魔法使いとその・・・弟子?
のどかな村の少し外れにあるごく普通の一軒家、そこに魔法使いのゲオルグは居を構えている。
そのゲオルグの家の、木の扉が、この日コンコンとノックされた。
「すみませーん、こんにちわー!」
コンコンからゴンゴン、そしてドンドンにノックの音が変わる頃、ゲオルグはやっと扉に到着する。書物に没頭していて気付くのが遅れたのだ。
そもそも、この家を訪れる人はめったにいない。だから油断していたというのもあった。ゲオルグと連絡を取るものは、人間なら手紙、同じ魔法使いなら使い魔と大方決まっているのだ。たまに村の人間がやってくることもあるが、この訪問者の声に聞き覚えはない。
めずらしいこともあるものだ、と思いながら、ゲオルグは扉を開けた。
「あ、いたいた、よかったー」
扉の向こうに立っている青年は、ゲオルグの姿を認め、ホッとしたように笑う。ゲオルグは、思わず眉を寄せた。
その青年は、格好は普通の旅装束で、特に変わったところはない。左手には小さな小箱を抱え、そして右手には何故か、青年の背丈ほどある立派なホウキが上下逆向きに持たれていた。
「・・・・・・」
ゲオルグはなんだか嫌な予感がする。
そして青年は、ゲオルグの気など知らず、そのホウキをグッと握りしめながら言ったのだ。
「魔法使いのゲオルグ殿ですよねー? オレ、カイルって言います。オレのこと、ゲオルグ殿の弟子にして下さいー!!」
「・・・・・・・・・」
満面の笑みで言い放った青年に、ゲオルグは自然と深い溜め息を誘われた。ハァーと息を吐いて頭を抑えてから、ゲオルグは素っ気なく言葉を返す。
「すまんが、弟子は取らんことにしている」
体よく断ろうとしているわけではない、わけでもないが。弟子を取るつもりがないのも本当だ。
だからゲオルグは、早くも扉を閉め部屋の中に戻ろうとした。
「あ、ちょっと待って下さいよー!」
しかしカイルと名乗った青年は、易々とそうすることを許さない。両手が塞がっているので足で、扉が閉じようとするのを阻止した。悪質な取立てか押し売りかと思うようなやり方だが、ゲオルグにとっては大差ない。
「足をどけろ」
「ちょっとぐらい話聞いて下さいよー! ちゃんとした動機とかあるんですからー!」
力ずくで扉を閉めようとするゲオルグに、カイルは片足で食らい付いた。だがそれにはやはり無理があり、カイルは手を使えないものかと考えたようで、自分の右手左手に目を遣る。
「あっ、そうだゲオルグ殿!」
カイルは再び笑顔に戻って、ゲオルグの眼前に左手に持っていた小箱をずいっと差し出した。
「これ、お土産なんです、取り敢えず受け取って下さいー!」
「いらん」
ゲオルグは小箱を払いのけようとした。が、箱に手が触れたところで、ゲオルグの手が何故かぴたっととまる。邪険に扱ってはならない、そんな気がした。
そして、次のカイルの言葉で、ゲオルグはその理由を知る。
「ゲオルグ殿がチーズケーキ好きだって聞いたから、持ってきたんですよー!」
「・・・・・・何?」
ぴくり、とゲオルグは反応した。チーズケーキ、と言っただろうか、この青年は。
ゲオルグはカイルのセリフを反芻しながら、目の前の小箱をじっと見た。言われてみれば、微かに芳しい匂いがする、気がする。
「ゲオルグ殿ー?」
小箱に視線をカチンと固定したゲオルグを、カイルは小首を傾げ不思議そうに見つめた。
そんなカイルに、ゲオルグが返せる言葉は、他にない。
「・・・話を聞くだけ、だ」
チーズケーキだけ貰って追い返す、なんて人でなしなことは出来ないゲオルグだ。勿論、チーズケーキごと追い返す、なんてことは以ての外。
嬉しそうにパッと顔を輝かせたカイルを、ゲオルグは家に上げてやった。
「ゲオルグ殿がどういうの好きかまではわからなかったから、取り敢えず普通のチーズケーキにしましたー」
と言いつつカイルが開けた小箱の中には、黄金色に輝く焼き色の付いたチーズケーキが。ゲオルグは思わず凝視した。
この地方のチーズケーキ屋の品ならすでに完全制覇したゲオルグは、しかしこのチーズケーキを見るのは初めてだ。とすればこの青年は、かなり遠くからわざわざチーズケーキを持参してやってきたということだろうか。
途端にカイルに対する印象がプラスに傾くゲオルグだ。
「そうだ、合いそうな紅茶の葉も持ってきたんですよ! キッチン借りていいですかー?」
「あぁ、構わん」
カバンから小袋を取り出しつつ伺うカイルに、答えながら、合わせる飲料にまで気を配るとはなかなかやるな、とゲオルグは思った。
キッチンに向かったカイルは、手馴れた仕草で準備を整えていく。数分後には、皿にきちんと乗ったチーズケーキと湯気を立てる紅茶が、ゲオルグの目の前に用意された。
「さ、ゲオルグ殿、どーぞ!」
「あぁ、では遠慮なく」
ゲオルグはごくりと唾を飲み込んでから、目の前のチーズケーキに手を伸ばした。フォークも用意されているが、手で直接掴んで食べるのがゲオルグのこだわりだ。
がしっと掴んだ、その弾力も申し分ない。ゲオルグはチーズケーキをゆっくりと口へ運んだ。
「・・・・・・・・・」
言葉など、出なかった。ゲオルグは、ただ夢中で味わう。舌触り、香り、風味、どれをとっても完璧だった。紅茶も、それ自体美味いが、見事にチーズケーキを引き立てている。
あっというまに平らげ、ゲオルグは満足げにほぅと息を吐き出した。
「どうでしたー?」
「あぁ・・・」
いつのまにか向かいに座って尋ねてくるカイルに、ゲオルグは余韻を引き摺ったまま正直に答える。
