Peeping Tom's tragedy



 ザハークは自分がカイルをどういうふうに見ているのか、ほとんど理解していた。
 ザハークにとってカイルは、欲の対象だったのだ。
 力ずくでそれを叶えようと思えば、おそらく可能だろう。歴然とした体格差があるし、姦計は得意とするところだ。
 だが、果たしてそれが自分の望みなのか、ザハークにはわからなかった。
 力に任せて蹂躙し、傷を付け、屈辱を与えたいのか。自分で把握している自らの性質に沿えば、それが最も自分らしいとザハークは思う。
 だが、確信が持てなかった。
 だからザハークは、カイルに対する欲望を、それでも外に出すことはしなかったのだ。


 ザハークは扉の前に立つと、そこで一旦動きをとめて溜め息をついた。
「全く、あの男は・・・」
 そしてザハークは、あの男、カイルの部屋の扉を開ける。
 女王騎士の部屋は基本的に、有事に備えて施錠しない決まりになっている。たとえば何かが起きたとき、就寝中で連絡が取れませんでした、では済まないのだ。
 が、かといってそれは勿論、誰もが自由に出入り可能というわけではない。火急の用があるとき以外は、女官を除いて許可なく部屋に入ることをみな禁じられているし、同僚の女王騎士であってもそれは同じようなものである。
 ザハークの私室に、そもそも足を踏み入れようと思うものもいないだろうが、それには関係なく決まりに従って鍵を掛けてはいない。それは、騎士としての自覚が足りないとたびたび言われるカイルも同じだった。
 ノックもせずに、というのは無礼な気もするが、しかしもっと礼を欠いているのはカイルのほうなので、いいだろうとザハークは思う。
 室内は、明かりはついているものの、カイルの姿はなかった。
 初めて入ったカイルの部屋は、殺風景だと自覚のあるザハークの部屋と、意外にもそう変わらない。飾り気なく、最低限必要なものしかなく、与えられたものにほとんど手を加えていないようだ。備え付けのベッドや机の位置も自分の部屋と同じで、ザハークはまるで自分の部屋にいるかのような錯覚を覚える。
 思わず室内を見渡して、しかしザハークはそこでこの部屋を訪れた理由を思い出した。机を見れば、目当てのものが見える。
「・・・・・・」
 また思わず溜め息をつきながら、ザハークは机に近付いた。そして無造作に置かれている書類を手に取る。
 今朝顔を合わせたとき、カイルはザハークにこう言った。
「あ、ザハーク殿、すっかり忘れてたんですけど、フェリド様からみんなに渡しとけって書類預かってたんですよー。あとで届けに行きますねー」
 そして、今はもう夜だ。
 机の上には全部で4枚書類があり、自分と同じように渡し損ねられた同僚に、ザハークは僅かに同情した。
 何はともあれ、書類を手にしたことだし、さっさと自室に戻ろうと思ったザハークは、しかし不意に微かな水音に気付く。
 ザハークはその音を辿るように、浴室のほうへ向かった。すると水音は大きくなり、どうやらカイルはシャワーを浴びているようだ。
 ザハークは、書類を持っていくことを一応伝えるべきだろうかと思う。
 勝手に持っていっても問題はないと思うが、それでもシャワーを浴びているカイルに近付いてわざわざ言葉を掛けようとするのには、少なからず下心があるのだろうか。ザハークは冷静に自分を分析した。
 女王騎士に用意された部屋には、浴室が付いたものとそうでないものがあるが、カイルの部屋は内装からもおそらく、ザハーク同様付いていないタイプのようだ。
 部屋の奥の扉を開けると小さな脱衣所があり、カーテンで仕切られたその向こうにシャワーがある。
 その脱衣所に続く扉は僅かに開いており、だから水音が漏れ聞こえていたのかと、どちらかといえば几帳面なザハークは少し眉を寄せた。
 それからザハークは、扉から上半身だけ僅かに覗かせて、シャワールームに視線を向ける。
 そこから簡単に声を掛けようと思っていたザハークは、思わず息を呑んだ。
 脱衣所とシャワールームを仕切るカーテンの、右半分が空いている。その隙間に、カイルの姿が見えた。
 向かって右側の壁に背を凭れさせているカイルは、勿論一糸纏わぬ姿だ。
