He is an embarrassing friend.



「ガレオンのおっさん、いるっすっかー?」
 ゲッシュはドンドンと扉を叩いた。何度か続けても、返事はない。
「・・・入るっすよ?」
 大して考えず、ゲッシュは扉を開けた。住民同士が親密な付き合いをしているロードレイクでは、扉に鍵を掛けないことも、勝手に他人の家に入ることも、めずらしくはない。
 ずかずかと足を踏み入れれば、まずは居間。食卓とキッチンも付いた、ロードレイクでは一般的なつくりである。ただその中に、ゲッシュの目を引くものがあった。
 壁に掛けられたあれは、先の戦いで見慣れた、ガレオンの女王騎士服だろう。それ自体は別に、気になるものではない。ただ、その隣に見えるあれは、ガレオンと同じ元女王騎士カイルの、女王騎士服ではないだろうか。
「・・・なんで、そんなものが?」
 ゲッシュは思わず首を捻った。確かにカイルはしょっちゅうロードレイクへ来るし、現に今も滞在中だ。女王騎士を辞めたもの同士、積もる話もあるのだろう。
 だからといって、ここにカイルの女王騎士服がある理由には全くならないが。もしかしたら、女王騎士のしきたり的な何かなのかもしれないし、ゲッシュはよくわからないから気にしないことにした。
 居間にはガレオンの姿はない。ならばまだ奥の寝室にいるのだろうかとゲッシュは思った。
 ちなみに居間には、寝室への扉の他に、風呂に繋がっているだろう扉と、二階へ続く階段がある。一人暮らしの住居にしては立派だが、そもそもはガレオンの両親の家で、それをガレオンがそのまま受け継いだらしい、とゲッシュは聞いていた。
「・・・・・・まだ寝てるんすかね」
 ともかく、ゲッシュは寝室の扉に目を遣りつつ呟く。そうだとしたら、覗くのは失礼な気がするが、しかしもう太陽が昇っているこの時間に、ガレオンがまだ寝ているとは考えにくい。
「・・・・・・」
 ゲッシュはちょっと悩んで、それから抱えていた籠をテーブルに置いた。そもそもガレオンを訪ねたのは、朝たくさん収穫出来た野菜をおすそわけしようと思ったからなのだ。ちなみに、ガレオンに持っていくと言うと、他の人たちもいろいろ分けてくれて、籠は様々は野菜で溢れ返っている。
 そしてゲッシュは、寝室へ足を運んだ。たぶんいないとは思うが、一応それを確認しておこうと思ったのだ。
「ガレオンのおっさんー?」
 声を掛けながら、ゲッシュは寝室の扉を開けた。
 すると、おそらく元々はガレオンの両親が使っていたのだろう大きなダブルベッドに、横たわり眠る人の姿。だがそれは、ガレオンではない。
「・・・・・・なんで、あんたがここにいるんすか・・・」
 ゲッシュは思わず呆れたように呟いた。
 ガレオンのベッドで、すやすやと寝息を立てているのは、カイルだったのだ。
 それでも、何故カイルがこんなところで寝ているのか、想像は付いた。たぶん、朝帰りしてきたカイルがちょうど起き出したガレオンに寝床を借りた、とかそんなところだろう。
 どうしてこんなカイルと、真面目で堅実なガレオンが親しいのだろうと、ゲッシュは常々不思議に思っていた。だが女王騎士には他からはわからない仲間意識というものでもあるのだろうと、そう理由付けをしていたのだ。
 ガレオンがやはりいないとわかったのだから、もうゲッシュに寝室にとどまる理由はないのだが。なんとなく興味を引かれて、ゲッシュはベッドに近付いた。
 カイルはゲッシュの気配にも気付かず眠り続けている。といっても、平和なこのロードレイクで寝るときまで気を張っている必要は全くないので当然だろうが。
 カイルは左肩を下にして、半分横を向いて寝ている。ゲッシュはその寝顔をしげしげと見た。カイルは男から見ても、整った顔をしている。ゲッシュは、人がカイルを表現するときに大抵付ける前置きを思い出し、それは全く正しいと思った。
