learn each other little by little
カイルは最高に幸せだった。
好きだと自覚してから数ヶ月、ガレオンがついに自分を受け入れてくれたのだから。
「少しでも好意を持っているなら」と言ったのはカイルだし、ガレオンも「少しでよいのだな」と言った。だが、カイルは知っている。ちょっとの好意、だけで体の関係を持ってしまえるような人物ではガレオンはなかった。
ガレオンは恋愛においても、古風ともいえる堅い考えを持っていて、軽い気持ちで応じるなどということはない。だからカイルが再三にわたって甘い言葉を掛けても、ガレオンは今まで頑として受け付けてこなかったのだ。
そんなガレオンが、しかし昨夜ついにカイルを受け入れた。
カイルは一体どんな心境の変化がガレオンに起きてそうなったのかさっぱりわからない。そしてガレオンから直接的な言葉を言われたわけでもなかった。
おそらく自分が向ける思いとガレオンが向ける思いが、その大きさも種類も同じではないだろうことはカイルもわかっている。
それでも今のカイルにとっては、ガレオンが受け入れてくれた、それだけで充分だったのだ。
だからカイルは、ただただ嬉しかった。
そんなカイルの幸せ気分は、しかしながら長続きしなかったのである。
ガレオンに遅れること数時間、身支度を済ませたカイルは、とても上機嫌で歩いていた。それはもう、偶然会ったサイアリーズに一発で何があったかバレてしまったくらい。
だが、舞い上がりそうな心とは反対に、体のほうが死ぬほどつらいのも本当だった。
カイルも一応覚悟はしていたのだが、しかし思っていた以上にその負担は大きかったのだ。勿論最中の痛みといったらもう、思い出したくもないほどだったが、しかし一晩おいた今も充分痛む。
戦いで傷を負ったときとは違う鈍痛に、カイルは思わず歩くのを諦めて壁に凭れ掛かった。
(痛い・・・いや、嬉しい痛みなわけだけど・・・というかちょっと吐きそう・・・)
カイルはおそらく青ざめているだろう顔を押さえて溜め息をつく。
気分がいいのに気分が悪い、という初めて経験する複雑な気分に、カイルの思考は取り留めもなくグルグルし始めた。
(ホントに・・・こんなに痛いとは思ってなかった・・・けど・・・)
カイルは思わず自分の体をギュッと抱きしめる。
(でも、思ってたよりも・・・気持ちよかったなあー・・・)
思い出せば、それだけでカイルはゾクリとしたものを感じた。
そしてカイルは、今さら実感する。その出来事が意味するところではなく、その行為自体を。
(オレ・・・ガレオン殿に、抱かれちゃったんだー・・・)
そして今さら、とんでもないことをしてしまった気分になった。
(そ、そうだよ、しちゃったんだよなー)
カイルの頭は自然と、昨夜の記憶を辿り始める。
痛みも快感も勿論、全てがカイルの想像以上だったのだ。何度も思い描いたことはあったが、それでもカイルは知らなかった。
ガレオンがあんなふうに自分に触れるなんて、ガレオンにあんな声で名を呼ばれるなんて。
思い返すにつれ、カイルの体はどんどん熱くなっていく。
(ヤ、ヤバい)
さっきまで青ざめていたはずの顔が今は真っ赤になっている気がして、カイルは慌てて首を振った。
(こんなところで・・・何やってんだろ・・・)
つらい体を休める為だったはずなのに、とカイルはちょっと自分に呆れる。
そしてそろそろ移動しようと顔を上げたカイルは、思わず目を見開いた。
向かいから、ガレオンがやってくる。
「あ、ガレオン殿ー!」
カイルは朝以来になるガレオンの姿になんだか嬉しくなって、いつものように駆け寄ろうとした。が、奔る痛みの為にそれを阻止され、仕方なく歩いて近付く。
そんなカイルを、ガレオンは心配そうに見た。
「大丈夫か?」
「・・・・・・・・・」
その案じるような声色に、カイルは改めて思い知らされる。
(この人が、オレを抱いたんだ)
その手が、その口が舌が、この肌を這い、そして・・・
(・・・・・・・・・っ!)
