5:言わぬが花。



 四方を海に囲まれた島国。他国に攻められることもなく気候も穏やかなこの国は、おかげでとても呑気な国だった。
 その呑気な国で、今着々と準備が進んでいる。なんの準備かというと、結婚式の、である。
 そして、誰の結婚式かというと、カイルとゲオルグのだったりするのだ。
「ところで、位置的にはどっちが花嫁になるのかしらね?」
「そうねえ、ほら確かちょっと前にもあったじゃない。あのときはどうしてたかしら」
「取り敢えず、一応王子様なんだから、カイル様が花婿の位置でいいんじゃないかしら?」
 女性たちは衣装を縫いながら、会話に花を咲かせていた。
 王子であるカイルの結婚式なので、きっと豪華で盛大なものになるだろうと、みな楽しみにしているのだ。勿論、誰一人として二人が男同士だとかそういうことを問題にしてはいない。そういうお国柄なのである。
 そんなわけで結婚式まであと少し、カイルは毎日が楽しくて仕方なかった。
「ゲオルグー!」
 カイルはベッドの上のゲオルグに飛び付いていった。ちなみに、あれ以来ゲオルグもカイルのベッドで寝るようになっている。
 その、王族らしくでっかいベッドの上で、先に風呂から上がっていたゲオルグはいつものように日記を書いていた。
 もう元の国に帰るつもりはないのだから言葉を忘れてしまってもいいのだが、誰に読まれる心配がなく好きなことを書けるので、ゲオルグはちょっと病み付きになってしまったのだ。
「何書いてるんですかー?」
「・・・別に、なんでもない」
 いつものカイルの問いに、いつものようにゲオルグは教えてはくれない。
 好きなことを書けるといっても、実際にはその日あったことを少しばかりの感想をまじえながら書いてあるだけなのだ。
 それでも、全く読めないカイルにしてみれば、気になって仕方ないのである。
「むー」
 教えてくれないのでちょっと拗ねながら、しかし今のカイルはこれしきのことで機嫌を損ねたりなんてしなかった。
「ま、いいや。もう書き終わったんですよねー?」
「あぁ」
 ゲオルグが頷くと、カイルは代わりにその日記をさっさと片付けた。そして、掛け布団をはぎながら、笑顔で言う。
「じゃあ、もう寝ましょうねー」
 横になると、ゲオルグが覆いかぶさるようにしてくるので、カイルは自然と手を伸ばした。ゲオルグの背に腕を回すのと同時くらいに、優しいキスが降りてくる。
 軽く触れただけで、胸があったかくなった気がした。その心地よさを、カイルは目を閉じて満喫する。
 そして、意識がとろーんとし始めたので、カイルはちょっとだけそれに逆らって、ゲオルグの肩に顔をうずめながら口を開いた。
「ゲオルグ、おやすみなさいー」
「・・・・・・・・・」
 ゲオルグからの返事はなかったが、もう半分眠りに足を突っ込んでいるカイルは気にならない。
 ゲオルグの体温を感じながら、カイルは幸せ気分で眠りについた。

 
 午後の勉強を終えて、ゲオルグのところに向かっていたカイルは、不機嫌そうな声に呼び止められた。
「随分と、幸せそうにゆるみきっているわね」
 険のある言い方をしたのは、あの日以来のアニエルだ。
 アニエルは、エミリア曰くゲオルグをいつも独り占めしているカイルに、いつもつっけんどんな態度を取っている。それはアニエルがゲオルグの密かなファンだからなのだが、遂にカイルに本当の意味でゲオルグを取られてしまって、落ち込み半分苛立ち半分なのだ。
 しかしアニエルのそんな乙女心などに気付けるカイルではない。
「はい、幸せですー。だって、ゲオルグとラブラブですからー!」
 上機嫌なカイルは、思いっきりノロケで返した。
「あっ、そういえばこの前、ゲオルグがどんな子が好みかとかどんな人と結婚するのとかって聞いてましたよねー。なんか、それ、オレだったみたいですー」
 へらへら笑いながら言うカイルを、アニエルは殴り付けたい衝動に駆られる。
 しかしカイルはこれでも一応王子様なのでなんとか我慢して、アニエルは気を落ち着けるように深呼吸した。
「・・・まあ、そんなに長続きしないでしょうけどね」
