5.透明な絆



◆ Georg in Dhunan ◆


 手をとめ、ゲオルグは小さく唸った。
 最後の一行、いつもここで、筆がとまってしまうのだ。
 酒を一口呷る。デュナンの酒は、あの遠く南の国よりも、少し辛口だ。
 甘さが、懐かしくなる。
「・・・・・・・・・」
 ゲオルグはコップを机に置いて、再び万年筆を紙に添えた。
 思いは、なかなか言葉に出来ない。
 そんなゲオルグの前に、不意に人が立つ気配がした。
「めずらしい姿を見てしまいましたね。ゲオルグ・プライム殿が唸りながら手紙を書いているとは。眉に皺が寄っているのは、いつものことですけど」
「・・・・・・」
 ゲオルグが顔を上げれば、微笑んだ美貌が正面に見える。
 彼の笑みは、ゲオルグにいつも一人の男を思い出させた。いつも笑みを絶やさなかった青年には、しかしカミューのような優雅さはない。
 同時に違いも探してしまう、そんな自分に、もうすっかり慣れきってしまったゲオルグだ。
「カミュー殿か・・・」
「しかし、こんなところより、もっと静かなところのほうが落ち着いて書けるのではありませんか?」
 カミューは、彼の言うこんなところ、酒場にいても、優雅な立ち振る舞いを崩さずゲオルグの前の席についた。
「こういう喧騒は、嫌いではないのでな」
「そうですか。・・・・・ところで、私の顔に何か?」
 ゲオルグが思わず注いでいた視線に、カミューが気付く。無意識だったゲオルグは苦笑いした。
「いや・・・カミュー殿は、似ていると思ってな」
「・・・・・・その、手紙の送り主に、ですか?」
「・・・・・・・・・」
 なんと聡い青年なのだろう。ゲオルグは感心しながら、ちょうど手紙も行き詰っていたことだしと、少し語ってみたくなる。
 万年筆を置いてグラスを手にすれば、カミューは酒場の女主人レオナに果実酒を頼んだ。
「昔・・・もう十二年ほど前になるか。俺は一人の少年に力を貸した。そして、少年の下に集まった多くの仲間と、共に戦った。そう、ちょうど今と同じように」
「・・・その、私に似ているという方も、その中の一人だったのですか?」
「あぁ・・・」
 ゲオルグは目を閉じた。思い出そうとすると、何故かいつもその当時の姿が浮かぶ。その頃は二十四歳だっただろうか、カイルは。
「大事な仲間・・・友だった」
 その単語は、あまり自分たちの関係にピッタリとはこないけれど。だからといってゲオルグは、恋人、と言うのにも抵抗があった。カミューに知られたくないわけではなく。
 確かに当時はそう表現される関係だったと思う。だが、今はどうだろうという迷いが、ゲオルグの口を鈍らせた。
「・・・その方とは、それ以来、会っていないのですか?」
 カミューは少しずつ自分の知りたい答えを得るため問いを重ねる。
 だが、少し酒が進み、そして何より目の前の似た笑顔に感傷的な思いで胸が占められているゲオルグは気付かなかった。
「いや、一年・・・くらい前になるか、もう」
 ゲオルグはあれ以来、何度かカイルと会っていた。
 それは落ち合う、というものではなく、契約の合間を縫って、という表現が正しいだろう。ゲオルグが手紙でしばらくこの地方のこの町にいると書けば、そこにカイルが訪ねてくる、というわけだった。
 ゲオルグのほうから明確に誘うことはなく、そしてゲオルグが手紙を出さなければカイルはゲオルグが今どこにいるのかもわからない。
 随分と不確実な関係になってしまったのだなと、ゲオルグは今さら思った。
 あれ以来ずっと傭兵のような形で戦いに身を置いていた為、ゲオルグは今まであまり振り返ることをせずにきた。
 だが、こうしてしばらく一つの場所に落ち着いて、仲間に囲まれていると、どうしても思い出してしまう。
 ここからは遠く南にある美しい国で、仲間と共に戦った日々を。
 そして、カミューの笑顔を見ると。どうしても、思い出してしまった。
 共に背を預けて戦い、同じ寝台で眠り、笑い合い抱き合い、誰よりも親密なときを共有し合った日々。
 目の前のカミューの位置、すぐ触れられるところに、彼はいつもいた。
「・・・・・・ゲオルグ殿は」
 思わず自分の思考に入り込んでいたゲオルグは、ハッとする。
 ごまかすように酒を呷って続きを待った。
「・・・心配ではありませんか?」
「何がだ?」