カイルの体を、痺れのようなものが奔った。
ガレオンと同じ空間にいることが、耐えられなくなる。
「・・・っだ、だいじょーぶですよー! 全然へーきです、へーき!!」
一目散に逃げたいところだが体がそれを許さず、カイルは一歩ずつ後退りしてなんとかその場をあとにした。
それ以来、カイルはガレオンを見るたびに変な気分に襲われた。変、というかずばり言うなら、カイルは欲情したのだ。
ところ構わず体が熱くなろうとするので、カイルはなるべくガレオンに近寄らないようにした。話し掛けるなどもってのほかだ。
ガレオンに会うたびに顔を赤くしていたのでは誰かに怪しまれてしまうかもしれない。そして何よりカイル自身、ガレオンに近寄るといろいろ思い出して、その感覚に腰が抜けそうになるのだ。
だからカイルはガレオンと目すら合わせられなかった。ガレオンはさぞ不審に思っているだろうが、カイルは構っていられない。
そのうち体も完全に回復する頃には、きっと平静に戻れるだろうとカイルは思っていた。そうしたら、そのときにガレオンに説明すればいいと思ったのだ。
だが、一週間ほどが経ち、体の調子がほとんど戻っても、カイルの体は相変わらずガレオンを見るたび熱くなった。しかも偶然会うこともあれば仕事で一緒になることもあり、そのたびにムラムラしてはそれを押さえ付ける、を繰り返していてカイルは疲れきってしまう。
ならば徹底的にガレオンを避ければいいのかもしれないが、しかしカイルはガレオンと会いたくないわけではなかった。どうなるかわかっていてそれでも、ついつい姿を探してしまうし、そこにいれば自然と目がいくのだ。
この日も、女王騎士の会議があった。そして、席を一つ空けて隣に座っているガレオンに、カイルの目線はつい向く。フェリドの話もほとんど素通りしていった。
真面目そうな顔で、自分とは正反対にフェリドの話を真剣に聞いているガレオン。
いつもそんな硬い表情をしているガレオンは、あのときもやっぱりこんな顔をしていた。ついカイルは思い返す。
不機嫌そうに見える顔はそのまま、ただ呼吸だけが、いつもより少し荒かった。
(そういえば、汗もかいてたなー、めずらしく)
いつもとほぼ変わらず、それでも僅かに興奮を覗かせるガレオンに、あのときカイルは堪らなく昂った。そして今も、思い出すだけでカイルは身震いしそうになる。
が、カイルは慌ててそれを抑えた。
(こんなとこで、ヤバいよなー)
まだ会議は続いている。ザハークにならどう思われようと構わないが、ガレオンに変に思われたりフェリドに心配を掛けたくはなかった。
ガレオンを見ていることがそもそもの間違いなんだと、カイルはガレオンから視線を引き剥がそうとした。
が、そのとき不意に、ガレオンの視線がカイルに向く。
目が合った瞬間、カイルは思わずとても自然とはいえない動作でパッと顔を背けた。
それから、こんな態度を取り続けているとガレオンに変に思われ嫌われるかもしれない、カイルはそろそろ本気でそれが心配になってくる。
(・・・よし、会議終わったら何か話し掛けよう!)
カイルは決意した。
話してまた興奮してしまったとしても、恥じるようなことではないはずだと、自分を納得させる。
(実はガレオン殿を見てるとついムラムラしちゃってー、ゴメンなさーい。うん、これだ)
何度か練習しつつ、カイルはおとなしく聞く振りをして会議が終わるのを待った。
そしてやっと会議が終わったので、カイルはまだ席についたままのガレオンに近寄ろうとする。が、話し掛けるより早く、フェリドに呼び掛けられてしまった。
「おまえ、さっきちっとも話聞いていなかっただろう?」
「あ、あははははー」
カイルは笑ってごまかしたが、その罰なのか至急頼むとフェリドに仕事を申し付けられてしまう。
(はぁー・・・)
カイルはがっくりしつつ、また次の機会にしようと思った。
フェリドの頼みを果たすべく、詰め所の前を通り掛ったカイルは、ちょうど扉が開いたので何気なく視線を向けた。そして、思わず後退りする。
「ガ、ガレオン殿・・・!」
ちょうどよかった話し掛けよう!などと、しかしカイルはとてもじゃないが思えなかった。今のカイルは、心の準備も何もしていないところにガレオンと顔を合わせて、冷静でいられるはずもなかったのだ。
そんなカイルから、ガレオンはすぐに視線を外して歩き出してしまう。
カイルは内心、とても焦った。
踵を返すような態度は勿論取れないが、かといって話し掛けることも出来ない。
このままじゃダメだと思うのに、カイルはうるさいくらいの動悸を抱えて、ただガレオンをそっと窺うしか出来なかった。
そして、そうやってガレオンを見ていると、カイルの思考はやはりどうしても変な方向へ向かう。
すぐ近くに見えるガレオンの、顔、手、体。あの夜の記憶と目の前のガレオンが、重なり合っていく。
またその手で触って欲しい、肌に触れたい、抱きしめて欲しい、キスしたい、名を呼んで欲しい。
どんどん湧き上がる欲求に、カイルは息が詰まりそうになった。
遠慮することはないはずだ、言えばきっとガレオンは叶えてくれる。カイルは我慢出来なくなって、ガレオンに手を伸ばそうとした。
が、それより一瞬早く、ガレオンがカイルに視線を向ける。
(・・・・・・っ!!)
