Love and painfulness, safeness




 女王宮には様々な人が集まる。貴族がその代表格で、大きく ゴドウィン派とバロウズ派に分かれる現在のファレナの貴族が言い争う光景は、女王宮においては日常的に見られるものだった。
 だから何事かを言い立てる甲高い貴族の声が聞こえてきたが、ガレオンは気にせず通り過ぎようとした。
 が、ガレオンはその足をとめる。その貴族が非難の言葉を向けているのが、カイルだったのだ。
 おそらくゴドウィン派と見られる貴族は、バロウズ派だと思われている感のあるカイルにその辺の嫌味を言い立てていた。それに対してカイルは、いつもの愛想笑いを浮かべて「はー、そうですねー」「あー、それは済みません」などと当たり障りのない返事を返している。
 その様子なら心配ないだろうとガレオンは思ったが、しかし貴族の誹謗は終わる様子を見せなかった。それどころか、益々その内容はエスカレートしていく。
 要約すれば、不真面目な勤務態度やだらしない生活態度からカイルは女王騎士に相応しくない、となるのだろう。それを、彼らお得意の持って回った言い方でまくし立てるのだ。
 その明らかなカイルの人格に対する侮辱を、カイルは相変わらず笑顔で受け流していた。だがガレオンには、とても見過ごすことなど出来ない。
「・・・・・・失礼するが」
「あ、ガレオン殿!」
 その貴族に物申そうと踏み出したガレオンを、しかし気付いたカイルがさえぎった。
「ちょうどよかったです、ガレオン殿に話があったんですよー!」
 カイルはガレオンのほうに歩み寄ると、そのまま通り過ぎてガレオンをこの場から離れるよう促す。
「しかし・・・」
「いいから行きましょう」
 ガレオンはあのような輩に言わせたままにしておくのが我慢ならなかった。だがカイルはそんなガレオンの思いをおそらくは読み取って、ことさらあっさりとした様子で言って歩いていく。カイル本人がそうだから、ガレオンもそれ以上その貴族を構うことは出来ず、仕方なくあとに続こうとした。
 しかし、その貴族のほうこそ、カイルに黙って立ち去らせる気がなかったようだ。わざとらしいほどの嫌味な口調を、背を向けた二人に投げかける。
「ガレオン様、そのような者と関わると、あなたの品位まで疑われますぞ?」
「・・・!!」
 今度こそ言わせてはおけない、そう思ったガレオンを、やはりカイルは首を振ってとめた。そして、何か言い返してみろと言いたげな貴族に、にっこりと笑い掛ける。
「それはガレオン殿に失礼ってもんですよー。オレとちょっと話したくらいで疑われるような品性なら、元からたいしたものじゃないってことですよー?」
「・・・っ!」
 カイルの切り返しに、貴族はガレオンを貶めずカイルを中傷する言葉を必死で考えているのか、しばらく口を噤んでしまった。
 そしてその隙に、カイルはさっさと歩いていく。そして角を曲がって貴族の声も届かないところまで来たカイルは、もう何事もなかったかのようにけろっとした様子だ。
 だが、たとえ本人がそうであっても、ガレオンの気は済まなかった。最後に貴族を黙らせることが出来たとはいえ、それでもカイルに向けられた誹謗を何一つ正していないのだ。
 そんな憤然たる思いが自然と顔に出ているガレオンを、カイルは苦笑ぎみに見上げる。
「どうしてガレオン殿がそんな顔してるんですかー?」
「・・・何故言わせておく」
 傍で聞いていただけでこんなに気分が悪いのだから、本人はもっと我慢ならないのではないかとガレオンは思う。それなのに何も言い返さないカイルが、ガレオンにはわからなかった。
 そんなガレオンの問いに、カイルははっきりとした答えを返す。
「だって、言い返しても相手が喜ぶだけですよー。ああいう手合いは適当に受け流すのが一番なんです」
「・・・・・・」
 おそらくそれは、本人の経験から得たものなのだろう。
 カイルがここに来た当時から、あんなふうに誹謗する連中がいることはガレオンも知っていた。実際居合わせて聞いたのは初めてだったが、おそらくいつもあんな言葉遣いだけ取り繕った口汚い誹謗を浴びせられていたのだろう。
 それが原因かはわからないが、ガレオンはカイルが来たばかりの頃に、涙目を拭いながら肩を落として歩いている姿を見たことがあった。カイルは決して、面の皮が厚い痛みを知らない人間、ではないのだ。