「そんなことないですよー、ずーっとラブラブに決まってますー!」
 当然のように言い返したカイルだが、アニエルはちょっとでも自分の気を晴らそうと、わざとカイルに哀れむような目を向ける。
「あんたみたいなタイプ、ずっと一緒にいればそのうち鬱陶しくなるに決まってるじゃない。あんたって、相手するのが疲れそうだし」
「そ、そんなことないですよー」
 カイルはちょっとばかし動揺しながら否定した。しかしアニエルはさらに続ける。
「第一、ゲオルグさんって、本当にあんたのこと好きなの? しつこく言い寄られて、仕方なしにオッケーしたんじゃないの?」
「そ、そんなことないですってばー! 好きってちゃんと言ってくれましたもん!」
 ちょっと揶揄ってやろうと思っていたアニエルは、カイルが思ったよりも隙だらけなので、ちょっと調子に乗ってしまう。
「好きっていっても、友達としてとか、いろいろあるじゃない。だいたい、言ってくれたことあるのって、いつの話よ」
「え、えっとー・・・」
 カイルはなんとか記憶を辿っていったが、なかなか辿りつけない。記憶力があまりよろしくないカイルにとって、思い出すという行為はとっても大変なことなのだが、ゲオルグとのことなので頑張った。
 そして、やっと辿りつく。フェリドの前で結婚すると宣言した日。その日ゲオルグはカイルに好きだと二回言った。しかし、それっきり、一度も言ってもらってないことに、カイルは気付かされてしまった。
 ゲオルグがそんなことをホイホイ言うタイプではないと、ちょっと考えればわかるのだが。脳みそのちっちゃいカイルが、この状況で当然そんなことに気付けるはずもなかった。
「・・・・・・・・・」
「あら、どうしたの? 顔色悪いわよー?」
 なんだかショックを受けてしまったカイルに、アニエルが勝ち誇ったように笑顔を見せる。カイルは言い返そうにも何も浮かばなくて、ただ口をパクパクさせるしかない。
「・・・・・・あ、アニエルのバカーっ!!」
 そしてカイルは捨てセリフを残し、ちょっぴり涙目になりながら走り去っていった。
 そのうしろ姿を見送って、アニエルはちょっとすっきりした気分になる。
 仮にも王子のカイル相手にこんな態度は普通ではあり得ないが、周りで聞いていた野次馬たちも面白がるばかりで、アニエルを咎めようとなんてしない。
 何故ならここは、呑気な国だから。
 それにアニエルは、憧れていたゲオルグを取られてしまったのだから、このくらいの意地悪は許されると思ったのだ。だって、アニエルから見たってゲオルグがカイルのことをとっても大事に思っていて、勿論ちゃんと恋愛感情を持っていることは丸わかりなのだから。
「ったく、ゲオルグさんも趣味悪いわよね!」
 諦めるしかないとわかっていながら、しかし悪態をつかずにはいられないアニエルであった。


 一方、走り去ったカイルは、そのままの勢いでゲオルグがいると思われる訓練場に向かっていた。
 こうなったらゲオルグの口から好きだとはっきり聞きたいのだ。そうすれば、もしかしたらアニエルの言った通りなんじゃないかという不安も消えると思って。
 訓練場に着くと、カイルはすぐにゲオルグを見付けて近寄っていった。訓練場の構造から、斜めうしろからになるのでゲオルグはカイルにまだ気付かず、声を掛けようと思ったそのとき。
「でもさ、カイル様って、いつだってあんなかんじなんだろ?」
 そんな言葉がカイルの耳に入ってきて、思わずカイルは足をとめた。その言葉の主は、斜めうしろからでカイルには誰かははっきりとわからなかったのだが、いつぞや随分お世話になったロイである。
「四六時中、ああ、じゃ、いろいろ大変だと思うけど、その辺どうなわけ?」
 ああ、というのはアニエルが言ったような、カイルの落ち着きがない面のことを指しているのだろうか。だとしたら、今自分が出て行くよりこっそり聞いていたほうが、ゲオルグの気持ちがわかる気がすると、カイルはめずらしく頭を働かせた。
 そしてゲオルグとロイは、カイルがうしろの茂みにこっそり隠れて盗み聞きしている、だなんてこと知らず話を続ける。
