3.擦れ違い
「ゲオルグ殿ー、見て下さいよー!」
ドアを開けるなりのその声に、ゲオルグはついつい溜め息をついた。
出来れば無視したいところだが、目を離せばどんな行動に出るかわからないので、仕方なくゲオルグは視線を向ける。
そこには、今日も今日とてレヴィの魔法によって女になっているカイルが喜色満面で立っていた。
その恰好は、変わらず大きめの白いシャツを一枚羽織っただけ、というものだ。最初の失敗を踏まえズボンと下着を抱えてはいるが、部屋に入るなりそれは放られてしまう。
そしてカイルはいつものように、ベッドに遠慮なく乗ってゲオルグに近付いてきた。
ついまた溜め息をついてゲオルグは、手入れしていた刀を脇に置く。カイルのどんな行動にも対処出来るように、である。
何故カイル相手にそんなことを・・・と思うのだが、しかしカイルのほうが、何故ゲオルグ相手に・・・という行動に出てくれるのだから仕方なかった。
カイルは、ゲオルグの思いなど露知らず、嬉しそうに報告する。
「ゲオルグ殿、また胸が前よりおっきくなったんですよー!!」
えっへんと胸を張って見せ付けた。
確かに、まだまだ小ぶりだが、それでも日を追うごとに大きくなっていっている。だが、それがどうした、というのがゲオルグの正直な感想だった。
「ゲオルグ殿ー、触ってみて下さいよー」
「結構だ」
手を掴んでこようとするカイルをゲオルグは振り払う。
「なんでですかー? 女性の胸が日に日に大きくなっていくのを体感出来るなんて、なかなかない体験ですよー?」
「いらんといっとるだろう」
しつこく伸ばしてくるカイルの手を、ゲオルグは再度払った。
カイルは面白くなさそうに口を尖らせる。が、不意に手をポンッと叩いた。
「わかった、ゲオルグ殿、巨乳好きなんでしょー! だからこんなちっちゃい胸に興味がないんですねー!!」
「・・・・・・」
一体どう言えばわかってくれるんだ、とゲオルグは頭を抱えたくなる。ゲオルグは、女に興味がない・・・とは言わないが、女になったカイルには興味がないのだ。ゲオルグにとってカイルは、同じ目的の為にときには背を預け剣を振るう同士、なのだから。
「・・・大体、女になってる間は、女としての自覚を持たんか」
話を変える為、ゲオルグは溜め息をつきながら言った。そりゃあ中身は変わらず男なんだから完全には無理だろうが、しかしシャツ一枚の恰好ややたらと胸を触らせようとする行動が間違っていると、それくらいは自覚してくれていいんじゃないかとゲオルグは思う。
「えー、そんなこと言われてもー」
無理ですよー、と口を尖らせる仕草も、男にされるのと女にされるのでは全く違うだろう。女好きなんだからわかってもよさそうなのに、とゲオルグは不思議になった。
「同じことを他の男にやってみろ。どうなっても知らんぞ」
「あー、それなら大丈夫ですよー」
カイルは、何故かニッコリ笑って答える。
「オレ、女になってるときはこうやって、ずっとゲオルグ殿のところにいますからー!」
「・・・・・・」
それが、大丈夫、の理由なのか。ゲオルグは頭痛を覚える。
「俺なら大丈夫、その根拠はなんだ?」
「え、だって、ゲオルグ殿、女性に興味なさそうだしー」
「・・・人聞きの悪いことを言うな。女になったお前に、興味がないだけだ。だが俺だって、男だ。煽られれば・・・わからんぞ?」
わざと目つきに凄みを持たせて、ゲオルグはカイルに視線を向けた。
するとカイルは、ゲオルグの予想外の反応を返す。頬を、ほんの僅かだが上気させたのだ。
「え、ゲオルグ殿、その気になっちゃったんですか!?」
「・・・・・・」
青い瞳がキラキラと喜びで輝いた・・・ように見えるのは気のせいであって欲しいとゲオルグは思う。
呆れて視線を逸らしたゲオルグを、カイルは何を思ってか、そのままの表情でじっと見つめた。
