my last home




 一年半ぶりにロードレイクを訪れたハイジを、街の人たちは勿論大歓迎し、盛大な宴を開いた。それは夜半過ぎまで続き、ハイジが酔って完全に潰れてしまってようやく終わったのだ。
 ハイジを宿の部屋までしっかり送り届けてから、カイルとガレオンは家に戻った。さすがに潰れるまでは飲まなかった二人だが、常ならず量がいったのは確かで、足取りもいつもより軽い。特にカイルは、元々ガレオンに比べて色素の薄い肌が赤く綺麗に色付いて、随分と酔いが回っていることを知らせていた。
 家に入ると、カイルはすぐさま寝室に向かい、ベッドに身を投げる。
「あー、気持ちいー・・・」
 熱い息を吐きながらそのまま寝てしまいそうなカイルに、ガレオンはコップに水を汲んできて差し出した。酔っていても、ガレオンは決して冷静さを失わないのだ。
「あ、ありがとーございますー」
 上半身を起こして水を飲むと、少しはふわふわしていた思考がクリアになる。だがカイルは再び仰向けになった。
「いやぁ、でも王子、ほんとにどんどん男らしくなってってますねー」
 また「王子」に戻っているが、酔っている今は仕方ないだろうと、ガレオンは訂正しない。
「なんだか、仕草とか目元とか、益々フェリド様に似てきたなー。なーんか、嬉しい」
 カイルは言葉通り、嬉しそうに表情をゆるませた。ハイジが立派に成長するのが嬉しいのは勿論だが。カイルが尊敬や憧れを込めて主と仰いだフェリドの体が、心が、確かにハイジに受け継がれている。そのことを強く実感して、カイルはそれが堪らなく嬉しいのだ。
「あー、でも、姫様も女王になってさらに凛々しくなってるんだろうなー。それからミアキスちゃんもリオンちゃんも・・・会いたいなー。ほんとにそのうちソルファレナに行きましょうねー、ガレオン殿」
「・・・・・・」
 懐かしむような口調。寝転ぶカイルの横に腰を下ろしたガレオンは、カイルを見下ろし、何か物言いたげだ。他の誰にも読み取れないかもしれないが、長年側にいたカイルにはわかった。
「・・・ガレオン殿?」
 だからカイルが視線で促すと、ガレオンは少しの間ののち、口を開く。
「・・・昼に言っておった・・・・・・いや」
 しかしガレオンは途中で言葉をとめてしまった。
 だがそれでも、カイルはやはり、なんとなくわかってしまう。
「もしかして・・・オレがここに住み着くかもって話ですか?」
「・・・・・・」
 まさか即座に言い当てられると思わなかったガレオンは少々動揺した。そのことを気にしていると知られるのは、多少決まりが悪い。
 だがガレオンは、自分がその答えを聞きたがっているのだろうと、ごまかさずに認めた。普段のガレオンならそうしないだろうが、今は幸か不幸か、酒が入っている。
 女王騎士を辞めソルファレナを離れるとき、カイルはガレオンとの関係を続けたいと言いながら、ロードレイクで一緒に暮らすことは出来ない、とも言った。女王騎士でなくなったカイルは、今度は何にも縛られず自由に生きることを、そのとき選んだのだ。
 だが、実際は。カイルは、頻繁にロードレイクを訪れ、そして長く腰を落ち着けるようになっていった。
 それでも、カイルがはっきりと言葉にして言うことはない。そしてガレオンも、確認することが出来なかった。
 カイルの愛情は疑うべくもない。だが、それとカイルがどう生きるかは、全く別問題なのだ。
 だが今のガレオンは、知りたい、そう思う自分の心に素直に、頷いていた。
「・・・うむ」
「・・・・・・・・・」
 カイルはそんなガレオンを、数度目をしばたたかせて見上げる。
「そうですねー・・・」
 それから、再びゆっくりと上半身を起こしながら、カイルは考えるように眉を寄せた。
「なんていうか・・・今の状況ってのも、オレの予定とは違っちゃってるんですよねー」
 カイルはガレオンの知りたい直接の答えを返しはしない。だが、きっとそのうちに繋がるのだろう。それを気長に待とうと、ガレオンはひとまずカイルの話に聞き入ることにした。
「オレ、いろんなところを気の向くままふらふら旅して風みたいに・・・ゲオルグ殿みたいに生きていくのかなって、そうしたいのかなーって・・・それがオレの生き方なのかなって、思ってたんですけど」
