I'm waiting for you.




 それは何気なく口にした一言だった。
「ガレオン殿って、男抱いたのオレが初めてだったんですかー?」
「・・・・・・」
 突然何を、と視線で返すガレオンに、カイルはなんとなく思い付いた疑問だがなんだか気になってさらに問う。
「だってー、最初のときだって、みょーに上手かったじゃないですかー。なんか慣れてるかんじだったしー・・・」
 普通男を初めて抱くときは少なからず躊躇い手が迷うのが当然だと思うが、あのときのガレオンにはそんな様子はなかった気がする。しかもそのやり方も的確だったような気がすると、思い返してカイルは益々気になってきた。ガレオンのことだからきっとないのだろうとは思っているのだが、ハッキリ否定して欲しくなる。
「ねー、どうなんですかー?」
「・・・・・・」
 問うカイルに、やはりガレオンは答えを返さなかった。
 カイルはあれ?と思う。聞くんじゃなかったかもしれないと少し後悔しながら、しかしいったん問いにしてしまったので答えを聞かずに引き下がるのもなんだかスッキリしなかった。
「ガレオン殿ー? ない・・・んですよねー・・・?」
「・・・・・・」
「あ、あるんですかー・・・?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 あるのかと聞いてもないのかと聞いても、ガレオンの顔はいつもの怒っていると誤解されてしまいそうな表情で固定されている。だが、長い付き合いでカイルには、それでもなんとなくガレオンの感情や考えていることがわかるようになっていた。
 今のガレオンの僅かな表情の変化から察するに、どうやらガレオンが男を抱いたのはカイルが初めて、ではないようだ。
「え、えぇー!? う、ウソー・・・」
 カイルはなんだかショックを受けてしまう。
 ガレオンは、地味と言えば言葉は悪いかもしれないが、人柄と同じく堅実を地で行く人生を歩んできたとカイルは思っていた。だからなんとなく、ガレオンは特定の深い付き合いをした女性と何度か、その程度だと思い込んでいたのだ。
 そんなガレオンが男にも手を出していたなんて、と自分のことは棚上げで・・・いや、自分のことがあるからこそ、カイルは動揺する。気の迷いや過ちなんて犯さなさそうなガレオンが男である自分を選んでくれた、ということをカイルは実はとても嬉しく思っていたのだ。
「そ、それっていつのことですー? なんでそんなことになっちゃったんですー!?」
 過去の話だとわかっていても、カイルはどうしても気になってガレオンを問い詰める。
「・・・・・・」
「ねー、黙ってないでなんか言って下さいよー! 一体誰・・・どんな人だったんですかー!?」
「・・・・・・」
 そこでガレオンがちらりとカイルを見た。しかしすぐに視線を逸らして、やはり何も答えようとはしない。
「な、なんなんですかー、なんで何も教えてくれないんですかー!?」
「・・・・・・」
 あくまで黙そうとするガレオンに、そんなに知られたくないことでもあるのかと、カイルはなんだか焦った。
「ねー、ガレオン殿ー!!」
「・・・・・・・・・昔の話だ」
 カイルはどうにか少しでも聞き出そうとしたが、ガレオンはやっと口を開いたと思ったら短く切り捨てて、カイルから体ごと背けてしまう。
「・・・・・・・・・むー」
 カイルの焦りは、その瞬間、不機嫌に取って代わられた。


 この日の王子一行のメンバーは、ミアキス、ビッキー、ベルクート、サポートのマリノ、そしてカイルとガレオンだった。
 まだ地味に怒りを持続させていたカイルは、だから女王騎士というものに人一倍誇りを持っているガレオンへの当てつけとして、今日は女王騎士正鎧ではなく平民服を身に着けている。・・・というわけではなく、それは単に昨日汚れが気になって洗濯したら乾かなかったというマヌケな理由だったのだが。
