考が不快で、首を振ってから、めずらしく寝返りを打とうと、右を向いた。
 ガレオンは、驚く。
 スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てるカイルが、そこにいた。
 夢に思えて、ガレオンは思わず手を伸ばす。
 その手が、指通りのいい金糸に触れた。その手が、馴染んだなめらかな頬に触れた。
 やはりカイルは、女性のところなどではなく、他ならぬガレオンのところに来たのだ。
 ガレオンの胸が再び、グッと熱くなった。ただし今度は、不快な熱ではない。
 ガレオンはゆっくりカイルとの距離を詰めた。
 そっと上から覗き込む。規則的な寝息を立てるカイルの、その唇に、ガレオンは口付けた。
 そのやわらかい、馴染んだ感触が、愛おしい。一応カイルを起こすつもりはなかったのだが、しかしつい気が変わってしまうガレオンだ。
 軽く開いた唇の淵を舌でなぞると、カイルの目蓋がぴくりと動いた。
「・・・ん、・・・」
 ゆっくりと目蓋が上がり、暗がりでも光を湛えたような青い瞳が、ガレオンを捉える。その眼差しは起きぬけで少しぼやけ、声もまた少しぼんやりしていた。
「・・・あ、起こしちゃいました・・・?」
 ガレオンを見上げる体勢で、そんなことを言う。その頬をゆったり撫でながら、ガレオンは再びカイルに顔を近付けた。
「それは、こちらのセリフであろう」
 言い終わるやいなや、ガレオンは再度カイルの唇を啄ばんだ。一瞬目をパチクリとしたカイルは、すぐにその瞳を閉じる。そして腕を、ガレオンの背に伸ばした。
 腰辺りに掛かったままの布団が邪魔に思えたところに、カイルの手がその布団を掴む。同じことを考えたのかと思えば。
 カイルはその布団を逆に引き上げ、すっぽりと二人を覆うようにかぶせてしまった。布団の中が、小さな密室になる。
 この館は、ぱっと見からしてそう立派なものではなく、つまりはおそらく壁も薄いだろう。左部屋にフェリド、右部屋にザハークがいる。万が一声がもれてしまったら、大変だろう。
 いつもそういうことに気を遣うのはガレオンの役目である。だが、ガレオンは今ようやくそのことに思い至った。
 どうやらめずらしく、カイルのほうがまだより理性を残しているようだ。それは、触れ合う体温でもよくわかった。
 いつもはカイルのほうがすぐに熱くなって、その肌の温度に煽られるようにガレオンも体温を上昇させる。それなのに、どうやら今はガレオンのほうが熱を持っているようだった。カイルの肌が、少しひんやりと感じられるのだ。
 だがそれでも。キスを繰り返しているうち、いつのまにかカイルの体温が追いついてくる。気付けば、二人とももう引き返せないくらい、すっかり体を熱くしていた。
「ん、・・・ぁ・・・は」
 閉ざされた空間の中に、カイルのもらす吐息まじりの声、絡み合う舌が立てる湿った水音、衣擦れの音までが、いつもよりも大きく響いた。
 薄暗い視界が否応なく触覚を過敏にし、狭い布団の中いつもより密着した体勢が互いの熱をダイレクトに伝える。
 肌と肌を隔てる布がもどかしく、互いに互いの服を剥ぎ始めた。その手つきは早急なものだ。
 明日は朝早い。なるべく早く終わらせて、体を休めておかなければならないだろう。
 それが、理由の一つ。理性で、そうしなければならないと、思っているのだ。
 だが、それだけが理由ではなかった。
 急激に上がった熱は、猛烈な勢いで体の中を駆け巡り、出口を求めている。それが逸る気持ちとなって手つきを忙しなくしているのだ。
 ガレオンの夜着を肌蹴たカイルの手が、体のおうとつに沿いながら動き、そして辿り着く。
 カイルは、くすりと笑った。
「ガレオン殿、もう・・・」
「・・・・・・・」
 指摘された通り、ガレオンのそこはすでに、変化の終盤だった。いつもは、触れ合う段階では、まだその兆しを見せ始める程度だというのに。