 『黙っていれば』である。
 真面目にきりっとした顔をしていれば、文句なしの美形だというのに。口を開けば、その抜けた口調と、軽薄な内容が、一気に全てを台無しにする。女と見れば口説いているが、絶対に黙ってじっとしていたほうがモテるはずだ。それをわかっていないとも思えないのだが、何故かカイルはヘラヘラと笑って軽い振る舞いをやめようとはしない。
 物腰がやわらかいので女受けは悪くないが、それでもあれでは誰も本気で相手してはくれないだろう。おかげで逆に、美形ではあるが嫌みがなく、男受けもそう悪くないが。実際ゲッシュも、友人として付き合うぶんには、カイルは明るくてさっぱりしていて、いいやつだと思う。
 ともかくカイルは、黙っていれば二枚目、の典型のような男である。だから、こうやっておとなしく寝ていると、やはりカイルは紛うことなき美男子だ。
「・・・要領がいいんだか悪いんだか、わかんねーな」
 カイルの寝顔を見下ろして、ゲッシュは思わず呟いた。すると、それに反応したのか、それとも全く関係ないのか、カイルが寝返りを打つ。
「・・・・・・んー」
 夢でも見ているのか何やらもごもご呟きながら、カイルは仰向けにごろりと体勢を変えた。その拍子に、夜着の胸元がはだけ、脚がシーツを蹴り落とす。行儀悪いなとは思うが、自分だって似たり寄ったりなので、ゲッシュは特には気にならなかった。
「・・・・・・ん?」
 そこでゲッシュは、不意に気付く。カイルの胸元に見える、数々の鬱血の跡。どう見てもキスマークなそれは、どう考えても朝帰りの名残だろう。
「・・・・・・すいぶんと、激しい女のようっすね・・・」
 ゲッシュは呆れたように呟いた。胸元もそうだが、大股開きしているせいで覗いている脚の付け根辺りにまで跡が見える。
 確かにカイルは、軽い言動を取っていても美形には変わらず、遊ぶ相手には事欠かないだろう。それはこのロードレイクでも変わらないらしい。
「・・・おっさん、気付かない間に女連れ込まれても知らないっすよ・・・」
 そんなことをガレオンが許すはずはなさそうだが、しかし抜け目のないカイルのことだから上手くやりそうにも思える。ゲッシュは思わずガレオンを心配した。
「・・・まあ、オレには関係ないっすけど」
 ゲッシュは肩を竦めてから、そろそろ寝室をあとにしようと思う。が、そのとき、さっきカイルが蹴り落としたシーツに、ゲッシュは運悪く足を取られてしまった。
「うわっ!」
 ゲッシュはうしろに倒れそうになったので、慌てて重心を前に移す。それが、まずかった。
 今度はゲッシュの体は前方に傾ぎ、そしてそのまま倒れ込んでしまったのだ。ちょうど、すやすや眠っているカイルの上に。
「・・・・・・う」
 下から呻き声が聞こえたが、ゲッシュの体重をもろに体に受けたのだから当然だろう。
「・・・す、すまねえっす・・・!」
 ゲッシュが慌てて体を持ち上げると、呼吸が楽になったのだろうカイルが息を吐き、しかめていた表情を和らげた。そして、ゲッシュのすぐ目の前にある瞳が開く。
「・・・・・・・・・」
 起き抜けでぼんやりとした真っ青な瞳が、ゲッシュをしばらく見つめた。
 こんな至近距離でカイルを見つめたことなど、ゲッシュには勿論ない。寝起きにもかかわらず、近くで見れば益々、カイルの美貌は完璧なものに思えた。
 勿体ねえ、ゲッシュはついしみじみとそう思ってしまう。軽い振る舞いをやめれば、女などいくらでも向こうから寄ってきそうなのに。ただ、カイルが女に声を掛けることに楽しみを見い出しているのなら仕方ないし、そもそもカイルが女にモテようがモテまいがゲッシュに関係はないのだが。
 とかなんとか、ゲッシュがとりとめもなく考えている間、ずっとぼーっとしていたカイルが、不意に口を開いた。
「・・・・・・・・・ガ」
「・・・ん?」
