a surprise attack of love




「オレ、ガレオン殿のことが好きなんですよねー」
 などと、あの青年がぬかし始めたのは、一体いつからだっただろうか。
 カイルのその言葉を、しかしガレオンは全く本気にしていなかった。カイルが自分を好きだということを信じる理由が一つもないのだ。
 カイルは青年で、ガレオンは初老。何より、カイルは女好きだと自ら公言しているのだから。
 冗談のつもりか揶揄って遊んでいるのか、そんなところだろう。ガレオンはそう思っていた。


「あ、ガレオン殿、奇遇ですねー」
 向かいから歩いてきたカイルは、ガレオンに気付くといつものように笑う。真意の見えない笑顔とはこういうものを言うのだろう、ガレオンは常々そう思っていた。
「これからお勤めですかー?」
「・・・ああ」
「そっか、残念ですねー。デートに誘おうと思ったのにー」
 平坦な口調はとてもその気があるようには思えず、ガレオンは内心で溜め息をつく。
「・・・カイル殿なら、いくらでもお相手がいるでしょうに」
「まあねー」
「・・・・・・」
 目的が揶揄うことだとしても、仮にも口説いている相手に、そんなことはないと否定することは出来ないのだろうか。ガレオンはよくわからない感想を覚える。
「・・・・・・おもてになって、よかったですな」
「うん、女の子は好きだから嬉しいですよー」
 カイルは相変わらず笑顔で答え、それから付け足しのように口を開く。
「あ、もちろん、ガレオン殿のことも好きですよー」
「・・・・・・」
 ガレオンはもう一度内心で溜め息をついた。
 もし本当に自分のことを好きで、それなのにこんなふうにしか言えないのだとしたら、この男は相当頭が弱いのだろう。ガレオンは同僚として、カイルがそんな男だとは思いたくなかった。
「・・・時間なので失礼する」
「あ、はーい。お仕事頑張って下さいねー」
 ぶんぶんと手を振るカイルに背を向けて、歩きながらガレオンは今度こそ溜め息を盛大に表に出した。