「美味かった。これまで食べてきたチーズケーキの中でも・・・五本の指に入るかもしれん」
その評価は大げさでもお世辞でもなかった。そのゲオルグの評価に、カイルは嬉しそうに笑う。
「ほんとですかー、よかったですー!」
「・・・お前は食べんのか?」
そこでゲオルグは、ようやくと言うべきか、自分の目の前にしか取り皿がないことに気付く。こんなに美味いチーズケーキなのだから誰だって食べたいと思うはずだろう、ゲオルグはそう思い込んでいた。
だがカイルは、首を横に振る。
「オレはいいです。それより、よかったら残りも食べて下さいー」
「・・・そうか」
本人がそう言うなら、とゲオルグはさっき自分が食べた分欠けているホールのチーズケーキを、皿ごと自分のほうに引き寄せた。
そして口に含みながら、こんなに美味いチーズケーキを作る店があるとはまだまだ俺も勉強が足りなかったな是非どこにあるのか聞いておかねば、と思いそれを質問にするより早く、カイルが口を開いた。
「それでゲオルグ殿、本題に入っていいですかー?」
「・・・・・・・・・本題?」
チーズケーキに意識がすっかりさらわれて、それがなんのことだかゲオルグにはちっとも思い出せなかった。首を傾げるゲオルグに、カイルはちょっと口を尖らせて言う。
「だから、オレのことゲオルグ殿の弟子にして下さい!!」
「・・・・・・」
そういえばそんなこと言ってたな、とやっと思い出したゲオルグは、取り敢えず口の中のチーズケーキをゆっくり咀嚼して飲み込んだ。そして、一言。
「断る」
確かに土産のチーズケーキはありがたく頂くが、それとこれとは話が別だった。
「えー、どうしてですかー?」
「言っただろう。俺は弟子は取らん主義だ」
「だから、どうして弟子取らないんですかー?」
「・・・研究の邪魔になるからだ」
いつもならにべもなく断るゲオルグだが、極上のチーズケーキを食わせてくれたことに敬意を払って、いちいち返事を返した。どっちにしても断ることに変わりはないわけだが。
カイルはそんなゲオルグを口を突き出して見つめる。それから、諦めるかと思えば、脇に置いていたホウキをぎゅっと握りしめて言った。
「でも、オレは魔法使いになりたいんです!!」
「・・・・・・」
どうやら、結構決意は固いようだ。とはいえゲオルグの弟子を取らないという信念も、同じくらい固い。
ゲオルグは、小さく溜め息をついた。
「・・・仕方ない、面接してやる。だが、その上でやはり駄目だと決めたら、今度こそ引き下がれよ?」
「は、はい! ありがとうございますー! 大丈夫です、採用してもらう自信ありますから!!」
何故か自信満々に、カイルは胸を張ってみせる。
チーズケーキの恩、というべきかなんと言うべきか。ホウキをぎゅーっと握りしめていることろからも、カイルはどうも何か思い違いをしているようなので、それを訂正してやってから丁重に断ろう、ゲオルグはそう思った。
「・・・しかし、何を聞いたものか」
今まで面接したことなどなく、頭を悩ませながら、ゲオルグは取り敢えず無難かつ基本的な質問から開始した。
「まずは、志望動機を聞こうか。そういえば、ちゃんとした動機がある、とか言っていたな」
「あ、はい! バッチリありますよ!」
そしてカイルは、力強く言い切る。
「だって、魔法使いってカッコいいじゃないですか! 女性にモテモテになれると思うんですよねー!!」
「・・・・・・・・・」
チーズケーキのことがあるとはいえ、まともに取り合ってやろうと思った自分が馬鹿だったかと、ゲオルグはこめかみを押さえた。
「・・・それが理由か?」
「はい!」
何の迷いもなく、一転の曇りもない笑顔で、カイルは答える。
「あ、勿論ちゃんと修行しますよ! 任せて下さい!!」
「・・・・・・」
相変わらずホウキをしっかり握って言うカイルに、ゲオルグは問いを変えて尋ねることにした。これ以上この問題を突っ込んで聞いても、時間の無駄だろう。
「ところで、ずっと持っている、それはなんだ?」
ゲオルグはそのカイルが持つホウキを指して問う。想像が付かないこともないからこそ、確かめておきたかったのだ。返答によっては、この問いも時間の無駄になるだろうが。というかゲオルグは、この青年からまともな答えが返ってくる気が全くしなかった。
そしてその予感は正しかったと、ゲオルグは数秒後には知ることになる。
「だって、魔法使いっていったらホウキじゃないですか!!」
「・・・・・・」
一体魔法使いの知識をどこから仕入れたのか、とゲオルグはつい溜め息をつく。ホウキに跨って空を飛ぶ、なんて魔法使いは、子供向けの童話の中にしか出てこない。ホウキなど使わずとも空を飛べるから、魔法使いなのだ。
「言っておくが、そんなもので空は飛ばんぞ」
「えっ!?」
魔法使いを志していない人でも知っているだろうことを、念の為に言ってみれば、カイルは驚いたように目を丸くする。
「ウソだー。だってオレ、ホウキに乗って飛ぶ魔法使い見たことありますもんー!」
「・・・大方、子供の夢を壊したくなかったんだろう」
確かに、ゲオルグもホウキに跨る魔法使いを一人だけ知っているが。その人だって、ホウキがなければ飛べない、というわけでは勿論ない。
「えー、そうなんですかー・・・?」
カイルは、ガッカリしたように手に持つホウキに視線を向ける。
「せっかく、これだ!と思うホウキを見付けたのになー。いらないんだって、クララちゃん」
