take a step forward



 朝起きたとき隣に体温がある、それはもう何年ぶりになるのだろうか、ひどく懐かしい感覚だった。
 顔を横に向ければ、目の前に流れるような金髪が見える。そこに背を向けるようにして眠っているカイルを、ガレオンは昨夜抱いた。
 押し切られたからだと言い訳のしようもなく、それは確かにガレオン自らの意思であった。また今も、気恥ずかしさなどはあるがしかし後悔はない。
 そんな自分の気持ちが少し不思議で、ガレオンは半身を起こしてカイルを見下ろした。
 ガレオンはカイルの好きだという言葉が本当だと知ってからも、その思いを受け入れるのをずっと拒み続けていた。それは、カイルが自分に向ける思いと同じ思いを返せはしないからだ、と思っていたのだが。今のガレオンには、果たしてそうだったのか、よくわからなかった。
 少なくともガレオンは、自分が同情や好奇心やその場のノリで誰かと夜を共にすることが出来る人間ではないと知っている。
 昨夜、些細な接触でも恥らうように頬を染めたカイルを、ガレオンは愛しく思った。そして今、規則正しい寝息を立てるカイルの横顔を見下ろすガレオンの胸にも、そのときと同じ思いが沸き起こる。
 ガレオンはカイルの髪に手を伸ばした。手入れの行き届いたその金糸は、手に取ってもサラリと滑るように落ちてしまう。
 もう一度手に取ろうとしたガレオンは、しかし動きを止めた。
「・・・・・・んー・・・?」
 カイルが少し身動ぎしてから、ゆっくりと目を開く。
 こんなときなんと声を掛けていいのかわからず、ガレオンはただ見守った。そんなガレオンの眼下でカイルは何度か目をしばたたかせ、その瞳をガレオンに向ける。
「あー・・・ガレオン殿・・・おはよーございますー」
「・・・・・・うむ」
 カイルの声は掠れ気味で微妙にぼやけていたが、それは寝起き特有のものとそう変わらなかった。そこに昨夜の余韻などほぼなくガレオンはちょっとホッとする。
 が、カイルが体を仰向けに動かすと、着ている着物の前がはだけた。昨日最後には意識を飛ばしてしまったカイルにガレオンが着せてやった着物から、昨夜の情事の跡が覗く。
 ガレオンは内心で少々狼狽えつつ、乱れた襟をそっと直してやった。するとカイルは、そんなガレオンを見上げて、なんだかとても嬉しそうに笑う。
「んしょ・・・っとー・・・」
 そしてカイルは体を起こそうとしたが、上手くいかない。体に力が入らないのかそれとも力を入れたくないのか、どっちにしても原因はわかりきっているので、ガレオンは背に手を添えて手伝ってやった。
 ガレオンの助けを借りてなんとか半身を起こしたカイルは、つらそうに顔をしかめたままガレオンを見る。その視線は、ガレオンの顔から段々と下に下りていった。
「・・・あのー、ガレオン殿」
「・・・」
 ガレオンはなんとなくいい予感がしない。こんなふうに切り出したカイルがろくなことを言わないと、昨夜散々学んだのだ。
 そしてカイルは、そのガレオンの予想を裏切らなかった。ガレオンを・・・正確に言うならガレオンの下半身を、じっと見ながら言う。
「ガレオン殿の、やっぱり見たいです。いいですかー?」
「・・・・・・」
 どんな脈絡でからわからないし考えたくもないカイルの突拍子もない希望を、ガレオンは当然無言で却下した。
 が、カイルは諦めず言い募る。
「だって、昨日は見たらビビッちゃうかと思って見なかったんだけど、やっぱり気になるって言うかー見なきゃ損な気がするっていうかー・・・」
「・・・・・・」
「それにいいじゃないですかー。ガレオン殿は昨日散々オレの見たんですからー!」
「・・・・・・・・・」
 そういう問題なのだろうか、とガレオンは思う。そしてそんなカイルの言い様に、昨日の恥じらいは一体どこへ行ったんだと、自分がそこに引っ掛かってしまった気がするガレオンは僅かに釈然としないものを感じた。