「なんだか、嬉しいです・・・」
 カイルは熱っぽい瞳をガレオンに向け、うっとりとしたように呟いた。同時に、手の内のものをゆっくりと扱き始める。
 ガレオンも同じように手を伸ばそうとしたが、しかしその右手をカイルにとめられた。カイルは、掴んだガレオンの手を口元に引き寄せ、そして中指を選び、ゆっくりと口に含む。
 ぴちゃりと音をさせながら、カイルはガレオンの中指に舌を這わせ、唾液を絡めていった。
 その間、カイルの右手はとまったままだったが、それでもカイルの仕草、その光景だけで、ガレオンの熱は益々募っていく。
「・・・・・・ん」
 充分に潤してから、カイルはガレオンの指を放した。カイルの意図はわかりきっていて、ガレオンはその指をすぐさまカイルの奥まった場所へと向かわせた。
 随分と手順を省いている自覚はあるが、それは気にならなかった。二人とも、それだけ気が急いているのだ。
「あ、・・・っん・・・!」
 始めはさすがにつらそうに顔をしかめたカイルは、気を逸らす為か、ガレオンの顔を引き寄せ、口付ける。
「う、ん・・・っは」
 ガレオンの陰茎に添えられていたカイルの手が、少し強張り、ぎゅっと締め付けられてガレオン自身も急く思いを抑え難くなる。
「・・・・・・カイル」
 ガレオンはその思いに従って、カイルの内側をいつもより強引に押し開いた。カイルもそう望んでいると、触れてくるカイルの腕や唇から伝わってくるのだ。
 人差し指も加えて、ぐいぐいとい奥まで侵入させ、熱い内壁を異物に慣れさせやわらかくしていく。
「・・・・・・あ、・・・ん、ん」
 苦しそうだったカイルの声色は、いつの間にか艶を含んだものに変わっていた。
 薄暗闇では見えないが、おそらくその頬を上気させているのだろう。カイルは、ガレオンの形を確かめるように右手を動かし、先をねだるように脚をガレオンの脚に摺り寄せる。
「っ、ガレオン・・・殿」
 カイルがゆっくりと目を開いた。湖面のように揺らぐ青い瞳が、ガレオンを捉える。
 カイルは全身で熱を伝えてくる。そしてそれは、ガレオンも同じなのだろう。熱いカイルの肌が、とても心地よく感じられるのだから。
 ガレオンは指を引き抜いた。同時に、カイルもガレオンの陰茎から手を離す。
「カイル・・・」
「・・・・・・ん・・・」
 抑えきれない熱を含めて名を呼んだガレオンに、カイルは熱と期待を含めた吐息で返した。
 ガレオンは頷き、カイルの脚を折り曲げ、その中心に腰を押し付ける。上向いた脚が布団を蹴り上げないよう、カイルの脚はガレオンの体に絡み付いた。
 そして、挿入を開始する。ゆっくりと、と言いたいところだが、そんな悠長なことをしてはいられなかった。
「っん、う・・・ん・・・!」
 肉を裂くように押し入れていけば、それに合わせてカイルの口から苦しそうな声が漏れる。だが、ガレオンの躊躇いを封じ込めるように、カイルはガレオンの体を逃さぬよう引き寄せた。
 熱に浮かされた体には、もしかしたら痛みすら甘美な刺激なのかもしれない。カイルの内部もまた、ガレオンをどんどん飲み込んでいった。
「・・・っあ ・・・・・・ん、ん!」
 苦しげだったはずなのに、いつしかカイルの口からは、嬌声が漏れ始める。
 ガレオンは、そのカイルの口を塞いだ。声を少しでも外に響かせない為なのだが。
 ただ、キスがしたいだけ、だったのかもしれない。
 カイルの口の端から相変わらず声が漏れていたが、ガレオンはそれは気にはならなかった。
 舌を絡ませながらも、ガレオンは一旦根元まで押し込んだ自らを再び引き、そして律動を開始する。
 その動きに合わせて、上等とはいえない古びた寝台がギシギシと音を立てたが、二人の耳にはもうすでに入らなかった。
 互いの漏らす吐息と声と、肌と肌の擦れ合う音、結合部が立てる卑猥な音だけが、布団の中という狭い空間に響いていた。
「っん、あ・・・!」