「・・・・・・・・・」
クララちゃん、とやらがそのホウキの名前なのか、は流しておくことにした。迂闊に問えば、頭痛がひどくなる返事がいかにも返ってきそうだ。
「・・・そもそも、魔法使いといっても、派手に魔法を使うばかりが仕事じゃないんだぞ?」
どうしたもんかと思いながら、ゲオルグはカイルの「魔法使い=格好いい」という方程式を訂正してやることにした。
「え、そうなんですかー?」
「あぁ、薬草の研究をしたり薬の調合をしたり、そういう地味な作業のほうが主だな」
年中派手にドンパチやっている魔法使いは確かにいるし、そういった人たちのほうが当然人目に付くから、魔法使いとはそういうものだと思っている人も少なからずいるが。しかし実際は、魔法使いは結構、いやかなり、地味なものなのだ。
「でも、オレが見た魔法使いは、こう、風をビャーと操ったり、雷をドーンと落としたり、すごかったですよー?」
「確かにそんな魔法使いもいるが。少数派だな」
「えぇー・・・?」
カイルは明らかに不満そうだった。眉を寄せて、口を尖らせる。
「でもー、ほんとにオレが見た魔法使いは、すごかったんですってばー!」
「・・・・・・」
どうやらカイルは、魔法使いのイメージを壊されたことではなく、ゲオルグがそのすごい魔法使いとやらの話に聞く耳持たないことが不満なようだ。ゲオルグは、チーズケーキのお礼の一環として、仕方なく促してやった。
「そんなにすごかったのか?」
すると、カイルの表情が、一転して生き生きと輝く。
「はいっ! それはもう、すごかったんですよー! オレが16くらいのときでしたかねー、はしょりますけどオレがピンチのときにですね、一人の魔法使いがホウキに乗って颯爽と現れたんですよ!!」
カイルは頬を上気させながら、やっぱりホウキのクララちゃんとやらを握りしめつつ、語った。
「その魔法使いが、ホントすごかったんです! 風がビャーで雷ドーンで水がザバーンって!! つまりオレの命の恩人でもあるわけですけど、いやあ、あんなすごい人オレ他に知りませんよー!!」
「・・・・・・・・・」
何がなんだかな話だが、取り敢えずその魔法使いがカイルの恩人で、そしてすっかり心酔してしまったのだということだけは伝わってきた。
ゲオルグは、さっきはふざけたことを言っていたが、それこそが魔法使いになりたいと思った理由なのではないかと思う。
そのすごい魔法使いに少しでも近付く為、そして、自分が助けられたように、今度は自分が誰かの助けになりたい、そう思ったのではないかと。
「だから、魔法使いになりたいのか?」
「・・・はい、実はそうなんです」
率直に問えば、カイルは少し照れたように頬をポリポリかきながら答える。
「その人、ほんとーーにステキな人で、オレ思ったんですよ。オレも魔法使いになりたいな、って!」
カイルは瞳をキラキラ輝かせながら、言った。
「だって、魔法使いになって、あの人みたいにステキな人になったら、もー女性に大モテじゃないですかー!!」
「・・・・・・・・・」
なんだか、途中まではいい話だったのに、それをぶち壊すようなことを目の前の口は言った気がする。
「・・・・・・結局、女か」
「当たり前じゃないですかー、他に何があるんですかー?」
「・・・・・・・・・」
本気で言ってそうなカイルに、ゲオルグはハァーーーーと深い溜め息をついた。
「・・・・・・大体、お前はなんで俺のところに来たんだ。魔法使いなら他にもいくらでもいるだろう。それこそ、お前の好きな、美人の女の魔法使いだって」
ゲオルグは半ば投げ遣りに言う。なんだか精神的にすっかり疲れてしまい、カイルの相手をまともにするのが面倒になってしまったのだ。
「だって、おじいさんとかおっさんとか、イヤだし。キレイな女性だったら、逆に修行にならなさそうだし!」
「・・・だからといって、どうして俺なんだ?」
「だから、オレだっていろいろ下調べして、いろんな魔法使いの中からゲオルグ殿選んだんですってー」
下調べしただろうことは、チーズケーキを土産に持ってきたことでもわかるが。その上で、だから何故ゲオルグを選んだのか、そこを聞きたいのだ。
「若い男だって、俺以外にいるだろう。俺よりも、よっぽどいい師匠になってくれそうなやつが、ごろごろと」
ゲオルグは自分がどう考えても師匠に向いていないと自覚していた。それも、弟子を取らない理由の一つなのだ。一番は、そんなことする暇があったら自分の研究に打ち込みたい、からなのだが。
言外に他をあたれ、と言ったゲオルグに、しかしカイルは力説した。
「だって、オレが目指してるのはカッコいい魔法使いなんですよー。だから、師匠にするのもいい男な魔法使いじゃないと意味ないじゃないですかー。ゲオルグ殿って、男のオレから見ても、カッコよくてステキですもん! 他にいないですよー!!」
「・・・・・・」
そんなふうに言われると、悪い気はしない。だがかといって、じゃあいいだろう、と答えられるわけもないが。
「・・・だとしても、俺は」
「それに、オレを弟子にしたらいいことありますよ!」
何度目になるか断ろうとしたゲオルグを、カイルはマイペースにさえぎった。
「ゲオルグ殿って家事がサッパリでしょー。さっきキッチン借りたときも思ったんですけど」
「・・・・・・」
確かに、その通りだ。ゲオルグは料理も掃除も洗濯も、苦手だった。不器用ではないからやればそれなりにこなせるのだろうが、そのやろうと思う気持ちが、とにかくないのだ。