 だがいつものようにガレオンにペッタリくっついている気分にもなれないので、カイルは代わりに王子やミアキス、そしてビッキーに話し掛けた。ちなみにベルクートとマリノは、野暮なことはしたくないので、そっとしておいたのだ。
 いつまでもこんなことを気にしているなんて、とカイルも思う。そもそも過去のことをとやかく言うような権利は、散々遊んできたカイルにはないだろう。
 それはわかっていてしかし、やっぱりもういいですそんなこと、なんてカイルはどうしても思えなかった。あのときガレオンが何も言わなかったのは、過去を振り返ることへの倦厭やカイルに対する遠慮、が原因ではなかった気がする。
 だったらなんなのか、はカイルにはわからなかったが、このまま流してしまうことのできないモヤモヤしたのを感じるのは確かなのだ。
 勿論、そんな感情を王子たちに悟られるわけにはいかないので、カイルは表面上はいつも通り振舞った。明るく会話し、真面目に戦闘する。
 そしてそんな戦闘の真っ只中、それは起きた。デカズラーの大群に出くわし、それぞれ自分の武器を取って構え、そしてビッキーは詠唱を始める。
 そしてカイルが地面を蹴ったのと同時に、背後から「それ!」というビッキーの呪文が聞こえた、そのとき。
「・・・へっ!?」
 突然自分の周りが光に包まれ始め、カイルは驚く。思わず足をとめたカイルは、眩暈のようなものを感じて堪らず目を閉じた。
 自分の名を呼ぶ王子たちの声が聞こえたと思ったら、不意に全ての音がパッタリ途絶える。
 だがそれは一瞬のことで、すぐに耳に音が戻ってきた。だが、さっきまでは草原にいたはずなのに、聞こえてくるのは木々のそよぐ音。目蓋越しに感じていたはずの光も消え、辺りが暗闇なのだろうと想像させた。合わせて、さっきまで陽の光を浴びていたはずの肌は、ひんやりとした少し湿った空気を感じる。
「・・・・・・・・・」
 カイルはおそるおそる目を開けた。そして目の前の光景に、驚くというよりは諦めの溜め息をつく。
「はー、やっぱりこれって・・・ビッキーちゃん・・・」
 瞬きの魔法を失敗して仲間をどこかに飛ばす、ということをビッキーがしばしばしでかすとカイルも知っていた。
 まさか自分がそんな目に合うとは思っていなかったが、それでも飛ばされた人はみな長くて一日で戻ってきていたので、カイルはそう慌てる必要はないだろうと思う。
 そして改めて、周囲を見渡した。どれだけ観察しても、そこは、夜の森、としか表現しようがない場所だ。
「・・・どうせなら、キレイなおねーさんがいるところにでも飛ばしてくれればいいのにー」
 カイルはついぼやく。いつ戻れるかわからないのに、それまで一体どうやって時間を潰そうかと思った。たとえば異国のどこかの街にでも飛ばされたのなら、そこで美人の女性に声でも掛けて楽しく過ごせるのに、とカイルは前向きにガッカリする。
 こんな真っ暗な森の中でどうしよう、ともう一度カイルは辺りを見回した。
「せめて、もう一人くらい一緒に飛ばしてくれればなー。王子とかミアキスちゃんとか・・・」
 カイルは物静かな夜の闇に向かってついつい話し掛けてしまう。
「それとか・・・ガレオン殿・・・とか・・・」
 言って、カイルは思わず溜め息をついた。
 こんな人気もないところに一人で放り出されると、さすがにカイルも少し心細い。
 そしてそんな心理状態で、カイルは後悔した。つまらないことにこだわって今日ガレオンとろくに会話も交わさなかった自分がとても愚かに思える。
「・・・帰ったら、たくさん話し掛けよう」
 言いながらカイルは、ガレオンに会いたくて堪らなくなった。
 と、そんなとき不意に、背後で乾いた音が聞こえる。木の枝を踏み締めたような音だった。
「!?」