 普段結ってある金の髪は、濡れそぼり肌にしっとりと張り付いている。その肌は湯の蒸気で僅かに色づき、水滴が体を流れ、長い脚を這って足元へ伝い落ちていた。
 その体つきは、女のようにやわらかみがあるわけではなく、男らしい造形をしている。それでも、体の中心の決して女にはないそれを目にしてもなお、ザハークの気持ちは萎えなかった。それどころかザハークは、自分が確かに興奮していると気付く。
 思わず全身を舐めるように見回したザハークは、はっと我に返った。そしてさっさと何かを言って立ち去ろうと思ったのだが、しかしカイルにそれを再び阻まれる。
「ねえ、もう上がりましょうよー」
 カイルの口から出たそれは、独り言ではなく、明らかに誰かに向けた言葉だった。勿論、ザハークに対して、ではない。
 そして、カイルの視線は確かに誰かへと向けられていた。ザハークからはカーテンでさえぎられて見えない、ちょうどシャワーの真下の位置に、誰かがいるのだろう。
 カイルのことだからおそらく女でも連れ込んでいるのだろう、そう予想し、やはりいい気分はせずザハークは眉をしかめた。
 書類を届け忘れたのもそこにいる女のせいなのかと思うと、顔も見えない女に対して物騒な感情を抱きそうになる。殺気を気取られてはならないので、何も言わず今度こそ立ち去ろうとした。
 だがやはり、ザハークは動けなかった。カイルの次の言葉に、思わず目を見開く。
「ねー、聞こえてますー? 耳が遠くなるにはまだ早いですよー、ガレオン殿」
 揶揄うように笑ってカイルが口にした、その名。同名の女性がいるとは思えず、かといって思い浮かぶ同僚が今カイルの目の前にいるとも思えなかった。
 誰か、を見つめるカイルの瞳は、熱く潤んでいる。そこに見えるは、愛情と、欲望。
 そんな目をカイルが向ける相手が、あの男であるはずがないとザハークは思った。
 だが。
「・・・・・・聞こえておる。そう急がずともよいであろう」
 低い、聞き覚えのある声。
 そこにいるのが、カイルの呼んだ通りガレオンだと、ザハークは認識せざるを得ない。
 だがそれでも、その事実を受け入れることは到底出来なかった。
 ただの同僚、しかも男同士で、一緒にシャワーを浴びるなどあり得ない。だがその先を予測することを、ザハークの頭は拒否した。
 それなのに、そんなザハークの気も知らず、カイルは決定的な言葉を口にする。
「だってオレ、なんか興奮してきちゃったんですもん。シャワー浴びてる姿って・・・なんかすごい、エロいですよー・・・」
 どこかうっとりしたように、カイルは言った。
 その内容だけなら、歯の浮くようなセリフを平気で言いそうなカイルに相応しい。が、その言葉を向けている、その相手が問題なのだ。
「ねー、ガレオン殿はしないです? 興奮」
 カイルは普段から、僅かに甘さを含んだ声をしている。それが、さらに甘ったるく、そして少し掠れていた。熱っぽい視線、湯に濡れ上気した肌と合わさって、なんとも蠱惑的である。
 向けられているのはザハークではない。それでも、ザハークは己に眠る欲を刺激された 。向けられた当人は、なおさらだったのだろう。
 カイルがゆっくりと腕を上げ、差し伸べる。それに呼応して、カーテンの中から腕が現れた。
 細くも白くもない、鍛えられた逞しい腕。その節だった指が、カイルの頬に触れ、そのままゆっくりと撫でる。
 そして現れた横顔は、やはりザハークが見知った男のものだった。
 女王騎士として生きることしか知らなさそうなその男は、しかし躊躇わず真っ直ぐ、カイルの唇を捕える。
 すぐに、ぴちゃりと、シャワーの水音にまじって、それとは違う音が聞こえ始めた。薄く開いた二人の唇の間に、赤い舌が見え隠れする。
 ガレオンの手はカイルの頭を両側から押さえ、都合のいい角度を見付けて、よりいっそうカイルを深く味わった。
 そんなふうに自分に食らい付く男の、肩に背に、カイルは腕を回す。おかげでその行為は、ガレオンの一方的な略奪どころか、カイルがねだってのものにすら見えた。
 いや、実際そうなのだろう。声で、そして仕草で煽ったのは、カイルのほうだったのだから。
「は・・・ぁ・・・ガレオン殿・・・」
 すでに息を乱したカイルが名を呼べば、ガレオンは外見からは想像も出来ない優しい手つきで、カイルの髪をうしろへ撫で付けそのまま頭を撫でる。