「そんなに長いこと放っておくと・・・浮気されてしまっても仕方ありませんよ?」
「・・・・・・!!」
 ゲオルグは危うく酒を噴き出しそうになって、かろうじて耐える。
「カ、カミュー殿・・・?」
 浮気するだのしないだの、そんな関係だとバラした覚えはなかった。
 もしかしてさっきの取り留めもない思考を口にしていたのだろうかと疑いたくなる。
 しかしカミューは、そうではないと、ゲオルグに教える。
「わかりますよ。手紙を前にしていたときの、その方を語ったときの、そしてその方に似ているという私を見るときの、貴方の目を見れば」
「・・・・・・」
「そこに見えたのは・・・隠し切れない愛おしさと、それから・・・寂しさ」
「・・・・・・・・・」
 ゲオルグは大きく息を吐き出した。
「参ったな、どこまでも見透かされているわけか」
「いいえ、わからないこともありますよ?」
 カミューはふわりと笑う。
「貴方が何故、その方と離れているのか。愛しているなら寂しいなら、側に置いておけばいいではありませんか」
「・・・・・・・・・」
 出来るものならそうしている、ゲオルグは思わず心の中で呟いた。
 そして同時にゲオルグは、何故そう出来ないのかと自分に問い掛ける。その答えに、本当は気付いてはいたのだけれど。
 ゲオルグは十二年前、ファレナを出るときに、カイルに言うことが出来なかった。俺についてこないか、と。
 カイルはファレナを愛している。だから、ゲオルグはそんなカイルに言い出すことが出来なかった。
 ファレナを離れさせることに気が引けるから、ではない。カイルが果たしてファレナを離れゲオルグと共に来ることを選んでくれるのか、その自信がゲオルグになかったのだ。
 そしてカイルのほうからも、一緒に行きたいと言ってはこなかった。
 居所を教えればカイルは会いに来る。そして、頃合を見計らい、またファレナに帰っていくのだ。
 カイルは何も言わない。会いたいとも、離れたくないとも。
 だからゲオルグは、益々何も言えなくなった。
 そして、こうして十二年の歳月が流れたのだ。
「・・・確かに、浮気の一つでも、されていておかしくはないな」
 こんなどうしようもない男を待たなくても、カイルなら近くにいくらでもいい相手がいるだろう。そんな人を、すでに選んでいるかもしれない。
 会うたびに抱き合い愛を確かめ合ってきた、つもりだ。だが、次にまたカイルが会いにきてくれる保証はどこにもない。
 ゲオルグの手紙は、だからいつもただの近況報告で終わってしまうのだ。決定的な言葉を、どうしても書くことが出来ない。
 重苦しい息を吐き出したゲオルグに、対照的にふわりとした微笑をカミューは向けた。
「・・・いえ、私はそうは思いませんよ?」
「・・・・・・?」
「その方はきっと、今も貴方のことだけを想っているはずです」
「・・・さっきと言っていることが違うな。浮気されていても仕方ないといったのはカミュー殿ではないか」
 慰めの言葉を掛けたくなるほど情けない顔をしていたのだろうかと、ゲオルグは余計に自分が情けなく思えた。
 が、カミューはそうではないと、少し冗談めかした口調で教える。
「私はその方に似ているのでしょう? でしたらその方も、私に似て意外に一途に違いないと、思い直しました」
「・・・・・・」
 にこりと笑うカミューに、ゲオルグの口元も思わずゆるんだ。
「はは、意外に、とな」
 その言い様に笑いながら、ゲオルグは思い返す。
 確かにその通りだった。カイルは軽薄そうな外見を裏切って、意外に、誠実で真摯で一途だ。
 そしてゲオルグは、そんなカイルを愛した。今でも、愛している。
「・・・・・・カミュー殿、ここは俺の奢りにさせてもらいたい」
 ゲオルグは手紙と万年筆をしっかり握ると席を立った。
「では、遠慮なく」
 笑ったカミューに背を向け、ゲオルグは酒場を出ようとした。その背に、カミューが声を掛ける。
「愛しい人に、宜しくお伝え下さい」
「・・・・・・」
 ゲオルグは右手を上げてそれに返した。
 酒場を出て、自室に戻る。そして机に向かい、手紙を広げ、万年筆を手に取った。
 近況報告に少し書き加え、一端筆をとめ、目を閉じる。
 カイルを思い浮かべた。
 今でも誰よりも愛しい、本当はいつも側にいて欲しい、その存在。
 静かに自分の思いと対峙し、確かめ、そして、ついに文字にする。