 とっさに振り返ってカイルは、刀に手をかけた。人の気配が確かにする。暗闇にだいぶ目が慣れたとはいえ、その人物の姿は見えず、カイルは必死に目を凝らした。
 それは相手も同じなのか、しばらくは互いに警戒したまま静かに対峙する。
 そして次第に、ぼんやりと見え始めたその姿に、カイルは目を疑った。
「・・・・・・え?」
 まずその服装。闇に紛れるような黒地だが、ところどころが金の光沢を放っている、カイルがとても見慣れた服だ。
 その左右の手に持たれた、かなりの質量を感じさせる武器もまた、見慣れた物。
 その顔・・・には僅かに違和感あるが、それでも髪型を含めやはり見慣れた人物のものだ。
「ガレオン殿!」
 カイルは刀の柄から手を離し、思わず駆け寄ろうとした。
 だが一瞬早く、そんなはずはないと気付く。さっきまで一緒にいたガレオンが、こんなところにいるはずない。同じように飛ばされたとしても、偶然全く同じ場所に飛ばされるなんてあり得ない気がする。
 そして、少しだけ近付いた距離のおかげか、カイルはやっと見知ったガレオンと目の前の男の明らかな相違点に気付いた。
 顔にあるはずの三本の傷跡もないし、刻まれた皺も少ないし、特徴的な顎の髭もない。
「・・・・・・・・・」
 一言で言うなら、目の前の男は、カイルの知ったガレオンが、若くなっただけだった。
 そういえばビッキーの瞬きの魔法は時空を超えるとも聞いたことがある気がするとカイルは思い出す。
 つまりここにいるのは過去のガレオンなのだろうか。
 そう思って、カイルは思わずその顔をじっと見つめた。年の頃は三十過ぎくらいだろうか、眼光も表情も変わらず、ただ全体的に若々しい。二十年ほど前なのに髪型が全く同じなのは、とてもガレオンらしい気がした。
 そんなガレオンの姿に、カイルは思わず、なんかカッコいー・・・と見蕩れる。
 それから、カイルはハッとして、見蕩れてる場合じゃないと焦った。こうやって、目の前のガレオンにとっては未来の人間であるカイルと顔を合わせると、現在のガレオンに何か悪い影響が出はしないかと心配になる。
 ガレオンは少し夜目が弱いところがあるが、しかし目の前のガレオンにもカイルの顔はぼんやりとでも一応それなりに見えているだろう。
 取り敢えずカイルは、自分が今女王騎士の服を着ていなくてよかったと思った。
 そんなふうにカイルがいろいろ考えを巡らせている間、黙って突っ立っていたガレオンが、やっと口を開く。
「・・・何故、名を?」
「・・・・・・」
 その声も聞き慣れたものより少し若く、昔はこんな声だったんだと、カイルはつい向けられたのが問いだということを忘れた。
 それから、ハッと、そういえば自分がさっきガレオンの名を呼んだことを思い出す。このガレオンにとってカイルは、初めて顔を合わせる人間なのだ。
「あ、あの、女王騎士様は有名ですもんっ!」
 カイルは慌ててフォローしてから、こうやって自分の声を聞かせてもいいものなのかもわからず、一体このガレオンにどう接すればいいのだろうと悩む。
 そんなカイルの苦悩を他所に、ガレオンはその理由に納得したのか、そしてカイルに敵意がないと判断したからか、背を向けてどこかに戻っていってしまった。
「・・・・・・」
 それを見送って、カイルはホッとするより、訝しむ。
 ガレオンが初対面、しかもこんな場所で会った人間に、簡単に背を向けるなどあり得なく思えた。
 カイルはそっとガレオンのあとを追う。いつ戻れるかわからないからそれまでは若いガレオンの姿でもそっと眺めていよう、という思いがないわけでもないが。それよりもガレオンらしからぬ行動が気になったのだ。
 ガレオンは少し行ったところにすでに腰を下ろしていた。ここで野営するらしく、小さく火を焚いている。おそらく偵察や調査などなんらかの任務の途中なのだろう。
 カイルはしばらくは木の合間からガレオンを窺った。武器から手を離しているガレオンは、無防備と言ってもいいくらいだ。