「・・・でも、女になってるからかなー。同じ男のときは、なんていうかちょっと癪で、素直に認められなかったというかー」
「・・・はぁ?」
見つめられながらブツブツと言われ、ゲオルグは思わず視線を向けた。カイルはゲオルグを上目遣いで見上げ、ふふふと笑いながら言う。
「ゲオルグ殿って、カッコいいですよねー。大人の男!ってかんじで! いやあー、女性に密かにモテる理由がわかった気がしますよー」
「・・・・・・」
こいつは一体何を聞いていたんだ、とゲオルグは苛立ちめいた感情を覚える。
「・・・お前は、俺の話を聞いていなかったのか?」
「は?」
首を傾げ、目を丸くするカイルの、喉にゲオルグは手を伸ばした。細いその首は、手に少し力を入れただけで折れてしまいそうな気がする。
「俺が何もせん保証など、ないんだぞ?」
脅すような声色でゲオルグは言った。カイルの男のときより大きな目が、パチパチとまばたきする。
わかったなら、まずせめて服を着ろ、そうゲオルグは続けようと思った。
が、それより早くカイルが、またゲオルグの全く想定外の答えを返す。
「・・・じゃー、しちゃいます?」
「・・・・・・・・・は?」
今度はゲオルグは目を丸くしてカイルを見返した。だがカイルは構わず続ける。
「せっかく女になってるんだしー。どんなかんじなんだろーって、ちょっと興味あるんですよねー。そりゃあ、その辺の男相手だったらオレだってゴメンだけどー・・・」
カイルはニコリとゲオルグに笑い掛けた。
「ゲオルグ殿なら、いいかなーって」
「・・・・・・」
苛立ちめいた感情を、ゲオルグは再び覚える。
どうせゲオルグは何もしないだろうと、カイルは高をくくっているのだろう。確かにその通りだ。どんなに美少女であろうと、中身がカイルの女を抱く気になどゲオルグはなれない。
だが、カイルがそうだと安心しきって、煽るようなことをして揶揄ったりするのが、気に入らなかった。
「あ、でも、途中で男に戻っちゃっても苦情は受け付けませんよー?」
「・・・・・・そうか」
低く呟いて、それからゲオルグはカイルの首に当てた手で、力ずくでカイルをうしろに押し倒した。簡単に倒れたカイルの体をそのままシーツに縫い付け、真上から見下ろす。
「ならば何をされても、文句は言うなよ?」
「・・・・・・」
カイルの目に、さすがに戸惑いの色が浮かぶ。
「あ、あのー・・・」
だがゲオルグは構わず、カイルの服に手を掛けた。ボタンを一つ外せば、元々女の体には大きい服で、胸元が大きくはだける。
見下ろすと、線も細く華奢で儚げにすら見える体は、女性としてはまだ未成熟だ。しかし、感情を込めずに機械的に、抱くことだって出来る。
ゲオルグは遠慮なく、シャツの中へ左手を差し込んだ。本人が主張した通り小さな乳房は、仰向けになると余計にその存在感を薄め、それでも僅かな膨らみをゲオルグの手に伝える。
「・・・ゲオルグ・・・殿?」
ゲオルグの本気を感じ取ったのか、カイルの声が少し揺れている。押し返すつもりかゲオルグの肩に手を掛け、しかしゲオルグの体は女の非力な腕ではびくともしなかった。
そしてその抵抗する素振りに、ゲオルグは逆に好奇心を刺激される。
こんなふうに簡単に押さえ込まれてしまう体をカイルだとは思えない。だがしかし、中身は確かにカイルなのだ。
この体を抱けば、カイルはどうするのか。本当に動じないのか、それとも怒るのか恐怖するのか泣くのか。外見はゲオルグの知らない人間でも、中身はその感情は、紛れもなくカイル本人のものなのだ。
カイルは不安なのか目を大きく開いてゲオルグを見ていた。僅かに開いた赤い唇から、どんな言葉がもれるのだろうか、ゲオルグは知りたくなる。
ひどく昏い衝動がゲオルグを後押しした。
右手をそっと脚に添わせれば、カイルの体がビクリと小さく震える。
「ゲオ・・・ルグ殿・・・」
おそらく制止したいのだろうカイルの言葉を無視し、ゲオルグはその手をさらに上に向かわせた。シャツの裾から手を差し込むと、瞬間ゲオルグの肩を掴むカイルの手がギュッと強張る。