カイルはやはりとっさに顔を背けてしまった。
本格的にまずい、そう思う暇も、しかしカイルにはない。下ろそうとした右足が足場を見付けられず、カイルの体がガクンと後方に傾いだのだ。
「うわっ!?」
転んでしまう、そう思ってせめて受身を取ろうとしたカイルは、しかし背後から伸ばされた腕に支えられた。
カイルは安堵し、思わず背後に体を預ける。
が、一瞬遅れて、カイルは気付いた。
カイルを支えているその腕、凭れ掛かっている体の持ち主は、ガレオン以外にあり得ない。
(・・・・・・っ!)
その事実を認識したとたん、カイルの体は一気に燃え上がりそうになった。
力強いその腕、すぐ背後のガレオンの体、その服の中を触れ心地や温度を、知ってしまったカイルは容易く想像出来てしまう。
体が震えそうになって、カイルは慌てて思考を逸らそうとした。
そしていつもの軽口を叩いていろんなことをごまかそうと思った、それより一瞬早く、背後から声が聞こえる。
「・・・大丈夫か?」
すぐ耳元で聞こえた、低い声。こんな距離で聞くのは、あのとき以来だ。
(・・・・・・・・・!!!)
カイルはもうダメだった。
「あ、あの・・・」
女王騎士なのにこんなところでこけそうになるなんてカッコ悪いですねー、とか、いつまで触ってるんですかーガレオン殿のエッチー、とか、いろんな軽口が一瞬の間に頭を駆け巡るが、何一つ言葉にならない。
「・・・・・・・・・ゴメンなさいっ!!」
やっとそれだけ言うと、カイルは思い切りガレオンを振り払って駆け出した。ガレオンがどう思ったか、など今は構っていられない。
カイルは一目散に走って、自室に戻った。
閉じた扉に凭れ掛かって荒い呼吸を宥めてから、ふらふらと歩いてベッドに身を投げる。
(な、何か別のこと・・・考えないと・・・)
カイルは必死に気を逸らそうとした。
(何かイヤなこと・・・ええっと、そういえばまたザハーク殿に前の会議サボったことでグチグチ言われちゃったなー・・・放っといてくれればいいのに・・・)
カイルは気の合わない同僚の姿を思い浮かべ、微妙に気分が下がるので、よしよしと思う。
(だいたい、あのときは具合が悪かったわけだしさあ。あの硬い椅子に座るとか、絶対ムリだったから! マジで痛かったもんなー)
カイルの思考は、しかしあっさり方向転換していった。
(しかも、なんか入ったまんまな感じがしてすっごい違和感あったしー・・・・・・って、いやいやそうじゃなくて!!)
気を逸らそうとしていたのにいつのまにか変なところに思考が戻ってきて、カイルは慌てて首を振った。
だが、体が気持ちを裏切って、勝手にそのときの感覚を思い出そうとする。そこに、受け入れたその、痛み、熱さ、質量、快感。
(・・・・・・・・・っ!!)
ゾクリとしたものがカイルの背中を奔り、疼くような感覚が広がっていく。
熱を冷ますどころか逆に募らせてしまい、カイルは観念したように目を閉じた。
そして右手がゆっくりと下半身に伸びる。その手が革鎧をかき分け服の内部に差し込まれようとした、そのときだった。
「失礼する!!」
(・・・!?)
同時に勢いよく扉が開く。
弾かれたようにベッドから身を起こしたカイルは、思わずそこに立っているガレオンを凝視した。
To
be
continued...
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女王宮のどこに段差が・・・とか、そもそも詰め所の先は行き止まりだ・・・とか、気にしない気にしない!!
しかしこの話、書きようによってはもっとエロくなった気がするんですが、描写力不足が悔しいです。(ムー)
そして次も・・・ほとんどエロくなりそうにない・・・です よ orz
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