 一歩踏み出すと、察したガレオンはカイルに目を遣って、しかしすぐに逸らしてしまう。
 カイルは戸惑った。もしカイルが賊か何かで、ガレオンを狙って害そうとしたなら、今なら可能な気がする。
「・・・・・・あのー」
 関わらないほうがいいのだろうと思ったが、それでもカイルは放ってはおけなかった。火の近くにいるガレオンには自分の姿は闇に紛れて見えるだろうし、と自分で後押しもする。
「もしオレが追い剥ぎとかだったらどうするんですか?」
 自分を警戒しろ、というのもおかしな話だが。しかしカイルは心配だった。ガレオンにはカイルが腕の立つ剣士だということくらいは読み取れているだろう。それなのにガレオンは、カイルに対して少しも警戒していない。敵意など、悟らせないよう隠すことはいくらでも出来るのに。
「そんなふうに寛いじゃってて・・・オレが突然グサーとかって襲い掛かったりするかもしれないですよ?」
 ガレオンはもう一度カイルをちらりと見る。そして、小さく呟くように、答えを返した。
「・・・それも・・・いいかもしれん」
「・・・・・・」
 投げ遣りにすら思える口調。何より、通りすがりのカイルにそんなことを言うガレオンが、カイルには信じ難かった。
「・・・な、何言ってるんですか、いいわけないじゃないですか!」
 とっさに言い返してから、通りすがりの自分がムキになるのもおかしいだろうからと、カイルは口調を弱める。
「みんなの憧れの女王騎士様が、そんなこと言ったらダメですよー」
 軽い調子で言いながら、カイルは自分の心臓が少し竦んでいるのを感じた。なんだか、嫌な感じがする。
 ガレオンは、変わらず地面に視線を落としたままで、低く呟いた。
「・・・我輩は女王騎士である。ならば、女王騎士として死ぬのならば・・・」
「・・・・・・」
「それが今でも・・・構わぬ」
「っ!!」
 言葉の端から滲み出る、失望、絶望。何に対してのものなのか、誰に対してのものなのか、カイルにはわからないが。ただ、ガレオンが自分がどうなろうと構わないと、そう思っていることだけは伝わってきた。
「そ、そんなこと言わないで下さい!!」
 カイルは思わずガレオンの前に踏み出した。カイルが何もせずともこの過去のガレオンは立ち直るのだろう、現在のガレオンを知るカイルにはわかっている。
 それでも、見過ごせなかった。こんなガレオンを、放ってはおけなかった。
「そんなのダメです、絶対にダメです!!」
「・・・・・・何故だ」
「だ、だって・・・」
 ガレオンは目の前に来たカイルに目も向けようとしない。
 自分の言葉は届かないかもしれない。突然現れた見ず知らずの若造に何を言われたって、ガレオンの心は動かないかもしれない。それが自然だろう。
 そう思って、しかしカイルは口を衝いて出る言葉をとめられなかった。
「だって、ガレオン殿が死んだら悲しむ人が・・・」
 言いかけて、正確にはそうじゃないと、カイルは言い直す。
「ガレオン殿のこと、待ってる人がいるから・・・だからです」
「・・・・・・」
 ガレオンはカイルを見上げ眉を寄せ、しかしすぐに視線を落とす。
「・・・おりはせぬ」
「いるんです!! どこかに・・・いつか絶対に現れるんです!!」
 カイルは膝を折って、ガレオンと視線の位置を合わせた。それでも、ガレオンはやはりカイルに目を向けない。
 カイルはそんなガレオンをグイッと引き寄せた。腕の中にガレオンの頭を収めても、ガレオンは抵抗する素振りもない。
 初対面の男にこんなことされて、振り払う気力もないのだろうかと、カイルはなんだか悲しくなった。
 このガレオンはカイルのことなど知らない。それはわかっているが、それでも。カイルと出会うという未来が待っているのに、その未来を閉ざしてしまっても構わないと思っているガレオンが、カイルは悲しくて、そして悔しかった。
