give me special treatment



 カイルがようやく髪を乾かし手入れを終えたとき、ガレオンが風呂から上がってきた。
 ガレオンはぬれた髪を肩に掛けたタオルでぞんざいに拭きながら、卓につく。そして、湯上りの一杯を楽しむ、それはいつもの見慣れた光景なのだが。
 カイルは、少し思い付いて、その背に近付いた。
「ガレオン殿ー」
 背後から、まだ生乾きのガレオンの髪に触れる。
「髪、ちゃんと乾かさないと、風邪引いちゃいますよー?」
 子供に言い聞かせるような口調で言うと、ガレオンはちらりとカイルに視線を向けて、それからすぐに前に戻してしまった。
 そんな軟弱な体はしておらぬ、といったところだろうか。
 推測しながら、カイルはガレオンの肩に掛っているタオルを手に取って、ガレオンの髪を拭き始めた。
「・・・カイル」
「やめろって言いたいんだとしたら、やめませんよー」
 居心地悪そうなガレオンに構わず、カイルは続ける。
 ガレオンが風邪を引いてしまう、と真剣に心配しているわけではない。ただ、世話女房のような行為を、楽しんでいるだけなのだ。
 ガレオンの髪にこうやって触れることが出来るのは、自分だけだろう。その思いから、カイルはついつい鼻歌を歌う。
 そんなカイルの陽気の理由がわかってしまったのだろう、ガレオンは益々落ち着かなさそうだった。
 それでも、カイルの手を無理やり引き剥がそうとはしない。それもカイルがご機嫌な一因だということまでには、ガレオンは気付いていないようだ。
「・・・でも、ガレオン殿ー」
 カイルはガレオンの髪を拭き終わって、満足そうに頷いてから、ふともらす。
 これといって手入れをしていないガレオンの髪は、それ相応に傷んでいる。カイルはガレオンの、灰色よりあたたかみのある、不思議な色合いをした髪も気に入っているので、ちょっと勿体ないと思ったのだ。
「手入れとか、しないんですかー?」
 隣に掛けながら問い掛けたカイルに、対するガレオンの返しは明確だった。
「・・・このままで充分であろう」
「まあ、そうですけどねー」
 やはり予想通りの答えで、カイルは笑ってしまう。
 ガレオンは、質素堅実なタチなのだ。女王騎士としての威厳を損なわない程度の、最低限の身だしなみは整えている。だが、必要以上に自分を飾ることは決してないのだ。
 ガレオンの唯一といえる装飾具、耳飾りだって、女王騎士としての女王への忠誠の証として付けているのだから。
 人柄をそのまま反映したような、ガレオンのそんなところも、カイルは好きだった。だから、これ以上、しつこくこの問題を引っ張る必要はない。
「確かに、そのほうがガレオン殿らしいですねー」
 カイルは腕を伸ばして、ガレオンの髪に触れた。すっぱりと切られ揃えられた毛先すら、らしくて、愛しく思える。
「・・・・・・・・・」
 そこでふと、カイルは疑問を覚えた。ガレオンの横一直線に、きれいに切り揃えられたうしろ髪を見て。
「・・・ガレオン殿って、髪の毛、自分で切ってるんですかー?」
「・・・いや、床屋で切ってもらっておるが・・・?」
「・・・・・・・・・」
 普通に考えたら、そうに決まっている。だが、カイルの唇が、何故だかみるみる尖り始めたのだ。
 ガレオンは益々怪訝そうな表情になるが、カイルとしては、不機嫌になるだけの理由があった。
 ガレオンの髪に触れるのは、自分だけだと思っていたのに。たとえ床屋のおっちゃんだろうが、特別をじゃまされるのは、面白くないのだ。
「・・・・・・そうだ、ガレオン殿!」
「・・・・・・」
 いつものように、カイルが何かガレオンにとってはどうでもいいことを思い付いてしまったのだろうと、ガレオンは即座に予想出来てしまう。
 その予想に違わず、カイルはにっこり笑顔になってガレオンに宣言した。
「これからはオレが! ガレオン殿の髪を切りますねー!!」
「・・・・・・」
 カイルらしい一言に、ガレオンの口からつい溜め息がもれる。そんな反応、勿論面白くないカイルだ。
「オレは本気ですからねー。大丈夫ですよ、オレ、手先は器用だから!」
 ガレオンに了承させようと、そこが問題でないことに気付いていながら、カイルは主張する。そして、それを証明する為に、ガレオンの髪に指を通した。