カイルの指摘通り、キッチンには使い終わった食器が汚れたまま積み重なっている。カイルが一体どこからティーポットとカップを掘り出してきたのか、ゲオルグにはちっともわからなかったくらいだった。
さらに部屋のいたるところに埃が山積していたり、脱ぎっぱなしの服が無造作に床に落ちていたりする。
カイルに言われずとも、ずっと前から自覚していることだった。
「確かにそうだが、不都合はない」
部屋の中が汚くても多少腹が減っていても、研究に没頭していれば気にならない。むしろゲオルグは、余計なことに時間を使いたくないくらいだった。摘めるチーズケーキさえあれば、他に何もいらないのだ。
だがカイルは、真面目な顔してプルプル首を振る。
「ダメですよー。せめて食事はちゃんと摂らないと。魔法使いも体が資本でしょー?」
「・・・・・・だったら、なんだ?」
つまり何が言いたい?と促すゲオルグに、カイルは笑顔に戻って言った。
「だから、弟子にしてくれたら、家事は全部オレが引き受けますよー。完璧にこなしてみせますからー!」
「・・・・・・」
ゲオルグは、カイルのそのセリフをまず疑って掛かった。失礼だが、カイルはどう見ても、鈍臭そうなタイプだ。掃除していて花瓶を割る、なんてことをいかにもしそうに思える。尤も、この家に花瓶などという洒落たものは元からないが。
「お前が?」
「はい、そうですー」
ゲオルグの思いっきり胡散臭そうな視線に、心外だと言わんばかりに頬を膨らませてから、カイルは指差した。
「掃除洗濯はともかく、料理に関してはゲオルグ殿だって褒めてくれたじゃないですかー」
その指の先にあるのは、ゲオルグの目の前の、紅茶が入ったカップとチーズケーキが乗ったお皿。
そういえば紅茶の淹れ方は完璧だったなと思い、それからゲオルグは眉をしかめる。
「・・・・・・まさか、このチーズケーキは、お前が・・・?」
可能性を思い付いて、ゲオルグはおそるおそる尋ねた。そのチーズケーキは、並みの店も敵わないほど、味も見た目も極上だったのだ。それをこの目の前の青年が作ったなど、とても信じられない。
だがカイルは、あっさりと首を縦に振った。
「はい、そうですよー。オレの手作りです!!」
「・・・!!」
途端に、カイルに後光が差した気がした。ゲオルグにとってカイルが、ただの頭の少々弱い青年から、美味いチーズケーキが作れる青年に変わる。その差は、ゲオルグにとっては雲泥の差、月とすっぽんだ。
「本当に、お前が作ったんだな・・・?」
「はい」
「・・・・・・」
ゲオルグは目の前のチーズケーキをじっと見つめた。ゲオルグの頭は、一つの考えに支配される。
この青年を弟子にすれば、極上のチーズケーキが食べ放題。ただそれだけに。
あんまり葛藤はなかった。
「・・・いいだろう、弟子にしてやる」
「えっ、ホントですかー!?」
さっきまで散々渋っていたゲオルグの言葉に、カイルが目を丸くした。だがゲオルグは固い決意を表すように力強く頷く。
「あぁ。ただし、条件がある。俺は弟子なんか取ったことはないから、まともな指導が出来るとは思えん。それでもいいなら、だ。それから、俺の研究の邪魔をしてもらっても困る」
「はいはーい、いいでーす! 迷惑掛けないように気を付けまーす!」
許可されたことが嬉しいのだろう、カイルは張り切って答えた。
「家事も任せて下さいー! 早速今晩から美味しい料理作りますねー!」
「・・・・・・チーズケーキもな」
「はいっ!」
勿論そこが一番の重要ポイントなのだが、付け足しのようにゲオルグがボソリと言うと、カイルは笑顔で頷いた。
そういうわけで、ゲオルグがカイルを弟子にして、かれこれ一ヶ月ほど経った。
カイルは自分で言った通り、家事を完璧にこなしてみせた。最初はさすがに、散らかり放題汚れ放題の家に手を焼いたようだが、数日掛かりでピカピカにしてからは、常にきれいな状態を維持している。ちなみに、魔法使いに必要ないとわかったホウキのメリーちゃん(特に名前は決まっていないらしい)は、今では本来の用途に役立っていた。
シーツも毎日交換され清潔に保たれているし、いつのまにか花瓶が用意されいつも花で満たされている。
料理の腕も確かで、見た目にも栄養にも配慮したのだろう食事が朝昼晩と用意された。ゲオルグが研究に没頭しているときは、片手で摘めるものにするなど、気も利いている。
ゲオルグは、弟子ではなく家政婦でも雇った気分に幾度も襲われた。それだけカイルの家事が完璧だというのもあるが、加えて、ゲオルグはこの一ヶ月間、師匠らしくカイルに指南したことがまだ一度もなかったのだ。それなのにカイルは不満など一つももらさず、毎日嬉々として家事に勤しんでいる。不思議に思うゲオルグだが、そのほうが都合がいいので、自分からつっこむのはやめておいた。女性にもてたいと思うなら、料理の腕前を本格的に磨く方向でいったほうがいい気もしたが、そこもゲオルグは口出しをしない。
ゲオルグはこの一ヶ月間で、カイルに世話してもらう生活に、すっかり慣れきってしまったのだ。今さらカイルがやっぱり弟子辞めますと出て行ってしまったら、とても不便に感じられることだろう。
だからゲオルグは、カイルが指南を望むなら、少々時間を割いてやってもいいとも思っていた。だが何故だかカイルは、ちっともその気配を見せない。それどころか、迷惑掛けないといった言葉を守る為か、家事の合間を縫って「魔法使い入門」なんて本を一人でせっせと読んでいたりする。全く以って不可思議な青年だと、ゲオルグは何度か首を捻った。