「・・・レオン・・・殿・・・?」
 どうやら、熟睡していたところを不自然な形で起こされ、相当寝ぼけているようだ。眉を寄せて目の前の顔をじっと見てくるカイルに、そういえばいつまでも乗っかっているのはどうだろうと今さら思って、ゲッシュは体を離そうとした。
 が、ゲッシュはすぐにぴたりと動きをとめてしまう。いや、とめられてしまう。カイルの手が、ゲッシュの顔に伸び、そして両頬を包み込んだのだ。
「・・・・・・・・・?」
 これは一体どういう状況なのか、ゲッシュは悩む。カイルの手はゲッシュの頬をすりすりと撫で・・・それからなんと、ふわりと笑った。
 もしかしてこれは、目の前にいるのが床を共にした女性だと、勘違いしているのではないだろうか。だとしたら、この状況は、結構マズイのではないだろうか。
 ゲッシュは慌てて離れようとしたが、一瞬遅かった。さすが元女王騎士と思えるような強い力で、ゲッシュの頭が引かれる。
 そしてそのまま、ゲッシュの唇に触れたやわらかいもの、カイルの唇。
「・・・・・・!!」
 男にキスされるという不測の事態に、ゲッシュは目を見開いて、カチンと固まった。その間にもカイルの手はゲッシュの頬から後頭部へ移動し、ギュッとしがみ付くようにしながら口付けを続ける。
 そしてついに舌が入ってこようとしたところで、ゲッシュはやっと我に返った。
「・・・・・・・・・っぷは!!」
 力の入れにくい体勢から、ゲッシュはそれでもどうにかカイルを引き剥がすことに成功する。そのままふらふらとベッドから数歩後退りして身の安全を図ってから、カイルの様子を窺った。
 カイルは早くも、何事もなかったかのように再び眠りについている。その安らかな寝顔に、ゲッシュはちょっとがっくりした。
「・・・なんっすか、それ」
 人を女と勘違いした挙句にキスまでしておいて、次の瞬間にはもう穏やかな寝息を立てているのだ。ちょっと釈然としない。
「・・・・・・・・・」
 が、ゲッシュはそことは違う部分に、何か違和感を感じた。
 カイルは昨夜忍んでいった女とでも間違えてキスしてきたのだろうと思ったのだが。振り返ってみると、カイルはその前に、ガレオン殿、と言わなかっただろうか。
「はは・・・まさか・・・」
 そうするとカイルは、ゲッシュをガレオンと間違えてキスしたことになるが、そんなことあり得るだろうか。それよりは、一瞬ガレオンかと思ったがやはり女性だと思い直してキスをした、可能性のほうがずっと高いだろう。
「・・・・・・・・・」
 それ以外にはないだろうに、それなのにゲッシュは何故かしっくりこなかった。
 今気付いたが、カイルはベッドの左端のほうに寝ている。つまり、ちょうどガレオンが眠れるほどのスペースが、右側に空いているのだ。同時に思い出す、壁に仲良く隣同士に掛けられた、二人の女王騎士服。それから、カイルが頻繁にこのロードレイクを訪れること。
 まさか、女好きのカイルに限って、生真面目そうなガレオンに限って。
 そう思いながらもゲッシュは、すっきりしないものを感じた。


 その日の昼時、ゲッシュは早速カイルを呼び出した。やはりスッキリしなかったからだ。
 とはいえ、ズバリな用件で呼び出したわけでもなかった。
「ここっすよ」
 ゲッシュが鍬で指した場所を見てから、カイルはゲッシュに視線を戻す。
「ほんとになんでもいいのー?」
「構わねえっすよ。なんだって、生やしてみせるっす」
 つい胸を張りながらゲッシュは言った。そう、ゲッシュはカイルを、畑の空きスペースに何か植えるか?と誘ったのだ。
「思い付いたっすか?」
「あ、それはもう、これしかないってのが! ネギですネギ!!」
「・・・ネギっすか?」
 カイルの口から出てくるにはあまりしっくりこない植物で、ゲッシュはつい首を捻った。とはいえ、何が相応しいのかと聞かれても困るが。
