learn each other little by little




「ガ、ガレオン殿・・・!」
 カイルはひどく焦った様子で、その声もかなり上擦っていた。ベッドから飛び起きたのか、その側に不自然な位置で立っている。
 一瞬驚いたようにガレオンを見返したその瞳は、すぐに気まずそうに逸らされた。
「・・・あ、あの・・・なんですか?」
 カイルが平静を装おうとしているのが丸わかりな声で問う。その顔はやはり、何かに耐えるように堅かった。
「・・・・・・」
 ガレオンは、勇んで入ってきたものの、一体どう切り出せばいいのだろうかと迷う。
 こんなふうに自分から語ろうとしないカイルから、本心を聞き出すのは相当難しいだろうと思えた。
 だが、だからといって諦めようなどと、ガレオンは思わない。
「・・・取り敢えず、顔を上げてもらえぬか」
「っあ、は、はい・・・」
 カイルは素直に顔を上げはしたが、しかし相変わらずその視線はガレオンから逸らされていた。
 眉を寄せ、歯を食いしばっているのか口を引き結んでいる。
 最近はいつもこんな表情で、ガレオンは心理的なものが原因だとばかり思っていたが、もしかしたらどこか体に変調をきたしているのかと心配になった。
 そしてもしそれが、ガレオンとの行為が原因なのだとしたら、何も言わないカイルの行動にも説明が付く。
「・・・もしや・・・どこか悪いのか?」
「・・・えっ?」
 ガレオンの問いに、しかしカイルは驚いたように、思わずガレオンに視線を向けた。
 ガレオンが仮定の段階ですでに責任を感じてしまったことを声色で察したのか、カイルは慌てて否定する。
「それはもう、全然大丈夫です、心配しないで下さい!」
 カイルの目は、嘘を言ってはいなかった。
「・・・・・・ならば、なんだというのだ?」
「っそ、それは・・・」
 カイルは、やはり自覚あっての行動だったらしく、何がと問い返したりはしない。
 だがかといって、答えを返そうとするわけでもなく、再び視線を俯けてしまった。
「・・・・・・・・・」
 ガレオンはまた腹立たしくなってくる。
 部屋で二人きりになって、何故距離をとって向き合い沈黙し合わなければならないのか。本当なら、抱きしめたりキスしたり、躊躇なく出来るはずなのに。
「・・・・・・・・・」
 ガレオンは、無言でカイルに一歩近寄った。
 するとカイルが弾かれたようにうしろに下がろうとしたが、ガレオンはそれを許さない。
 ガレオンは素早く腕を伸ばしてカイルの肩を掴んだ。カイルの体がビクリと震えたが、構わずガレオンはもう片方の手をカイルの頬に添える。
「・・・・・・カイル」
「・・・っ!」
 名を呼ぶと、カイルが思わずといったようにガレオンを見上げた。
 こんな至近距離で視線が合うのは、あのとき以来になる。ガレオンのほうから背けるわけもなく、そしてカイルのほうからも外せないようだ。
 引き寄せられるように、ガレオンはカイルに口付けた。触れるその感触も、当然一週間ぶりになる。
 ガレオンは自らの欲求に従って、何度もカイルの唇を啄ばんだ。そしてしばらくは触れるだけだった唇を今度は舐め、そのまま舌を内側へ差し込もうとする。
 するとカイルがガレオンの肩に手をかけ、押し返そうとした。
「・・・ダ、ダメです・・・」
 ゆるく首を振るカイルは、拒んではいるが、しかし明らかに嫌がっているようには見えない。理由も言えない抵抗なら、とまる義理はないとガレオンは思った。
 肩を抱いていた手を背に回し体をさらに引き寄せながら、ガレオンは再びカイルの口を塞ぐ。そして今度は内側へ、強引に舌を侵入させた。
「ん・・・っ!」
 カイルの手がガレオンを押し返そうと動く。が、対照的に、カイルの口はガレオンの舌を難なく受け入れた。
 無意識なのか、ガレオンの肩を掴んでいた手は、押し返そうとしていたはずが、むしろ縋り付くようになっている。
 やはりカイルは嫌がってなどいなかった。自然と口付けも深く遠慮なくなる。
「ん、ガ・・・レオン・・・殿」
