expression of my heart




 ガレオンは、王子の側につくと決めた。
 そして一息ついたガレオンは、自分の目が自然とカイルを探していることに気付く。ゲオルグの件を伝えたときなど何度か場を同じくしたが、いずれも私的な言葉は交わしていなかった。あれから状況も少し落ち着いたので、ようやくゆっくりと話も出来るだろうとガレオンは思う。
 王子はサウロニクス城に向かったそうだが、カイルは同行していないと聞いた。ならばそのうち、カイルのほうから声を掛けてくるだろう。いつものように、嬉しそうに駆け寄ってくるだろう。ガレオンは疑わずそう思った。
 が、ガレオンの予想は、しかし外れた。カイルは、全くガレオンの前に姿を見せなかったのだ。
 忙しいのかもしれない、初めガレオンはそう解釈する。だが、女王宮ほどは広くないこの城、偶然にガレオンはカイルと顔を合わせた。そのとき、カイルは、いつものようにガレオンに笑い掛けることを、しなかったのだ。
 ガレオンに気付き、その表情を曇らせる。何かを訴えたそうに、それでも何も言わずに、カイルは足早に立ち去った。
 カイルにそんな反応をされたことなど、一度もない。ガレオンは困惑した。


 それから、何度もそんなことがあった。顔を合わせるたび、カイルはガレオンから視線をそらし、逃げるように場をあとにしてしまう。
 その理由など、ガレオンにはさっぱりわからなかった。まともに話していないのだから、自分に原因があるとも考えにくい。
 少しだけ自分で考えたガレオンは、しかしやはり本人に聞くのが一番だと思った。カイルを探してまだ慣れぬ城の中を歩き、結局王子の部屋の前にその姿を見付ける。
「カイル殿・・・」
 ガレオンは自然と少し歩みが早くなりながら、カイルに近付いた。
「少し・・・よろしいか」
「・・・・・・」
 カイルは、最近見慣れてしまった、硬い表情をガレオンに向ける。
「・・・なんか用ですか?」
 やっと聞けたカイルの声は、随分素っ気なく、冷たくすらあった。ガレオンはそんなカイルの態度に、内心ショックを受ける。こんなカイルは初めてで、どう切り出していいかわからなくなった。
 カイルは、ガレオンと視線を合わせようともしない。
「・・・ないなら失礼します」
「カイル殿!!」
 抑揚なく言って踵を返そうとしたカイルの、腕をガレオンはとっさに掴んだ。このまま行かせてはいけない、そう思う。
 ただならぬ女王騎士二人の様子に、階にいる人は何事かと視線を送る。ガレオンはその視線から逃れるように、カイルの手を引いて手近な部屋に入った。ゲオルグの部屋らしいが、本人は今いないのでいいだろうと判断する。
 カイルは、おとなしく手を引かれるままついてきた。相変わらず俯く表情は冴えない。そんなカイルを見て、やはりガレオンは言葉に詰まった。
 二人でいるとき、話し始めるのはカイルのほうからだ。ガレオンが満足な返事を返さなくても、それでもカイルはいつも楽しそうに話し続ける。
 そんなカイルに慣れていたガレオンは、一体どうやって話し始めていいか、それすらわからなかった。
「・・・・・・離して下さい」
 そんなふうにガレオンが逡巡してると、カイルが不意に低く呟く。何を言われたかすぐに理解出来なかったガレオンに、カイルが調子を強めた。
「離してって、言ってるでしょ!!」
 掴まれたままだった腕を、振り払うように動かす。
「・・・どう・・・したのだ?」
 ショックを受けながらガレオンは、ようやくそれだけ口にした。
「・・・別に」
 カイルはやはりガレオンに目を向けようとはせず、低く短く答える。
