ずっと側に。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!! こんばんわゲオルグ殿ー!!」
元気な声と共に現れたカイルは、両手を大きく広げてゲオルグに抱きついてきた。勢いがよすぎて、ゲオルグは押し倒されるようにうしろにひっくり返ってしまう。
「・・・・・・元気だな」
「だってー、お昼はずっとおとなしくしてるんですもんー! ゲオルグ殿、オレのことももっと使って下さいよー! ちゃんと役に立ってみせますからー!!」
カイルは頬をぷーと膨らませてゲオルグに訴えた。それから、一転して笑顔になる。
「あ、でも今はそれより、こっちのお勤めですねー」
言いながら、カイルはゆっくりゲオルグに唇を合わせてきた。わざと音を立てながら、ゲオルグの官能を煽るように、カイルはまずは舌での奉仕を始める。
「・・・・・・」
ゲオルグはそのつもりでカイルを呼び出した。だが、決してそれだけではないのに。
やめさせようか、迷うゲオルグの手は、結局いつものようにカイルの体を抱き返した。
夜になると、ゲオルグは決まって特定の式神、カイルを呼び出す。
本当はあまり気が進まない。だが、だからといって呼び出さないと、カイルはあとで怒ったり拗ねたり大変なのだ。
陰陽師が自分の式神の顔色を窺うなんて聞いたこともない。だが、ゲオルグにとってカイルは、単なる式神ではなかった。
カイルは元々、有名貴族の家で働いていた。この国ではめったに見ることのない金の髪と青い瞳がおそらく主人に気に入られたのだろう。
初めてその姿を目にしたとき、ゲオルグはしかしその髪や目の色だけが原因ではなく、カイルに惹き付けられた。今思えば、あれはおそらく一目惚れ、というやつだったのだろう。
だからゲオルグは、とある事件でカイルが主人をかばって命を落としたときに、髪を一筋持ち帰った。それを人形に縫いこんで依り代とし、具現化したのだ。
愚かなことだとわかっていて、それでもゲオルグは自分をとめられなかった。
そして、後悔した。
ゲオルグの手によって式神として生まれ変わったカイルは、もう以前のカイルではない。式神にも人格はあるが、それは元になったカイルの人格とは違う。外見だけが同じの、元の性格も記憶も持ち合わせていない全くの別人なのだ。
悔いたところで、一度生み出したものを無に返すことなどゲオルグには出来ない。
後悔と罪悪感と自己嫌悪でいっぱいだったゲオルグを、慰め励ましたのは、そのカイルだった。
控えめな印象でどこか儚げだったカイルは、能天気なまでに明るく元気な青年に生まれ変わっていたのだ。その変化は、以前のカイルが薄れてしまうほど劇的で、しかし意外にもゲオルグは自然と受け入れることが出来た。
そしてゲオルグは、何故か自分に一途な愛情を向けてくるカイルを、いつのまにか愛しいと思うようになっていたのだ。
ならばそれで一件落着、とは、それでもいかなかった。
ゲオルグは乞われるまま毎夜カイルを呼び出す。そしてカイルは、ゲオルグに床で尽くすのだ。お勤め、と称して。
カイルが式神の勤めだと思って嫌々ゲオルグの相手をしている、わけではないと思う。だが、ゲオルグにはどこまでも献身的なカイルだから、ゲオルグに求められるまま応えているだけなのかもしれなかった。自分の欲求で、ではなく。
何より、ゲオルグが主人という立場を利用して行為を強要していると、もしそう思われていたら堪らない。ただの便利な性欲処理の相手だと、そんなふうに思っていると思われたくない。何もせずとも、ただ側にいてくれるだけでもいいのだ。
だから、毎夜尽くそうとしてくるカイルを前に、ゲオルグはこのままでは駄目だと思う。
だが、抱き付いてこられ、その体を擦り付けられると、ゲオルグはいつも拒むことが出来なくなってしまっていた。
愛しいと思っているからこそ、抱きたいとも、思ってしまうのだ。
「・・・カイル?」
明け方、ゲオルグは目を覚まして異変に気付いた。
いつもならゲオルグが目覚めたとき、その腕の中にはカイルがいる。だが、今その姿は腕の中どころか部屋のどこにもなかった。
「カイル?」
戻ってしまったのかと敷布の上を探しても、依り代となる人形も見付からない。その代わりに、紙切れが一枚、枕元にあることに気付いた。
暗号かと思うような妙にへたくそな文字をゲオルグが必死で解読すると、それは短い走り書き。
『ゲオルグ殿の役に立ってきます カイル』
ゲオルグは思わず顔をしかめて、紙切れを握り潰した。
「あの・・・馬鹿・・・っ!」
もっと使って下さいよ、と何度も繰り返していたカイルだ。それでもゲオルグがちっとも使ってくれる気配がないから、自分から行動に移そうと思ったのだろう。それはわかるが。
当てもなく外に出て、一体何をどうやってゲオルグの役に立つつもりだというのか。
ゲオルグは身支度を整えながら、式神を呼び出し彼らにもカイルを探させた。