 そんなカイルが、今は気にした様子もなく笑っていられる。その諦めとも違う今の境地に至るまでには、きっと様々な苦悩や葛藤があっただろう。そのときに力になれなかった自分を、ガレオンは今さらだが申し訳なく思った。
「だから、ガレオン殿がそんな顔しないで下さいってばー」
 カイルは少し困ったように笑う。
「勤務態度が不真面目ってのは、半分当たってるわけだしー」
 そして続けてカイルは軽い口調で言った。おそらく冗談めかして言うことで、この話題を終わらせたかったのだろう。だがガレオンは、とてもここで終わらせてしまう気にはなれなかった。
 確かにカイルはしょっちゅう会議に遅刻したり、果ては欠席すらしている。そしてそれを女王宮にいる人間なら誰でも知っていた。そこを直せば少しは中傷も減るのではないかとガレオンは思う。
「・・・そこだけでも・・・少しは直せぬのか?」
「イヤですよー」
 ガレオンの提案に、カイルは即答する。だがその理由は、ガレオンが思ったようなものではなかった。
「マジメに会議に出たら出たで、また違うネタ見付けて文句言うに決まってるんですからー。サボってるって文句言われても、「ゴメンなさい、これからはちゃんと出まーす」とかって適当に宥めすかせれるから、いーんです」
「・・・・・・・」
 勿論、生来の怠け癖もあるのだろうが。しかしそんな理由もあったのかと、ガレオンは今初めて知った自分を少し情けなく思う。
「・・・もっと、根本的な解決を」
 カイルが、たとえさっきのような輩にであろうと、女王騎士失格だなどと思われていることが、ガレオンは我慢ならなかった。そして、表面上は少しも気にしていなさそうに見えるが、内でカイルが精神的な負荷を少なからず負っているのだとしたら、なおさら。
 だがカイルはそんなガレオンの思いを読み取ってか、首を振った。
「いーですってー。そりゃ最初の頃はなんでオレばっかりーって思うこともありましたけど。でも、別に気にすることないかなーって」
 口調はいつもと変わらないが、しかしガレオンにはちゃんとそれがカイルの本心だと伝わる。それでも納得しきれないガレオンに、カイルはさらに続けた。
「ガレオン殿は、オレのこと、さっきのヤツみたいに思ってます?」
「・・・」
 ガレオンは思わず睨む。するとカイルは嬉しそうに笑った。
「ね、ガレオン殿はちゃんとわかってくれてるじゃないですか。オレは、どうでもいい人たちからなんて思われようと平気です。オレの好きな人たちがわかっててくれるなら、それでいいんです」
 そこには強がりなどなかった。言い切ったのは、カイルの強さだ。
「・・・そうか」
「はい!」
 ならばもう何も言うことはないだろうと頷いたガレオンに、カイルはホッとしたように笑って返した。
「あ、でもですねー、そりゃちょっと鬱陶しいですから、さっきみたいに逃げる口実になってくれるのは嬉しいですよー。ありがとーございます!」
 ガレオンの気が晴れたのなら、話題にすること自体に関しては抵抗ないようだ。カイルはさっきの出来事を自分から蒸し返した。
「でも確かにひどいですよねー。オレのこと、見境なく女とちゃらちゃら遊び歩いてるとか言うんですよー」
 カイルは不満そうに口を尖らせる。
「そりゃあ数年前ならそう言われると全く返す言葉なかったですけどー・・・あれ、てことはこっちも半分は当たってるってことになるのかな?」
 カイルは首を傾げ、それからガレオンに笑顔を向けた。
「ま、いいや。とにかく、今はこんなに清い生活を送ってるっていうのに。ねえ!!」
「・・・・・・・・・」
 同意を求められても、果たして清いのかというと違う気もして、ガレオンにはそうだなとは言えない。
「なんですかーその沈黙ー! ひどいですよー。オレはガレオン殿に心奪われたそのときから、かれこれもう2年くらいガレオン殿一筋なのに!!」
「・・・・・・」
 芝居がかったような口調で言うカイルに、ガレオンはどう返していいやらわからず口を噤んだ。が、一瞬遅れて引っかかり、思わず声にする。
「・・・もう・・・そんなになるのか」
「え、なんですかその言い方ー。ひどーい!!」