「カイル・・・お前も、俺と同じ気持ちで、いてくれているか?」
 ゲオルグの中のカイルは、笑って勿論ですと答えてくれる。
 それにあと押しされるように、ゲオルグは便箋を封筒に詰め、封をした。




◆ Kyle in Falena ◆


「あーん、ゲオルグ殿に会いたい会いたい会いたいー!!」
 手足をじたばたさせながら駄々っ子のように喚く男を、ハイジは半分呆れて、そして半分感心しながら眺めた。
 もう三十の半ばを回っているだろうに、何故かそういう仕草が未だに似合うのだ、カイルは。
 昔はその優しさ頼もしさから兄のように慕っていたというのに。
 いつのまにかそんなカイルの相談相手及び愚痴を聞かされる相手になってしまった気がするハイジは、少し悲しくなる反面、少し嬉しくもあった。
 散々助けてもらったカイルに、今度は自分が力になってあげることが出来るのなら。
 が、カイルの悩みときたらゲオルグのことばかりで、ハイジは余り力になれていないというのが現実だった。
 ゲオルグは十二年前にファレナを出て以来、一度もこの国に来たことはない。
 現在は諸国を回って傭兵のようなことをしている、らしい。そしてカイルとは、一つの契約が終わるたびに、機会があれば会っているくらい、らしい。長いときは一年くらい会えなくて、今回ももうそれくらい経つ、らしい。
 全部曖昧なのは、ハイジがその辺の事情をカイルの愚痴と泣き言を通してしか知らないからだった。
 などとハイジが状況を整理している間も、カイルは何事かグチグチ続けている。
 たぶん部屋の外にまで聞こえているそれは、すでに太陽宮の名物になっていた。
 女王騎士や兵士たちは、おそらくこう思っているだろう。
 あぁまた、殿下が元女王騎士だったカイル様の相手をしてあげて慰めてあげているんだ、と。
「・・・・・・・・・って、殿下ー、聞いてますー!?」
「ん、あ、あぁ聞いてるよ」
 ハイジはニッコリ笑って、ちっとも聞いていなかったことをごまかした。
 こんなカイルをもう何年も相手しているのだ。対処には慣れきってしまった。
「それより、カイルこそ僕の質問を聞き流してくれたみたいだけど?」
「・・・・・・へ?」
 カイルはキョトンとする。やっぱり耳に入ってなかったかとハイジは苦笑した。
「だから、それだよ」
 カイルが右手にしっかりと握りしめているものを指差す。
「その、ゲオルグからの手紙、どうして読まないのかな?」
「・・・・・・・・・・・・っそ、それは」
 カイルはハッとしたように自分の右手を見た。
 それから、随分情けない表情をハイジに向ける。
「だ・・・だってー・・・・・・」
「・・・だって?」
 律儀に問い返してやる自分はかなり付き合いのいい人間だなとハイジは思った。
「だ、だって、もしこれが最後の手紙だとか、誰かいい人ができたとか書かれてたら・・・どーしたらいいんですかぁ!!」
「・・・そんなこと言って毎回、今仕事が終わったところだとか、今どんなところに仕えてるだとか、そんな簡潔な内容ばかりじゃないか」
 勝手な想像をして取り乱すカイルだが、ハイジは冷静に対応する。
 それでもカイルが落ち着く様子はなかった。
「でも今回はわからないじゃないですかー! それに手紙には書いてなくても、もしかしたら、う、浮気とかして・・・うっ」
 またもや勝手な想像で今度は涙目になるカイルに、ハイジは何度目になるかもうわからない問いを向ける。
「そんなに心配なら、追っていけばいいじゃない。会いにいったとき、そのままついていけばいいじゃない」
 そもそもハイジは、十二年前、カイルはてっきりゲオルグについていくのだと思っていた。
 だがカイルは、何故かゲオルグを見送ったのだ。
 そして、たまに会いにいっても、何故かいつもちゃんと帰ってくる。
 何故か・・・その理由もまた、ハイジは何度も聞いたことがあるのだが。
 そしてカイルはいつもと違わぬ答えを机に突っ伏しながら返す。
「だってー嫌だとか迷惑だとか言われたらどうするんですかー!! ゲオルグ殿、一緒に来いとかここにいろとか、ゼンゼン言ってくれないんだもんー!!」
「・・・・・・・・・」
 だもん、なんて言葉遣いがどうしてまだ似合うのだろうと不思議に思いながら、ハイジはいつもの宥めゼリフを繰り返した。