カイルだって式神としてのそれなりの能力は備えているが、しかしまだまだひよっこだ。妖や敵対する陰陽師に見付かれば、ひとたまりもないだろう。
それにカイルは、人間にだって狙われかねない容姿をしている。元のカイルの主人はそういう趣味を持っていなかったが、貴族の中には見目麗しい美男子を寵童として側に侍らせるものが少なくないのだ。
この世は、まだ生まれたばかりのカイルにとって危険が多い。だからゲオルグは、なるべくカイルを外に出したくなかった。過保護だと言われれば、返す言葉はない。
だがゲオルグは、カイルを失いたくなかったのだ。二度と・・・ではない。ゲオルグにとってカイルは、もうあの儚げだったカイルではない。ゲオルグにいつも朗らかに笑い掛ける、そのカイルが、唯一のカイルなのだ。
カイルの行きそうな場所に心当たりなどない。焦りを覚え始めたゲオルグの元に、先に放っていた式神が戻ってきた。
「ゲオルグ殿ぉ」
「見付かったか!」
「ちょっと怪我をしてますけど、大事ないですぅ」
「そうか・・・」
ひとまずほっとしながらも、カイルの元へ向かうゲオルグの足がゆるむことはなかった。
ゲオルグの屋敷からそう離れていない森の中へ式神はゲオルグを導く。こんなところでカイルは一体何をするつもりだったのか、なんとなく予想は付くが、ともかくそれは今は二の次だった。
カイルは木に凭れ掛かって座っている。
「・・・カイルっ!」
「・・・・・・あ、ゲオルグ殿ー!」
手を振りながら呑気な声で答えるカイルにゲオルグは駆け寄った。見れば、足首に包帯が巻かれている。式神が手当てをしたのだろうが、僅かに血が滲んでいた。兎などを捕らえるための罠に掛かったのだろう、近くには血の付いた装置が落ちている。
軽傷だが、それでもゲオルグの気分は穏やかではない。自然とゲオルグの顔は強張り、カイルはそれを自分に対する怒りだと捉えたようだ。
「・・・あの、す、すいませ・・・っ?」
確かに勝手に一人で出て行ったカイルに怒ってもいるが。だがそれよりも、ゲオルグは。
「・・・・・・った」
「ゲオルグ殿・・・?」
「無事で・・・よかった・・・」
力任せに、ゲオルグはカイルを抱きしめた。この存在を失いたくない、改めて強くそう思う。
今回はただの軽い怪我で済んだ。だが、何が起こっていてもおかしくない。そう思っただけでゲオルグはぞっとした。
ぎゅっと今一度強く抱きしめてから、ゲオルグはカイルの顔を覗き込む。頬を両手で包み込んで、伝わるぬくもりにほっとした。
「・・・ゲオルグ殿、すみません、迷惑掛けちゃって」
しゅんとしたようにカイルは言う。ゲオルグの役に立とうとしたのに逆に面倒を掛けてしまって、すっかり意気消沈しているようだ。下がった肩に哀れみを感じたが、ゲオルグはそこから目を逸らした。優しい言葉を掛けるのは簡単だが、それよりも二度とこんなことがないように言い聞かせておきたかったのだ。
「何故こんなところに?」
「それは・・・何か役に立とうと思って出てきたけど、何していいかわからないしどこ行っていいかわからないし・・・自分がどこにいるかもわからなくなるし・・・」
そうして彷徨っているうちに、獣用の罠に掛かったのだろう。大体の想像通りでゲオルグは溜め息をついた。
呆れられたと思ったのか、カイルは益々身を小さくして視線も下げる。あぁもういい気にするな、そう言いたくなるのを抑えて、ゲオルグはカイルの顔を覗き込んだ。
「それで、どうしてこんなことをしようとした? 頼んでないだろう?」
「そ、それは・・・」
カイルはちらりとゲオルグを見上げ、視線を下げ、そして今度はしっかりと目を合わせてきた。
「だって、なんか外でゲオルグ殿の役に立つのが、式神の本当のお勤めなんですよね?」
「・・・・・・」
確かにそうだ。カイルは具体的には把握していないようだが、陰陽師であるゲオルグの手足となって働くのが式神の正しい姿である。
式神であるカイルは、今の自分の境遇に不自然さを感じているのだろうか。ゲオルグの胸を不安がよぎる。
そしてカイルは、ゲオルグの目を見てはっきりと言った。
「オレは、お勤めでゲオルグ殿のお相手するのが・・・嫌です」
「・・・・・・・・・そうか」
カイルの気持ちがそうではないかと、思ったことはある。だがゲオルグは、そんなわけないだろうとも思っていた。いつもカイルは嫌がる素振りなど少しも見せなかったのだ。
しかしそれが、ゲオルグを慕うカイルが無理に演じていただけだったとしたら。
「・・・今まで、済まなかったな」
だったら、これからは何もせずともただの式神として側にいてくれれば、それで充分だ。そう思いながら、それでもゲオルグの胸は軋んで痛む。
ゆっくりとカイルの頬から離していこうとしたゲオルグの手を、しかしカイルの手が引きとめた。
「・・・カイル?」