 ガレオンの陰茎に抉られるに合わせて、カイルの体がびくびくと跳ねる。ガレオンの背に回された腕が、そしてガレオンを包み込む内壁が、ぎゅうとガレオンを締め付けた。
 ガレオンは、いつもよりも持ちそうにないと感じた。そして、それはカイルも同じようだ。
 ガレオンの背に爪を立て、襲い掛かる衝撃をそれでもしっかりと受けとめているカイルは、すでに荒い呼吸に邪魔されて喘ぎ声も途切れ途切れだった。
 ぎゅっと目を閉じて仰け反ったカイルの、晒された喉元に思わず噛み付いたガレオンは、同時に、触れるだけで達してしまいそうなほど張り詰めたカイルの陰茎に手を伸ばした。
 そして、達する間を与えないよう素早く、根元をぎゅっと握り込む。
「あっ・・・? ・・・ん、や!」
 突然熱をせきとめられたカイルは、当然抗議するようにガレオンの肩を押して、いやいやをする子供のように首を左右に振った。
 だがガレオンは構わず、カイルの根元を締めたまま、カイルの内側を抉る動きをさらに激しくする。
「が、ガレオ・・・ン、ど・・・っふ、ん、ん!!」
 さらにガレオンは、抗議しようとするカイルの口を塞いで、カイルの内側の行き場のない熱を煽った。
 そうしながら、ガレオンはまた、ともすれば達してしまいそうな自分自身をも律する。
 ガレオンも本音を言うなら、さっさと熱を吐き出して楽になりたいのだ。
 だが、そういうわけにもいかなかった。
 明日のこと考えると、時間的にも体力的にも、一回でとどめておかなければならないだろう。
 だからこそ、逸って半端に熱を残して終わってしまっては困る。体中の熱を集め全てを出し切らなければならないのだ。
 どうやらそんなことに頭が回っていないカイルには少々酷かもしれないが、それでもガレオンは続けた。
「・・・う・・・ぁ、んっ・・・!!」
 ガレオンの陰茎が敏感な箇所をごりっと抉るたび、カイルの体が跳ね、過ぎる感覚に小刻みに痙攣する。
 限界が近い。ガレオンはそこばかりを責めながら、自らも極限まで高めていった。
 そして、一際奥深くまで押し込むと同時に、カイルを締め付ける右手の力をゆるめ、素早く先端へと指を滑らせてガリッと掻く。
「っあ、」
 その瞬間、カイルの体がビクリと引き攣り、それから硬直した。
「ん、・・・ーーーーっん!!」
「・・・・・・・・む・・・う」
 同時に、ガレオン自身これでもかというほど締め付けられ、搾り取られるように内部へと精を放つ。ガレオンの右手もまた、熱いもので濡れた。


 ガレオンが上体を起こし、それまで二人を包み込むように圧し掛かっていた布団を剥いだ。
 途端に冷えた空気が二人の間に入り込んできて、カイルはちょっと残念に思う。
 だが、悠長に肌を寄せ合って余韻を楽しむような状況にないことはよくわかっていたので、文句は言わないことにした。
 それにやはり、火照った体に新鮮な空気は気持ちいい。カイルはまだ脱力したままの体に酸素を取り込んだ。
「・・・はぁー・・・・・・」
「・・・・・・」
 するとガレオンは、カイルがたいぶ落ち着いたと判断したのだろう、そのままにしていた自身をゆっくりと抜き取った。
 その感覚にも、ガレオンの努力の甲斐あってか、軽い虚脱状態にあるカイルはいつものように性感を煽られることはなかったが。
「う、んー・・・」
 ぶるりと身震いをして、カイルは思わず体を起こした。
 ガレオンの精液が、栓を失って流れ出し、カイルの体を伝い落ちたのだ。そしてそれは、シーツにまで滴って染みを作る。
「あー、汚しちゃいましたねー・・・」
 とはいえ、そうでなくてもシーツはすでに二人分の汗やら何やらを吸い、皺だらけになっていた。
 取り敢えず、今さらもう繕いようもないので、後始末にはそのシーツを遠慮なく使わせてもらった。
「あ、そうだ、ガレオン殿」
 そして夜着を着直し、さてどうしようかと折りたたんだシーツを前に眉を寄せていたガレオンに、思い付いてカイルは提案する。