「一緒にいたいとか、ゲオルグって、そういうの言葉にして言わなさそうじゃない。でも、一緒にいたらわかるでしょ?」
「・・・・・・それは・・・でも、いつ気が変わっちゃうかわかんないしー・・・」
「だったら余計、側にいないと」
「・・・・・・・・・」
 カイルは俯いたまましばらく黙り込む。そして顔を上げたカイルは、羨むような視線をハイジに向けた。
「・・・そりゃー殿下はいいですよねー自分は上手くいってるんだからー」
「まぁ、確かに僕は順調だけど・・・」
「わー、ほらだから殿下は他人事で適当なこと言えるんですよー! 幸せ一杯の殿下にオレの気持ちなんてわかんないですよーだ!!」
「・・・・・・・・・・」
 さすがにハイジももう投げ出したくなってきた。
 が、そうすると今までカイルに付き合ってきた膨大な時間が無駄になる気がして、もう少し粘ってみようと思う。
「ねえ、会いにいったとき、いつもゲオルグは喜んでくれるんだろう?」
「それは・・・まあ・・・いつも痺れちゃうくらいステキな笑顔で迎えてくれますけどー」
「・・・・・・・・・」
 何気にノロケるカイルは措いといて。ゲオルグにそんな顔させられるだけで充分愛されていると確信出来てもよさそうにとハイジは思うのだが。
「ほら、ゲオルグだって言葉にはしないけど、カイルがいてくれると嬉しいって思ってるんだよ。何より」
 ハイジは未だカイルが固く握りしめたままの手紙を指す。
「あのゲオルグが、折に触れてはこうやって手紙を送ってくれてるんだよ? 愛情があるからに決まっているじゃない」
「・・・・・・・・・」
 カイルは手紙をじっと見る。
「・・・・・・そうですかねー?」
「うん」
「・・・・・・」
 カイルは不安そうな顔をしつつも、ゆっくり手紙を開き始めた。
 そしていつもと同じような文面に胸を撫で下ろしつつゲオルグへの愛を叫びだすに違いないのだ。ハイジにはそんな光景がリアルに思い浮かんだ。
 なんにせよ、これでいつものように丸く収まると思うと、ホッとすると同時にハイジは、ちょっと気が遠くなった。これから一体何度こんなことを繰り返さなければならないのだろう、と。
 ハイジは、出来るならさっさとカイルにゲオルグを追っ駆けていって欲しかった。
 勿論、カイルがいなくなるとやはり寂しい。だが、さっさとなるようになって欲しいというのも本心だった。行き遅れた娘を持つ親の気持ちとはこんなもんかとハイジは思ってしまう。
 いっそゲオルグ宛の手紙に「呑気にしてると僕がカイルのこととっちゃうよ?」とでも書いてやろうかと考えた。そうしたらさすがにゲオルグも動くだろう。
 カイルからでもいいしゲオルグからでもいい、どっちでもいいからさっさと現状を打破しろよ、と思わず怒鳴りたくなるのをハイジは抑えた。
 そして悟られない程度に小さく溜め息をついてから、カイルに話し掛ける。
「・・・で、なんて書いてあるの?」
 ハイジが促さなければ、カイルはしばらくはゲオルグの文字に見蕩れてしまってなかなか内容に進まないのだ。
「あ、えーと・・・」
 カイルはハッとしたように、やっと文章を読み始めた。
「今は・・・えーと北の・・・新同盟軍に身を寄せていて・・・リーダーの少年が外見は似ていないがどこかハイジを思い出させて・・・」
「へえ・・・?」
 カイルがはしょりはしょりしつつ読み進めていく内容に、自分の名が出てきてハイジは自然と少し身を乗り出した。ゲオルグのことも兄のように慕っていたハイジは、嬉しくなってもう少しちゃんと話して欲しいとカイルに頼もうとした、のだが。
「もー、殿下のことはでーでもいんですってばー!」
「・・・・・・」
 手紙を読み始めたカイルがゲオルグ以外眼中になくなるのはよく知っている。が、どうでもいいと言われ、やはりハイジはちょっと傷付いた。
 そしてカイルは気にせず読み進める。
「で、仲間の中にカミューという青年がいて・・・え、ゲオルグ殿が手紙で誰かの名前出すの初めてなんだけど! えぇぇーど、どういうことー!? 物腰が穏やかでいつも笑顔を浮かべて・・・うわーん、オレ以外の人褒めないで下さいよー!! え、オレにちょっと似てる? だから、う、浮気とかしたとでも言いたいんですかー!? ねー、殿下ー、どういうことだと思いますー!?」
「・・・・・・」