「だって、他の式神さんたちはみんなちゃんと働いてるのに・・・オレだけなんか楽しててみんなに悪いなぁーとか・・・。一番は、オレもゲオルグ殿の役に立ちたい、ってのだけど」
「・・・・・・?」
ゲオルグの怒りがどこかへ行ってしまっていると気付いたからか、カイルがいつもの調子を取り戻して屈託なく話す。
その内容を、ゲオルグはいまいち理解出来なかった。カイルは自分の現状に不満を持っているのではないのだろうか。
「だから、他に式神としてのお勤めもちゃんと果たせばいいのかな!って思ったんですけど」
ぎゅっとゲオルグの手を握りしめながらカイルは言った。
ゲオルグは、まだカイルの言っていることをはっきりと理解することが出来ない。いや正確には、自分で都合よく解釈してしまっている気がするのだ。
勝手に期待して、それが外れていたら堪らない。
だが、やはりカイルはこう言っているようにゲオルグには思えた。ゲオルグの相手をするのは、嫌なことでも気が進まないことでもなく、ただ勤めでというのが嫌なのだ、と。
「・・・勤めでなくなるのなら、どうするんだ?」
もう相手なんてしません、そう答えるのか、もしくは。
カイルは、少し考えてから、にっこり笑って答えた。
「それはー・・・趣味ってことにすればいいんじゃないですかね!」
「・・・・・・」
ゲオルグは思わず目を見開く。
カイルがあまりにもあっさりと、はっきりと言ったから。
「あ、誤解しないで下さいよー? オレ別にそういう趣味があるわけじゃないっていうか、誰でもいいわけじゃないっていうか、この淫乱!とか思わないで下さいねー!!」
掴んだゲオルグの手ごと自分の手をブンブンと振ってカイルは訴える。
「大好きなゲオルグ殿とだから、楽しくて嬉しくて好きで、だから趣味なんです!」
「・・・・・・・・・」
単純明快な答えだった。ゲオルグは自分の体からついつい力が抜けていくのを感じる。
「は・・・はは・・・」
「ゲオルグ殿ー?」
一度目を閉じて気を落ち着けてから、ゲオルグは首を傾げるカイルの手を握り返した。
「カイル、よく聞け」
「はい?」
今度は反対側に首を傾けるカイルに、ゲオルグはまずは厳しい口調で言う。
「もう二度と勝手に出歩くな。絶対に、だ」
「・・・はぁい」
反省でか少し項垂れるカイルに、ゲオルグは今度は調子を少し弱めた。
「それから、これからは・・・そうだな、たまには使ってやる」
「えっ、本当ですかーっ?」
「・・・あぁ」
ぱっと顔を輝かせたカイルには悪いが、やっぱりゲオルグはあまりカイルを外に出したくなかったので、本当のところ気は進まない。だが、カイルたっての希望だし、カイルが張り切って生き生きとしている姿を見るのはゲオルグも嬉しいし、何よりそれはゲオルグの役に立ちたいというカイルの純粋な願望なのだ。だから、そのへんはおいおいに、とゲオルグは考えた。
ごほんと咳払いをし、ゲオルグはゆっくり口を開く。
「そして、これが最後だ。よく聞けよ?」
「はい!」
真っ直ぐゲオルグを見上げるカイルの澄んだ青い瞳を、ゲオルグも真っ直ぐ見つめ返した。
「・・・俺は、お前が好きだ。だから、これからもずっと、側に・・・いてくれ」
「・・・・・・」
ゲオルグとしては、かなりの思いと覚悟を込めて言ったつもりだった。
だが、カイルはあっさりと、当然のようにゲオルグの言葉を受け止める。
「はい! オレもゲオルグ殿が大好きです! だから、ずーっと一緒にいます!!」
そしてカイルは遠慮なくゲオルグに抱き付いてきた。大きく広げた腕をゲオルグの背に回す。
つい同じように背を抱き返しながら、ゲオルグは敵わないと思った。
この青年には、敵わない。だがそれでも構わない気がした。
もうカイルを抱くことになんの躊躇も遠慮もいらない。そのことがゲオルグは何より嬉しかった。だから、構わない。
さすがにそれをカイルに知られるのは決まりが悪い気がしたが、二人のことに関してはゲオルグよりずっとわかっていたカイルだ、隠しても無駄かもしれない。
「ゲオルグ殿ー、何笑ってるんですかー?」
「いや・・・それよりカイル、そろそろ帰るぞ」
「あ、はーい!」
それでも一応ごまかしてゲオルグが歩き始めると、カイルは特にこだわることもなく素直にあとをついてくる。
ゲオルグが振り返ると、カイルは視線を合わせにっこり笑った。そうすればゲオルグも、自然と笑みを浮かべてしまう。
確かに、微笑む理由を問うのは野暮なことだろう、ゲオルグはそう思った。
END
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式神ってそういうもんじゃないですよーとか。
ゲオルグの陰陽師って設定がちっとも生かされてないですよーとか。
自覚はしてます、すみません(笑)
ちなみにタイトルは、02のほうに合わせて適当に付けましたー・・・。(どうしても思い付かなかった・・・!)