「ネギは、思い出深いんですよー」
「・・・・・・・・・」
 懐かしむように言うカイルが、ゲッシュにどうしても連想させる。
「・・・ガレオンのおっさんとの思い出っすか?」
 ゲッシュはつい、そう口にしていた。カイルは、しかし怪訝そうな顔をすることも、狼狽えることも、なかった。
「違いますよー。王子との思い出でーす」
 明るく笑って言うカイルに、そうっすか、と返しながらゲッシュはやり方を変えることにした。遠回しにほのめかすのではいつ核心に触れられるかわからないし、性ではない。
 ゲッシュはずばっと切り込むことにした。あまりおおっぴろげにする話ではないと思うので、腰を下してから、カイルもしゃがみ込むのを待って口を開く。
「あんた・・・ガレオンのおっさんと、できてるんすか?」
「・・・・・・・・・・・・へ?」
 カイルは虚を突かれたように目をぱちぱちさせ、それから笑顔に戻った。
「はい、実はその通りなんですよー」
「・・・・・・・・・」
 あっさりと肯定したが、しかしこれは本心からの肯定ではないだろう。裏の読めない笑顔がそれを物語っている。
「・・・・・・そうやって笑ってごまかそうったって、無駄っすよ。オレ、知ってるんすから」
「・・・・・・・・・」
 ゲッシュが真顔で言うと、カイルが笑顔を引っ込めた。
 ゲッシュには勿論、カイルとガレオンがそういう関係だという確信があるわけではない。もしかして、と少し疑っているだけだ。
 やはり見当違いだったら、カイルは気を悪くするだろうし、ガレオンにも失礼だろうが、それでも最終的に許してくれるだろう。二人とも根に持つタイプではない。
 ともかく、ゲッシュはどっちにしても、本当のことが知りたかった。なんといっても、ゲッシュは生まれて初めて男にキスされてしまったのだ。どうしてそんなことになってしまったのか、是非知っておきたかった。・・・女と間違われたにしろ、ガレオンと勘違いされたにしろ、喜ばしくないことに変わりはないが。
 カイルは、ゲッシュが何故こんなことを言い出したのか、もしくはどれくらい真剣に言っているのか、探るようにゲッシュを見つめている。
 カイルの次の反応は、事実でないなら怒るか呆れるか・・・事実なら、困るのか笑ってごまかすのか。ゲッシュは内心ドキドキしながら待った。
 そしてカイルは、やっと反応を返す。
「はい、実はその通りなんですよー」
 さっきと、寸分違わぬ答え。ただし、その表情は、さっきとは違う。笑顔を浮かべているのは同じだが、違う。女性について語るときよりも、ずっと幸せそうな笑顔なのだ。
「・・・・・・・・・マジっすか?」
 どうやら、本当にカイルとガレオンはできているらしい、そう察したゲッシュは思わず目を見開いた。
 半分以上は思い過ごしだろうと思っていたのだ。それなのに。
「マジですよー。って、知ってるって言わなかったっけー?」
 驚きを表情に表わすゲッシュを、カイルは訝しそうに見る。ゲッシュは慌てて顔を繕った。ほとんど自信のないただの勘繰りでした、とは言えない。
「いや、そう素直に認めるとは思わなかったっすから」
 それも、本心だった。本当にガレオンと関係があるのだとしても、まさかカイルがそのことをあっさりと認めるとは思わなかったのだ。そういう性癖があると普段から公言しているならともかく、カイルは大の女好きで通っているのだから。さらに、適当にごまかしたりシラを切ったり、カイルはそういうのがいかにも得意そうだ。
「別にー、女王騎士やってたときと違って、今は隠す必要もないしー」
 だがカイルは、けろっとした表情で、いつもの軽い口調で言う。事実を確かめたにもかかわらず、ゲッシュはなんだかすっきりしなかった。
 いや別に、カイルが慌てふためいて必死にごまかす姿が見たかったわけではないのだが。予想外の反応をされて、肩透かしを食らった、といったところだろうか。