 その愛撫ともいえないガレオンの手つきを、受け止めるカイルのひどく心地よさそうな表情もまた、普段のカイルからは想像が付かないものだった。
「ガレオン殿、オレ、やっぱり我慢出来そうにないですー・・・」
 何を、とカイルは言わない。何が、とガレオンが問うこともない。
 そしてザハークにも、嫌でもわかった。カイルの性器は、さっきのキスだけで、すでに勃ち上がろうとしている。それがなくとも、カイルの表情を見れば、一目瞭然だった。
「・・・・・・」
 ガレオンはそんなカイルに、小さな溜め息を寄越す。
 しかしガレオンは、ゆっくりとした手つきでカイルの髪を撫でた。それはさっきとは違って、宥めるようなものではなく、多分に欲を含んだものである。カイル同様、ガレオンもまた興奮しているのだろう。
 ガレオンはその指でカイルの耳元を擽り、頬を包み込み、そのまま再び口付けた。
「ん・・・っふ、・・・・・・ぁ」
 すぐに、触れ合う口の僅かな隙間から、カイルの声がもれ始める。少し眉を寄せ苦しそうに、それでもその表情は、恍惚としていた。
 縋り付くカイルの体をガレオンが支え、腕と腕、脚と脚とが絡み合う。
 永遠に続くかとも思えた唇の情交は、しかし不意にカイルが腕でガレオンの体を押し返したことで、終わりをみせた。
 唇を離して、カイルはそのままうしろに体を引いて、壁に背と頭を凭れさせた。
 そんなカイルに、ガレオンが戸惑うことは、ない。
 まるで決まりきった行動のように、今度は自分のほうが体を寄せ、カイルの目元に口付けた。続けて頬、こめかみ、耳と軽く触れていく。
 いや、そう見えるだけで、実際は濃厚な愛撫だったのかもしれない。カイルの吐く息は、いっそう熱を帯びていったのだ。頬はすっかり赤く染まり、潤んだ瞳はガレオンだけを見つめる。
「・・・ガレオン殿ー」
 吐息まじりの声で、カイルはガレオンの頬を指でなぞりながらねだった。
「ここで、ちょっとだけ・・・ね?」
「・・・・・・」
 溜め息つこうとしたガレオンの口を、カイルは塞いで軽く啄む。
 そして、微笑んだ。ザハークが見たこともない顔で、ガレオンを誘う。
「・・・・・・仕方のない」
 溜め息はつかず、ガレオンは言った。そして、その証のように、カイルに口付ける。すぐに、深く濃厚なものへ。
 カイルの手はガレオンの頬から離れ、背を、もう片方は胸板を、ゆっくり撫で下ろしていく。ゆっくりとカイルの右手がガレオンの陰茎に触れた頃、同じようにガレオンもカイルの昂りを手に収めていた。
「・・・あ、ん・・・ん」
 気持ちよさそうに、カイルが喉を鳴らして喘ぎをもらす。互いに性感を高め合いながら、唇や首筋、思うまま至るところに口付け合っていく。
 シャワーはとめられることなく未だ降り注ぎ、狭い空間に湯気が立ち込める中、はばかるものが何もない二人は、濡れた体を執拗に絡ませていった。シャワーが絶えず降り注ぎ流れ落ちていくガレオンの背に、カイルの腕が縋るように伸ばされる。
 一体いつまでこの光景を眺めているのか、ザハークはさっさと立ち去らなければと思う。だが一方で、ザハークは目を離せなかった。
 普段の澄ました顔、明るく笑う顔、つまらなさそうな顔。それとは全く違う、今のカイルの表情は、ザハークに衝撃を与えた。カイルにこんな顔が出来るだなんて、全く知らなかった、これからも本当は知ることはなかっただろう。
「っん、あ・・・ぁ・・・」
 ザハークの耳に、ガレオンの与える快感に酔うカイルの声が届く。こんな声だって、聞いたことはなかった。
 これから、どんな表情を見せるのか、どんな声を聞かせるのか。それを思うと、ザハークの足は、立ち去ろうと動くことはなかった。
 ザハークの目も耳も、カイルの痴態を、ただ追い続ける。
「・・・ガレオン殿ぉ」
 甘い、甘えた声で、カイルがガレオンの耳元で囁いた。
「やっぱり、最後まで、しましょう・・・?」
「・・・・・・・・・」
「オレ、ベッドまで、もう持たないです・・・」
 ガレオンに頬を摺り寄せ熱い息を吹き掛けながら、カイルは同時にガレオンの腕を自らの背後に導く。
「ねぇ、ガレオン殿ー・・・?」
「・・・・・・・・・」
 カイルのおねだりに、お堅く頑固な男は、溜め息で返した。仕方ない、そう許すような溜息で。
「ガレオン殿・・・」