 指先をひょいひょいと動かして、あっというまにガレオンの髪を結う。その先っぽを掴んで、掲げて、カイルは笑った。
「ほら、オレとお揃い、なんてー!」
 ゆるく三つ編みにした、まさにいつものカイルの髪型と同じガレオンの髪の毛をちょんとつまんで、嬉しそうだ。立派な成人男子だというのに、何故かカイルは、お揃いとか特別とか、そういうのが大層好きなのだ。どうやら、ちょっとの間にそっちに気を取られて、元の目的を忘れてしまったらしい。
「やー、ガレオン殿、似合ってないことも・・・ないですよー?」
 笑いを噛み殺しつつ言ってから、カイルはあっさりとガレオンの髪を解放した。絡まりを丁寧に解して、真っ直ぐ上から下に流す。
「うーん、やっぱりガレオン殿は、これですねー」
 うんうんと頷くカイルに、ガレオンはそっとしておけばいいのかもしれないのが、性分でつい確認をした。
「して、もう気は済んだのか?」
「えー? ・・・・・・・・・あ!」
 首を傾げたカイルは、一瞬ののち、はっと目を見開く。
「そうだった! ガレオン殿、オレの手先の器用さはわかってもらえましたよねー! だからこれからは、オレが髪切りますよー!」
「・・・・・・」
 三つ編み出来るからといって髪をきちんとカット出来るということにはならないが。しかし、カイルは何があってもガレオンの髪をきちんと仕上げてみせるだろう。
 それをしたがるカイルの気はよくわからないが、別に断固拒否することでもないと、ガレオンには思えた。
「・・・構わぬが」
「・・・・・・」
 ガレオンがそう答えれば、喜色を浮かべると思えたカイルは、しかし僅かに眉をしかめる。
「・・・ガレオン殿ー、なんでオレがガレオン殿の髪切りたがってるか、わかってないでしょー?」
「・・・・・・」
 それは、ガレオンの髪を他の人に切らせるつまり触らせるのが嫌だから。と予想は付くものの、そんなこと自分で口にするのが躊躇われるガレオンは答えられなかったが。
 カイルが言いたいのは、そのことではないようだ。
「理由、なんて簡単に想像付くでしょー? そうじゃなくて、わかって欲しいのは、感覚、なんですー」
「・・・・・・む?」
 そう言われるとわからなくなるガレオンに、カイルは少し思案するように目を閉じてから、ぱっと開いた目で、ガレオンに笑い掛ける。
「だから、ですねー」
 カイルは卓の位置をずらして、ひょいとガレオンの膝の上に身を乗り上げ横座りした。
 安定感を補う為に左腕をガレオンの首に巻き付け、右腕はガレオンの左手を取って自分のほうに引く。
「ガレオン殿、こういうことですよー」
 言いながら、カイルはガレオンの手を自分の髪に導いた。
「オレの髪、いつも手入れが行き届いていて、きっちりセットされてるでしょー?」
「・・・・・・うむ」
 カイルの言葉通り、手に触れる感触通り、カイルの髪はたとえプライベートであろうと手抜きがない。見た目も触れ心地も、いつもきっちり整えられている。
 いや、本当にいつもだっただろうか、首を捻りそうになったガレオンの手をカイルはさらに引いた。
「それを、こんなふうに・・・」
 無造作に、ガレオンの指を自分の髪に差し込んで、がしがしとかき回す。さらさらだったカイルの髪は、あっというまにガレオンの指にぱらぱらと纏わり付いた。
 その指に馴染んだ感触、間近のカイルの微笑み。
「乱せるのは、ガレオン殿だけです」
 ガレオンにさせたように、カイルもガレオンの髪に指を通した。ゆるゆると動かしながら、ガレオンの耳元で囁き掛ける。
「こういうのって・・・興奮しません?」
「・・・・・・」
 他の誰にも見せない、出来ない。
 そんな特別を望み喜ぶカイルの気持ちが、ガレオンにわかってしまった。
 自分の前でだけ、髪を振り乱し、そしてガレオンに乱すことを許す。生ずる優越感、独占欲、そんな感情。おそらくそれが、カイルがわかって欲しかった感覚。
「ねえ、ガレオン殿?」
「・・・・・・・・・」
 そうだな、と言葉で返す代わりに、ガレオンはカイルの髪を今度は自分の意志でかき回した。




END

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視点がカイル寄りからガレオン寄りに段々変わっていってます。わざとです。(嘘!)
いつもと変わらない日常の中でイチャイチャする二人が書きたかっただけの話でした !