嫌だ、などと今さら言われても、ゲオルグはとまってやる気など少しもなかった。
右手をまずは腹筋などないなめらかな腹に這わせ、そこからゆっくりと下方へと移動させていこうとした、そのときだ。
ボンッ、と最近聞きなれた音が聞こえた。
同時に白煙がカイルの体を包み、魔法の気配にゲオルグは自然と手を引き体を離す。
白煙はすぐに薄れ、そしてゲオルグの眼下に現れたのは、男に戻ったカイルだった。
「・・・あ、戻っちゃいましたねー。でも苦情は言わない約束ですよー?」
妙に明るい口調で言うのが、緊張から開放された反動なのか、はゲオルグにはもうどうでもよかった。
「・・・男に戻ったなら、さっさと服を着ろ」
素早くカイルから体を離し、背を向けながら言う。カイルが男に戻った途端、毎度ホッとするのと同時に僅かに胸が騒ぐ自分に、気付きたくなかったのだ。
「・・・はぁーい。でも、ゲオルグ殿ってー」
素直に言うことを聞いて服を着ながら、カイルが呟く。
「女のオレには妙に冷たくって・・・最近は男のオレには妙に素っ気ないですよねー」
「・・・・・・」
的確に見抜かれている。だが認めるわけにはいかないゲオルグは、カイルを振り返った。予想通りカイルはもう服を着終えていて、ならばゲオルグが平静を装うのは容易い。
「気のせいだろう。だが、しょっちゅう女になって絡んでこられる俺の戸惑いも理解して欲しいもんだな」
「あー、それはスイマセンー」
ちっとも反省していなさそうな声色だが、しかし上手くごかませたことにゲオルグはひとまずは満足しておく。カイルが聞く耳持たないのは今さらなのだ。
カイルはケロッとした様子で、ベッドを下りて元に戻った体を軽く慣らす。そして、サバサバした口調で言った。
「さて、男に戻ったことだし、誰かおねーさんのところにでも行こっとー」
まるで、男に戻ればもうゲオルグに用はない、と言わんばかりだ。面白くない、気がするゲオルグは深く考えないことにする。
軽い足取りでドアに向かったカイルは、そのままさっさと出て行けばいいのに、そこで振り返った。
「そーだ、ゲオルグ殿ー」
「・・・・・・・・・・・・なんだ」
無視したいゲオルグだが、相変わらず向き直るのを待っているカイルに、仕方なく視線を合わせる。カイルは、ゲオルグの気など知らず・・・どんな気かは本人も考えたくなかったのだが、ニッコリ笑って言った。
「あの、さっきですけどねー、何度かちょっとトキめいちゃいました、ゲオルグ殿に」
「・・・・・・」
そんなふうに言われてどう返せばいいのか、ゲオルグが戸惑うのに構わず、カイルは続ける。
「ゲオルグ殿ならいいかなって、ホントにちょっと思ったんですよ。いやー、オレのほうがゲオルグ殿をメロメロにするはずが。ミイラ取りがミイラって、こういうの言うんですかねー。体が女になると、心までちょっと女になっちゃうんですかね、不思議ー」
「・・・・・・・・・」
「もー、罪な男ですねー、ゲオルグ殿! でもオレ、まだ諦めてませんから。今度こそゲオルグ殿をメロりんってしてみせますからねー!!」
張り切りながら、カイルは扉の向こうに消えていった。
それをゲオルグは、声もなく見送る。
相変わらず変な野望を抱くカイル、変な現象を訴え始めたカイル、それからそんなカイルに変な感情を呼び起こされてしまうゲオルグ。
「・・・・・・勘弁・・・してくれ」
ゲオルグは深い溜め息をついた。
事態は悪化している気がする。だがゲオルグは、もう何も考えたくなかった。
END
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女カイル→ゲオルグ→男カイル の様相を呈してまいりました…。(何それ)
続きとか結末とか 全く考えてないんですが どうしましょうか これ