learn each other little by little




 朝、女王騎士の会議に出る為に部屋を出てから、ガレオンは昼過ぎに改めて廊下でカイルに出会った。
「あ、ガレオン殿ー!」
 カイルはいつものように駆け寄ってこようとして、しかし顔をちょっとしかめてから、歩いて近付いてくる。
 いつもと違う、その理由がわかってガレオンは思わず心配になった。
「大丈夫か?」
「・・・・・・・・・っだ」
 ガレオンが窺うように問うと、カイルはみるみる顔を赤くする。
「だいじょーぶですよー! 全然へーきです、へーき!!」
 カイルは牽制する為かガレオンに向かって手をぶんぶん振りながら、少しずつ後退りしていった。そして首を捻るガレオンの視界から、カイルは消えていってしまう。
 不思議に思ったガレオンだが、そのときはカイルがただ単に照れているのだろうと納得した。
 だが、カイルの不審な行動は、しかしこれが始まりだったのだ。
 それまで用はなくともガレオンの姿を見れば寄ってきていたカイルが、みょうによそよそしくなった。ガレオンに話し掛けようとも寄り付こうともしない。極め付けは、視線すら合わせようとしなかった。
 だが、ガレオンの存在をまるきり無視しようとしているわけでもないようなのだ。
 会議中など、ガレオンはカイルの視線を感じた。気のせいや思い込みなどではなく、カイルは確かにガレオンを見ている。
 なのに、ガレオンがカイルに視線を向けると、慌てたようにパッと逸らしてしまうのだ。
 わかり易いと思っていたカイルの自分に対する感情を突然見失い、ガレオンは落ち着かない気分になった。
 何もないときに突然そうなっていたのだとしても戸惑っただろうが。しかし、カイルとの関係がぐっと近付いた、その直後にこれなのだ。
 もしかしたらあのとき自分が気付かないうちに何かやらかしていたのだろうかとガレオンは思う。たとえば知らず知らずのうちに無理強いをしていたとか。冷静に振り返ると、確かにガレオンは少し強引だった気もする。
 が、その可能性をガレオンはすぐに否定した。
 翌朝、カイルは笑っていたのだ。とても幸せそうに。だとしたら少なくとも、あの時点までガレオンはカイルの気持ちを損ねてなどいないはずだった。
 だとすると、ガレオンにはもう理由がわからない。その次に会ったとき、カイルはすでに様子がおかしかったのだから。
「・・・・・・なんだというのだ」
 ガレオンは溜め息をついた。
 あのときカイルを受け入れたことで、ガレオンはこれで気鬱から抜け出せると思った。いや実際、直後ガレオンは確かにとても晴れ晴れとした気分になったのだ。それまでの悩みや葛藤が嘘のように消えていた。
 そして芽生えたカイルに対する愛しさは、翌朝のカイルの笑顔を見て、揺るぎないものになったはずだった。
 それなのに。
 カイルのほうが自分と距離を取っているというこの現実に、ガレオンは非常に釈然としないものを感じた。なんだかずっと昔に戻ってしまったような気分にすらなる。
 カイルが自分を苦手にしていた頃、カイルはガレオンと二人になる機会があると、いつも気まずそうにしていた。
 それが少しずつ親しくなり、カイルが好きだと言ってくるようになり、そしてつい先日、体の関係を持つに至った。
 今のカイルの様子を見ていると、それらの出来事が全て夢か何かだったかのようにも思える。
 だが同時に、夢ではなく現実だと、ガレオンは確かに知っていた。
 カイルが自分に向ける笑顔、好きだという声、ガレオンは全て鮮明に覚えている。
 頬を触っただけでキスしただけで、うろたえ顔を赤くしていたカイル。自分に伸ばしてきた腕も、ときに消え入りそうですらあった声も、怖いけど嬉しいと正直に言って許した肌の、感触も温度も・・・
「・・・・・・・・・」
 考えているとどうしてもあの夜に思考が引き戻されて、ガレオンは慌てて首を振った。こんなところで思考どころか感覚まで引き摺られ、体を熱くしてどうすると、自分を叱咤する。
 そしてやっと耽っていた頭を切り替えたガレオンは、目の前の光景に愕然とした。
 ガレオンは確かに女王騎士の会議に出席していたはずだった。が、この部屋にはすでに人っ子一人いなかったのである。
 会議が終わったらフェリドに渡そうと思っていた書面も、当然ガレオンの目の前にまだあった。
「・・・・・・・・・」
