undergo changes
太陽宮を出口に向かって歩いていたガレオンは、前方にカイルのうしろ姿を発見した。 最近よくカイルの姿を目にするとガレオンは思う。だが実際は、おそらくその頻度は変わってはいないだろう。だとすればつまり、それだけガレオンが以前に比べてカイルのことを気に留めているということになる。 「・・・・・・・」 そんなことに気付いてしまったガレオンは、おかげでカイルに声を掛けづらくなった。ガレオンはだから、どうやら同じ方向へ向かっているらしいカイルとは一定距離をあけたまま歩いていた。 カイルのほうは、うしろにガレオンがいることになど全く気付かず歩き続け、しかし四つ角にさしかかったところで不意に立ち止まる。 「あ、王子ー! ちょうどよかったです!」 脇道に王子を発見したらしく、カイルは嬉しそうにそっちに駆けていった。 「王子、これからお暇ですかー?」 「特に用事はないけど」 「だったら、オレと市街のほうに行きません?」 「・・・今度は何?」 やっと二人の姿が見える場所まで来たガレオンの目に映ったのは、苦笑いをしている王子だ。 「あのですねー、酒場のほうに超美人の新人さんが入ったって聞いたんですよー! 見に行きましょー!!」 「うーん・・・」 王子は困ったように眉を寄せる。 「何度も言うけど、僕はあんまりそういうのに興味は・・・」 「何言ってるんですか! 王子だってそろそろ男に目覚めてもいい頃です! きれいな女性に興味が持てないなんて、おかしいですよー!」 「・・・そ、そうかな・・・?」 そんな二人のやり取りを見て、ガレオンは思わず溜め息をついた。 こんなところでカイルに捕まってしまった王子に対する同情が半分、そしてカイルに対する呆れが半分だ。 ガレオンを好きだと言いながら相変わらず女を追い掛け回しているカイルは、ガレオンが問えばおそらく「それとこれとは別問題なんですよー!」とでも返すのだろう。 想像が付くのでガレオンは尋ねてみたことはなかった。そもそもカイルが女を追い掛け回していようとなかろうと、ガレオンには無関係・・・なはずなのだから。 「王子! さ、行きましょう!!」 「え、えぇー」 カイルは勝手に決めてしまい、手を掴まれ引っ張られそうになった王子は困ったように視線を彷徨わせた。 カイルが女を追い掛け回すのは個人の自由だからいいとして、しかし王子に迷惑をかけているのだからそれを見過ごすのはどうなのだろうとガレオンは思う。 迷いながら少し足を踏み出したガレオンに、王子が気付いたのだろうか、彷徨わせていた視線を向けた。が、それは正確にはガレオンではなく、ガレオンのさらにうしろに注がれていたようだ。 「あ、カイル様!! また王子を変なことに誘おうとしてませんか!?」 少女が小走りでガレオンの横を通り抜ける。 「うわ、リオンちゃん!!」 カイルは見付かった!という顔で振り返った。 「変なことじゃないよー。王子にとっては大切な・・・」 言いながらリオンを捉えたカイルの視線が、すぐに僅かに横にずれて、固定される。 「あ、ガレオン殿!!」 カイルはリオンの後方にいるガレオンに当然気付いて、嬉しそうに手を振った。 「じゃ、わたしと王子は失礼しますね!」 その隙に、リオンは王子を連れて逃げてしまう。 「あ、王子ー! リオンちゃーん!!」 カイルは二人のうしろ姿を残念そうに見送った。それから、ガレオンのほうに駆け寄ってくる。 「ガレオン殿でもいいや。話聞いてました? 一緒に見に行きませんか?」 「・・・・・・」 でもいいや、などと思ったとして言わずにおくことは出来ないのだろうか、ガレオンは微妙な気分になる。 「それで、ついでにデートしましょう!」 「・・・・・・」 ついで、などと思ったとして・・・とガレオンは再び微妙な気分になる。 そもそもかわいい女の子を見にいこうと好きな人のはずのガレオンを誘う時点でどうかしているが、その辺カイルがおかしいのは今さらなのでガレオンは気にしないことにしていた。 「・・・すまないが、これから鍛冶屋のほうに行く用事が」 「それこそちょうどいいじゃないですか!!」 「・・・」 何がちょうどいいのだろうとガレオンは思う。酒場と鍛冶屋は同じ方向にはない。 だがカイルは、水を得た魚のように顔をパッと輝かせていた。 その様子に、たまには付き合ってもいいかもしれない、ガレオンはそう思わされる。 「・・・・・・そうだな」 「えっ!? 本当にいいんですか!?」 カイルは少し目を丸くし、それから嬉しそうに笑った。