 が、嫌がる素振りはなくとも、合間に名を呼ぶカイルの声はまるで助けを乞うように苦しげだった。なのでガレオンは、思わずカイルを開放する。
 すると、カイルの体がへなへなーっと崩れ落ちた。
「も・・・ダメ、ですー」
「・・・カイル?」
 カイルがその場にぺたんと座り込んでしまうので、ガレオンも腰を折って膝をつきカイルを窺う。
 カイルは俯いていて表情は見えなかったが、体に力が入っていない様子でずいぶん疲労困憊しているように見えた。
「・・・やはりどこか悪いのか?」
 カイルはさっき否定したが、しかしそうだとしか思えなくてガレオンは心配になる。
 具合が悪いのなら取り敢えずすぐ横にあるベッドに寝かせようかと、ガレオンはカイルの腕を引こうとした。
 が、カイルがふるふると力なく首を振る。
「・・・ち、違うんですー」
「・・・ならば?」
「・・・こ、腰が」
「腰?」
 やはりあのとき腰を痛めたのだろうかと心配になりながら、ガレオンは辛抱強く続きを待った。
 カイルは肩で息をしながら、なかなか先を言わない。
「腰が・・・」
 そして、やっと聞けたカイルの言葉は、ガレオンの予想外なものだった。
「腰が・・・・・・抜けましたー」
「・・・・・・・・・」
 そこでガレオンは、不意に気付く。
 俯いているカイルの顔は見えないが、髪の隙間から僅かに覗くカイルの耳が、真っ赤になっているのだ。
「・・・・・・」
 ガレオンはカイルの両頬に手を添えて、顔を上げさせた。
 するとやはり、カイルの顔も耳と同様、真っ赤になっている。
「おぬし・・・」
 軽い驚きを覚えたガレオンから、カイルはやはり視線を背けた。だが、視線を合わせられないその理由が、ガレオンへの拒絶ではないことはもう明らかだった。
「・・・や・・・やっぱり・・・呆れました?」
「・・・?」
 どういうことかわからず視線で問い返したガレオンに、カイルはなんだか観念した様子で、目を伏せたまま語りだす。
「だ、だって、あれ以来ガレオン殿のこと見るだけで変な気分になってあのときのことなんて思い出すだけで体熱くなるし、声聞いたりすると余計に鮮明に思い出したりしてもう目なんてとても合わせられないし、そんなんでガレオン殿に触られたりキスされたりしたら腰抜けちゃうに決まってるじゃないですかー」
「・・・・・・・・・」
 最後は少しだけ僻みっぽく、カイルは今腰を抜かした理由と最近ガレオンによそよそしかった理由を白状した。
 少々面食らったが、しかしそれはガレオンも一度は考えた理由である。だがガレオンはすぐにそれを打ち消していた。
「だが・・・次の朝は普通だったではないか」
 翌朝カイルはそんなに照れた様子もなく、ただ嬉しそうにしていた。だからガレオンは他に理由を求めたのだ。
「そ、それは・・・だって・・・」
 カイルは言葉を詰まらせながら、その視線は落ち着かないようにふらふらと彷徨っていた。
 話しづらい、わけではなく、ただこうして今ガレオンに触られているのが落ち着かないからのように見える。
 それに気付いてガレオンが一先ず頬から手を離すと、カイルはホッとしたように息を吐いた。そして、顔はまだ赤いままだが、大分いつもの調子を取り戻したらしい。
「・・・だって、あのときは、ガレオン殿としちゃったんだーやったーってかんじで舞い上がってて、いろんなことが見えなかったっていうかー。でも、ちょっと落ち着いて改めて実感し始めたら、なんか堪んなくなっちゃってー。なんかもうガレオン殿の顔見たりするだけで、あのガレオン殿とあんなことしちゃったんだーとか、いろいろ思い出したりして、もう、どーしていいかわかんなくなって・・・」
「・・・・・・」
 カイルは溜まっていたものを発散させるように一息に語る。
 それは、しかしガレオンにも覚えのある感覚だった。ガレオンはカイルほどではなかったが、しかし誰でもある程度はそうなって普通だろうと思う。
「・・・ならば、そうだと言えばよかったのではないか?」
「だって、言おうとしたらガレオン殿と顔合わせないといけないじゃないですかー。初めはもう、近寄るのすらダメだったんですから。でもそのうち、やっぱりガレオン殿と話したくなるし、それに変な態度取り続けてたらヤバいなーって、ちゃんと話そうって思ってたんですけどー」