 が、そういえばいいところで何度もムードを壊すようなことを言ったのもカイルだったと思い出す。
「・・・・・・」
 ともかく、ガレオンはカイルの希望を叶えてやる気にはなれなかった。改まってどうぞと見せるような真似はとてもじゃないが出来ない。
「ねー、見せて下さいってばー」
 しつこく言いながらガレオンの着物に手を伸ばそうとするカイルを、ガレオンはとめようと言葉を返す。それは、他意のないとっさの一言だった。
「また次の機会でもよかろう」
「・・・・・・・・・」
 が、どう解釈しても、その言葉が持つ意味は一つしかない。
「・・・はい! また次、ですね!!」
 カイルは当然それに気付いて、手を引きながら嬉しそうに笑った。その笑顔に、いやそう意味で言ったのではない、と訂正する気も失せてしまうガレオンだ。
 気が済んだからか、やはり座っているのはつらいらしくカイルはまたベッドに横になる。ガレオンは反対に、そろそろ身支度をしなければならないのでベッドから降りた。あと一刻ほどで、女王騎士の会議が始まるのだ。
 おそらくカイルはもう欠席する気満々なのだろうが、今日はさすがにガレオンも出ろとは言えない。
「・・・具合が悪いと伝えておくか?」
「いいですよー」
 正鎧を身に着けながらなんとなくな罪悪感から提案したガレオンに、しかしカイルは笑って返した。
「オレがサボるのはいつものことですもん」
「・・・」
 それもどうかとガレオンは思う。が、やはりそんなカイルを咎める気には今のガレオンにはなれなかった。今日カイルを欠席させる原因を作ったのは自分なのだから。
「それに、ガレオン殿がそんなこと言ったら、怪しまれちゃうかもしれないですよー?」
 そんなガレオンに、カイルはわざとなのか何も考えていないのか、軽い口調で言った。
「オレは別にいいですけど、ガレオン殿は嫌いそうですよねー、噂になるの。じゃあヒミツの関係ってことになりますよねー。なんかそれって燃えませんー?」
 たわいない軽口であるが、しかしその声はそれにしては嬉しそうだ。カイルのそんな素直な感情の表れに、ガレオンはなんだかむずがゆいような気分になる。
 なんだかこの空間にいることが居た堪れない気すらしてきたガレオンは、自然と着替えのスピードも上がり、いつもより早く身支度を終えた。
 そしてガレオンは扉の前に立ち、そこで僅かに逡巡する。朝出るときに見送りがいる、そんな状況はもうずっと長いことなかったのだ。
「・・・・・・では、行ってくる」
 言ってさっさと部屋を出ようとしたガレオンを、しかしカイルが呼び止めた。
「あ、ガレオン殿、ちょっと待って下さいよー」
 振り返るとカイルが身を起こそうとしていたので、それを手でとめてからガレオンは自分から近寄る。するとカイルは手を伸ばしてきて、つられてもっと近付いたガレオンをさらにぐいっと引き寄せた。
 そして、ガレオンに軽くちゅっと口付けて、笑う。
「はい、行ってらっしゃーい」
 そのカイルの笑顔は、今までガレオンが見たどの笑顔よりも、嬉しそうで幸せそうで、そしてガレオンへの愛情に溢れていた。
 そんなカイルに、ガレオンがまず覚える感情は、呆れや戸惑いなどではなく、愛しさだ。
 そして思う。昨日カイルを受け入れようと決めた自分の選択は正しかったと。
 思わずキスし返したい気分になったガレオンは、しかしそんなことをする自分にどうにも耐えられそうにない。だから代わりに、カイルの頭を撫でるにとどてめておいた。



END

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読んで下さったあなたの記憶を今すぐ消したい気分です。
・・・は・・・恥ずかしい・・・!!
平気でスラスラとこういう話が書けるとか勘違いしないで頂きたく・・・!!