「あ、久しぶりー!」 女王宮を出て街へ向かう途中の道で、カイルは知り合いを見付けたらしく駆け寄っていった。 「相変わらず、美人だねー」 とカイルが言う通り、彼女は目鼻立ちのはっきりとしたかなりの美人だ。 「カイル様こそ、相変わらずで。でもいいのですか? 職務中では?」 「違うよー。今は暇してるところー。そっちは仕事中?」 「いえ、私も暇をしているところです」 「へぇ、奇遇だねー」 などと、二人は楽しそうに会話を始める。 ガレオンは、しばらくはそんな二人を見守っていた。それから、鍛冶屋にはやはり一人で行こうと足を動かす。 今カイルが彼女に向けている笑顔と、さっきカイルが自分に向けた笑顔は、同じものに見えた。それなら、わざわざ自分が付き合うことはない、彼女が一緒にいてやればいいのだ、ガレオンはそう思う。 二人に背を向け、ガレオンは歩き出した。 なんとなく早足になってしまうガレオンに、しかし少ししてカイルが追い付いてくる。 「ガレオン殿、ひどいですよ、置いていくなんて」 走って追い掛けてきたらしく、僅かに息を弾ませながら、カイルはガレオンに拗ねたような口調を向けた。 「・・・彼女はいいのか?」 「え、あ、はい、別にいいですよ」 ガレオンの問いに、カイルは至極アッサリと答える。 「今はガレオン殿が鍛冶屋に行くお供をすることのほうが優先事項ですから!」 「・・・・・・」 ガレオンにはよくわからない。カイルはお喋りなほうだが、寡黙なガレオンとでは会話が弾むようなことはない。王子や先程の女性と過ごすほうが、よっぽど楽しいはずだ。 会話がなくとも好きな相手とだから沈黙も楽しいのかもしれないが、そもそも何故カイルのような男が自分を好きなのか、ガレオンにはわからない。 「・・・・・・・変わった奴だ」 「え? なんです?」 ガレオンの小さな呟きが聞き取れなかったらしくカイルが首を傾げた。しかし元々話し掛けたつもりのないガレオンは繰り返しはしない。 黙して歩くガレオンに、カイルはもう一度首を傾げてから、それでもやはり離れることはしなかった。
鍛冶屋でガレオンは自らの武器の手入れを頼んだ。腕のいいその職人は、慣れた調子で戟を研ぎ始める。 その様子を、ガレオンは見ていた。自分の武器が鍛えられていく過程は、何度見ても飽きない。 見入っているとときの流れを忘れてしまうが、しかし武器の鍛錬に掛かる時間は短くはない。 途中でガレオンは、そういえばカイルはどうしているのだろうと思った。 暇を持て余しているかと思ったカイルは、しかし意外にもさっきまでのガレオンと同じく、職人の仕事に見入っている。カイルもここで世話になっているはずだが、やはり武器が違うと鍛え方も違うからだろうか。 鍛冶屋を出てからも、カイルはまだ感心したようにガレオンの戟を覗き込んでいた。 「・・・ガレオン殿、これ持ってみてもいいですか?」 まるで子供のような無邪気さで問うたカイルに、ガレオンはつい昔の出来事を思い出す。 「・・・やめておけ」 カイルがまだソルファレナへ来たばかりで女王騎士見習いだった頃。そのときにもカイルは好奇心から、同じようなセリフでガレオンの盾を手に取ろうとした。大人でも持つことさえ困難なガレオンの盾は、まだ16だったカイルにはなおさら想像を絶する重たさだったろう。そしてカイルは危うく盾の下敷きになりかけたのだ。 「・・・もしかして、あのときのこと思い出してます?」 思わず渋い顔をしたガレオンに、カイルが僅かに苦笑する。 「あのとき、ガレオン殿に思い切り怒鳴られて、すごく怖かったんですよね」 「それは・・・」 当時、仲間をたくさん失ったばかりだったガレオンは、少し神経過敏な部分があった。そのときのカイルを思い出して、ガレオンは今さらちょっと申し訳なくなる。 だがカイルは首を振った。 「わかってますよ。叱られて当然だし・・・あれがガレオン殿の優しさなんだって、今はちゃんとわかってます」 「・・・・・・」 口調はいつも通り朗らかなものなのに、カイルの言葉は、何故かガレオンには妙に真剣さを帯びているように聞こえた。 