「ガレオン殿のこと、必要だって、いて欲しいって、そう思う人が現れます、絶対に」
 今のガレオンにはきっと理解出来ない。それでも、少しでもカイルはわかって欲しかった。強く、強く抱きしめてカイルは伝える。
「だから、そんな、そんなふうに言わないで下さい・・・!!」
「・・・・・・・・・」
 ガレオンが僅かに身じろいだ。
「・・・いる・・・のだろうか、こんな・・・こんな我輩にも」
「こんな、とか言わないで下さい」
 カイルはガレオンの顔を覗き込んだ。顔を見られたらまずいかもしれない、そんなことはもうカイルの頭にはない。
 真っ直ぐ見つめたガレオンの顔は、ひどくつらそうに見えた。頼りなくすら見えた。
 カイルはガレオンのそんな表情を見たことがない。カイルも人に弱音を見せず、ガレオンにだって・・・いやガレオンにはなおさら、見せずにきた。
 だからカイルはなんとなくわかる。通りすがりの名も知らぬ相手だからこそ、ガレオンは少しだけ、弱いところを見せたのだ。
「います。いるんです」
 カイルはガレオンの顔を、額を頬をゆっくりと撫でていった。そして追うように、そこに順に口付けを落とし、最後に唇に触れる。
「・・・こんなふうに」
 カイルは抵抗をみせないガレオンの唇に何度も唇を重ねた。教え込むように、何度も。
 ガレオンは確かに今ここに生きていると。ガレオンの側にいて触れている人間が、今ここにいると、未来にもいるのだと。
 少しでも伝えようと、顔や髪や肩や背を撫でながらキスを繰り返していたカイルに、しばらくしてガレオンがゆっくりと腕を回してきた。
 次第に篭る力が強くなる腕に合わせて、カイルも益々腕の力を強める。
 触れ合う部分から、ガレオンの孤独が伝わってくるようだった。ガレオンにそう思わせるものがなんなのか、カイルにはわからない。もしかしたら、シルヴァと離婚したのがガレオンがこれくらいの年齢だった気がするから、それが原因なのかもしれないが。
 なんであれ、カイルはガレオンが抱えているものを少しでも和らげ紛らわせようと、強く抱きしめた。
 ガレオンは、決して自分から逃げようとしないカイルを、試すように乱暴に地面に押し付ける。勿論カイルは逆らわず、腕を回して逆に引き寄せた。
 そんなカイルを、ガレオンは計り兼ねるように少し眉を寄せて見下ろし、しかしすぐにカイルが差し出した唇に食い付く。
 それからは、ガレオンは堰を切ったように、カイルの肌をまさぐり始めた。
 こんな流れで誰かを抱くなど、普段のガレオンならあり得ないだろう。それだけ、このガレオンは精神的に参っているのだろうとカイルは思った。
 カイルにはわかる。自分の生がひどく希薄に思えるようなとき、寂しくて堪らないとき、縋りたくなるのだ。相手は誰でもいい。自分を受け止めてくれる人なら、誰でもいい。
 肌を合わせることで、自分が意味のない存在ではないと、何も為せない存在ではないと、ほんの少しそう思える。そうすれば、次に目覚めたとき、もうちょっとだけ頑張ってみようと思えるようになるのだ。
 カイルもかつて経験したことがある。だからカイルはわかった。
 だからカイルは、精一杯ガレオンを手繰り寄せ、そして強く優しく、全身で包み込んだ。


 服を着直していると、背中を軽く叩かれた。いや、叩くというよりははたくといったほうが正確なその動きは、おそらく背中に張り付いた土を払ってくれているのだろう。
「あ、スイマセン」
 言いながらカイルは、ということは髪の毛もひどい有様になっている気がすると手を伸ばした。やはり、おだんごも三つ編みも乱れ、たぶん土も付いているのだろう。
 一端全て解いて、一先ず黒いリボンで一つに纏め直していたカイルに、ガレオンが不意に言葉を向けた。
「・・・そういえば、名も聞いておらなんだな」
「えっ!?」
 何気なく振り返ろうとしたカイルは、その言葉に慌ててそれをやめる。