 過去形で語って、カイルは窓のほうへ目を向けた。窓の外に見えるのは、真っ暗闇と、そしてまだどこかで酒盛りをしているのだろうランプの灯。見慣れたロードレイクの夜の風景。
「・・・でも実際は、そりゃあふらふらはしてるけど・・・どこにいたってここのこと考えてるし、気が付いたら足が向いてるし・・・」
 それからカイルは、今度はガレオンに視線向けた。少し潤んで熱を帯びた瞳は、しかしアルコールだけがもたらした効果ではない。
「ちょくちょくはガレオン殿に会いに行こうとは思ってたけど、でもこんなに頻繁になるなんて思ってもなかったし・・・まさかこんなふうに長いこと過ごしたりするとか・・・」
 少し不思議がるようにぽつぽつと語るカイルは、しかし途中でハッとしたように声を大きくした。
「あ、それが不本意とか、そう言いたいわけじゃないんですよ!? ただちょっと予想外だったなって!!」
 焦ったように言い募る。カイルは、ガレオンに誤解されてしまったらどうしよう、と真剣に心配しているわけではなく、本心をごまかそうと否定しているわけでも勿論なく。ただいつでもガレオンへの想いを完璧なものにしておきたいだけなのだ。
 ガレオンにはカイルの心情が、手に取るようにわかってしまう。
「・・・わかっておる」
 だからガレオンは頷いた。ロードレイクで過ごすカイルがとても楽しそうなことだって、ガレオンはよく知っている。
 カイルはホッとしたように、語りを再開した。
「でも、よく考えたらオレって、自由に生きてきたつもりだったんですけど、でも意外とそうでもなかったんですよねー・・・」
 思い返すように、天井を仰ぎ見ながらカイルは漏らす。ガレオンは黙ってそれに耳を傾けた。夜はまだ長い。先を急かす理由もないだろう。
「生まれてから14歳までレルカーにいて、それから2年くらいふらふらして、でも16歳くらいで女王騎士になってそれから8年・・・そう考えるとオレって、ほとんど一所に落ち着いてたわけで・・・」
 自分の過去を振り返り、カイルは今度は視線を俯けて、ほんの少し照れくさそうに言う。
「だから・・・レルカーはやっぱりオレの故郷で、それからソルファレナも、オレにとったら長いこと帰る場所で・・・やっぱり故郷で・・・それで・・・」
 すでに酔いは醒めているような、それでも熱っぽい瞳が、ゆっくりガレオンに向けられる。だがしかし、その視線はすぐに逸らされた。
「最近は・・・ロードレイクに「行く」じゃなくて「帰る」って自然に言うようになっちゃったっていうか・・・なんか、このまんま・・・」
 言葉を継ぐとことを迷うように、躊躇うように、小さく呟く。
「ロードレイクがオレの・・・3番目の故郷になるのかなぁーって・・・・・・」
 それは、予想というよりは、期待、願望で。
 なったらいいな、程度の軽い思いよりは切実なぶん、その言葉は小さく掠れそうだった。それでも、ガレオンの耳に真っ直ぐ届く。
 ロードレイクを故郷とする、それはそのまま、ロードレイクで暮らす、それだけの意味を含むものではない。
「・・・・・・あ、あの」
 言葉にして言ってしまった、その事実に耐えかねるようにカイルが口を開く。
「な、なんか勝手なこと言っちゃって・・・ガレオン殿も、め、迷惑ですよねー・・・!!」
 照れ隠しのように笑ってみせながら、しかしカイルが本当に隠したいのは不安なのだろう。
 やはり、そうなのだ。わかりきっていたことではあるが。
 カイルは、ただロードレイクに住みたいわけではない。ガレオンのいるロードレイクを、自分の帰る場所に、したいのだ。フェリドやサイアリーズがいるから、ソルファレナを自分の居場所にしたように。
 カイルもおそらく悩んだだろう。そして、それでも、選んだ。
 そしてその答えこそが、ガレオンの聞きたいことだった。
「・・・迷惑などと」
 落ち着かなさそうに目を伏せていたカイルが、ガレオンの言葉に顔を上げる。
「そのようなこと、思うておらぬ」