 ガレオンにはさっぱりわからなかった。ガレオンの知るカイルは、いつもいつも、ガレオンに笑い掛けていたのだ。ガレオンの前で常に朗らかだったわけでは勿論ないが、ガレオンに向ける感情は、いつも晴れ晴れとしていた。
 カイルの考えがよくわからないことはよくあっても、その気持ちを見失うことなど、今までガレオンは一度もなかった。
 離れていた数ヶ月の間、何かがあったのだろうかとガレオンは思う。そうでなければ説明が付かない。
 何か・・・たとえば、他に好きな人ができて、ガレオンとの関係を続けたくなくなった。そういう理由ならいくらでも推測出来て、ガレオンは次第に暗澹たる思いになる。
「・・・・・・」
 理由を問い詰めれば、カイルの口から一体どんな言葉が出てくるのか、ガレオンは怖くなった。
 ガレオンはカイルから、完全な好意しか向けられたことはない。それがもし、否定的な言葉や嫌悪感、そういった感情を向けられることがあれば。
 立ち直れない気が、ガレオンはした。
「・・・すまん」
 なんと臆病なのだろう、ガレオンは自嘲しながら、それでも問うことは出来なかった。
 カイルの腕から手を離し、部屋を出ようと背を向ける。
「・・・なんで」
 そんなガレオンの背に、カイルの呟きが聞こえた。
 思わず振り返ったガレオンに、カイルがさっきまでとは打って変わって、まくし立て始める。
「なんでそうやって諦めちゃうんですか!! ガレオン殿にとってオレって、一体なんなんですか!?」
 顔を上げたカイルは、今日初めてガレオンを真っ直ぐ見た。睨むようなその視線は、しかしどこか泣きそうにも見える。
「カイル・・・」
 その変化に戸惑うガレオンに、カイルはさらに畳み掛けた。
「オレは、あれから・・・女王宮出てから、ガレオン殿のこと忘れたことなんてなかった。毎日考えてた。大丈夫かなって心配したり、ただ会いたいなって思ったり。今何してるかなぁ、声を聞きたいなぁ、キスしたいなぁ・・・。ガレオン殿のこと考えない日なんてなかった!!」
「・・・・・・」
「それで、やっと会えて、これでまた一緒に戦えるんだろうって思って、すっごく嬉しくって・・・・・・なのに・・・」
 語尾が少し弱々しくなったカイルは、しかし再び語気を荒げる。
「ここに来たのは、リオンちゃんを連れてくる為!! ゲオルグ殿の真実を話す為!! その目的が果たせたからもうここにいる意味はない・・・!?」
「・・・っ、それは」
 ガレオンは、あのときのやり取りをカイルが聞いていたのかと、今知った。だがその事実よりも、叫ぶように続けられるカイルの言葉が、ガレオンを揺さぶる。
「わかってますよ、ガレオン殿にとって「女王騎士」ってものがどれだけ重い意味を持ってるか、知ってます。でも・・・でもだったら! ガレオン殿にとって、オレはなんなんですか!? 暇潰し、それとも押し切られて仕方なく、だったんですか!? すっかり忘れてしまえる、いてもいなくても変わらない、どうでもいい存在だったんでしょう!?」
 一息に言ってカイルは、荒くなった呼吸を宥めようともせず、最後に搾り出すように言い放った。
「結局、考えてるのも好きなのも、全部オレばっかりじゃないですか!!」
 キッとガレオンを睨付ける瞳から、数粒、滴が飛ぶ。それ以上を耐えるように、唇を噛み締め、カイルは下を向いた。
 そして、息をして肩を落とすと、一転して力なく、疲れたように言う。
「・・・・・・いいです。もう、いいですよ」
 諦めきったような声を聞かせたカイルの表情は、俯いている為ガレオンにはハッキリとは見えない。それでも、容易く想像は付いた。
「・・・・・・カイル」
 いつも笑顔で朗らかなカイルの、激しいまでに辛辣な感情の吐露。今回のことがキッカケになっただけで、おそらくはずっとあった思いなのだろう。
