always like this...
カイルとガレオンは、並んで寝台の上に座っていた。
ガレオンがちょうど窓の方を向いているので、カイルの視界にも自然と、そこからのロードレイクの光景が映る。真っ暗闇に、それぞれの家の窓からもれる光が浮かび上がっていた。
静かな夜だ。
何もかもが眠りについているように思える静寂、しかしそれが、誰もが息を潜め気を落ち着け静かにときの流れに身を任せているからだと、カイルにはわかっていた。
何故なら、カイルもまた、今まさにそんなふうに過ごしているからだ。
「・・・静かですねー」
だが、その静けさが、慣れたものではなかったので、カイルはつい口にしていた。
「本当に、誰も、騒がないなんて」
不思議で堪らない、と口調に滲ませたカイルに隣から、こちらは当然といった調子で、返事がある。
「昔から、ロードレイクのものは、このように静かに新年を迎えるのだ」
教え諭すような言い方だが、それも仕方ないだろう。ロードレイク生まれのガレオンにとっては馴染み深い郷土の年越しを、しかしカイルは全く知らないのだ。
カイルがロードレイクにほとんど腰を落ち着けるようになってからまだ一年は経っておらず、去年の年越しはそのときたまたま滞在していたサウロニクスで迎えた。
「ふぅん。街によって、全然違うんですねー」
そのサウロニクスでは、新年になると共に竜馬たちがいっせいに鳴きだし、とても賑やかだった。
感心したように呟きながら、カイルは隣に座るガレオンを見上げる。その瞳には、好奇心と、そして喜びが映っていた。
ロードレイクの行事をまた一つ知り、そしてこれから体験出来る、そのことへの。
「オレ、てっきり年越しって、騒がしいものだとばっかり思ってました」
「・・・出身は・・・確かレルカーであったな?」
ガレオンもまた、カイルの言葉に興味を引かれたようで、尋ねた。
「はい。レルカーは、お祭みたいに、街中で大騒ぎするんです。まぁ西と中央の中洲は比較的おとなしめだったんですけど。オレがいた東の中州は、爆竹なんかも鳴らして、そりゃもう派手でしたねー」
カイルは素直に昔を懐かしみながら語る。レルカーの正月は、ガレオンには全く想像もつかない光景だが、しかしカイルの表情からとても楽しかったのだろうことだけは伝わってきた。
カイルの気質からいっても、騒げないのはつまらないのではないかと、ガレオンは一瞬思う。しかし賑やかでないと楽しめないのなら、そもそもこうして自分の側にだっていないだろう、そう思い直した。
「初めてソルファレナでお正月過ごしたときも、静かだなーと思ったんですけど、ここに比べたら賑やかだったんですねー」
カイルは引き続き懐かしむ口調で言う。
こんなふうに、静かにこれまでのことを振り返るのがロードレイクの年越しなのだと、カイルは知らないのだろうけれど。
「我輩は他を知らなんだ故、逆に随分賑やかだと思うたな」
「へー、あれで! でも、それもわかる気がするなー」
昼間のロードレイクには、人々の生活する音が、騒がしいとまではいかなくても、活気をもって響いている。
だが今は、口を閉ざせば互いの吐息まではっきりと聞き取れるほどの静けさだった。
「でもだったら、女王騎士みんなで過ごした年越しも、うるさかったでしょー」
「・・・・・・」
ガレオンが肯定しなかったのはおそらく、うるさかった、などと言いづらかったからだろう。かつての上司に対して。
女王宮では毎年、女王騎士と王家の人間だけで年越しを祝っていたのだ。それは昔からの風習ではなく、フェリドの思い付きによるものだった。
ガレオンも、それからザハークやアレニアも、半ば任務のようなものだと判断したのか、律儀に毎年参加していた。ミアキスはリムスレーアがいるのだから勿論、ゲオルグもフェリドに誘われれば否と言うはずもない。
強制ではなかったから、カイルは最初の数回は参加しなかった。それよりも街に下りて気の合う友人たちと過ごすことを選んだのだ。だがカイルも、ガレオンと関係を持ち始めてからは、参加するようになった。
