1.恋愛感情
お城をゲオルグ殿と二人で巡回・・・ホントはオレには他の目的があるんだけど、ともかく並んで歩いてたとき。
小さな猫が一匹飛び出してきて、目の前で毛繕いを始めた。
ゲオルグ殿はゆっくり近付いていき、しゃがみ込んで猫に手を伸ばす。
そのうしろ姿に、オレは女王宮にいた頃を思い出した。
あのときゲオルグ殿は、同じようにしゃがみ込んで、その手は黒猫を撫でていた。
「ゲオルグ殿って猫好きなんですかー?」
うしろから声を掛けると、ゲオルグ殿は猫から手を離し、立ち上がって振り向く。
「あぁ・・・まあな」
「へー意外ですねー」
昔から一人で諸国をふらふらしているというゲオルグ殿。猫の人になかなか馴れないところが自分に似てて親近感を抱いてしまうから、とかなんだろうか。
ゲオルグ殿は語ってくれなかったからわからなかった。
そう、ゲオルグ殿は、そのことだけじゃなくて何も、話してはくれなかった。こんな暮らしをしていたとか、あんな場所に行ったことあるとか、そういうことは語っても。そのとき何を思ったとか、一歩踏み込んだ深いところは、何も教えてくれなかった。
オレも、聞こうとは思わなかった。
今思えば、あの頃の関係は、遊びから少し進んだ程度のものだった気がする。
勿論、好きだと思ってた。そうでなきゃ男となんてとてもセックス出来ない。そしてゲオルグ殿も、ちゃんとオレに好意を持ってくれていたと思う。
でもきっと、あのままの関係だったら、オレたちに先はなかっただろう。
そのうちゲオルグ殿はファレナを離れていた。オレのこと置いて、何事もなかったかのように。
そしてオレも、引き止めることもついていくことも、出来なかっただろう、しなかっただろう。
ゲオルグ殿も、いい加減な気持ちで関係を持っていたわけではないと思う。ただ、ゲオルグ殿は自分とオレとの間に線を引いていて、それにオレも気付いていた。オレに自分の全てを曝け出すことをせず、そして同じようにオレにも求めていなかった。
オレも、だから踏み込まなかった。そうしたい、と思っているとも、思っていなかった。オレはゲオルグ殿のこと好きで、ゲオルグ殿もオレのこと好きで、今充分幸せだから、だからそれだけでいいと思っていた。
そんな、互いの表面上だけを見て好き合っていたオレたちの関係が、しかし変わってしまったのだ。
ゲオルグ殿が女王陛下を手にかけてしまった、あの日を契機に。
オレはゲオルグ殿が心に傷を負ったことに気付いてしまった。そしてどうするか・・・オレは悩んだ。
ゲオルグ殿は誰にも隠すつもりに見えた。だからオレも見ない振りして、それまで通りに接そうかとも思った。上辺を繕うゲオルグ殿の隣で、ただ笑っていようかと思った。ゲオルグ殿もそれを望んでいると、踏み込んでこられたくないと、そう思っているかもしれないから。
でもオレは、結局、黙って見ていることが出来なかった。
そしてオレは、踏み込んだ。ゲオルグ殿の心奥深くに、触れてしまった。同時に、オレが本当はそうしたいと望んでいたことにも気付いたのだ。
ゲオルグ殿は、そんなオレの腕を、振り解きはしなかった。オレに救いを見出した。そう、ゲオルグ殿も、本当はもっとずっと深い繋がりを欲していたんだろう。
そしてオレは、ゲオルグ殿がオレとの間に引いていた線が、消えたのを感じた。ゲオルグ殿の心の中に入ることを許された。
そうしてオレたちの関係は変わったのだ。
「そういえばゲオルグ殿って猫が好きなんでしたっけー?」
オレが声を掛けると、あのときのゲオルグ殿は猫からパッと離れてしまったのに、今は気にせず猫の頭を撫でている。
隣に同じように座って、一体どんな顔で撫でているんだろうと、窺ってみた。
・・・なんだか妙に、優しい目をしてる。
しかもそのことを、オレに隠すつもりもないみたいなのだ。
「・・・元々」
ゲオルグ殿が、今度は猫の喉を擽りながら口を開く。
「猫じゃなくとも、小さい動物は好きだな。可愛いじゃないか」
「・・・・・・へぇー」
思わずちょっと抜けた声の相槌になってしまった。
まさか、可愛い、なんていう理由だなんて。
でも確かに。以前にその理由を聞かされたら意外だと思っただろうけど。今の・・・本当のゲオルグ殿を知っている今のオレは、ちょっと納得してしまった。