「でも、みんなにバレたら、あんたが大好きなはずの女に相手してもらえなくなるっすよ?」
「うーん、オレとしては、女性とは楽しくお話出来ればそれでいんですよねー、今となっては。バレても、言葉すら交わしてくれなくなるってことはないと思うんですけどー」
「・・・まぁ、そりゃあ、そうっすけど」
 確かに、ロードレイクのものは個人的な性癖で付き合い方を変えたりはしないが。それにしても、積極的にバラそうとはしていないとはいえ、どうしてここまで堂々としているのか、よくわからない。女好きのはずのカイルが、楽しくお話出来ればそれでいい、なんて。
「・・・もしかして、あんた・・・かなりガレオンのおっさんとのこと、本気なんすか?」
 実は未だにカイルがどういうつもりでガレオンとそうなっているのか、つかめていないゲッシュはおそるおそる聞いてみた。
「もしかして、ってどういうことですかー。大体、あのガレオン殿と、半端な気持ちで付き合えるわけないじゃないですかー」
「・・・まあ、そうっすけど」
 あの、とは一体どっちの意味でなのか、つかみかねたゲッシュは曖昧に頷いておいた。普通に考えれば、あの堅物のガレオンは軽い気持ちで誰かと付き合うようなことはしない、であるが。
 確かに、遊びなんて軽い気持ちでなら、ガレオンのような50過ぎの男ではなく、美人の女性を選ぶだろう。いや、本気だからこそ、ガレオンのような男を何故選ぶのだろうか。ゲッシュには何がなんだかわからなくなった。
 とにかく、カイルはガレオンに、本気のようだ。本心を隠すのが得意そうな男ではあるが、この表情には、偽りないだろう。頬を僅かに赤らめて、幸せそうに目を細める。
 そして、カイルが本気だと認めた以上、ガレオンも勿論本気だろう。カイルに片思いされている関係なら、ガレオンはカイルを自分の家に泊めないだろうし、ガレオンが遊びで誰かと付き合うはずもない。
「・・・はぁ、そりゃ・・・物好きっすね」
 事実を確認したゲッシュは、思わず呟いた。するとカイルが即座に口を尖らせる。
「ちょっと、それ、どういうことですかー。ガレオン殿はとっても素晴らしい人ですよー?」
「・・・そりゃ、知ってますけど」
 ゲッシュはガレオンのことを尊敬している。同郷の元女王騎士だ。加えて、ガレオンはその人柄にも信頼が置ける。
 だから、ゲッシュの呟きは、それが言いたいわけではなかった。
「違う。あんたを恋人にするなんて、ガレオンのおっさんも物好きだな、って言ったんすよ」
「・・・・・・・・・ちょっと、それこそどういうことですかー!」
 プーと頬を膨らませた、子供っぽい表情が存外似合う目の前の男を見て、ゲッシュは益々しみじみ思う。
 ガレオンなら、もっといくらでもいい女性が見付かるだろう、と。いや、カイルが悪いというわけではなく。ガレオンの恋人にはもっと相応しい人がいるだろうと、ゲッシュは思うのだ。
 もっと、落ち着いていて楚々としていて、そこまで若くなくても、ガレオンの隣で静かに微笑んでいるような人が嫁に相応しいとゲッシュは思う。・・・幾分、ゲッシュの好みを反映した、勝手な希望ではあるが。
 そうでなくても、ロードレイクでは密かに知れ渡っている、ガレオンと昔浅からぬ仲だったらしい、シルヴァ。彼女のほうがずっと、ガレオンには似合うだろう。
 というか、カイル以外、女性なら誰だって相応しく思えるに違いない。
 確かに、カイルは美形だ。だが、男。しかもその性格は軽く飄々としていて掴めず、ゲッシュが女だとしたらとても付き合いたいとは思わない。いや、カイルと付き合っているのは男のガレオンなのだから、男だったら、と仮定すべきか・・・というか男なのだが。
 ゲッシュは頭がこんがらがってきた。とにかく、ガレオンが物好きだという感想に変わりはない。
