get the wrong end of the stick
ガレオンは女王騎士の詰め所に入った。
すると、執務室からフェリドの笑い声が微かに聞こえてくる。
ガレオンは一応挨拶しておこうと近付いて、扉に手をかけ、しかしそこで思わずとまった。
「・・・好きです、フェリド様」
と、聞き覚えのある声が聞こえてきたからだ。
しかしガレオンは、浮かんだ人物を、即座にまさかと否定する。いつもの彼とは思えないほど真面目な口調だったのだ。加えてそのセリフは、フェリドに対する告白としか思えない。
「はいはい」
「あ、冗談だと思ってるでしょー」
だが、続けて聞こえてくるフェリドに返す声は、やはりどう考えても彼でしかなかった。ガレオンの同僚、若き女王騎士カイルだ。
「オレは、ホントに本気なんです」
「・・・・・・本気でか?」
「そう言ってるじゃないですか」
カイルの声は、やっぱりいつもの軽いものではなく、至極真面目である。
本気なのだろうとガレオンにも伝わってきた。勿論フェリドもそうだったのだろう。
「・・・・・・そうか」
フェリドはカイルの主張を認め、溜め息をもらす。どう受け止めるべきかと考えているのだろう。
そう推測したガレオンも、充分胸中では戸惑っていた。
カイルがフェリドを好きなことは知っていた。しかしそれは尊敬といった類の感情だと思っていたのだ。だが今のカイルの口調からは、そうではなくつまりは恋愛感情としての好きなのだと伝わってきた。
そしてガレオンやフェリドとは対照的に、スッキリとした声をカイルは聞かせる。
「はい。やっとわかってくれましたか。ずーっとそう言ってたのに」
「だってなあ、お前、簡単に信じられるわけないだろう」
「えぇー、ひどいですよー」
不満そうなカイルに、フェリドは自分のせいではないだろうと言う。
「自分の日頃の行いを振り返ってみろよ。女と見るや口説きまわってるくせに」
「それはもう、オレに染み付いた習性みたいなもんでー。あ、でも誤解しないで下さいよ? 声を掛けてはいますけど、それ以上は何もないですから!」
「わかってるわかってるって」
宥めるような口調で言いながら、フェリドが動く気配がする。ガレオンは、頭をポンポンと叩く、フェリドが子供によくする仕草を思わず想像した。
「お前が軽そうに見えて、その実とっても一途な奴だってことはな」
「な、なんですか突然ー」
「ははは、照れるな照れるな。可愛い奴だな」
「もうー、フェリド様ったらー」
隠し切れない照れを含ませて、カイルがフェリドに言葉を返す。カイルのそんな声色を、ガレオンは初めて聞いた。なんとなくガレオンは如何とも表現し難い思いを覚える。
「ほら、髪の毛乱れちゃうじゃないですかー」
「そしたら昔みたいに俺が直してやるって」
「そういう問題なんですかー? とにかく、離して下さいってばー」
「はいはい」
二人はガレオンの予想が正しかったと教える会話を続ける。
おかげでガレオンは二人の様子が容易に想像出来てしまい、しかしそこでハッと一体自分は何をやっているのだろうと我に返った。
今さらフェリドに挨拶するのも気まずいので、立ち去ろうと思ったガレオンは、だが次のフェリドの言葉に思わず動かそうとした足をとめる。
「・・・・・・で、お前はどうしたいんだ? どうなりたいんだ?」
フェリドは口調を少し改めてカイルに尋ねた。
「それをフェリド様が聞きますかー?」
「だって、それを聞かないことには、俺にはどうしようもないぞ」
「・・・・・・・・・そりゃあ」
カイルは数秒の逡巡ののち、いつもよりも僅かに低いトーンで口を開く。
「出来れば・・・オレの思いを受け止めてくれればいいですけどー・・・・・・やっぱり無理ですよね?」
「・・・そうだな、正直言って、俺は無理じゃないなどとは言えんよ」
「・・・・・・ですよねー」
フェリドの返事を受け、カイルの声は益々沈む。