 カイルは嬉しそうに顔を綻ばせ、つい、といったかんじでガレオンに口付けた。
 そのまま舌を絡ませ合いながら、ガレオンはカイルの背に回った手を、今度は自分の意志で動かし始める。
 背骨を辿るように降下させ、もう片方の手で拡げた隙間に、ゆっくりと指を運んだ。
「・・・ぁ・・・・・・」
 カイルは小さく息をもらしながら、背を壁に預ける。が、すぐに気を変え、ガレオンを引き寄せてその肩に腕を回し、身を委ねた。
 壁とカイルの間で、ガレオンの手が怪しく蠢く。それに合わせてカイルの体がぴくりと反応し、口からは声が漏れる。
「・・・ぁ・・・ん、ん」
 その甘い声は、ガレオンが与える感覚だからか、それともガレオンしか聞いていないからか。どちらかなんて、ザハークにはわからないし、わかりたくもない。
 どちらにせよ、今カイルはガレオンに体を預け、体を開こうとしているのだ。それ以上に重要なことなど、この場であるだろうか。
「あ、ん・・・っん」
 排泄器官を男に指で嬲られ、それなのにそのことが嬉しくて堪らないと鳴く。男のプライドと引き換えに得るものは、単なる快楽か、それともこれは愛の行為とでもいうのか。
 女好きに見せ掛けて、カイルが実は男に抱かれる嗜好の持ち主なら、誰にでも脚を開くのなら、ザハークはまだ許せた。たとえカイルがザハークを相手にすることがなくとも、特定の誰かを選ぶのでなければ。
 だが、そうではないのだろう。相手はガレオンだ。ガレオンが遊びで男と関係を持つなど、考えられない。何より、カイルのガレオンに向ける表情が、全てを物語っていた。
 その視線だけで、カイルは、愛しいと言う。ガレオンが愛しいのだと、だから抱かれるのだと、だから嬉しいのだと。
 ザハークは、唐突に気付いてしまった。カイルを、自分が一体どうしたいのかに。いや正確には、カイルに、どうして欲しいのかに。
 同時にザハークは、いっそ笑いたくなった。こんなふうに他人の情事を覗き見して、その挙句に気付かなければいいことに気付いてしまった。自分が滑稽で堪らない。笑わなければ耐えられないほど、自分が惨めに思えた。
 だが、ザハークは声を出して笑うことはなかった。そんなことをすれば、二人に気付かれてしまう。頭の片隅に、二人の行為に水を差してやるのも一興か、という考えがよぎるが。それ以上にザハークは、ここまできたら最後まで見届けてやろうかと、自虐にも似た思いを覚えた。
 ザハークが考えている間も、カイルの嬌声は滞ることなく浴室に響き渡っている。その声も、表情も、この先二度とザハークが知ることはないものだろう。
 だからザハークは、見届けたいと思った。どうせここまで見てしまったのだから、最後まで。カイルの表情、声、全て。
「ガレオン殿・・・もう・・・」
 焦れたようなカイルの言葉を契機に、ガレオンは一旦カイルから離れた。
「・・・本当に、ここでよいのか?」
 この期に及んで確認するガレオンに、カイルは可笑しそうに笑う。
「ガレオン殿ー、ダメなんて言って、我慢出来るんですかー? ガレオン殿だって・・・すっかり、その気じゃないですか・・・」
「・・・む」
 カイルがガレオンの昴ぶりに手を伸ばせば、ガレオンは小さく苦しげに呻いた。構わずカイルは、すでにすっかりと勃起しきったガレオンの雄を、数度愛しそうに撫でる。
「・・・・・・・・・」
 眉を寄せるガレオンの、答えは聞かずともわかったのだろう。カイルは微笑んでから、振り返って壁に凭れ掛かるように手をついた。
 その背に、ガレオンはもう何も言わず、再び体を重ねる。自ら突き出したカイルの尻を、ガレオンは掴んだ。
「・・・カイル」
 ガレオンは普段からは想像も付かない上擦った声で、カイルの名を呼んだ。それだけでカイルは、ぶるりと身を震わせる。
「・・・ぁ、ガレオン・・・殿、」
 早く、と声になるかならないかの呼び掛けに、急かされたようにガレオンの腰がカイルの腰にぐいっと押しつけられた。ガレオンはそのままぐっと腰を押し上げ、自らの雄をカイルに突き立てる。
「っあ、ん・・・!」
 その衝撃で、カイルの背がのけ反り、指が壁のタイルを掻いた。本能的にだろう逃げようとするカイルの体を、ガレオンは羽交い絞めにして押さえつける。
「っく・・・ん、ぁ・・・あ」