結局最後には女王騎士も全員参加していたその年越しの行事は、主催者がフェリドなのだから当然、ほぼただの飲み会と化していた。そして、毎年毎年、大酒飲みのフェリドが一人で騒いでいたのだ。それはもう、ソルファレナに響き渡る厳粛な鐘の音がほとんど聞こえないくらい。
カイルもノリががいいので一緒になってよくはしゃいだし、フェリドが騒がしいのはいつものことなので、特に気にはなっていなかった。
だが確かに、ロードレイクの年越しが普通であったガレオンにとっては、さぞ騒々しい年越しだと感じられただろう。それでも毎年付き合っていたのは、ガレオンが生真面目だから、だけではないだろうとカイルは思った。
「でもガレオン殿、嫌いじゃなかったでしょ、みんなで過ごす年越し」
「・・・・・・」
ふふっと笑ってカイルが見上げれば、ガレオンは僅かに目を見開き、それからその目を穏やかに細める。
「・・・そうであるな」
「ですよねー。オレも、好きでした・・・」
懐かしんでいることを、二人とも隠さなかった。
幸せだったからこそ、思い出すのがつらい時期もあったが、しかし今ではいい思い出として、あの頃のことを振り返ることが出来るようになっていたのだ。
カイルも、そしてガレオンもガレオンなりに、みなで迎える年越しを、楽しんでいた。
「懐かしいなー。でも、オレ」
カイルが再度ガレオンを見上げる。
「ああいうの楽しくて好きですけど、でも、こういうのも、いいですね」
確かに大勢で騒ぐのも楽しいが、しんと静まり返った中、こんなふうに静かにガレオンと寄り添うのも、堪らなく贅沢な時間の過ごし方にカイルには思えた。
「このまま、じっと年が明けるの待つんですか?」
「・・・いや、もうしばらくしたら、みな家の灯りを消すのだ」
「そしたら真っ暗になっちゃいますけど?」
「・・・・・・」
ガレオンはゆっくりと、窓のほうを指す。カイルもその方向に目を遣って、ガレオンが何を指差したか考えてみた。
「・・・・・・湖、ですか?」
街の西側に広がる湖が、その方向にはある。別の家にさえぎられて、直接は見えないのだが。
「年が明けると同時に、湖に光を灯す。暗闇の中で、その灯りは、どの家にも届くのだ」
「へー・・・」
だから、いつも夜は閉めているカーテンを、今夜は明けているのかと、カイルは合点がいった。
だが、ガレオンの言う光景が、カイルにはいまいち思い描けない。こればかりは、実際に見なければわからないだろう。
「・・・そろそろであるな」
ガレオンが時間を確かめ、腰を上げた。そして部屋の灯りを消すのとほぼ同じくして、街中の家の灯りも一つ、また一つと消えていく。
程なくして、ロードレイクは暗闇に包まれた。
僅かな月明かりだけでは、闇に慣れない目には何も映らない。ガレオンが隣に戻ってきた気配はしたが、カイルは少し心許なくて、そっとガレオンに体を寄せた。
肩に頭を凭れさせると、ガレオンの腕がカイルの背に回り、そしてそのまま肩をしっかりと抱いてくれる。馴染んだその腕に身を委ねて、カイルは口を閉ざして窓の外を見つめた。
ガレオンも何も言わず、暗闇にただ互いの呼吸音だけが響く。まるで世界にたった二人っきりになったような不思議な気分だとカイルは思った。
心細いわけではなく、むしろ妙な安堵感がある。静けさが心地よかった。
手持ち無沙汰なのか、ガレオンの手がゆっくりとカイルの髪を梳く。先のほうまでガレオンの指が通っていくのを感じ、やっぱり髪はこれからも伸ばしたままにしておこうかと、カイルは窓のほうに目を向けながらぼんやり思った。
「・・・・・・・・・あ」
そのとき。不意に、窓の外に小さな灯りが見えた。カイルは思わず声をもらす。青白いその光は、段々と闇を塗り替えるように明るさを増し、その色をやがて白、そして黄色へと変えていった。湖に光が灯ったのだろう。
どういう仕組みなのか、なんて疑問は浮かばず、カイルはその光景に見入った。