 ガレオンは女王騎士長の執務室に所用があった。そして用を済ませて詰め所のほうに戻ろうとして、しかしその足をとめる。
 詰め所にカイルとサイアリーズが何やら会話しながら入ってきた。そのカイルの口から、自分の名前が出てきたのだ。
「・・・で、あの人、ちっともオレによろめいてくれないんですよー」
「ガレオンは見た目通りに堅物だからねえ」
「・・・・・・」
 自分がいつもこんなふうに話の種にされ笑いものになっているのかと思うと、ガレオンは自分が情けなかった。
 だがそんなガレオンの存在自体に気付いていないだろう二人は、会話を続ける。
「でも、疑問に思っていたんだけどさ」
「はい?」
「なんであんた、相変わらず女のあとを追っかけ回してるんだい?」
 よくぞ聞いてくれた、とまでは思わないが。気になっていなかったわけではないガレオンは思わず聞き耳を立てる。
「え、それはオレの作戦ですよー」
「作戦??」
 眉をひそめたサイアリーズと同じように、ガレオンも首を傾げた。
 あの支離滅裂な行動にも、ちゃんと彼なりの理論があったのか、と。
「普通にやったらガレオン殿はきっとまともに取り合ってくれないだろうから。でも、女の子大好き、って前置きが付いたら、信憑性が増しません?」
「・・・・・・どういう理屈だい?」
「え、わからないですかー? かわいい女の子好きなオレが、ガレオン殿みたいなタイプを好きって言ってるんですよ。本気としか思えないでしょー」
「・・・・・・・・・」
 ガレオンとサイアリーズが覚えた思いは、おそらく同じだっただろう。
「・・・・・・あんた、それ、本気で言ってるわけ?」
「当たり前じゃないですかー。オレ、ガレオン殿に関しては、いつも本気ですよー」
 ケロッと答えるカイルに、サイアリーズはハァーと溜め息を返す。
「・・・カイル、はっきり言うけど、それは全くの逆効果だよ」
「・・・へ?」
「男がね、いつも女を追い掛け回している男に好きだと言われてもね、冗談か揶揄われているのか、どちからにしか取れないよ」
「・・・・・・ええぇーー!? そうなんですか!?」
「当たり前だろう」
「てことはオレ、ガレオン殿に完璧に誤解されてるんですかー?」
「多分ね」
「・・・・・・ショックだー」
 カイルの声がわかりやすく沈む。
 そんなことにも気付かなかったのかと、そんなカイルがガレオンは同僚としてちょっと情けなくなった。
 が、ガレオンは数秒遅れで、気付く。カイルが自分に向ける思いは本当なのだろうか、と。
 二人がガレオンに気付いていない以上、嘘や冗談を言う理由はない。
 つまり本当に、カイルはガレオンのことを、好きなのだ。
 ガレオンは知らされてしまったその事実を、どう受け止めていいかわからない。
 そして、そうしている間にも二人の会話は続く。
「ガレオン殿、もしかして揶揄われてると思って怒ってるかなー。そういえば、最近なんか素っ気なくなってた気がしたんだよなー」
「可哀想な子だねえ・・・」
 サイアリーズが半分本気でカイルを哀れむ。
 しかし、一転してその声に艶を含ませた。
「お姉さんが、慰めてあげようか?」
 続けて、微かな衣擦れの音が聞こえる。
 ガレオンは思わず身構えた。理由はわからないが、カイルがどう動くのか固唾を呑んでいる自分に気付く。
 そんなガレオンの耳に届いたのは、いつもと寸分変わらないトーンのカイルの声だった。
「・・・ありがたいけど、いいですよー」
「あら、年上は嫌かい?」
「ううん、むしろ大歓迎ーなんだけどさ、昔のオレなら」
 カイルは正直にちょっとだけの未練を覗かせながら話す。
「オレ、今はガレオン殿一筋って決めてるわけですよー」
「ほぉう」
「それに、ここっていつガレオン殿が入ってくるかわからないしー」
「そういうところには頭が働くのかい・・・・・・」
 サイアリーズは呆れたような感心したような声を出した。そんなサイアリーズに、カイルは僅かに神妙な口調で言う。
「あ、ホントに、嬉しいですよー? サイアリーズ様はオレにとって特別な人ですから」
「あら、本当かい?」
「ホントですってばー。オレにとってあなたは、唯一絶対の、最高の女性です。初めて会ったときから、ずっと変わらず」
「・・・そうかい、嬉しいね」
 サイアリーズは、カイルからのまるで愛の告白のような忠誠を、めずらしくただ優しい声色で受け止める。それから、切り替えるように口調を明るくした。
「・・・でも、そんなあたしの誘いを断るとは、あんたほんとに本気なんだね」
「だから、さっきからそう言ってるじゃないですかー」
「あんたの言葉はいまいち信用ならないんだよ」
「え、ひどいですよー」
 カイルは心外だとばかりに拗ねた口調をサイアリーズに向ける。それから、不意に声を低くした。
「・・・・・・でも、ガレオン殿もオレのこと、そう思ってるのかなー」
「・・・まあそれは」
 そんなカイルに、サイアリーズは明らかな揶揄いを含んだ言葉を向ける。
「本人に、直接聞いてみたらいいんじゃないか?」
「へ?」
「ねえ、ガレオン?」
「!!」
「え、ガレオン殿いるんですか!?」
 驚いたようなカイルの声が近付いてきて、ガレオンは無駄だとわかっていて、それでもつい逃げ場を目で探した。
 そして当然何も見付けられなかった視線は、見開いたカイルのそれとぶつかる。
「・・・・・・・・・」
 ガレオンはなんとなく観念した気分になった。きっとカイルはちょうどよかったとばかりにまくし立て始めるのだろう。
「・・・・・・?」
 しかしそんなガレオンの想像に反して、カイルは何故かまだどこかボーっとした様子でガレオンを黙って見つめるだけだった。
「・・・・・・な、なんでこんなところにいるんですか?」
 そしてようやく口を開いたカイルからは、明らかな動揺が見て取れる。
「・・・出るに出られなくなった。わざとではない」
「・・・・・・そ、そうですか」
「・・・・・・?」
 カイルは片眉を下げ、口を押さえてどこか気まずそうにしている。
 ガレオンを騙す計画を聞かれたのならこの反応はわかるが。
 首を傾げたくなったガレオンの耳に、カイルの小さな呟きが聞こえた。