 カイルの思いに応えるように、ガレオンもまた、正直な自分の思いを伝えた。カイルが目を見張る。それから、慌てたように顔を俯けた。
 その理由が、ガレオンにはわかる。ゆっくり手を伸ばして、カイルの熱を持った頬に触れた。そのまま、顔を上げさせようとすると、カイルは首を振って拒む。
 そして、自分に触れるガレオンの手を掴んで、ぎゅっと力を込めた。
「・・・ガレオン殿、オレ・・・これからもロードレイクに・・・」
 俯いたまま、カイルは確かめるように言葉にする。
「ここに、帰ってきてもいいんですよね・・・?」
「・・・・・・うむ」
 ガレオンは、カイルの頬から手を滑らせ、うしろに回してそのまま頭を抱き寄せた。びくりと体を揺らしたカイルは、ガレオンの体に手を伸ばし、しかし腕を回しはせず再び口を開く。
「・・・オレ、ここに・・・」
 ガレオンが今まで確認出来ずに来たように、カイルもまた、確かめることが出来ずにいたのだ。一度はロードレイクで共に暮らせないと言っておきながら、でもやっぱり、だなんて。
 それでもカイルは、思ったのだ。たまに立ち寄るだけの場所ではなく、ただ少しの間腰を落ち着ける場所にするのでもなく。
 ここを、自分の家にしたいのだと。
 ロードレイクを、ではない。
「ここに・・・いてもいいですか・・・?」
 ガレオンを、自分の帰る場所、そして居場所にしたいのだ。これから、ずっとここにいるわけでなくてもたまにここを離れることがあっても、それでもガレオンの人生に寄り添って生きたい、それが自分の生き方なのだ、と。
 カイルのその思いを、ガレオンは、しっかりと受け止めた。カイルの背に腕を回し、抱き寄せて、はっきりと一言。
「我輩は、おぬしがいてくれれば・・・嬉しい」
「・・・・・・ガレオン殿・・・っ!」
 ガレオンの自分と同じ思いを知り、不安が霧消したカイルの腕が、今度はガレオンの体を躊躇わず強く抱いた。ぎゅっとしがみ付いてくるカイルを、ガレオンも同じ強さで抱き返す。
「オレ、好きです・・・ガレオン殿が好きです」
「・・・・・・」
 噛み締めるように言った腕の中のカイルを、ガレオンは同じ思いで、ただ腕に力を込め抱きしめた。言葉にするのが苦手なガレオンは、それよりはと、態度で伝えたのだ。
「・・・カイル」
 愛しさを込めて髪を梳き、酔いのせいだけではなく色付いた首筋に指を滑らせると、カイルが擽ったそうに身動ぎする。
「・・・・・・なんか、むずがゆいですー」
 小さく笑う気配と共にカイルが言った。それは、ガレオンの所作だけが原因ではないのだろう。ガレオンもまた、同じような思いを覚えていたのだ。
 居心地悪いくらいの、幸福感。胸が熱くなり、心が満たされる感覚。
「・・・カイル」
 同じ気持ちでいてくれているカイルの顔を、ガレオンは覗き込もうとした。しかし、カイルが首を振って抵抗する。
「あ、だ、ダメです」
 その理由が、ガレオンには簡単にわかった。
 構わず顔を上げさせれば、酔いのせいではなく、カイルは頬を赤く染めている。見なくても想像は付いていた。短く切った髪に隠れない、耳や首筋もまた、同じように色付いているのだから。
「・・・もー、ダメだって、言ったじゃないですかー」
 目を伏せて恥ずかしそうに言うカイルに、ガレオンはゆっくりと口付けた。
「・・・・・・ん」
 そうすれば、カイルの中で恥ずかしさよりも嬉しさのほうが上回ってしまう。すぐにガレオンの背に腕を回し直してそれに応えた。
 柔らかな口付けは、次第に熱を帯びていく。
 落ち着かないほどの幸福感は薄れるどころか増すばかりで、そしてそれは、これからもずっと続くのだろう。こうして、二人でいる限り。
 少しだけ口付けを解いて、カイルが瞳を潤ませながら微笑むと、ガレオンも同じように小さく笑んで返した。




END

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ジジィが笑った! (クララが立った!みたいな)
なんかその部分だけで恥ずかしくて堪らないですが、
ていうか最初から最後まで恥ずかし過ぎますね !
あ、女王騎士辞める辺りのエピソードはそのうち書けたらいいなーと思っております。