ともかく、カイルは料理炊事洗濯と、完璧過ぎるほどにこなしてみせたのだ。そしてゲオルグを一番喜ばせたもの、それは勿論、毎日出てくるチーズケーキだった。ゲオルグのチーズケーキランキングの5本の指は、今や全てカイルの作るチーズケーキで埋まってしまうかもしれない。それほど、カイルのチーズケーキは絶品だった。
今日も、研究にひと段落付いて伸びをしたゲオルグの目の前に、横からすっと皿が差し出される。
「お疲れ様ですー」
労いの言葉と共に、ゲオルグの前にチーズケーキとミルクティーが現れた。
「今日はストロベリーレアチーズケーキです! どうぞ召し上がれー!」
「・・・では、頂こう」
ゲオルグは逸る思いを抑えてゆっくりとチーズケーキに手を伸ばした。カイルのチーズケーキに、今まで外れはない。だから、これも美味しいのだろうことはわかる。ゲオルグはいつも、この瞬間は心が沸き立つのを感じた。
手掴みし口に運ぶゲオルグを、カイルは黙って見守る。
「・・・・・・」
レアチーズケーキの甘さと、苺の爽やかな酸味が、互いを見事に引き立て合っていた。口の中でその風味を隈なく楽しみながら、ゲオルグは軽い感動すら覚える。
が、開いたゲオルグの口から出た言葉は。
「・・・美味いな」
たったその一言だった。いつもと一字一句変わらない。
作り手にしてみればさぞ腕を振るい甲斐がないと感じられる気がしたが、ゲオルグは感動を言葉にして表現するのを苦手としていたのだ。
それでもカイルは、いつものように、にっこり笑って返す。
「そうですか、よかったですー!」
「・・・・・・」
その嬉しそうな笑顔に、ここで家政婦まがいのことをするより料理人などを目指したほうがずっといいのではないかとゲオルグは思ったが、やはり言わないでおいた。
「そうだ、カイル」
「はいー?」
ミルクティーを飲みながら、ゲオルグは全く関係のない話題を持ち出す。
「今晩、客が来るから、夕食を一人前・・・いや、二人前多く頼む。肉と、それから酒を多めにな」
「はーい。大食いの方なんですねー。でも、めずらしいですね、お客さんなんて」
カイルは頷きながらも、意外そうに目をパチパチさせた。めずらしい、どころか、客を招くのはカイルがここに住み込むようになって初めてだ。
そもそもゲオルグはあまり人付き合いを盛んにするほうではなく、同業者ともほとんど連絡を取らない。だが、その男だけは別だった。
「俺の師匠だ。今では友のようなものだが。俺が弟子を取ったと知らせたら、面白がって是非見てみたいと言ってな」
「へー、なんか緊張するなー。張り切って夕飯作らないと!!」
カイルは意気込むようにぎゅっと両手を握った。そこは弟子的には普通、魔法に磨きをかけておく、と言うべきところのような気もしたが。
いつものようにゲオルグは、何もつっこまずにおいた。
夕飯時になると、きちんとセットされた食卓に、カイルの手によって次々と料理が並んでいく。
「よし、完璧!」
とカイルが満足そうに言った、ちょうどそのときだった。家の扉が前触れなく開き、一陣の風と共に現れた、その男。ゲオルグの師匠にして親友でもある、その名をフェリドという。
「ようゲオルグ、久しいな!」
ホウキから降りながら、フェリドは片手を挙げて陽気に挨拶をした。
「あぁ、相変わらず騒々しいな、フェリド」
返しながら、そういえばカイルがホウキに跨る魔法使いの話をしたときに、思い浮かべたのがこのフェリドだったなとゲオルグは思い出す。だが、もしかして、などとは考えなかった。次の瞬間まで。
「・・・・・・・・・・・・あーーーーーーーーっ!!!!!」
突然背後から叫び声が聞こえ、ゲオルグは何事かと振り返った。するとカイルが、目をまん丸に見開きながら、フェリドを人差し指で指している。
「・・・カイル?」
眉をしかめたゲオルグに構わず、カイルは口をパクパクさせながらフェリドを凝視していた。ゲオルグと同じく眉を寄せ軽く首を捻っていたフェリドは、しかし不意にハッとしたように、ポンッと手を叩く。
「もしかして・・・あのときの坊主か・・・!」
フェリドはずかずかとカイルに近寄って、その肩を掴み、顔を覗き込んだ。それに対してカイルは、口をパカーっと開けたまま、ただコクコクと頷く。
「そうか・・・そうか! 奇遇なこともあるもんだな!!」
「・・・・・・は、はいー」
カイルの肩を揺すりながらフェリドは上機嫌で笑った。カイルはまだ呆然としたように、フェリドに揺すられるままになりながら、目の前の顔を見つめている。
蚊帳の外になってしまったゲオルグにも、予想は付いた。カイルが昔命を助けられ、魔法使いを目指すきっかけになった男というのが、偶然ゲオルグの師であるフェリドだったということだろう。確かに、奇遇としか言いようがない。
だからだろう、ただ単純に再会を喜んでいるフェリドに対して、カイルは未だに信じられないとばかりに目を見開いていた。
「いや、しかし・・・」
そんなカイルに、何かを言おうとし、しかしフェリドの言葉は途中でとまる。腹が、グーと鳴ったのだ。
「ははは、取り敢えず飯が先だな!」
フェリドは、料理が並んだテーブルに向かうと、席に着いて早速腹を満たし始めた。なのでゲオルグとカイルも、つられるようにテーブルに着く。
しばらく、無言の夕食が続いた。フェリドはよほど腹が減っていたのかただ食べ続け、その姿をカイルはボンヤリ手を動かしながら見つめ、そんな光景に何故かゲオルグの眉が少し寄ってしまっている。