 今さら思い出した。このガレオンは、カイルと出会う前のガレオンなのだ。
 カイルはガレオンから昔カイルに会ったことがあるという話を聞いたことがない。ならばもしかして過去を変えてしまったなんてことはないだろうかとカイルは焦った。会話を交わすどころか、セックスまでしてしまったのだ。
「あ、あのー、名乗るほどのものでもー・・・」
 今さらかもしれないが取り敢えずごまかしておこうと思ったカイルの、体が不意に光り始めた。
「っ!?」
 一瞬驚いたが、しかしカイルはここに飛ばされたときと同じだと思い出す。
 帰れるのだという安堵感、そして同時に、このガレオンと離れることへの躊躇いをカイルは感じた。
 思わずカイルはガレオンを振り返る。
「ガレオン殿、忘れないで下さい!!」
 突然のことに目を見開いているガレオンに、カイルはここまできたら、やはり全て伝えておきたくなった。
「ガレオン殿のこと、誰よりも必要としてる人が、いつか絶対に現れますから! だから!!」
 カイルは消えようとする自分の腕を、それでもガレオンに伸ばす。
「だから・・・!!」
 待ってて下さい、その言葉も、伸ばした腕も、ガレオンには届かなかった。
 視覚も聴覚も全てが閉ざされ、しかし次の瞬間、感覚が戻ってくる。視覚は明るい光を、触覚は陽射しと乾いた空気を、そして聴覚は仲間の声を。
「カイル!!」
「あらぁ、おかえりなさぁい」
「うわーん、よかったよー!!」
 安堵したように笑う王子、本気で心配していたのか怪しいミアキス、飛ばしてしまった張本人で責任を感じてか涙目になっているビッキーに迎えられて、カイルもやはりホッとした。
「はい、ただ今戻って参りましたー」
 ただ今、と言いつつ、カイルには一体こっちではどれくらいの時間が経っているのかわからない。日の高さからそんなには経っていなさそうだが。
「いやー、心配掛けちゃいましたねー。オレはこの通り無事なんで、先進みましょーか!」
 話を聞きたそうな王子やごめんなさいと繰り返すビッキーをカイルは軽くかわした。彼らの気持ちもわかるが、しかしカイルはそれよりも、確かめないといけないことがあるのだ。
 カイルは視線を下げて、足元で判別したガレオンに駆け寄った。そしてそろーっと、視線を上げる。
 ガレオンは、カイルがよく知ったガレオンと、何一つ相違なかった。
 まずは一安心し、それからいやまだだと、おそるおそる問い掛ける。
「あのー、ガレオン殿・・・・・・キスしていいですか?」
「・・・・・・・・・」
 ガレオンは、突然こんなところで何を言い出すんだと、僅かに呆れた表情でカイルを見返した。
 その反応に、カイルは今度こそ心底ホッとする。
「あー、よかったー! 何も変わってない!!」
 自分の行動によって現在・・・あのときからすれば未来が、変わってしまっていたらどうしようと、それをカイルは心配していたのだ。
 ということはつまり、あのとき違う行動を取っていたら、そのときこそどうなっていたかわからなかったのかと、それはそれでおそろしいが。だがカイルは、何度自分があの状況に置かれても、きっと同じ行動を取っただろうと思った。
 カイルは改めて目の前のガレオンを見る。ガレオンは、少し眉をしかめてカイルを見返していた。それは、今日ずっと自分に対しては不機嫌だったカイルが突然機嫌を直しているようだから、ではないようだ。何かを確かめるように、カイルの一つに結ばれた髪の毛や、ところどころに土が付いて汚れている服を見ている。
 薄々と感付いている様子のガレオンに、カイルも自分の予想を言葉にして確かめた。
「ガレオン殿が初めて男を抱いたのって、森の中、だったりします?」
「・・・・・・」
 ガレオンは目を見開き、それから深く溜め息をもらした。
「やはり・・・おぬしであったか・・・」