ゲオルグ殿はどうも、好きなもの気に入ったものを素直に愛でるタチなようなのだ。たとえばこの猫のように、たとえばあのチーズケーキのように、たとえば・・・
「・・・あぁ、でも心配はするなよ?」
「へ?」
ゲオルグ殿がこっちに視線を向けてくるので、オレは首を捻る。
口の端を上げて、ゲオルグ殿はサラリと言った。
「お前は小さくはないが、俺にとったら一番、お前が可愛いぞ?」
「・・・・・・・・・」
たとえば・・・そう、このオレ。意外にも、ゲオルグ殿って・・・熱烈な愛情表現する人だった。
「・・・ん、いや、別に可愛いと思われたいとか思ってないし・・・」
キザなセリフ言うのはどっちかいうと得意なほうだったけど。言われると違うというか、ゲオルグ殿みたいなとても言わなさそうな人に言われると違うというか・・・そもそも、子猫に嫉妬したと思われるなんて嫌なんですけど。
と思って言い返してみたんだけど。
「ふ、照れるな」
「・・・・・・」
いやいやいや、照れてるわけじゃなくて。困惑してるというか、好きな人に微笑み掛けられればそりゃ多少は頬も赤くなるってもんで・・・ってその反応もどうかと思うけど。
「・・・・・・しかし・・・いや、そうだな・・・」
「今度はなんですかー?」
猫に視線を落としたゲオルグ殿に、話題が変わりそうでホッとして何気なく聞いてみた。
ゲオルグ殿は猫を凝視しながら全身を撫で、それから不意に、オレに目を移す。
そしてしばらくジーっと見つめてきてから、一言。
「・・・・・・よし」
「ゲオルグ殿・・・?」
何かがゲオルグ殿の中で決着したらしい。気になるけど、でもなんだかいい予感がしない気がするのは気のせいだったらいいなぁとか。
「・・・ゲオルグ殿ー、オレたち一応見回りしてんですから、そろそろ次行きましょうよー」
「・・・あぁ、そうだな」
最後に名残惜しげに黒猫を一撫でして立ち上がったゲオルグ殿は、どことなくちょっとウキウキしている。オレ以外の人には気付かない程度にだけど・・・って別に自慢したいわけじゃないけど。
事実ちょっと表情が僅かにゆるんでいるゲオルグ殿に、やっぱりちょっといい予感がしない。
・・・いや杞憂かもしれないし、もう気にしないことにしよう。そう決めた。
「しかし、見回りといっても、もうそんなに警戒することもないだろうがな」
「まー、そうなんですけどね。実はオレ、ほとんど散歩のつもりでした」
「違いない」
同意して小さく笑うゲオルグ殿に、オレは心の中で自分を後押しし、声を掛けた。
「あの、だったらちょっと、付き合ってもらってもいいですか?」
「?」
どこへ、と視線で問うゲオルグ殿に、小さく深呼吸してから口を開く。
「・・・・・・墓場へ」
「・・・・・・」
少し沈黙し、それからゲオルグ殿は歩き出した。墓場のある方向へ。
何も言わなくても、わかってくれたみたいだ。オレがなんでそこにいきたいか、そこで何をしたいか。
「・・・ありがとーございます」
素直に感謝したのに、ゲオルグ殿は揶揄うように笑った。
「泣き顔を他の奴に見せたくないからなぁ」
「な、泣かないですよー!」
「見栄を張るな」
「そんなんじゃないですー」
とかいって、泣かない自信は、微妙にないんだけど。
「・・・まあ、もし泣いたら、胸貸して下さいよ。自分のときみたいに」
「・・・・・・俺は泣いとらん」
「見栄張らなくていーんですよー?」
「・・・・・・」
視線を合わせて、しばらくして、どちらからともなく笑う。
以前のオレたちじゃ、きっとこんな会話は出来なかった。互いに深いところを晒さずにいたオレたちだったら。
弱いところなんて、絶対に見せられなかった。
「ねーゲオルグ殿」
「ん?」
こんなこと口にしたら、ゲオルグ殿は可笑しいと笑うかな、それとももっとクサイ言葉を返してくれるかな。
恋が愛になるってこういうことなんでしょうかね、なんて。
END
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変態ゲオルグを書くための前置き部分が微妙なノリになったので切り離して違う話に仕立てました。
しかしそもそも前置きのつもりで適当に書いてたので、そこかしこが適当で説明不足ですよね。
みなさんの想像力が頼りです。(…)