「いや、不本意だと言いたいのではなく・・・」
 ガレオンは、ただ驚いたのだ。その年月を言葉として聞いて、ガレオンはカイルと関係を持ち始めてからもう結構な月日が経ったのだということを改めて実感する。
 ガレオンは、カイルとまさかこんなに長く続くだなんて思ってもいなかった。そのうちカイルが自然に気持ちを別の人に移すだろうと思っていたのだ。
 こうしている今も、カイルが軽い遊びをしていないとは限らないし、していても不思議ではない。元々ノーマルなカイルだ、女が恋しくなることもあるだろう。そうであってもガレオンは咎めるつもりなどなかった。
 重要なのは、カイルが今もこうして隣にいることだ。カイルの向ける思いが、昔と少しも変わっていないことなのだ。ガレオンは不意にそう、しみじみ思った。
 が、そんなガレオンの気持ちなど知らないカイルは、引き続き不満そうに言葉をもらす。
「もう、言い触らしたい気分ですよー。オレはガレオン殿に身も心も捧げちゃってるんで、他の人には興味ないんですよー!!って」
 冗談めかした口調だが、しかしほんの僅かに、そこにはカイルの本音が見えた。
「・・・やめておけ」
 まさかするはずはないとわかっていても、ガレオンは思わず念を押す。
 そんなことが連中の耳に入れば、誹謗の言葉がさらに耳を塞がんばかりの悪辣なものになると簡単に想像が付いた。
「イヤですねー、言うわけないじゃないですかー。そんなことしたら、おねーさんたちが相手してくれなりますもん。それは困ります!!」
 カイルはそれだけは勘弁!!といったかんじで言う。それから、まるで付け足しのように続けた。
「それに、ガレオン殿だってあることないこと言われるようになりますよー? あいつら、人の揚げ足取るのが趣味みたいなもんなんですからー」
「・・・・・・」
 カイルの、ただの冗談と、軽口に見せ掛けた本音。ガレオンにはこの二年という歳月の中で正確に判別出来るようになっていた。
「・・・我輩とて、あのような輩にどう思われようと、構わぬ」
「え?」
 思わずガレオンを振り仰いだカイルを、ガレオンは真っ直ぐ見下ろした。
「言い触らしてみるか?」
「・・・・・・・・・な、何言ってるんですかー! そんなことしませんってばー!!」
 カイルはわかり易く動揺する。
「ガレオン殿がそんな冗談言えるなんて知りませんでしたよー!!」
 アハハハと笑いながらも、その頬が赤らんでいるのは隠しようがないカイルだった。それに気付いたのかカイルは、ガレオンに背を向けてスタスタと歩きだす。
 あとをついて歩きながら、ガレオンはそんなカイルの背に、さらに言葉を向けた。
「・・・冗談など言わぬ」
「・・・!!」
 カイルはピクリと肩を揺らし、それからさらに早足になる。
 気付いていないのだろう。女王宮の壁や床は磨き上げられていて、所によってはまるで鏡のようになっている。
 そこに映るカイルは、口元をゆるめていた。とても、嬉しそうに。
 カイルは相変わらず、ガレオンの些細とも思える言葉、行動に反応した。驚く、困る、喜ぶ、笑う。他の誰にも見せない表情を見せる。
 そのたびに、ガレオンは思い知るのだ。カイルが自分に向ける、思いの深さを。始めの頃と何一つ変わっていない。
 少し悪趣味だろうかと思いながらも、ガレオンはそれを確かめるのが好きだった。
「・・・カイル」
「え、な、なんですかー?」
 カイルは少し間をおいてから、平静を繕った顔でガレオンを振り返る。そんなカイルの反応にほんの少しだけ目を細めてから、ガレオンは思わず立ち止まっているカイルを追い越して歩いた。
「・・・いや、なんでもない」
「ええー? ガレオン殿、なんですかそれー」
 首を傾げながら、今度はカイルのほうがガレオンのあとを追う。
 そして隣に並んで同じ歩調で歩き出すカイルをちらりと見て、ガレオンは思った。
 二年後もまたこんな会話を交わせればいい、と。



END

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前半部分はともかく、後半がたいへん居た堪れない出来で・・・
つーか居た堪れないのは主にジジィなんですが・・・
え、こういうのを色ボケって言うの? え、いやいや・・・いやいや・・・(何)