「オレ、ガレオン殿のこと、ずっと苦手だったんですよ。気付いてました?」 「・・・ああ」 本人の言う通り、カイルのガレオンに対する態度は、長らくザハークに対するそれとほとんど変わらなかった。 それが変わり始めたのは、一体いつ頃からだっただろうか。ガレオンには思い出せない。 自分を避けていたカイルが思い出せないくらい、遠い昔のように感じるほど、ガレオンにとってカイルは今や自分に懐いてくる存在でしかなくなっていた。 「触らぬ神に祟りなし・・・みたいに思ってましたからね。・・・でも、それが」 カイルはガレオンを真っ直ぐ見据える。 「今じゃこんなふうに好きなんだから、不思議ですよね」 その言葉には、普段の冗談めかした響きなど、微塵もなかった。 思わず言葉に詰まるガレオンに構わず、カイルは続ける。 「人って変わるもんですよね。オレ、あの頃に比べたら背だってずっと伸びて、体も随分立派になったと思うんですけど。だから、ちょっとくらい、いいでしょ? 無理はしませんから」 カイルは上手く話を繋げた。だが、一連の言葉がその為の単なる方便では、決してなかっただろう。 「・・・・・・まあ、いいだろう」 「ありがとうございます!」 確かに今のカイルなら断る理由もないとガレオンは了承する。カイルは嬉しそうに笑って、戟を受け取った。 「・・・・・・すごいな」 なんとか持ち上げて、しかしカイルにはそれが精一杯で動かすことも出来ない。カイルは感嘆の声をもらした。 「こんな重いものを軽々と振り回せるなんてー!!」 カイルは純粋な戦士としての尊敬の眼差しをガレオンに向ける。 手放しに褒められ、ガレオンはなんだか気恥ずかしくなった。 「・・・たいしたことではあるまい」 「そんなことないですよー! すごいですってー!!」 「・・・・・・・・・」 なおも興奮した様子でカイルは声を上げる。 そこでガレオンはようやく、いつものように軽いのにどこかいつもと違った印象を受けた本日のカイルの口調の、違和感の正体に気付いた。 「・・・言葉遣いか」 ガレオンが思わず声にして呟くと、カイルがハッとする。 「・・・・・・あぁー!!」 しまったというふうに口を押さえ、それから慌ててかぶりを振った。 「すいません、さっきのナシで!! えっと、そんなことないです、すごいですガレオン殿!!」 「・・・・・・」 今さら言い直してどうなるのだろうとガレオンは少し呆れる。だが、次のカイルの言葉に、思わず首を傾げた。 「ああもう、せっかく気を付けてたのに・・・」 「・・・・・・」 カイルは、王子やさっきの女性には確か普段通りに話し掛けていた。つまり、ガレオン相手だけに言葉遣いを気を付けていたのだろうか。 「・・・何故そんなことを」 「・・・・・・それは」 カイルはちらりとガレオンを見て、少し気まずそうに答える。 「オレ、思ったんですよ。オレの言葉がいまいち本気にしてもらえないのって、言葉遣いのせいなんじゃないかって。だから、ガレオン殿と話すときはキッチリした言葉遣いにしよう、って決めたんです!」 「・・・・・・」 また妙なことを・・・とガレオンは半ば呆れる。 それでも、カイルの行動は、ガレオンに少しでも好意を持ってもらいたい一心の末のものなのだ。 そんなことをされても迷惑だ、そう思えたら或いは楽だったのかもしれない。 だがガレオンは、そんなカイルの思いを、少なからず嬉しく思っているようだった。 「・・・今さら言葉遣いくらいでは何も変わらん」 「え、そうなんですか?」 「・・・・・・」 それは、嘘だった。 口調が変われば、やはり受けるイメージも変わる。 カイルの軽さを捨てた真っ直ぐな言葉に、どうしても心を動かされてしまうこと、ガレオンはそれが嫌だったのだ。正確には、嫌、とは少し違う気もするが。 そんな思惑の末のガレオンの言葉に、カイルはホッと息を吐く。 「そうですかー。実はこれ、思ってたよりも大変で、ちょっとしんどかったんですよねー」 いつもの、聞き慣れたカイルの話し方だ。ガレオンのほうも、なんだかホッとした。 「あ、これ、返しますねー」 カイルはずっと持つ・・・というより支えるようにしていた戟をガレオンに返した。 ガレオンが軽々と小脇に抱えるのを見て、カイルはまた感心したように嘆息する。 