そして、ようやくフェリドの食欲が満たされてきた頃、カイルもまともに喋れるようにやっとなっていた。
「しかし、面白いこともあるもんだな。まさかあのときの坊主が、ゲオルグの弟子になっているとはなあ」
「ねー。あ、あのときはホントにどうもありがとうございましたー。フェリド様に助けてもらえなかったら、オレ今ここにいないですもんー」
「・・・」
俺は殿でフェリドは様か、とゲオルグは僅かに引っ掛かりを感じたが、命の恩人なのだから仕方ないだろうと気にしないことにした。
それにしても、驚きが収まったカイルの表情は、ただただ喜びで輝いていた。最初にゲオルグに命の恩人の魔法使のことを語ったときと同じように、紅潮して生き生きとしている。
「あの、オレ、フェリド様に憧れて魔法使いになろうと思ったんですよー!」
「ほほお、そうかそうか。それは光栄だな!」
「あー、ホントに、また会えるなんて感激ですー!!」
とにかく嬉しそうに、カイルは顔を綻ばせる。対照的に、挟む口もないゲオルグは、黙って目の前の料理を食していた。いつもは美味いと感じるそれが、どことなく物足りない気がする。
そんなゲオルグに、フェリドが不意に笑いながら話を向けた。
「どうした、ゲオルグ。いつも以上にむっつり黙り込んで」
「・・・・・・人聞きの悪いことを言うな」
食事中に無駄口叩かないのはフェリドに師事していたときから変わっていないはずだ。それを、しかもむっつりなどという表現されるなど、ゲオルグは不本意だった。
だが、フェリドは気にせず今度はカイルに振る。
「カイル、こんなむっつり男を師匠にしていても、ろくに教えてもらえんだろう?」
「あははー」
カイルは肯定するでもなく否定するだけでもなく、ただ笑った。
弟子としてはそこは師匠のフォローをすべきなのではないかとゲオルグは思ったが、しかしろくにどころかちっとも教えていないというのが現実なので、それは調子のいい期待のような気もする。
「それに、思うんだがな、見た感じ、おまえはゲオルグみたいにちまちま研究するより、俺みたいにパーっと魔法使うほうが合ってるだろう?」
「あー、確かに、そんな気もしますー」
カイルは何も思わず答えたようだが、ゲオルグはフェリドの言葉に何か不穏なものを感じた。
そして、それが正しかったと、次のフェリドのセリフが教える。
「どうだ、カイル、せっかくだから俺の弟子になるか?」
「・・・・・・えっ!?」
笑ってこともなげに言ったフェリドに、カイルの目が一瞬遅れでまんまるに見開かれた。それまで二人の会話を気にせず黙々食事するという姿勢をとっていたゲオルグも、つい手をとめてフェリドを見てしまう。
「・・・フェリド、何を言っとるんだ」
だがきっと、フェリドの冗談なのだろうと、ゲオルグは思い直した。それに大してフェリドは、肉を噛み千切りながら言う。
「俺は本気だ。ゲオルグ、おまえにもわかるだろう? カイルは、おまえよりもずっと、魔法を使う資質を持っている。魔力が、ほとんどないおまえと比べたら、桁違いだな」
「えっ、そうなんですかー?」
「・・・・・・」
カイルは目をパチパチさせながらゲオルグを見た。
確かに、ゲオルグの魔力は魔法使いの平均値からかなり下回る。そもそもゲオルグは、魔法に対する耐性も極端に低かった。だから逆に、魔法をきちんと学ぼうと思ったのだ。だがやはり、相性の悪さはどうしようもなく、そのこともあってゲオルグは魔法をほとんど使わない研究のほうにのめり込んだ。
そんなゲオルグだが、長年魔法に触れて過ごしているから、感じ取ることは出来ていた。確かに、カイルの魔力はかなり優秀だ。磨けば一流の魔法使いになれるかもしれない。
だがそのことを、ゲオルグはカイルに教えたことはなかった。特に機会がなかったからだが、カイルにしてみればわざと教えなかったと思えるかもしれない。弟子として扱うつもりなんてなくて、家政婦代わりに体よく使いたいからだと、思えるかもしれない。
そんなつもりはなかったが、しかし教えなかったのは事実で、ゲオルグはどこかうしろめたくて視線をカイルから逸らした。
だからか、カイルはフェリドに視線を戻す。
「魔法使いって、魔法使えなくても大丈夫なんですかー? そういえば、ゲオルグ殿が魔法使ってるところ、ほとんど見たことないような・・・」
「あぁ、魔法使いにもいろいろあるからな。だが、俺に憧れてってことは、おまえはゲオルグみたいなのじゃなくて、派手に魔法使う魔法使いになりたいんだろう?」
「・・・はぁ、まあ・・・一応」
カイルは、ゲオルグに遠慮しているのか、歯切れ悪く答える。そしてフェリドはそれに構わず、酒を呷ってから、おもむろに口を開いた。
「だったら、やっぱり俺の弟子になったほうがいいんじゃないか? 俺なら派手な魔法も教えてやれるぞ? なぁ、ゲオルグ、おまえはどう思う?」
「・・・・・・」
ゲオルグには、フェリドが何故こんなことを言い出したか、なんとなくわかっていた。おそらくフェリドは、単純にカイルの才能が埋もれるのがもったいないと思っているのだろう。ゲオルグに可能な魔法の指南など限られている。それから、弟子を取るなんて柄じゃないことをしているゲオルグのことも、案じているのだろう。
だがゲオルグは、カイルのことを一番初めのように迷惑だとは、今は思っていない。家事をしてくれるのは助かっているが、それだけでなく、辺りをパッと明るくするカイルの存在はゲオルグにとって意外にも、心地よいものだった。