「オレ、シーツ交換してもらってくるんで、待ってて下さいねー」
 そう言ってシーツを抱えるカイルを、ガレオンは不安そうに見た。
「しかし・・・」
「だいじょーぶですって! 上手くやりますからー」
 ガレオンの心配もわかるが、カイルは笑いながらシーツを手にドアに向かった。こういうことに対処するのは得意なのだ。
「じゃ、すぐ戻ってきますからー」
 カイルはガレオンがまだ眉を寄せているのにも構わず、シーツを抱えて部屋を出た。


 通路は静まり返っていて、人のいる気配などなかったが、しかし少なくとも夜番の兵士はいるだろう。
 だが出来るなら男になんて頼みたくないカイルは、女官の姿を探して、薄暗い廊下をシーツを抱えて歩いていた。
 そのうち、向かいから足音が近付いてくるのに気付く。
 カイルは欠伸が出そうになるのを抑えつつ気配を消して、ランプを持ったその、女性と思われる足音の主の姿を確かめた。
 暗闇にランプの僅かな光で浮かび上がったのは、二十歳くらいのやはり女官だった。カイルは、最適な相手だと判断する。女性なら誰でもいい、というわけでもなかったのだ、出来るなら。
「すいませーん」
 カイルはまだこちらの存在に気付いていなかった女官に、柔らかい声を掛けた。
「きゃ、・・・!」
 突然のことに、驚いて声を上げようとした女官の口に、カイルは素早く人差し指を当てた。
 そして顔を近付け、微笑む。
「ごめんね、驚かせて。でもオレ、不審者じゃないんだけどー」
「・・・・・・」
 女官は間近の顔を見つめ、至近距離で拝む美貌に、僅かに頬を赤くした。おそらく、唇に触れたままの指のせいでもあるのだろう。
「あ、あの・・・」
 カイルが喋りづらそうな口から指を離すと、女官はカイルを窺うように見上げながら、小さな声で言った。
「か、カイル様・・・ですよね?」
「あ、わかってくれた? 嬉しいなー」
 ホッとしたように笑いながら、しかしカイルはそこについては計算済みだった。すぐにわかってもらえる自信がなければ、夜中に声を掛けるなんて出来ない。カイルにとって、女性に不審者だと思われるなんてことは、甚だ不本意なことなのだ。
 本当に小さな所領だから、女王騎士が来るとなれば当然大きな話題になって、そのことを知らぬものはいないくらいだろう。
 そして年若いカイルは、女性の間では特に話題になり易い。女官の間ではなおさら。
 実際目の前の女官の瞳は、こんなに間近で言葉を交わせるなんて、という驚きと喜びをありありと語っていた。
 そんなふうに思ってもらえれば、やはりカイルとしても嬉しくて、益々愛想よく笑いながら話を切りだす。
「夜分に申し訳ないんだけど、ちょっと頼みたいことがあってー」
「わ、私にでしょうか・・・?」
 問い返しながら、女官の表情は、すでに頼みを聞き入れると決めている、そう答えていた。
「ちょっと、言いにくいんだけどー・・・」
 カイルはそう言いながら、ガレオンが取り敢えず几帳面に綺麗にたたんだシーツを、ひょいっと女官の眼前に掲げる。
「これ、このシーツ、新しいのと交換して欲しいなーって」
「え、交換・・・ですか?」
「そう。ちょっと、使えなくなっちゃったっていうか・・・」
 カイルは、意味ありげに笑いながら、理由をほのめかした。声色も、それまでの昼の陽気を思わせるものから、夜の空気を纏うものへと変える。
「汚しちゃって・・・ね」
「・・・・・・」
 女官はすぐには理解出来なかったようで、パチパチと瞬きした。それから、さりげない仕草で髪をかき上げたカイルの動きを目で追う。
 ランプの灯りを受けて煌く髪は、結われておらず、どこか乱れていた。その金糸はカイルの手から滑り落ちて、ゆったりとした夜着に、覗く肌に、しなだれ掛かる。そしてその肌は、熱の名残をとどめていて、さらには僅かに赤く変色した箇所がいくつか見えた。
「・・・・・・あっ!」