「ホントにガレオン殿は力持ちですねー。何したらそんなに腕力付くんですかー?」 カイルは自分の二の腕を押さえながら言う。 「・・・充分あると思うが」 ガレオンは素直に思ったところを口にした。 カイルだって平均的な男子よりはずっと力があるだろう。カイルの持つ刀が実は意外と重いこともガレオンは知っていた。 「でも、ガレオン殿に比べたらまだまだですよー」 カイルは不服そうに首を振る。 「オレは、少しでも追いついて、少しでも認めてもらいたいんですよー、ガレオン殿に」 「・・・・・・」 「・・・まあ、オレみたいなやつが女王騎士を名乗るなんてとんでもないって、ガレオン殿はまだまだ思ってるかもしれないですけどー」 「それは・・・」 カイルをそんなふうに言う貴族連中がいることはガレオンも知っていた。 そんな輩たちと同じように思われているのかと思うと、ガレオンはなんだか面白くない。 「そんなふうになど思ってはいない」 ガレオンはカイルを正面から見据えて、伝えた。 「貴殿は身も心も立派な女王騎士だ。そう思っている」 女王騎士であることが全てであるガレオンにとって、それは最大の賛辞といってもいいかもしれない。 「・・・・・・・・・」 カイルは、一瞬の間ののち、頬を僅かに上気させた。 「そ、そうですかー?」 動揺を表すようにその声は少し上擦っている。 「・・・同じようなことをフェリド様に言われたときも嬉しかったんですけどー・・・」 カイルはそこで、少しはにかむように、笑った。 それは、最近しばしばカイルがガレオンに見せるようになった表情だ。 ガレオンの些細だとも思える言葉や行動に、カイルは戸惑うように照れるように、それでも嬉しそうに笑うのだ。 王子や女性たちに向ける笑顔とは、違う。 「ガレオン殿に言ってもらえると、もっと・・・ずっと、嬉しいですねー」 「・・・・・・」 口調だけを取ってみれば、いつもとそんなに変わらない。それでも、ガレオンは言葉に詰まった。 言葉遣いや声の調子で判断せずとも、僅かな表情の変化で、ガレオンは読み取れるようになってしまったのだ。カイルの、自分に向けるひたむきな思いを。 カイルが何故自分を好きなのか、それはやっぱりわからない。だがカイルのその思いが本当なのだと、ガレオンはもう疑うことも出来なかった。 「・・・あ、あの、それで、これからどうします?」 カイルは思い切り喜んでしまった自分をごまかすように話題転換をする。だがガレオンのほうこそ、なんだか救われた気分になった。 「・・・酒場に行くのではなかったのか?」 「あ、それはもういいです」 「?」 「言ったじゃないですか、それはデートのついでだってー。その気なくなっちゃったから、今日はもういいです。また明日にでも行きますからー」 「・・・」 やっぱり行くことは行くのか・・・よりも、ガレオンはそっちがついでだったことに気を留めてしまう。 カイルの些細な言葉に、自分のほうこそいちいち喜んでいる気がする。ガレオンはそう思って、それから、自分は喜んでいるのかと、愕然とした。 「・・・用は済んだ。帰らせてもらう」 「・・・・・・ええっ!?」 ガレオンはなんだかいたたまれなくなって、早足に歩き始める。 カイルは驚き、慌ててガレオンを追った。 「なんでですかー? まだ時間ありますよねー? せっかくだから・・・ねぇガレオン殿、待って下さいってばー!!」 「・・・・・・・・・」 いくらカイルが言い募っても、ガレオンは何も返さずただ歩き続ける。 だがそれでも、カイルはそんなガレオンから、やっぱり離れて行こうとはしなかった。
END
---------------------------------------------------------------------------- いつものことのような気もしますが、纏まりない話だなぁ・・・。 一応メインの部分は、「じじぃ、それはヤキモチなのか?」及び「じじぃ、何気に満更じゃないな?」なところです。 何箇所かにちりばめてみた・・・つもり。 あとは、ガレオンに好いてもらおうと、ズレた努力をするカイル。 馬鹿な子ほどかわいいとか言いますが、まさしくその通りだと思いますよ!!
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