「・・・大丈夫ですよ、わかってたんでそんなこと、よーく」
続いたカイルの声も、まだ力なさがあったが、それでも平気そうに振る舞おうとするカイルの意図が見えた。フェリドに余計な心遣いをさせてはならないと思ったのだろう。
重くなりそうな空気を払拭するように、カイルは軽い口調で言った。
「・・・この際、もう気持ちは置いといて、取り敢えず体だけでも受け入れてくれないですかねー?」
「・・・お、お前なあ」
投げ遣りにも聞こえるカイルの言葉に、フェリドは呆れとも心配とも付かない声を返す。
「そんなふうに言うなよ」
「だってー」
それに対してカイルは、不満を隠さず漏らした。
「オレ、何度も言いますけど、今回は本気なんですよー。だから、最近めっきり清く正しい生活を送ってるわけです。おかげで溜まっちゃって溜まっちゃってー」
「ほほぅ。だったらその辺の女でも抱いてくればいいだろう。お前ならいくらでも相手がいるだろう?」
「うわー、フェリド様、その言い方はひどいですよー」
率直に語ったカイルにの言葉を端緒として、段々と二人の会話は開けっ広げになっていく。
「でも、オレもそうしようと思わなかったわけじゃないんですけどー・・・でも、なんか違う気がして・・・」
「・・・ははぁん。お前、抱くんじゃなくて、抱かれたいわけか」
「・・・・・・フェリド様、嫌な言い方しないで下さいよー」
包み隠さない二人の会話に、ガレオンは耳を塞ぎたくなった。そして、何故いつまでこうして盗み聞きのようなことをしているのだろうと思う。
聞いていられない、そう思うのに、しかしガレオンの足は動かなかった。
そして二人の会話は更に続く。
「・・・・・・でも、どうなのかな・・・そうなのかな・・・」
「当たらずとも遠からず、か」
「うーん、だって、どうしたってオレのほうが受け身になるじゃないですかー」
「はは、殊勝な心掛けじゃないか」
「もう、ちゃかさないで下さいよー」
「悪い悪い。でもま、確かにそうだろうな。逆はどうにもゾッとしない」
「でしょー? だから、オレは・・・」
カイルは変わらず軽い口調で、それでも真剣さを覗かせて話す。
「もうそれでもいいから、したいんですよ。・・・でも、そうもいかないですよねー?」
「・・・そうだなあ、こればっかりはなあ」
「ですよねー」
答えがわかっていたように、それでもカイルは溜め息を漏らす。その様子を気の毒に思ったのだろうか、フェリドは少し迷いながらも言った。
「・・・・・・・・・・まあ、キスくらいだったら・・・・・・いいんじゃないか?」
「・・・・・・え、本当ですか!?」
カイルの声がパッと期待を込めて明るくなる。
「・・・ああ。むさ苦しい野郎だったら話は別だが、お前はまあ小綺麗な顔してるし。年を重ねりゃキスくらいならたいしたことだとも思えないしな」
「・・・それはそれでちょっと悔しい気もするけど・・・・・・でも、出来るもんならしたいなー・・・いいですか?」
「そうだな、構わんだろう」
フェリドの返しに、カイルはパッと飛びついた。
「わかりました! じゃあお願いします!!」
「お、おい、今からか?」
「決まってるじゃないですかー。善は急げ、ですよ」
「善なのか?ってのはいいとしてだな・・・って、ちょっと待て!」
その気になっているらしいカイルとは対照的に、フェリドの声に焦りが見える。
「なんでとめるんですかー!?」
「お前、今さっき欲求不満だって言ったばかりじゃないか。キスだけでとまれるのか?」
「・・・・・・・・・・・・大丈夫です!!」
「信用ならん!!」
思い切りためてから返したカイルの返事に、当然フェリドは不信感をあらわにする。
「あ、ひどいですよー! とにかく、オレはするって決めたんです!!」
「あ、おいちょっと待てってば!!」
「嫌です!!」
「・・・・・・・・・・・・」