 つい、ガレオンは一体何がよくって・・・という視線を向けてしまうと、その先でカイルは不満そうに唇を尖らせる。
「ちょっとー、オレがイケメンの元女王騎士様だってこと、忘れてませんー? 女性にモテモテで引く手あまたのカイル様ですよー?」
「・・・自分で言ってりゃ世話ないっすね」
 どれだけ自分に自信満々なんだと呆れるゲッシュに、カイルは今度は顔をパッと明るくして言った。
「そんなオレを、引っ掛けたガレオン殿は、すんごく甲斐性あると思いませんー!?」
「・・・・・・・・・」
 ガレオンの自慢までしてのけた。カイルがこんなふうに喜色を浮かべて男について語るとは。ゲッシュは感心すらしてしまう。
「・・・どうせ、引っ掛けたのはあんたのほうじゃないんっすか?」
 だが、カイルに彼氏自慢を聞かされるなんて御免なんで、ゲッシュはずれたところにツッコミを入れることにした。
 二人の馴れ初めなんて知りたくもないが、ガレオンの性質から、カイルのほうが積極的に口説き落としただろうことは想像に難くない。
「違いますよー。最初はオレが、ガレオン殿に引っ掛けられたんですー。オレの心を奪っちゃうなんて、ガレオン殿も罪な人ですよねー!」
「・・・・・・・・・・・・」
 やはりカイルは自慢したいらしい。自慢というか、これはノロケというものではないだろうか。ゲッシュは思わず顔をしかめた。
 しかも、こんなに素晴らしい人と付き合っている自分はすごいだろう、という自慢の仕方ではなく、単に自分の好きな人がどれほど素敵かを語りたいだけのようだ。ある意味、余計にタチが悪い。
 そもそもゲッシュは、ちょっとはっきりさせようと思っただけなのだ。それなのに、なんだか、ちょっとまずい状況に陥りかけている気が、ゲッシュはした。
 そしてその予感は、残念ながら当たってしまう。
「あ、聞いて下さいよー!」
 カイルが少々頬を赤くしながら、聞きたくないっす、とゲッシュが返す前に、口走った。
「ガレオン殿、もう50も半ばだっていうのに、まだまだ全然若いんですよー!! あ、何がって、勿論ベ」
 ッド、と続けたのかもしれないが、ゲッシュの耳には入ってこなかった。何故なら、耳を両手で塞いだからだ。
 ずいぶん激しい女なんっすね、という感想は正しかったようだ、といっても女じゃなくて男だったけど。とか、考えたくないのにゲッシュの頭を過ぎる。
 唯一の救いは、カイルが襟元がきっちりしている服を着ているから、その痕跡が見えないことだろうか。
 とにかく、単なるノロケでさえ御免なのに、夜の夫婦?生活の話を聞かされるなんて、真っ平、心の底から願い下げだった。
 カイルはともかく、ガレオンのその辺の事情なんて、聞きたくない。そりゃあガレオンだって、男なのだから、そういうことをしていて当然だ。が、相手がよりにもよって、目の前のこの男なのだから。
「あ、ちょっと、聞いて下さいよー!」
 それなのに、カイルが耳を覆うゲッシュの手を外そうとしてきたので、ゲッシュは抵抗した。
「嫌っす! なんでオレがそんなこと聞かされなきゃならないんっすか!!」
「いいじゃないですかー! 乗りかかった船でしょー!!」
 力には自信があるゲッシュだが、さすが元女王騎士だけあって、カイルも負けてはいない。
「・・・・・・な、なんで、そんなこと話したいんっすか!?」
 少々息切れしながら、ゲッシュは問い掛けの答えを聞くべく耳を覆う手をそろりと外した。カイルがそこまでして男とのコイバナ・・・というか猥談をしたがっているのか、わからない。
 するとカイルは、それも話したかったらしく、訴えるように言った。
「だって、今まで誰にも知られてなかったから、誰にも話せなかったんですよー! オレずっと、誰かに話聞いて欲しかったんだよねー。あ、話っていうかー・・・ノロケ?」
「・・・・・・・・・」