 そんなカイルに、どう応えればいいのか、ガレオンは一瞬迷う。
 そしてそれを気取ったように、カイルはゆっくりと足を動かした。ガレオンの横を通り過ぎて、部屋を出ようとする。
 俯き加減のカイルの、朱のせいではなく赤らんだ目元が真横に来たとき、ガレオンはとっさにその腕を掴んだ。
「・・・離して下さい」
 振り払う気力もなさそうにカイルが言ったが、ガレオンは逆にその力を強める。
「離してって・・・っ!?」
 声を少し荒げたカイルを、ガレオンは迷いを捨て、腕の中に掻き抱いた。
 ガレオンは自分の気持ちをほとんど言葉や行動で表すことをせず、そしてカイルもそれを知っている。だがそのことが、なんの免罪符にもならないのだと、ガレオンは知った。
 ガレオンは逃れようともがくカイルの頭を掴み、そして口付けた。
「っん、・・・や・・・!」
 カイルは驚きで一瞬動きをとめ、それからまた抵抗を始める。それを力で封じ、ガレオンはさらに何度もその唇を奪った。
 こんなふうに触れ合いたいと、離れていた間思っていたのは、カイルだけではない。それをガレオンはまずは伝えたかったのだ。
 無駄だと悟ったのかおとなしくなったカイルは、しかしいつものようにガレオンを積極的に受け入れようとはしない。それでも、久しぶりの感触に、ガレオンは思わず目的を忘れかけた。
 数ヶ月ぶりになるその温度や質感が、馴染み深く、そしていとおしい。
 一頻りして、ガレオンは名残惜しく思いながらも、ひとまず離れた。
「・・・・・・そうやって」
 カイルは、潤んだ瞳でガレオンを見上げる。感情の高ぶりが原因にも、ただキスの余韻が原因にも、見えた。
「機嫌取れば、オレが許すとでも思ってるんですか?」
「・・・・・・」
「嫌いです」
 カイルの顔が、泣き出しそうに歪む。
「許してしまいそうになる自分が、嫌いです」
「カイル・・・」
 ガレオンは堪らず、カイルをきつく抱きしめた。
 カイルは今度は身動ぎすらしない。抵抗するのに疲れたのか、もう降伏するという証なのか。
 どちらにしてもガレオンの、今度は言葉にして、全てを伝えようという思いに変わりはない。カイルの髪を宥めるように撫でながら、ガレオンはゆっくり口を開いた。
「・・・我輩は・・・おぬしの好意に胡坐をかいておったのやもしれぬ。どんなことがあろうとも、おぬしの向ける想いは不変なのだと、そう思い込んでおったのやも・・・」
「・・・・・・」
「たとえ、ここから去ろうとも、それでも変わらないと・・・」
「・・・オレが王子を放ってガレオン殿を追っかけるとでも? それってひどい自惚れですよ?」
「・・・そうだな」
 自惚れたくなるほど、カイルのガレオンに対する愛情表現は、いつも惜しみなかったのだ。それに比べて、自分はどうだっただろう。
「それが・・・そうではないのかもしれんと、そう思ったとき・・・」
 こんな情けないことを知らせるのはかなり決まりが悪かったが、ガレオンは正直に口を開いた。
「ひどく・・・怯えた」
「・・・っ?」
 意外だったのか、カイルが思わず顔を上げてガレオンを見る。
「自分に思いが向いていないのかもしれぬと、思うことがこんなにもおそろしいとは、知らなんだ」
 情けないかもしれないが、しかし当然の感情であるようにもガレオンには思えた。大切な存在だからこそ、失う可能性に、恐怖するのだ。
 言葉でも行動でも気持ちを表さなかったガレオンだから、カイルはなおさらそうだったのではないか、ガレオンは思った。
「おぬしもこんなふうに・・・いつも不安だったのか?」
「・・・・・・・・・たまに」
 カイルは視線を俯け、ポツリと声を落とす。
「わかんなくなる。ガレオン殿がどう思ってるのか・・・」