 声色に、しかし苦しさ以外のものがまじり始めるのに、そう時間は掛からなかった。
 宥めるようにガレオンの指がカイルの上を這えば、カイルの体は従順にそれに反応する。
「ん、あ・・・あ、っあ」
 ガレオンはカイルの腰を掴んで突き上げ、それに合わせてカイルの体が揺れた。次第に激しくなる動きに合わせて、カイルの口から絶え間なく嬌声が漏れ始める。ずり落ちそうになる体を、ガレオンが支える。
 湯気が立ち込める浴室に反響するカイルの喘ぎ声、床に溜まった水がもがく足に跳ね上げられる音にまじって、結合部からの卑猥な音が、ザハークの耳にまで届いた。
 女好きだと公言しているカイルが、女のように抱かれて、声を上げて悦んでいる。ガレオンに身を任せ、快楽に身を委ね。そこにいるザハークの存在などに気付きもせず、与えられる感覚に夢中になっている。
 いや、ただ快楽に溺れているわけではない。ガレオンに、夢中になっているのだ。
「ぁ、ガレ・・・オン、どの・・・っ!」
 喘ぎともつかない声でガレオンの名を呼び、体に回されたガレオンの腕にしがみ付く。壁に顔を押し付け、その瞳は相変わらず、愛情と欲望に染まっていた。
 終わりに向けてさらに早まるガレオンの腰の動きに合わせて、カイルの体が限界を訴えるように小刻みに揺れる。
「っん・・・、も・・・う・・・」
「・・・カイル」
 切れ切れに言ったカイルに、ガレオンがその耳元で名を呼んで返した。それが、何よりの契機だったように思える。
「あっ、あ・・・ん、んんっ・・・!!」
 カイルが体をびくびくと震わせ、それからがくりと脱力した。ガレオンもまた肩を上下させ荒く息をしつつも、今にも崩れ落ちそうなカイルを支える。
「・・・カイル、大丈夫か?」
「・・・ん」
 気遣うガレオンにカイルは頷いてから、体勢をゆっくり立て直した。二人の体が離れ、その拍子にカイルの内股を白濁が伝う。だがカイルはそれを気にした様子もなく、今度は壁に背を預けた。
「でも、ちょっとのぼせちゃいましたー・・・」
「・・・・・・」
 だからこんなところでするのは気が進まなかったんだ、と言いたげなガレオンに、カイルはにこりと笑い掛ける。
「ガレオン殿だって、きっぱり断わらなかったじゃないですかー」
 お互い様です、と言ったカイルは、続けて、それより、とガレオンの耳元で囁いた。
「ガレオン殿、早くベッドに行って、続き・・・しましょう?」
「・・・・・・」
 そう言いながらカイルは、待ちきれぬようにガレオンに口付ける。ガレオンはそれに少しだけ応えてやってから、カイルを引き剥がした。
「・・・ならばこの場は離れぬか」
「・・・・・・ちぇー」
 残念そうに肩を竦めるカイルの姿を最後に、ザハークは浴室を離れた。そのままカイルの部屋を出て、自室に戻る。
 そして、明かりもつけずザハークは、動けずそのまま扉に凭れ掛かった。
 ザハークの胸に今ある感情は、怒りや憤りとは、違う気がする。失望に、に近いのかもしれないと思った。
 カイルに屈辱を与えたいなら、怒らせたいなら、簡単だ。
 だがそうではない。ザハークの望みは、そうではなかったのだ。
 幸せそうに、愛しそうに瞳を潤ませる、その表情。ガレオンに向けられた、笑顔。甘えるような声、愛情で欲望で上擦った声。
 ザハークは、それが、欲しいのだ。
 カイルを怒らせたいわけでも貶めたいわけでも、憎まれたいわけでもない。愛されたいのだ。
 最悪の形でそれを思い知らされて、ザハークは同時に、それが決して実現しないことも、ずっと前からわかっていた。
 あの男が、そんなふうに自分に笑い掛ける日など来るはずもない。自分にあんな甘やかな感情を向けるはずない。そんなこと、よくわかっている。
 気付かなければよかった。何故あのとき浴室に足を運んだのかと、今さら後悔したところで、もう遅い。
「・・・ふ、無様な」
 ザハークは自嘲してから、それでも引かない熱に、眩暈を覚えてその場に立ち尽くしていた。




END

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この先ザハークは、表面上は普通にしながら、内心では打ちひしがれた毎日を送るのです。(酷い話だ)
あと、なんかエロが半端ですみません・・・