ガレオンは、今度こそ黙って聞いていられなくなった。そして、立ち去るのではなく、割って入ることを選択する。
「失礼する!!」
勢いよくガレオンは執務室に入った。
と同時に、開け放った扉に何かが思い切りぶつかる。
「痛っ・・・・・・って、ガレオン殿!!」
ガレオンの眼前に現れたのは、打った鼻を押さえているカイルだ。
カイルがまさか扉近くにいるとは思わなかったガレオンは驚く。
「・・・すまん」
「だ、大丈夫・・・です・・・」
未だ痛そうに眉をしかめながら、カイルは顔を上げる。
「それより、ガレオン殿、ちょうどよかったです!!」
「ガレオン、タイミングが悪かったな」
続けてフェリドには正反対のことを言われ、ガレオンは首を傾げる。
そして目の前の光景のほうがもっと、ガレオンにはわからなかった。
ガレオンは、迫ってくるカイルをフェリドが押しとどめている光景を想像していたのだ。だが現実は、部屋を出ようとしているカイルをフェリドが腕を引いてとめようとしている、というものである。
「あ、フェリド様、手離して下さいよー」
「ガレオン、いいか?」
「は? ・・・・・・はあ」
何故フェリドが自分に振るのかわからず、しかしその手がどうしてだかちょっと気になるガレオンは頷いた。
「俺は知らんぞー」
フェリドはそう言いながら手を離す。
「もー、そんなことしなくても、飛び掛ったりしませんってー」
「どうだか」
「信用して下さいよー・・・って、そんなことはどうでもよくってですね!! ガレオン殿!!」
突然カイルに視線を合わせられ、ガレオンは思わず一歩うしろに下がった。
「お願いがあるんですけどー!!」
「・・・・・・・・・」
下がったガレオンに合わせるようにカイルが一歩前に出る。ガレオンはなんだかカイルの剣幕に圧された。
「・・・・・・・なんだ?」
「はい! キスしてもいいですかー!!??」
「・・・・・・・・・」
予想外の言葉に、ガレオンは思わず絶句した。
するとカイルはフェリドを睨むように見る。
「あー、フェリド様、何が大丈夫なんですかー! ガレオン殿引いちゃったじゃないですかー!!」
「そりゃ、お前の言い方が悪いんだ」
「そうですかー? ・・・じゃあ」
カイルはまたガレオンに向き直る。
「ガレオン殿、オレとセックスして下さいなんて言いませんから、せめてキスさせ・・・痛っ!」
「なおさら悪い!!」
途中で頭をはたいたフェリドに、カイルは恨めしそうな視線を向けた。
「だ、だからって叩くことないじゃないですかー!」
「すまんな、つい。頭を叩くとカランって音がするんじゃないかと思ってな」
「それどうゆう意味ですかー!」
二人は、ガレオンから見れば親しそうに、やりとりを続ける。
ガレオンは微妙な気分になった。なんだかそんな二人を見ていられない、そんな気がする。
「・・・・・・我輩は失礼する」
「あ、ちょっと待って下さいよー!」
踵を返そうとしたガレオンを、しかしカイルが腕を掴んで引きとめた。
「ガレオン殿、キスしていいですかー?」
「・・・何を・・・それはフェリド閣下に頼むことでしょう」
「・・・へ?」
首を傾げるカイルのうしろで、フェリドがははぁんといった笑みを浮かべる。
だが二人はそれには気付かなかった。
「よくわからないですけど、オレはガレオン殿とキスがしたいんです」
「・・・・・・」
「それ以上は取り敢えず望んでないから、せめてキスだけでも、させて下さい」
カイルはガレオンを真っ直ぐ見つめて、真剣な口調で言う。
「いいですか?」
「・・・・・・」
カイルが腕を伸ばして、ガレオンの肩に手をかけた。そしてゆっくりと近付く。
ガレオンはなんとなく、それをとめることが出来なかった。
「・・・・・・」
微かに触れて、離れ、もう一度今度はしっかりと。
「・・・・・・」
また離れて、至近距離で見つめ合ったカイルは、頬を上気させていた。