「・・・ならば」
 何故さっき言わなかったのだと問いたかったガレオンに、カイルは半分ヤケになったように言い放った。
「だって、ガレオン殿に触られて興奮しちゃって今まさに一人で慰めようとしてたところでしたー!・・・なんて言えないじゃないですかー!!」
「・・・・・・・・・」
 ガレオンはカイルの思わぬ告白に、思わず目を見開いた。
 するとカイルはガックリ肩を落とす。
「・・・やっぱり、引いちゃいますよねー。オレも、なんで一人でこんなに盛り上がってんだろーって不思議なくらいで・・・」
「・・・・・・」
 気落ちしたようなカイルは、その顔もいつのまにか赤みを失っている。
 ガレオンは思わず手を伸ばして、その頬に触れた。カイルがそろりと視線を上げガレオンを窺う。
「・・・引くなど・・・そのようなことはない」
「・・・ホントですか?」
 不安そうに見上げてくるカイルに、ガレオンは頷いて返した。
「我輩とて・・・同じような思いを覚えた。自然なことであろう」
「・・・・・・ガレオン殿もオレを見るたびにムラムラしました?」
 少し目を丸くしてから率直に問い掛けてくるカイルに、ガレオンは躊躇いを押し込めて正直に答える。
「・・・たびに、というほどではないが・・・先程おぬしの体を抱きとめたときは、やはり・・・」
「興奮しました?」
「・・・・・・否定は出来ぬ」
 カイルの顔が、パッと明るくなった。
「そうですか、オレだけじゃなかったんですねー!!」
 ホッとしたように、カイルは笑いをもらす。
 こんなふうにカイルに笑い掛けられるのも、そういえば一週間ぶりなのだ。引き付けられるように、ガレオンはカイルに軽く口付けた。
 それをおとなしく受け止めたカイルは、頬を僅かに上気させ、安堵したように笑う。
「でも、ホントによかったー。嫌われちゃったらどうしようって思ってました」
「・・・・・・」
 はにかむようなカイルの笑顔、ガレオンにグッと、カイルに対する愛しさが込み上げてきた。
 その思いに従ってカイルを抱きしめようとしたガレオンは、しかし二人とも座り込んだままではやりにくいと気付く。
「・・・もう立てるか?」
「あ、はい、たぶん」
 ガレオンはまだ少しふらついているカイルを、手を貸してやって立たせる。そして改めて、その体を抱きしめた。
 カイルもすぐにガレオンに腕を回し返し、きつく抱きしめ合ってしばらくそうしていると、しかし純粋な好意にすぐに欲望が付随し始める。
 抱き合うだけでは足りなくなり、どちらからともなく口付けた。初めから深く、濃厚なキスを交わしていると、合間にカイルが溜め息まじりに言う。
「・・・なんだか、また、立ってられなくなってきましたー」
 誘い文句なのか、それとも単に事実を口にしただけなのか。どちらにしても、ガレオンが次に取る行動は決まっている。
 頬を染め心持ち瞳を潤ませて見つめてくるカイルを、ガレオンはゆっくりとベッドに横たえた。カイルの言葉から願望を読み取ったわけではなく、それは紛れもなくガレオン自身の欲求である。
 そして覆いかぶさるようにして再びキスすれば、カイルもすぐにガレオンに腕を伸ばしてきた。飾りタスキのせいでやりにくそうに背に手を回すその動きに、ガレオンはそろそろタスキを外そうかと思う。
 それからガレオンは、こんな昼間に飾りタスキを外すような何をしようとしているのだろうと、少し自分に呆れた。それでも、やめる気にはなれない。
 そしてそれも当然だろうとガレオンは思った。
 さっきだって、カイルのことを考えていたガレオンは、会議の内容をほとんど聞き逃してしまったのである。そんなことはガレオンの長い女王騎士人生の中で、本当に初めてのことだった。
 カイルはガレオンに、一瞬というほど短くはない時間、女王騎士であることを忘れさせたのだ。
 ガレオンにとってカイルがいつのまにそんな存在になったのか、わからないが、しかしその事実は確かだった。