 こういうときだけ頼ってこられ、ハイジはちょっと虚しくなる。が、涙目を向けられれば、放っておくことも出来なかった。自分はとことんカイルに甘いなとハイジは思う。
「似てるから、その人を見るたびにカイルのことを思い出すんだ、って言いたいんじゃないかな?」
「え、そんな、オレだっていっつもゲオルグ殿のこと思い出してますよー!!」
「・・・・・・・・・で、続きは?」
「あ、えーと・・・」
 文字を追っていくカイルの顔が、またみるみる曇っていく。
「・・・その人がオレに・・・宜しくって・・・・・・これって宣戦布告ですかー!?」
「・・・・・・それはそのままただの挨拶だと思うけど。第一、ということは、ゲオルグはその人にカイルの話したってことだよね?」
「・・・・・・・・・」
 カイルの顔が、今度はみるみる輝いていく。
「そ、そっかー! ゲオルグ殿ってば、一体オレのことどんなふうに話したんだろー! か、可愛い奴だ、とか言ってたり・・・してーー!!!」
「・・・・・・」
 その前向きさを常に保っていられたら、今頃きっと二人は熱々ラブラブな生活を遅れていたんじゃないだろうかとハイジは思う。
 しかしまぁ、これでカイルも当分は機嫌がいいだろうと、ハイジはゲオルグの手紙効果が出来るだけ長く続くことを祈った。
 が、カイルはまだ手紙を読み進める。
「あれ・・・まだある・・・」
「え?」
 ゲオルグの手紙はいつも簡潔で、今読んだ分でも充分長めだとハイジは思っていたのだ。めずらしいこともあるものだと思いながらハイジは続きを待った。
「それで、その人と話してて、ちょっと吹っ切れた・・・何が?」
 首を傾げながら読み進めていたカイルの目が、次の瞬間大きく見開かれる。
「・・・・・・カイル?」
 ハイジが呼び掛けても、カイルは耳に入っていないのか、カチンと固まったまま手紙を見ている。そのうち、手紙を掴んだ手が震え始めた。
「・・・カイル、どうしたのカイル」
 ハイジが席を立って近寄ろうとする、それより早く。
 スクッとカイルが立ち上がった。
 それから素早く部屋を出て行こうとするので、ハイジは慌ててカイルの腕を掴んでとめる。
「カイル、どうしたんだってば!?」
「・・・・・・殿下!」
 カイルはやっとその存在を思い出したようにハイジを見下ろし、しかしハイジの腕を振り解いた。
「オレ・・・行ってきます!!」
 言いながら、カイルは駆けて行ってしまう。
 どこに、とは聞かなくてもわかるが。
 何故か、くらいは教えてくれてもいいんじゃないかと、あっというまに見えなくなったカイルを見送っていたハイジは思う。
「もー、なんなんだよ」
 ハァと溜め息をついたハイジは、机の上に手紙が残っているのに気付いた。
 カイルはいつもゲオルグからの手紙を大切に取っていたので、不思議に思いながらハイジは手紙に手を伸ばす。
 そして最後の一行を見たハイジの目が、さっきのカイルと同じように見開かれた。
 それから、ハイジは思わず溜め息をつく。
「たったこれだけを伝えるのに、どうして十二年も掛かってるんだよ、ゲオルグ。それに、カイルだってさっさと、言われなくたって追い駆けていけばよかったのに。お互いに好き合ってることなんてわかりきってるのにさ。それなのになかなか纏まらないから周りが・・・というか主に僕が迷惑こうむることになったって、わかってないだろうなぁもう」
 この場にいない二人に向かって、ハイジは愚痴を並べ立てた。
 だがハイジは、顔がゆるんでいくのを、抑えられなくなる。
 二人に言ってやりたいことは、さっきの愚痴だけじゃなく、たくさんある。十二年も付き合わされてきたのだ。
 だがハイジは、全部水に流してやることにした。
 晴れ晴れとした表情で、ハイジは呟く。
「よかったね、おめでとう。今度こそ、離れずずっと一緒にいなよ?」
 そして、手紙を丁寧に封筒に戻して、これは代わりに持っていてあげようとハイジは思った。
 十二年付き合わされた、その代償と記念に、これ以上のものはないだろう。
 その手紙の最後には、たった四文字、こう書いてあった。
 『会いたい』 と。




END

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これでもかというほどお題を外してる気がするんですが…。
…あれです、確かにあるのに見えてなかった(透明はその比喩)…とか…ね!!!