 目と口をあけて思わずカイルに見入っていた女官は、次の瞬間、あっという間に顔を赤く染め上げる。何故か彼女のほうが恥ずかしそうに・・・もしかしたら思わず何か想像してしまったのかもしれない、ぱっと目を伏せた。
「あ、あの・・・そういうことでしたら、はい」
 女官はカイルを正視出来ない様子で、それでもシーツにそおっと手を伸ばして受け取る。
「あ、よかった。ごめんね?」
 申し訳なさそうに言いながら、カイルは内心で自分の人を見る目の正確さにほくそ笑んだ。やっぱりこの娘を選んでよかった、と。
 シーツを交換してくれということがつまりどういうことなのか、わからない女性に頼むのは気が引けるし、面倒なことにならないとも限らない。
 だから全く純粋な娘でも困るのだが、かといって、そちら方面を得手にしている女性でもまずい。そういう女性は大抵、好奇心も強く、そしてお喋りなのだ。
 次の日には、勝手な推測や尾ひれが付きまくった噂となってこの狭い領内を駆け巡っている、なんてことになり兼ねない。
 カイルとしては、どうせ数日滞在するだけなのだし、そういうふうに噂になることは初めてでは勿論ないので、そう気にならないが。
 ガレオンが居心地悪い思いをするのは確実だし、ザハークに咎められでもしたら面倒である。回避出来るなら、しておくに越したことはないのだ。
「あの、じゃあ、すぐに新しいのをお持ちしますので、少々お待ち下さいませ・・・!」
 女官はカイルの読み通り、余計な詮索などせず、ただ頼みを果たそうとシーツを抱えて小走りで駆けていった。
 いい娘だなぁ、と思いながら、カイルはそのうしろ姿を見送る。
 それから十分もしないうちに、女官は戻ってきた。待たせては悪いと、急いだのだろう。自分の職務でもないだろうに。
「お、お待たせしました!」
 少し息を切らして頬を赤くしている女官の姿に、カイルの心もちょっと浮き立った。
 元々女性大好きのカイルは、ガレオンにすっかり夢中になっている今だって、その基本の部分は変わってはいない。
 やっぱり女性っていいなぁ、とカイルは染み入るように思った。
「ありがとう、助かったよー」
「い、いえ・・・」
 顔を赤くしたままプルプルと首を振る女官を、カイルは可愛いなぁと目を細めて見下ろす。
「名前、聞いてもいい?」
「え、わ、私・・・ですよ、ね・・・。あ、あの、メアリ、と言います」
「メアリちゃんかー。カワイイ名前だね、ピッタリ!」
 お決まりのようなセリフを言ってから、カイルは腰を少し屈めた。
 そして、メアリの僅かにそばかすの残る赤い頬に、キスをする。
 メアリが驚いて、カチンと固まってしまうのをいいことに、カイルはそのまましばらく、やわらかいその感触を楽しんだ。
 それから、少し名残惜しいが離れ、目を丸くしているメアリに笑い掛ける。
「ほんとに、ありがとう」
「・・・・・・い、いえ・・・」
 益々リンゴのように頬を赤く染めたメアリは、小さな声を絞り出して、視線をカイルから逸らし俯けた。
 そんなメアリを、以前のカイルだったら、たとえば引き続き肩を抱いたりなんかして、お誘いを掛けていたかもしれない。
 だがカイルは、そうはしなかった。
 ガレオンに申し訳ないから、気が咎めるから、という理由もあるが。何より、カイルが、特にそうしたいとは思わなかったのだ。
 それよりも、新しいシーツを待っているだろうガレオンに早く届けよう、なんて思ってしまうのだ。
 そしてカイルは、そんな自分を、すでに受け入れてしまっていた。
「じゃあ、そろそろ戻るね」
「あ、はい、お休みなさいませっ!」
 ぺこりと頭を下げたメアリに、感謝しているのは勿論で、最後にもう一度ありがとうと笑って、カイルは来た道を戻った。
 その足取りは、早く戻ろうという思いと、予想外に楽しい時間を過ごせたおかげで、つい弾む。
 だがさすがに、ザハークが眠っているだろう部屋の前を通るときは足を忍ばせ、カイルはガレオンの部屋に戻った。