 長い女王騎士生活の中で、ガレオンにはこんな経験など一度もない。
 ガレオンは大きく溜め息をついて席を立った。
 そして部屋を出ようと扉を開けたガレオンは、思わず目を見開く。
 すると同じように、廊下を通り過ぎようとしていたカイルが、目を丸くしてガレオンを見返した。
「ガ、ガレオン殿・・・!」
 カイルは驚いたように、廊下のガレオンとは反対側のほうへ心なしか身を移す。そしてガレオンから視線だけでなく顔ごと逸らし、その表情は何かに耐えるように堅い。
「・・・・・・」
 そんなカイルに掛ける言葉など浮かばず、ガレオンは黙って歩き始めた。カイルも今さら進行方向を変えるわけにもいかず隣を歩く。
 カイルのほうから話し掛けてくることはなかった。だがやはり、カイルはガレオンを見ている。しかもそれは凝視、と言えるような視線だ。
 ガレオンは結果がわかっていて、そんなカイルに視線を向けた。するとカイルはやはり弾かれたようにパッと視線を顔ごとずらす。
 最近のいつものカイルの行動は、しかしいつもとは違う展開を招いた。カイルのすぐ前に、大きめの段差があったのだ。
「・・・・・・うわっ!?」
 あらぬ方向を向いていた為に段差に気付かず足を踏み外したカイルは、思い切りバランスを崩した。
 そのまま放っておいても、おそらくは転んでしりもちをつくくらいだったろう。だがガレオンはとっさに腕を伸ばしてカイルの体を支えた。
 うしろから抱きすくめるような形になり、カイルの体重がガレオンに掛かる。
 目の前の髪からふわりと漂う匂い、右腕に服越しに感じられるカイルの体。思わずよこしまな方向へ行きかける思考を、今はそんなことを考えている場合じゃないだろうと、ガレオンはどうにか押しとどめた。
「・・・大丈夫か?」
 そして大事なかったとわかりきっているが一応ガレオンが尋ねると、その瞬間、カイルの体が大袈裟なほどビクリと揺れる。
「・・・あ、あの・・・・・・・・・ゴメンなさいっ!!」
 何に対する謝罪なのか、そう言うとカイルはガレオンの腕を振り解いて走っていってしまった。
 ガレオンは一瞬呆然とする。それから、なんだが腹が立ってきた。
 カイルがこの短期間でガレオンへの愛情を失ってしまったとは、ガレオンは思っていない。カイルは軽いやつだと思われがちだが、実はああ見えて確固たる自分の考えを持っているのだとガレオンは知っている。そんなカイルが一週間やそこらで気持ちを変えてしまうとは思えなかった。
 そしてだからこそ、ガレオンに何も言わずにあんな態度を取るカイルが、腹立たしいのだ。
 ガレオンはカイルを追おうと足を踏み出す。問い詰めてやるつもりだった。
 話してくれれば、共に悩むことも解決法を探すことも出来るだろう。それからそもそも、ガレオンはあれ以来カイルとまともに言葉すらかわしていないのだ。そろそろ我慢の限界だった。
 今度は自分のほうがカイルを追いかけているようで微妙な気分だが、しかしガレオンはもう認めている。自分にとってカイルが、特別な存在なのだと。
 今まで拒んでいたのに調子いいと言われるかもしれないが、顔を合わせれば話したいと思うし、二人きりになれば触れたりキスしたり、したい。
「・・・・・・・・・」
 思わず頭がまた不埒な方向へ行きかけ、ガレオンは頭を振った。
 そしてまさかこの苛立ちは欲求不満のせいなのではないかと疑う。あれからまだ一週間ほどしか経っていないのに、今まで何年もご無沙汰だったのに、とガレオンは少し情けなくなった。
 が、本当にそうなのかどうかは、今は問題ではないとガレオンは思う。とにかくカイルに会って問いただすこと、それがまずすべきことだろうとガレオンは早足で歩いた。
 随所に立っている警備兵に問えば、カイルが自室に戻ったことがすぐにわかる。辿りついてガレオンは一度深呼吸をした。それからドアノブに手を掛ける。
「・・・失礼する!」
 そしてガレオンは、カイルの返事を待たず、一思いに扉を開けた。



To be continued...

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ジジィがすっかりカイルに骨抜きなかんじですね。
でもやっぱりそれ以上に、カイルのほうがガレオンにメロメロなのよー
というのが次の話になる予定。メロメロというか、ムラムラ?(でもまだエロくなりそうにはないです・・・)