 得心がいったように、しかしどこか気まずげにガレオンは視線をカイルから微妙に逸らす。
「覚えてたんなら教えてくれればよかったのにー」
「・・・確信はあらなんだし・・・あれが現実のこととも思えなんだ」
「・・・確かに」
 ビッキーの存在を知らないときのカイルなら、ガレオンが語ってくれたところで信じられるかどうかわからなかった。
 しかし、ガレオンが教えてくれなかった最たる理由はそれだけではないだろうと、カイルは思う。
 語ろうとすれば、そのときのガレオンの状況も話さなければならなかっただろう。常になく弱っていた自分を、ガレオンはきっとカイルに知られたくなかったのだ。
 もし自分がガレオンの立場なら、確かに死んでも言いたくない。恥じるべきことではないのかもしれないが、なるべくなら情けない姿など見せたくない。
 だからカイルは、本音を言うならあのとき何がガレオンそうさせたのかとても気になったが、それでも深く追求するのはやめようと思った。
「あ、ってことはオレ、自分で自分に嫉妬してたんですねー。なんかフクザツー」
 ガラリと口調を軽くして、カイルはだいぶ距離が空いてしまった王子たちのあとを追おうと歩き出す。
「でも、ガレオン殿が初めてのときオレが手取り足取り教えてあげたから、オレが初めてのときガレオン殿がオレを抱くのがみょうに上手だったんですねー。なんかややこしいけど、なんとなくラッキーなかんじ?」
 アハハッと笑って言うカイルの隣を歩くガレオンは、カイルが深い所に触れまいとわざと話題をずらしたことにおそらく気付いているだろう。
「それにしても、今思うとちょと勿体なかったなー。若いガレオン殿とセックスする機会なんて、もう絶対ないですよねー。もっと、こう、じっくりと味わっとけばよかったなー!!」
 話題を変える為ではあったが、しかしそれも確かに本心なので、カイルはついつい握りこぶししながら熱を込めて言ってしまった。
「・・・・・・カイル」
「は、はい?」
 てっきり思い切り呆れられてしまうかと思ったカイルは、しかしガレオンが自分に向ける視線がなんだか優しい気がして、少し首を捻った。
 ガレオンはすぐにカイルから視線を外し、前を向いてスタスタ歩きながら言葉を継ぐ。
「・・・あのとき、おぬしが言ったこと」
「え?」
 まさかガレオンのほうから話題を戻してくるとは思わずカイルは驚いたが、何かを伝えたそうなガレオンに、静かに続きを待った。
「・・・あのときの我輩には・・・よくわからなんだが」
「・・・・・・」
「今になると・・・ようわかる」
 ガレオンはちらりとカイルを見る。それから、少し早足になるガレオンを、カイルは思わず足をとめて見送った。
「・・・・・・・・・え、それって」
 ガレオンの言葉、そして自分の言葉を反芻し、そしてガレオンの言わんとすることを察する。
 待っていて下さい、その言葉はきっと届いていなかったけれど。ガレオンはカイルを待っていたわけではないだろうけど。
 それでも、ガレオンはあのときのカイルの言葉を覚えていてくれた。そして、結果的にガレオンにとってはそれがカイルだったと、そう言ったのだろう。
 カイルは思わずニヤけそうになった。
 それから、ハッとして、ずいぶん先へ行ってしまったガレオンに慌てる。
「あ、ガレオン殿、待って下さいよー!!」
 走って追い駆けてくるカイルが、追いついてくるまでガレオンは、立ち止まり振り返って、待っていた。



END

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暗闇とはいえ目も慣れるし顔とか普通見えるよなぁ・・・とかは気にしない。
30過ぎガレオン×カイルが書きたかっただけの話なので!!
そのわりにエロは省いたけども!!  ・・・orz
というか、30代ガレオンに興奮するカイルがもっと書きたかっ た !!!