「お待たせしましたー」
 やはり起きて待っていたガレオンに、カイルは真新しいシーツを広げて見せる。
「はい、ちゃーんと新しいシーツですー!」
「・・・・・・む」
 ガレオンは非常に複雑そうな表情をしながら、手渡されるままシーツを受け取った。一体カイルが誰になんと言ってシーツを交換してもらったのか、気に掛かるのだろう。
 ガレオンらしい心配を反映して、寄った眉間の皺に、カイルはついつい引き寄せられるように、少し背伸びしてキスをした。
 それからついでに頬にもキスをして、なめらかさなんてないその感触はさっきの女官とは全然違うなぁ、なんて思う。
 だが、どちらにキスしたいかと問われれば、カイルは即答してしまうだろう。ガレオン、と。
 そうやってまたガレオンへの明らかに特別な感情を思い知ったカイルは、しかしガレオンからすっと離れた。
 このままくっついていたら、その気にいつなってしまうかわからない。だがさすがにカイルも、体力的にも気力的にも、もう限界だったのだ。
「じゃあ、オレ、部屋に戻りますねー」
 どうせならまたガレオンの布団にもぐりこんで眠ってしまいたいカイルだったが、それはそれで翌朝面倒なので、おとなしく部屋に戻っておくことにしたのだ。
「おやすみなさいー」
「・・・・・・うむ」
 とてつもない名残惜しさを感じながらも、カイルは自分に与えられた相部屋に戻った。


 ザハークの特技の一つ、それは起きよう、と思った時間ぴったりに目が覚めることである。
 この日も例外ではなく、ザハークはぱっと目を覚ました。そして、すぐさましたことは。
 隣の寝台にちゃんとカイルが寝ているか、確認することだった。
 ベッドを抜け出し、ザハークは近寄って、ほっと胸をなでおろす。
 ちゃんとカイルは眠っていた。顔の半ばまで布団を引き上げて熟睡しているカイルを、その昨夜の行動など全く知らないザハークは、見下ろして満足そうに頷く。
 それから、すっかり寝入っているカイルには悪いが、そろそろ起きなければならない時間なので、ザハークはカイルに手を伸ばした。
「・・・カイル殿」
 低く名を呼んだ程度では、カイルは当然目を覚まさない。ザハークは今度は、布団の上からカイルの体を軽くゆすった。
「カイル殿、そろそろ起きないか」
「・・・・・・・・・」
 何度か揺すると、カイルが身動ぎをする。そして、しばらくするとゆっくりと目を開けた。
「んー・・・・・・」
 が、カイルは再び目を閉じてしまう。
「もう・・・ちょっと・・・」
 さらに布団を頭までかぶろうとするので、ザハークは素早くそれをとめた。
「私がついていながら遅刻などさせん。諦めて起きろ」
「・・・・・・や、ですー・・・」
 消え入りそうな声でいうカイルは本当にとても眠そうで、ザハークもちょっと胸が痛んだ。本音を言うなら、このまま寝かせてあげたい。
 というか、せっかくの機会なので、寝顔をしっかり拝んでおきたい。さらには、起きたくないと駄々をこねるカイルはとても愛らしい。しばらくはこんなやり取りを楽しみたい気持ちもあった。
 が、如何せん、時間がないのだ。女王騎士の身支度は、なかなか時間が掛かる。約束の時間に間に合わせるには、そろそろ準備を始めなければならないのだ。
 ザハークは、もうちょっと早くに起きればよかったと後悔しながら、本格的にカイルを起こしに掛かった。
「カイル殿、手間を掛けさせるな」
「・・・頼んで・・・ないですー・・・」
「同室になった以上、私にも責任が出てくるのだ」
「はー・・・そーです・・・かー・・・」
「だから、起きないか・・・!」
 ザハークは、出来るだけソフトに起こしてやろうという当初の心づもりを忘れて、カイルの布団を強引にがばっと剥いだ。
「・・・・・・さ、寒っ!!」
「ならば服を着ればよいだろう」