もっともそれは、弟子としてのカイルを必要としているわけではない。望まれれば可能な指南をするつもりはあるが、それでも、カイルにとってどちらがいいか、考えなくてもわかるだろう。このままここにいるのか、それとも憧れていたフェリドの弟子になるのか。
「・・・それは、本人が決めることだろう」
だからゲオルグには、そうとしか答えられなかった。
フェリドは、今度はカイルに視線を向ける。
「カイル、どうする?」
「・・・・・・オレはー」
カイルは、ちらりとゲオルグを見た。弟子にして欲しいと押しかけてきた手前、言い出しにくいのだろうか、そう思ったのだが。
少しの間をおいて、カイルははっきりと言った。
「オレは、今のまま、ゲオルグ殿の弟子でいいです」
ゲオルグは、耳を疑った。てっきり、嬉しそうに、じゃあフェリド様の弟子になります!とでも答えるのかと思っていたのだ。
だがカイルは、ゲオルグの弟子のままでいる、そう言った。
「・・・それでいいんだな?」
フェリドが確認すると、カイルはやっぱり、はっきり答える。
「はい、いいです」
ゲオルグにはまだ事態が飲み込めていなかったが、二人の話はついたようだ。
「まぁ、気が変わったらいつでも来い。俺は大歓迎だ」
「はい、そのときはお願いしますー」
「・・・・・・」
まだ釈然としないゲオルグを措いて、二人はまた和やかに食事を再開した。
「いやー、フェリド様ってホントに大食いなんですねー」
フェリドが帰ったあと、残されたすっかり空になった食器を見て、カイルは感心したように言った。
それからエプロンを着け、腕まくりして気合を入れる。
「よし、張り切って片付けよーっと!」
「・・・・・・カイル」
そんなカイルに、ゲオルグは迷いながらも声を掛けた。
「はいー?」
食器に伸ばした手をとめて、カイルはゲオルグのほうを向く。いつもと変わらないその表情に、ゲオルグはどうにか問い掛けた。
「・・・よかったのか?」
「はい? 何がです?」
「・・・フェリドの弟子に、ならなくて」
カイルは、あっさりと答える。
「はい。だってオレ、今はゲオルグ殿の弟子だし」
「俺に気を遣う必要はないぞ? 契約を交わしたわけでもないし」
「・・・」
カイルは少し首を傾げ、ゲオルグを見つめた。
「ゲオルグ殿は、オレがいると、ジャマですかー?」
「・・・いや、そんなことはないが」
じゃまどころか、随分と助かっている。そう答えれば、カイルは傾げていた首を元に戻した。
「だったら、問題ないじゃないですかー」
「・・・・・・」
すっきりした口調でカイルは言ったが、ゲオルグはまだ釈然としなかった。
「だが、お前はフェリドに憧れて魔法使いになろうと思ったんだろう? その本人が弟子にしてくれると言うのだから、願ってもないことじゃないのか?」
「・・・はー、それなんですけど・・・」
カイルは少し眉を寄せて、それからゲオルグの向かいに座った。長い話になるのだろうか。
そしてカイルは、ゲオルグにとっては全く思いもかけないことを言い始めた。
「実は、最近気付いたんですけど・・・・・・オレ、自分が魔法使いになりたいって思っているのかどうか、どうも謎なんですよねー」
「・・・・・・はぁ?」
ゲオルグは思わず、少々間の抜けた声を出してしまった。それほど、カイルの言葉が衝撃的だったのだ。
あんなにも、魔法使いになりたい!と意気込んで押し掛けてきたのだカイルは。それなのに、とゲオルグがあっけに取られるのも当然だろう。
「・・・・・・どういうことだ?」
ゲオルグが搾り出すように言葉にして問うと、カイルはケロッと答える。
「それがですねー、魔法使いになってしたいことも別にないし。元々料理作るのとか好きだったんですけど、すっかりそっちにハマっちゃったっていうかー。フェリド様は派手な魔法教えてくれるって言ってくれましたけど、そういうのってよく考えたら使い道ないっていうか・・・こう、水の流れを操れるようになったら洗い物が便利になるのかなー、とかは思うんですけどー」
「・・・・・・」
立石に水を流すように喋るカイルに、圧倒されながら、それでもゲオルグはどうにか口を挟んだ。
「そもそも、フェリドに憧れて、ああなったら女にもてるだろうから魔法使いになりたいと思った、んじゃなかったのか?」
最初に面談したときを思い出しながら確認すると、カイルは頷きながら顔を輝かせる。
「はい、そうなんですよー。そうそう、フェリド様、改めて見ても、やっぱりステキでしたねー! なんか男!って感じで! 懐広そうなところとか、男らしくて憧れますねやっぱり!」
「・・・だったら」
やっぱりフェリドの弟子になったほうがいいのではないか?という当然の疑問を覚えたゲオルグだが、カイルの話はよくわからない方向に曲がった。
「あ、でも、ゲオルグ殿も思ってたよりずっとステキでしたよー! フェリド様とはタイプが違うけど、なんていうのかなー、硬派な感じ?がカッコいいです。オレには真似出来ないですからねー。それでいてチーズケーキが好きとか、絶妙なギャップがまた魅力なんですよね!」
「・・・」
まさかそんなふうに賛美されるとは思わず、なんだか面映ゆくなるゲオルグに構わず、カイルはさらに続ける。
「それにオレ、なんか魔法使いに向いてない気がするんですよねー。入門書みたいなの読んでも、何がなんだかちっともわからないし」
「・・・・・・」