 やっぱり、ノロケだったらしい。
 あっさりとガレオンとのことを認めたのは、ノロケる相手を探していたからだろうか。ゲッシュは迂闊に二人の関係に言及してしまったことを悔いた。
「そういうわけなんでー、聞いて下さいよー!!」
「だから、嫌っす!!」
 生き生きとした表情で今にも語り始めそうなカイルから逃げる為、ゲッシュは立ち上がった。そしてそこで、向こうから歩いてくる男に気付く。
「嫌でも聞いてもらいますよー!」
 張り切りながら追って立ち上がったカイルも、一瞬遅れで気付いた。
「・・・あ、ガレオン殿ー!」
 カイルがぱっと表情を明るくする。こうやって見ると、カイルのガレオンに対する特別な感情は明らかな気がした。今までどうして気が付かなかったのかと不思議に思えるほど。
 まあ、カイルが男に懸想するだなんて、誰も疑いもしないだろうから、気付かなくて当然だとも同時に思うが。
 ゆっくりとこっちに歩いてきたガレオンは、まずはゲッシュに目を向けた。
「今朝、野菜を届けて頂き・・・かたじけない」
「・・・美味く食ってもらえるなら、それで本望っす」
 ガレオンはいつもの硬い表情、声をゲッシュに向ける。知った今となっては、ゲッシュの方が一方的に、ガレオンに対して気まずいものを感じてしまう。だがそれを隠しつつ、ゲッシュは明るく笑って答えた。
 そういえばそもそも、こんな困った事態に陥ってしまったのは、今朝野菜をガレオンの家に届けたせいだったと思い出すが、それも勿論表には出さない。
 言った通り、精魂込めて作った作物を美味しく食べてもらうことが、ゲッシュの一番の喜びなのだから。
 ゲッシュに丁寧に礼を言ってから、ガレオンは今度はカイルに振った。
「・・・そろそろ、昼食にするか?」
「あ、そういえば、もうそんな時間ですねー」
 カイルは空を仰いで太陽の位置を確かめ、それからおなかを押さえて腹具合を確認する。
「なんだかんだで、おなか空いてますねー。お昼ごはんにしましょうかー」
 そして、そう言うので、ゲッシュはこれでカイルのノロケから解放される、とそっと喜んだ。が、ほっとしつつ腰を下ろしたゲッシュに、もう一度屈み込んでカイルが一言。
「じゃあ、また今度、たーっぷりガレオン殿との話、聞いて下さいね!!」
 とってもいい笑顔で、ウィンクまで決めてみせた。はい、なんて返事が出来るわけもなく、一瞬絶句したゲッシュに構わず、カイルはさっさとゲッシュから離れていってしまう。
 そして仲良く並んで歩いていく二人のうしろ姿を、ゲッシュはしばらくは言葉もなく見送った。
 それから、自然に口から、大きく長い溜め息がもれる。
 限りなく厄介な世界に足を踏み入れてしまった気がした。いや、正確には、踏み入れたわけではない。ただちょっと、無理やり覗き込まされてしまっただけというか。これから、カイルがどんなノロケ話を持ってくるかわからない。それを考えただけで、ゲッシュの頭が痛くなった。
「・・・・・・勘弁・・・っすよ」
 ゲッシュは低く呟いてから、しかしがばっと、憂鬱を吹き飛ばすように立ち上がる。そして、張り切って鍬を持ち直した。畑仕事をしているとき、ゲッシュの頭の中は作物への愛情だけで一杯になる。
「とにかく、忘れるのが一番っす!」
 カイルの希望通り、ネギを育てる準備を始めながら、しかしゲッシュは頭の片隅でちらりと思った。
 あんなカイルと、付き合っていられるガレオンは、やっぱり大物だな、と。




END

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ネギは畑で育てるもんなんですか?(調べろ)

主題が何かよくわからないので、適当にまとめてしまいましたが。
カイルとゲッシュの丁寧語なのかタメ語なのかはっきりしない辺りも合せて、
なんとも混沌とした話ですこと…!