光が青色からあたたかみを感じさせる橙色に変わる様は、太陽の恵みが大地に降り注ぐ様を表現しているのだ、などという解説を飲み込んで、ガレオンもまた一年ぶりの光に見入った。
橙色をした光は、本物の太陽が昇る直前まで、ロードレイクを照らし続ける。
一年前は、女王騎士ではない自分としてこれから生きるのだと、ガレオンはあの光を見ながら再確認した。そして、今は。ガレオンは、カイルの肩を抱いたままの自分の右腕を、強く意識した。
すると、同じようなことを考えたのか、それとも無意識に腕で引いていたのか、カイルがガレオンを見上げる。その表情は、やっと現に戻ってきた、そんな顔をしていた。余韻を残して、頬が僅かに上気している。
「・・・キレイですねー。あれって、誰がやってるんですか?」
「街のものが交代で、一戸単位で順に担当しておる」
「へー。当番に当たっちゃったら、なんだか損した気分になりそうですねー」
あの幻想的ともいえる光景を見れないなんて、とカイルは思ったのだが、ガレオンは首を横に振った。
「いや、窓からでなく直接、間近で・・・家族と共に眺めるほうが、ずっと価値があろう。我輩も幼少の頃に実際に目にしたが、湖面を光がたゆたい輝く様は、誠に美しかった」
「・・・・・・」
湖のほうへ向けられたガレオンの瞳が、昔を思い出しているのだろう、穏やかさを湛える。
ガレオンが言葉にして何かを称賛するするなど、そうあることではない。それほど素晴らしい光景として、深くガレオンの心に残っているのだろう。
「・・・そのうち、ここにも当番回ってきますか?」
「そうかもしれぬな」
「そっかー・・・」
カイルはガレオンを見上げて、微笑んだ。
「じゃあ、楽しみにしてます」
その光景を、ガレオンと一緒に見たい。いつか、見れるのだ。カイルはそう思った。
「・・・・・・」
同時にガレオンも、思う。いつになるかわからないそのときにも、カイルは自分の側にいるのだ、と。
「あ、そうだ、もう年が明けたんですよね?」
カイルはそのことを今さら思い出したように、目をぱちぱちさせてから、体をガレオンに向き合わせるように少し動かした。そして、小さく頭を下げてから、笑い掛ける。
「ガレオン殿、今年も宜しくお願いします」
「・・・・・・」
ガレオンは頷いた。それから、カイルに手を伸ばし、ゆっくりと頬を撫でる。そうすれば、口の端に指が触れ、唇に自然と引き寄せられた。
その口付けは、いつもよりも少々、恭しかったかもしれない。
今年も、そして来年も、これからずっとずっと。軽く触れ合っているだけのそこで、まるで誓い合っているかのようだった。
「・・・なんだか、変なかんじです」
くすぐったい気分になって、思わず笑いをもらしながら、カイルはガレオンの首に腕を回して頬を擦り付ける。ガレオン越し、窓の外にはやわらかい光が見えた。
「こんなふうに、ガレオン殿と二人で、年越すなんて」
今までカイルにとって、年越しは単なる騒ぐ口実のようなものでしかなかったのだ。だが、何故だか今は少し、特別に思える。
二人きりで新年を静かに迎えたり、未来のことを確実な将来として語ったり。そんな関係に、自分とガレオンがなるなんて、カイルは今さらだが不思議に思った。
だが勿論、不満などない。カイルは、断言出来た。
「・・・オレ、幸せです」
噛みしめるように言ってから、カイルは少々気恥ずかしくなり、ガレオンの肩に額をくっつける。そんなカイルの背を、ガレオンは返事の代わりのように、しっかりと抱いた。
言葉にして確かめなくても、触れ合う体温だけで伝わる。
今年も来年も、これからも、ずっとこんなふうに。
寄り添い抱き合う二人を、ロードレイクに灯った光が、優しく包み込んでいた。
END
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捏造激しい話ですが。
それよりも、二人のすっかり落ち着いてしまったかんじがなんだかもう恥ずかしくて堪らない話です よ !!
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