「・・・・・・っ!」
そしてガバッとガレオンから離れる。
「ご、ごめんなさい!!」
口を押さえて困ったように眉を寄せ、カイルは逃げるように部屋を出ていった。
「・・・・・・?」
ガレオンは不思議に思いながらそのうしろ姿を見送る。
「あーあぁ、だから、欲求不満なのにキスなんかしても大丈夫なのかって言ったのに」
「・・・・・・!!」
ガレオンはハッとフェリドの存在を思い出した。
「・・・お見苦しい場面をお見せして」
「構わん構わん。煽ったのも俺だ」
「・・・・・・」
「それよりも、あいつのあとを追ってやったらどうだ?」
フェリドはカイルが出て行った扉を見ながら言う。
「それで、続きでもしてやったらどうだ?」
「・・・は?」
「さっき俺たちの話を聞いていたんだろう?」
「は・・・いえ」
「隠すな。それで、カイルの思い人が俺だと勘違いしたってところか?」
「・・・勘違いなのですか?」
思わず聞き返して、ガレオンはしまったと思う。
フェリドはニヤリと笑った。
「気になるか?」
「・・・いえ」
「そうか・・・」
フェリドは、突っ立っているガレオンを見て、少し思案する様子を見せたのち、口を開く。
「だったら、俺が代わりに追い駆けるぞ?」
「・・・・・・ご冗談を」
だがフェリドは、本音の窺えない笑顔でガレオンを見返す。
「どうしてそう言いきれる?」
「・・・閣下には立派な妻子が・・・」
「お前が黙ってさえいてくれればバレんさ。あいつを焚き付けたのは俺だ、このまま放ってもおけんしな」
「・・・・・・」
フェリドは返しに詰まるガレオンを措いて、詰め所の出口へと向かう。
「あいつが待ってんのは俺じゃないんだろうがなぁ。まぁ成り行きってやつだ、美味しく頂いてくるさ」
「・・・・・・・・・」
フェリドはことさらゆっくりと扉を開け、それでも着実に言った通りに動こうとする。
このままではフェリドはカイルの部屋に行ってしまうかもしれない。そしてフェリドがどうする気なのかには関わらず、カイルが待っているのはおそらくガレオンなのだ。
「・・・・・・・・・」
ガレオンは一体自分が何をこんなに葛藤しているのだろうと思った。
フェリドが陛下や王子たちを裏切ろうとしているからだろうか。それも確かにある。だが、正確にはそうではない気がした。
「・・・・・・・・・」
めったにない真剣な声で、好きだと言っていたカイル。自分に口付けて、頬を赤らめていたカイル。
要は、自分がそのカイルの気持ちにどう応えるのか、それだけなのだとガレオンは気付いた。フェリドの行動など、本当は関係ない。
「・・・・・・・・・」
ガレオンは目を閉じ、そして開いた。
「・・・・・・閣下!!」
あと数センチで閉まる扉に駆け寄り、力任せに開け放つ。
フェリドはすぐそこに、ガレオンがそうするのを待っていたように、腕組みして笑って立っていた。
見透かされていた、そう知ったところで、癪に思い反発する若さはガレオンにはない。
「・・・失礼します」
ガレオンはフェリドの横を抜け、足早に廊下を歩いた。目的地は、勿論カイルの部屋だ。
行って、自分がどうするつもりなのか、ガレオンにはまだハッキリとわからない。
それでも、自分が行くべきなのだと思ったのだ。
カイルが、自分を待っているのなら。
理由はそれだけで充分だと、ガレオンは思った。
END
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というわけで、タイトルはずばり、「すっかり誤解する」でした。
というか、ここで終わるか!?みたいな・・・
ほら、あれです、続きを書こうと思ったら、
もれなくエロになだれ込みそうで・・・尻込みしました!!
済みま せ !!!!!(逃)
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