2.本心



 キスは、しない。
「別に必要な行為じゃないだろう?」
 つまり、恋人同士でもない体だけの関係なんだから、余計な手順を踏むこともないだろう、ということらしい。
 別にそれに異を唱えるつもりもない。だって、一体どう言えばいいんですか。
「キス、して欲しいです」
 だなんて、言えないじゃないですか。
 そんな、愛を乞うような言葉、とても、とても。
 きっとゲオルグ殿は、冗談だと思って、軽く笑って流してくれるんでしょうけど。


「ゲオルグ殿、ちょっと早急過ぎませんー?」
 部屋に入るなり閉じた扉に押し付けられたので、呆れた口調で言ってみた。
 本当は、やっぱり唇じゃなく、まず首筋に噛み付く勢いで顔をうずめてきたことに対して抗議したかったんだけど。
 やっぱりあなたはオレの体だけが目当てなんですね、って、当たり前ですけど今さらですけど。
 ゲオルグ殿は、顔を上げて可笑しそうに笑う。
「シャワー浴びてムード作って、そんな手順が必要か?」
「・・・・・・」
 あぁやっぱり、ゲオルグ殿は恋人同士のようなそういう手順が本当に嫌いなようで。
 男同士なんだからもっと即物的になればいい、なーんて言ってましたもんね。
 その気持ちはわかりますよ。
 でも、ささやかな抵抗くらい、させて下さい。
「いーえ。ただ、ベッドまでの数歩を惜しむ必要も、ないんじゃないですか?」
「・・・・・・確かにな」
 納得したようで、ゲオルグ殿はひらりと身を翻してさっさとベッドへ向かった。
 その迷いのないうしろ姿。対してオレは、迷いだらけで。
 一体いつまでこの関係は続くんだろうか。ゲオルグ殿が飽きるまで? 幸いにもオレの体を気に入ってくれてるみたいだけど。やっぱり女がいい、なんていつ言い出すかわからなくて気が気じゃない、本当はいつも。
「カイル」
「・・・あ、はいはーい」
 急かすように名を呼ばれ、ベッドに足をかけたら、途端に腕を引っ張られあっというまに組み敷かれた。
 こういうときゲオルグ殿って結構気が短くて、そういう意外な面を知れたのはよかったと思う。
 眼帯の下の目がホントは健在だってことも知ること出来たし。そのキレイな金色をした両の瞳で見つめられてるのは、今はオレだけですよね?
 唇にキスしてくれなくても、それで充分だって、見つめられると思ってしまう。唇にキスしてくれなくても、他のところにはキスしてくれるから、それでいっかとも思う。
 引き合いに出す時点で、やっぱりこだわってんだろうけど。


 優しく髪を撫でられる感触に、意識が次第に覚醒した。
 でも心地いいからしばらくは目を開けずにおく。この手はゲオルグ殿の手だ、嬉しい。
 チーズケーキと色が似てるから、なんて嘘のようなきっとホントの理由で、ゲオルグ殿はオレの髪を気に入ってくれているらしい。
 体だけの関係、とか言いながらたまにこんなふうに触ってくれるから、嬉しい。
 このままずっと眠った振りしてたら、このままずっと撫でててくれればいいのに。
 でも、しばらくしてゲオルグ殿の手は、離れていってしまった。
「もっと触ってて下さいよー」
 なんてねだってみたい。冗談めかして言ったら、ゲオルグ殿はどう反応するだろうか。別に構わないと撫でてくれるだろうか、それともなんでそんなこと言うのかと首を捻るだろうか。
 そもそもゲオルグ殿、あなたはどうしてオレがあなたに抱かれてると思ってます?
 やっぱり、女好きだけど意外と男もいけるんですよー、って言ったのを真に受けてるんでしょうね。単なる手頃な性欲処理手段だって、思ってるんでしょうね。自分と同じように。
 でもオレは、セックスは好き合う相手と、なんて純情な考え方は持ってませんけど、なんとも思ってない男とセックスする酔狂さも、持ち合わせていないんです。
 それを察してもらえないのはちょっと悲しいけど、都合がよくもあって。だってそうじゃなきゃ、こんな関係にもなれなかっただろうし。
 ゲオルグ殿がどう思っての行為だろうと、オレはゲオルグ殿とセックス出来て嬉しい。普段とは違うゲオルグ殿を見れて、ゲオルグ殿を全身で感じれて、嬉しい。オレのほうが抱かれる立場になることだって、気にならないどころか、そっちのほうがいいやなんて思っちゃうくらい。
 でも、ゲオルグ殿。
 あなたにとっては不必要で余計なことでも、でもオレは、やっぱり唇にキスして欲しいです。体だけの関係は、やっぱり寂しいです。
 あなたがオレを特別だって、見つめてくれたら笑ってくれたら名を呼んでくれたら、そんな幸せなことはない。
 この体を気に入ってくれてるなら、少しはそうなる可能性がありますか?
 体の繋がりが切れちゃうのも嫌で黙ってようと思ってたけど、でも気付いて欲しい知って欲しい、その思いがどんどん大きくなっていって、抑えきれなくなりそうです。
 ねぇ、ゲオルグ殿。
 あなたは拒絶しますか、受け入れてくれますか。冗談ですと繕えば聞かなかったことにしてくれますか。
 ねぇ、ゲオルグ殿。

 オレは、あなたが好きです。




END

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なんか語りが微妙に鬱陶しくなってしまいましたが。(ほんとに女々しい…)
救済編?のゲオルグバージョンをそのうち書きます。カイルがかわいそうなのは嫌なので(笑)