 消え入りそうなその声が、そのままカイルの不安を表しているようで、ガレオンは自然とカイルを抱く腕に力を込めた。
「でも・・・」
 だがカイルは、ゆるく、それでも首を振る。
「ほとんどは、オレは不安なんて感じないくらい・・・幸せだった」
「・・・・・・・」
「ガレオン殿がオレのことちゃんと思ってくれてるって、ホントは知ってる。生真面目で頑固で、だからすぐに一つのことしか考えられなくなって・・・それがガレオン殿なんだって、わかってる。なのに・・・」
 ガレオンを見上げるカイルの瞳が、また僅かに潤む。
「変なこと言っちゃって・・・ゴメンなさい」
 その口調は、自分の中で片を付けられなかったことを責めるようだった。だとしたらカイルは、今まで何度となく自分の中で抱え込み、そして無理やり消化してきたのだろう。不安や苛立ちや悔しさや不満を。
「いや・・・いいのだ」
 ガレオンはカイルの頭を抱き込み、それから、またその顔を覗き込んだ。
 カイルの青い瞳には相変わらず涙が滲んでいるが、そこにはそれ以上に、ガレオンへの愛情が溢れていた。
 言葉や行動だけでなく、全身で、カイルはガレオンに好きだと言う。
 そんなカイルに、どう応えればいいのか、その答えはひどく簡単なのだとガレオンは気付いた。今のこの思いを、その通りに言葉にすればいいのだ。
 ガレオンは、カイルの瞳を真っ直ぐ覗き込む。そして想いをそのまま伝えた。
「我輩は、おぬしのことを・・・愛しく思うておる」
「・・・っ!!」
 カイルは軽く目を見開く。
「・・・な、なんですか突然」
 カイルの顔には驚きと困惑がありありと見えた。
 関係を持ち始めてからもう何年も経つのに、ガレオンからの愛の言葉は、これが初めてだったのだ。
「そんな・・・そんなふうに言われたら・・・」
 カイルは顔を歪め、何かを言いたそうに、それでも何も言えずに俯いた。いつも澱みなく喋るカイルが、言葉に詰まっている。
 たったあれだけの言葉で・・・だがその、たったあれだけ、をガレオンは伝えてこなかったのだ。
 カイルは言葉にするのを諦めたその代わりなのか、腕をガレオンの背に回してきた。強くしがみ付いてくるカイルの体を、同じように強く、ガレオンも抱き返す。
 しばらくそうしていたが、それだけでは足りなくなって、ガレオンは少し距離をとった。すると、カイルもそれを待っていたように、ガレオンの肩に腕を回し直す。
 ゆったりとした口付けは、次第に熱を帯びていった。
「・・・ガレオン殿、知ってます?」
 合間に、問い掛けるというよりはただ知らせようと、カイルがガレオンに囁く。
「こうしてるとき、オレ、いっつもガレオン殿の愛を感じてるんですよ?」
 満ち足りた、いつもの笑顔を、カイルは見せる。
「でも、言葉で言ってもらえると、やっぱり嬉しいです。また、たまには、言って下さいね?」
「・・・・・・」
 いつもは見慣れているはずのその笑顔が、ガレオンには、ひどく得難いものに思えた。
 そう思うことが本当は正しく、当たり前だと思うことは驕りだったのだろう。
「・・・そうだな」
 カイルは絶対の存在などではなく、そしてだからこそ尊ぶべきなのだろうと、ガレオンは今さら思い知った。
「・・・たまには・・・でよいのか?」
「・・・・・・」
 するとカイルは意外そうに目を丸くする。
 それから首をプルプル振って、嬉しそうにもう一度、笑った。



END

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でもきっと、たまにしか言ってくれないんだよ、じじぃ。
そして二人はこのあと、そのままゲオルグの部屋でエロったに一票!!(おぉ、下らないコメント…)