ゲオルグは、ときどきカイルが読んでいる「魔法使い入門」という本のことだろうと思う。魔法使いになる為の心得といった、精神論が延々書かれていて、ゲオルグも早々に投げ出してしまった本だ。
「・・・わからんなら、俺に聞きにくればいいだろう」
本当のところはその本に関しては聞かれても困るのだが、弟子の取る行動としてはそれが正しいので言ってみると。
「でも、わからなくても、そんなに気になるわけでもないし。それに、ジャマしちゃ悪いかなーって」
「・・・それくらいなら構わんが」
確かに研究のじゃまをするなと言ったが、弟子として迎えた以上、それくらいは果たすべき義務だと思った。だが、カイルは首を振る。
「研究に打ち込んでるゲオルグ殿って、うっかり声掛けづらい雰囲気なんでよねー。あ、いい意味で、ですよ? なんかステキですもん、そっと見守っときたいというか、ジャマしたくないんですよー」
言いながら、カイルの頬が少々赤くなった。
「・・・・・・つまり、俺のような魔法使いになりたいということか?」
理解不能なカイルの言葉をなんとか解釈してみるゲオルグだが、カイルはあっさりと首を横に振る。
「いいえー、魔法使いはもう別にいいですー。それよりオレは今、料理の勉強のほうに夢中ですね! 益々腕磨きますから、あ勿論チーズケーキも! 期待してて下さいねー!!」
「・・・・・・」
ぐっと手を握って張り切るカイルが、ゲオルグには全くわからなかった。
魔法使いを目指す気はもうないと言いながら、ここでゲオルグの世話を変わらずすると言う。
料理を本格的にやろうと思うなら、ここにいる必要はないだろう。ゲオルグがカイル好みの美女ならともかく。ゲオルグが味のわかる人なら、ともかく。
なんといってもゲオルグは、どんなに美味しいと思うチーズケーキを食べても、「美味い」としか表現出来ないのだ。そんなゲオルグでは張りがないだろうと思ったのだが。
ゲオルグのその思いを読み取ってか、カイルは言った。
「オレ、ゲオルグ殿にチーズケーキ作るの好きなんですよねー。だって、ホントに幸せそうな顔して食べてくれるし」
「・・・」
それは、それだけカイルの作るチーズケーキが美味しいということなのだが。
それだけでは、カイルがここにいる理由にはならない気がする。
そう思うゲオルグの、疑問をある意味解決する言葉を、カイルが口にした。それは同時に、新たな問題を生じさせるのだが。
「そうそう、オレ、最近気付いたんですけどー」
ちょっと前と似たような出だしで、カイルは言い放った。
「オレ、どうやら、ゲオルグ殿のことが好きみたいなんですよねー」
「・・・・・・・・・」
目を見開いて、ゲオルグはしばらく絶句した。
無理もないだろう。当初からカイルは、女性にもてたい、そう連呼していたのだ。確かに最初から、ゲオルグのこともカッコいいステキだなんて言っていたが。それはあくまでも、男として目指すべき姿、という意味でだったはずだ。
「・・・そ、それはどういう意味で・・・だ?」
めずらしくゲオルグは、動揺を僅かに表に出してしまう。そして、カイルの返答を聞いて、益々その動揺はひどくなった。
「どういうって、好きは好きですよー。んーと、キスしたいと思う好き、って言えばわかり易いですかー?」
「・・・」
ゲオルグは、ぎょっとした。具体的な単語にされると、なんだか身構えてしまう。
「あ、だからって無理やり襲い掛かったりしないから安心して下さいよー。でも・・・迷惑ですかー?」
「・・・・・・」
少し声を小さくして言ったカイルに、ゲオルグはすぐには返事を返せなかった。
確かに驚いたが、嫌悪感だとかそういう感情は覚えない。
そして、もし迷惑だと言ったら、カイルはここを出て行くのだろうか。それは困る、ゲオルグは率直にそう思った。不便になるから、というのもある。この一ヶ月でカイルの気配に慣れてしまった、というのもある。理由はともかく、きっと困る、そう感じるのだ。
「・・・迷惑だとは、思わんが」
その思いで、ゲオルグは曖昧な否定の言葉をもらしていた。だがカイルにとっては、それで充分だったようだ。
「だったらいいですよねー。じゃあオレは、これからもゲオルグ殿のお世話するってことで! 改めて、よろしくお願いしますねー!」
「・・・・・・あ、あぁ」
ぺこりと頭を下げ、それからニコニコ笑うカイルに、ゲオルグはつい頷いてしまう。
益々嬉しそうに笑いながら、カイルは立ち上がった。
「じゃあ、早速仕事しますねー」
もう一度腕まくりし直して、食器をキッチンへと運び始めるカイルを、ゲオルグはなんとなく眺めた。
見慣れた光景だが、昨日までとちょっとばかり違って見えてしまうのは仕方ないだろう。
食器を運び終えたカイルは、洗い物を始める。そのうしろ姿を見て、ゲオルグは思ってしまった。
つまり、弟子を取ったというよりは、家政婦を雇ったというよりは、嫁を貰ったというのが一番近いのだろうか、と。
「・・・・・・俺は馬鹿か」
思ってからゲオルグは、自分で自分につっこんだ。頭を抱えて、それでもなんだか、満更ではない気もする。
そんな気持ちだと、だがゲオルグはいつものように、カイルには言わずにおいた。
END
------------------------------------------------------------------------------
もうすでに出来上がりかけてるようにも、まだまだこれからにも思える二人ですが。
どっちにしても、間違いなくバカップルの予感です !(笑)