 堪らず身を小さくしたカイルに、ザハークは冷静に言う。勿論こっそりと、夜着の裾から覗く腿だとかをしっかりと目に焼き付けておくことは忘れなかった。
「・・・ザハーク殿の鬼ー」
「なんとでも言うがいい」
 口を尖らせながら、カイルは仕方なさそうに体を起こしたので、ザハークは役目を果たしたとばかりに自分のベッドのほうへと戻った。
 そして、自らも身支度を整える。その間も・・・カイルの様子を常に窺うことはやはり忘れないザハークだ。
 カイルはのろのろとした動きでベッドを降りた。とてもダルそうなその様子に、前日の移動の疲れが残っているのだろうと考えたザハークは、やはり体力をつける必要があるな、などと分析する。
 ともあれ、のったりした動きで少しずつ着替えていくカイルを見ながら、なのだからザハークの着替えるスピードも自然とゆっくりになった。
 女王騎士服を着終えると、次は髪を整えなければならない。それはさすがに余所見をしながらというのは無理なのでザハークは鏡に向かった。
 慣れた手つきで髪を梳き、一部分を結い上げ、額あてを装着する。そして最後の締めに、目じりに朱を入れた。
 そしてカイルのほうを見れば、カイルはおだんごに組紐を結び終えたところだった。
「カイル殿、準備は整ったか?」
「んー、あとは朱を入れるだけですー」
 答えながらザハークのほうに視線を向けたカイルは、ザハークの手元を見て閃いたとばかりに笑う。
「あ、ちょうどよかったー、ザハーク殿、お願いしますー」
「・・・?」
 ザハークは自分の手元、朱を入れる為の墨壺と筆を見て、カイルの意図を察する。
「・・・自分ですればよかろう」
「いいじゃないですか、ついで、でしょー」
 言いながらカイルは、ザハークの目の前にやってきた。
「・・・・・・仕方のない」
 などと言いながら、勿論満更ではないザハークだ。
「男前にお願いしますー」
 そう言ってカイルは、ザハークのほうに顔を近付け、目を閉じた。
 まるで口付けをするときのようだな、とザハークが思ってしまっても無理はない、かもしれない。
 だが、カイルに手を出さないと決めているザハークは、決して変な真似をしようとはしなかった。そんな度胸がない、とも言う。
「動くなよ?」
「はーい」
 念を押してから、ザハークは筆に朱を付け、そっとカイルの目じりに近付けた。
 が、そこでザハークの手はとまってしまう。
 カイルの顔に見蕩れた、からではないと、断言は出来ないが。ザハークの手をとめる物理的な障害があったのだ。
「・・・カイル殿、やはり目を開けてくれないか?」
「え?」
 思わず言われた通り目を開けたカイルの、その青い瞳が不思議そうにザハークを見つめる。
「睫毛が、邪魔だ」
 ぱちぱち、とカイルが瞬きするたびに、その金色の睫毛が、その長さを誇示するように上下に動いた。
「・・・あぁ、そういえば。ずっと前にも言われたなー。長いこと手伝ってもらってなかったから忘れてた」
「・・・・・・」
 どうせ夜を共にした女性に手伝ってもらったのだろう、と思うと面白くないが。ザハークは、長いことなかった、というところに満足しておくことにした。
「じゃ、お願いしますー」
「・・・・・・」
 目をぱっちりと開けたカイルと、至近距離で目を合わせると、意識してしまえばどうしても手が震えそうになる。
 だが、自分に冷静さを強いることもまた特技の一つなザハークは、朱を入れることに集中した。
 さっと、カイルの両の目じりに朱を入れる。それはほんの数秒で終わった。
「・・・・・・これでいいか?」
 問うと、カイルは鏡を見て、満足そうに笑う。
「いいかんじですー。ありがとうございます!」
 カイルに屈託なく笑い掛けられる、ことなどめったにあることではない。ザハークは感謝した。とりわけ、カイルと相部屋にしてくれた、この狭い館に。
「じゃ、そろそろ行きましょうかー」
「あぁ」
 カイルに続いて部屋を出ながら、今日はいい日になりそうだ、とザハークは思った。