「・・・・・・・・・む」
 が、ガレオンは不意に動きをピタリととめる。
「・・・ガレオン殿?」
 当然不思議に思って見上げてくるカイルから、ガレオンはゆっくりと体を離した。
 出来ることなら気付かぬ振りをしておきたいが自分にそんな器用なことが出来はしないとわかっているガレオンは、渋々口を開く。
「・・・勤めの・・・途中であった」
 ガレオンは、自分がフェリドに書面を渡しに行く途中だったことを思い出したのだ。その書面が今どこにあるかすらガレオンにはわからず、そんな状況で行為を続ける気にはとてもなれない。
「・・・済まぬ」
「・・・・・・・・・えっ!?」
 一瞬遅れでカイルが驚きに目を見開きつつ、あとを追うように身を起こした。
「そ、そんなぁ」
 そして不満を隠さずカイルが恨めしそうにも責めるようにも見える視線をガレオンに向ける。
 そんなカイルの気持ちは、ガレオンにもよくわかった。ガレオンとて、こんなところでやめるなど、本音を言うなら御免だったのだ。
 だが同時に、務めを放棄してこのまま続けるという選択肢を選べはしないことも、ガレオンはよくわかっていた。
 それでも未練は尽きず、ガレオンはなかなかカイルからそれ以上離れることが出来ない。カイルはカイルで、葛藤しているのだろうか何やらもごもごと小さく呟いていた。それから結論が出たのか、パッとガレオンを見上げる。
「・・・でも、仕事じゃ仕方ないですよねー。わっかりましたー、行ってらっしゃい!」
 カイルはニッコリ笑って見せた。
 だが、そこには僅かに無理が覗いている。それも当然だろうとガレオンは思った。
 ガレオンはこの年齢なので、感情的には昂ぶっていても肉体的にはまだそれほどではない。だが若いカイルは、おそらくは体のほうももうすっかりその気になってしまっているだろう。ガレオンを見ているだけでムラムラしてくる、と言っていたのが本当ならばなおさら。
 それでも、無理して笑ってでも送り出してくれようとしているカイルが、ガレオンにはとても健気に思えてしまう。
 とてつもない離れ難さを感じ、しかしガレオンはどうにかベッドから降りてカイルと距離を取った。
 たまになら少しならいいだろうと、仕事よりもカイルを選んでやれない自分の堅物さが、ガレオンは少し恨めしい。だが、今さら生き方を変えることなど出来るはずもなかった。
 そしてならばその代わりにと、ガレオンは自分に今可能な最大限の言葉を、カイルに向ける。
「・・・すぐに戻るゆえ、待っていてもらえぬか?」
 するとカイルは一瞬目を丸くし、それからみるみる笑顔になった。
「はい! 待ってます!!」
 本当に嬉しそうなその笑顔に、ガレオンはカイルを思い切り抱きしめてやりたい衝動に駆られる。
 が、その思いを押さえつけて、ガレオンは早足で部屋を出た。
 まずどこかで落としたらしい書面を探そうと道を逆に辿り始めたガレオンの頭にあるのは、早く仕事を終わらせて今一度カイルをこの腕に抱きたい、その思いだけだ。
 そんな気持ちで仕事をしたことなど、ガレオンは勿論今までで一度もない。だが、そんな自分を、ガレオンは不思議と自然に受け入れた。
 さすがに、書面がカイルを抱き留めた場所にヒラリと落ちているのを見たときは、機密が書かれているわけではないとはいえ自分を叱ったが。
 それでもすぐに気を取り直すと、フェリドに届け必要な会話だけを交わす。それから所用を済ませ、一時間も掛けずガレオンはカイルの部屋に戻ってきた。
 そして扉を開けたその先に、しかし待っていると言っていたカイルの姿は、なかったのである。



To be continued...

---------------------------------------------------------------------------
この話、キス描写をもっとねちっこくやればもちっとエロくなった気がするんですが・・・(毎回そんなかんじに・・・)
そして次回はカイルに一人エロでもしてもらおうかと企んでますが・・・果たして・・・(そんなものが書けるかな・・・)