「・・・オレ、変なこととか言ってないよな? ・・・あれ、言った?」
「・・・・・・」
 自分の言葉を反芻しているらしいカイルの様子を見て、ガレオンはやっとわかった。
 カイルのこの表情は、気まずいものではなく、照れなのだろうと。
「・・・今さらだと思うが」
 ガレオンは思わず口にした。
 ガレオンがどう取っていたにしろ、カイルは今までも散々好きだと言ってきていたのだ。なのに今さら何を照れることがあるのか、ガレオンにはわからなかった。
「そ、それは・・・聞かせるのと聞かれるのは違うっていいますかー・・・」
 カイルは困ったように眉を寄せている。その頬は、恥ずかしさの為か、めずらしく上気していた。
「・・・・・・」
 それは、ガレオンが初めて見る表情だった。
 自分を思ってだろうか、ほんのり赤く染まっている、その頬。ガレオンは思わず、手を伸ばしかけた。
 が、行動を起こすより一瞬早く、ガレオンは我に返る。
 自分が何をしようとしたのか、ガレオンは愕然とした。
 この自分より二回り以上も幼い青年に、ほだされかけてどうすると。
「・・・悪かった。聞かなかったことにしよう」
 ガレオンは自分に戸惑いながら、取り敢えずこの場から離れようと思った。が、
「あ、それは困ります!!」
 慌てたようにカイルがガレオンを引き止めた。
「・・・?」
「ガレオン殿、話聞いてたってことは、オレが本気だってわかってくれたってことですよね?」
「・・・・・・」
 確かにそれは事実で、ガレオンには否定出来なかった。
「ですよねー? だったら、なかったことにするなんて、勿体ないですよー!!」
「・・・・・・」
 カイルは、やっと自分のペースを取り戻したのか、当初のガレオンの予想通りにまくし立て始める。
「あ、逆効果だってわかったから、これからはあんまり女の子追い掛けないようにしますねー!」
「・・・・・・あんまり?」
 思わず聞き返して、ガレオンはこれではまるで追い掛け回すなと咎めているようだと気付く。
 出来るなら発言を撤回したいガレオンだったが、しかしカイルはそこは聞き流したようだった。
 この男はやはり妙なところで抜けているなとガレオンは思う。
「それはー、だって、きれいな人やかわいい子を見掛けたらつい、ねえ?」
「・・・・・・同意を求めるな」
「ええー。ガレオン殿、せっかく男に生まれたんだから、その辺楽しまなきゃ勿体ないでしょー」
「・・・・・・」
 どうやら本気らしい相手に対してそんなことを言うこの男が、ガレオンにはちっとも理解出来なかった。
「ガレオン殿は硬派ですねー」
 カイルは面白そうに言う。その言葉は、しかし揶揄うふうではなかった。
「でもオレ、ガレオン殿のそういうところ、好きですよー」
「・・・・・・」
 不覚にも、ガレオンは言葉に詰まった。
 今までなら、いくらカイルに好きと言われようと、どうせ軽口の一つだろうと聞き流すことが出来た。
 だが、どうやらカイルが本気だと知ってしまったガレオンは、どうしてもそこに含まれる深い感情を捉えてしまう。
「・・・・・・」
 いつものように、なんでもない振り出来ない自分の堅物さが、ガレオンは少し恨めしい。
 だがカイルは、そんなガレオンの微妙な変化には全く気付かなかったようだ。
「まあそういうわけですから。オレ、これから仕事なんで、失礼しますねー」
 カイルは言いたいことだけ言って、いつもよりも気持ち軽めの足取りで部屋を出て行った。
「あらまあ、嬉しそうにしちゃって。かわいいねえ」
「・・・・・・!」
 隣で声がし、ガレオンは外には出さなかったが内心とても動揺した。
 突然声を掛けられたからではなく、サイアリーズの存在をすっかり忘れていた自分に、驚いたのだ。
 カイルを見送っていたサイアリーズは、ガレオンに向き直り、笑う。
「でも、これであんたも信じないわけにはいかなくなったね」
「・・・・・・わざとですか?」
 ガレオンがいるのを知っていて、カイルに話をさせたのだろうか。サイアリーズの笑いを見てガレオンはつい疑う。
「まさか」
 サイアリーズはガレオンの疑問を正しく読み取って、しかし首を振る。
「あんたがそこにいるなんて、知っていたわけないだろう」
「・・・・・・」
「ただ、あの子の慌てる様子を見て揶揄ってやろうと思っただけさ」
 サイアリーズは意地悪そうに唇の端を上げた。
「まさか本当にいるだなんて、思ってもいなかったよ。おかげで、期待よりももっと面白い見世物になったけどね」
「・・・・・・サイアリーズ様」
 さすがにその言い様はないだろうと、ガレオンは渋面を作る。
「ああ、悪い悪い。でもま、本気だってわかったんだから、あんたも本気で考えてやりなよ?」
「・・・・・・・・・」
 答えを返せないガレオンには構わず、サイアリーズもカイル同様マイペースに部屋を出て行ってしまった。
「・・・・・・・・・」
 一人残されたガレオンは、しばらく立ち尽くす。
 出来れば何も考えたくなかった。
 そして、出来ればこの数刻の出来事をなかったことにしてしまいたかった。
 だが、カイルがそれを許さないだろうし、ガレオン自身忘れてしまうことが出来るような器用な男ではない。
「・・・・・・」
 ふぅと息を吐いて、ガレオンは最近めっきり溜め息の回数が増えてしまったことに気付いた。
 あんな若者に振り回されて、どうかしていると思う。だが、カイルの言葉行動一つ一つに妙に反応してしまった自分がいたもの確かだったのだ。
「・・・・・・」
 これから一体どうなるのだろうか。カイルとの関係、そして何より自分自身。
 それを思って、何度目かわからない溜め息をガレオンは漏らした。



END

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ええと、ガレ←カイのカイルはこんなふうに、どこかおかしい子です。
そしてガレオンは、カイルのそんなところにうっかり引っ掛かるわけです。
その話の前置きのような話なので、特にコメントが思い付かないですが・・・
あ、カイルの女好き設定は、さすがに覆せないかんじです・・・(笑)