「あ、おはようございますー」
 カイルとザハークが使用人に案内された広間にはすでに朝食の準備が整い、フォークを手にするフェリドとガレオンの姿があった。
 自分と同じくらいに寝たのに、ちっとも眠そうじゃないガレオンを見て、カイルはすごいなぁと思う。
 カイルのほうは、正直まだ眠くてだるくて堪らなかったのだ。ガレオンに昨夜のことを後悔されたくないので、なるべくそんな素振りは見せないが。
「カイル、少し疲れが残っているようだな。昨夜、やんちゃしたんじゃないだろうな?」
「してませんよー。ザハーク殿に見張られてましたもん。ね、ザハーク殿ー」
「ほんとか?」
 疑わしそうなフェリドに、ザハークははっきりとした答えを返す。
「確かに」
 カイルはほっとした。やっぱり、ザハークは昨夜のことに全く気付いていないようだ。
 なんだか騙しているようで、ちょっと悪いかな、と思うが。そのぶん朝は愛想よくしておいたからまぁいいだろう、と思うカイルだ。
「それよりフェリド様のほうこそ、ちょっと眠そうですよー?」
「お、わかるか?」
 カイルの矛先転換に、フェリドは、朝っぱらから躊躇なく肉を口に運びながら、参ったと言う。
「昨日夜遅く、どこからか妙な音が聞こえてきてな」
「み、妙な音、ですかー・・・?」
 カイルは、ドキリとした。フェリドの部屋は、ガレオンの部屋の隣だ。声や物音が伝いもれていてもおかしくない。
 最初は気を付けていたカイルだったが、途中からは気が回らなくなっていたので、自信がなかったのだ。
 そしてガレオンも、表にこそ出さないが、内心ではドキッとしたのだろう。フォークを持つ手が一瞬とまった。
「あぁ、なんだか木が軋むような、ギシギシという音がな。おまえたちは聞こえなかったか?」
「・・・・・・」
 はい、行為に夢中で、寝台が軋む音になんて全く気付いていませんでした。なんて答えられるわけがない。
 適当にごまかすのが得意のカイルは、素知らぬ顔で言った。
「オレは聞こえませんでしたねー。すぐに熟睡しちゃったし。ねー、ザハーク殿」
「私も聞いていません」
 しれっと言ったカイルに続いて、ザハークがカイルに都合よく証言する。といっても、ザハークにしてみれば事実を述べただけなのだが。
「・・・ガレオン、おまえは聞いたか?」
 カイルとザハークに否定され、フェリドは当然隣の部屋のガレオンに尋ねた。
「・・・・・・は、」
 ガレオンは、きっと心の中で大変葛藤しているのだろう。勿論、正直に言うわけにはいかない。だが、フェリドに嘘をつくのも気が進まないのだろう。
 それがわかってカイルは、頑張れガレオン殿!と内心で応援した。そしてガレオンは、渋い声で言う。
「我輩も、特に気になる物音を聞いてはおりませぬ」
 確かに嘘ではない。ガレオン自身、寝台が軋む音を気にするどころか気付いてもいなかったのだから。
「そうかぁ・・・俺の幻聴か?」
 ガレオンもそう言うならそうなんだろう、とフェリドは、首を傾げながらもその話題を終わらせた。
 ほっとしたカイルは、でもおかげで眠気が吹っ飛んだからよかったー、などと呑気に思ったのだった。
 結局昨夜何かがあったことは、カイルとガレオン、そして女官のメアリがちょっと当然の誤解をして、知っているだけである。



END

-----------------------------------------------------------------------------
Q.ザハ→カイ部分は必要ですか? A.不要ですよね。
でもせっかく楽しく書いたので削りませんでした。
取り敢えず、
ガレオンの部屋に忍んで行くカイルと、女官のほっぺにチューするカイルが書きたかったネタでした。
本当は、カイルよりエロに熱中するガレオン、も目指してたんですが。結局やっぱりカイルがあっさり冷静さを手放したので失敗…。