「・・・大変、ということもないが」
「でも、自分のペースになかなか持ち込めないだろ」
「・・・確かに、それはそうだな」
 ゲオルグがなかなか結論を言ってくれなくて、カイルはじりじりしながら待った。そこへロイが、ずばり切り込むセリフを口にする。
「あっちは、こっちの都合とか状況とか、どうせそんなの察してくれないんだろ? それって、つらくない?」
「・・・・・・そうだな」
 そしてゲオルグは、その答えを口調に滲ませながら、言った。
「少し、しんどいな」
 ガツン、と頭を殴られたような衝撃がカイルを襲う。
 ロイが何か言い返そうとしたが、そこで休憩時間が終わったらしく、二人はカイルが隠れる茂みから離れていった。
 残されたカイルは、立ち上がることも出来ず、その頭をゲオルグの言葉がグルグル回る。ついでに、アニエルの言葉も、思い出してしまう。
『あんたみたいなタイプ、ずっと一緒にいればそのうち鬱陶しくなるに決まってるじゃない。あんたって、相手するのが疲れそうだし』
 そうアニエルが言ってから数分もしないうちに、ゲオルグ本人が言ったのだ。
『少し、しんどいな』
 それが一体どういうことなのか、アホなカイルにも見当が付く。
 つまり、ゲオルグはカイルのことが確かに最初は好きだった。しかし一緒にいるうちに段々と相手をするのが疲れるようになって、だから好きだとも言ってくれなくなった。ていうか、好きじゃなくなった。
「・・・・・・・・・・・・」
 しばらくその考えに呆然としていたカイルだが、しかしすぐにすくっと立ち上がり、次の瞬間。
「ゲオルグーーっ!!」
 叫ぶように名を呼びながら一直線にゲオルグのところに駆けて行った。
 そしてそのままの勢いで、驚いて剣を持つ手をとめたゲオルグに、ぶつかるように抱き付く。
 訓練場にいた人たちは何事かと二人に注目したが、カイルはいつものように周りになんて気が回らずただゲオルグを見上げた。
「な、なんで・・・なんでですかー!?」
 その声はもう涙まじりで、しかしなんのことかサッパリわからないゲオルグは、困ったようにカイルを見下ろす。
「・・・・・・・何がだ?」
「げ、ゲオルグ、なんでオレのこと嫌いになっちゃったんですかーっ!?」
 カイルの中ではもうすっかりそういうことになてしまっているのだ。すでに半泣きでカイルに訴えられ、ゲオルグは外側に表れないものの内心とっても驚いた。
「・・・そんなこと、言ってないだろう」
「ウソですー、さっき言ってたじゃないですかー!!」
「嘘じゃない」
 喚くカイルを、ゲオルグは理由はわからないが取り敢えず宥めようと、頭を撫でてやりながら答える。
 その言葉の通り、ゲオルグが嘘を言っているようには見えなくて、カイルもちょっとは落ち着いてきた。
「・・・ほんとですかー?」
「あぁ」
「・・・オレのこと、ちゃんとまだ好きですかー?」
「あぁ」
 はっきりと肯定するゲオルグに、カイルはもしかして自分の早とちりだったんだろうかと思い始める。そしてなんだか混乱してきたカイルは、とにかくゲオルグ本人の言うことが正しいんだと思い直した。
「・・・じゃあ、オレのこと好きって、言って下さい」
 ちゃんと言葉で言って欲しくて、カイルはゲオルグを見上げてそう言った。
 ゲオルグは二人に思いっきり注目している周囲の視線が気になったが、ここで躊躇ったらカイルがまた泣き出すのは目に見えているので、なんとか口を開く。
「俺はお前が・・・好きだ」
 その一言にカイルは、じゃあもういっか、なんて気分になる。
 しかし、ふとまたアニエルの言葉を思い出した。好きといっても、友達としてとかいろいろある。
 カイルはちょっと考えて、もう一度ゲオルグにねだった。
「じゃあ、オレにキスして下さいー」
 そうしたらちゃんと恋愛としての好きなのだとわかる、カイルはそう思ったのだ。
 しかしながらゲオルグは、今度はさすがに躊躇う。勿論、こんな衆人環視の中でそんなこと、しづらいにも程があるからだ。
「・・・・・・ここでか?」
 聞き間違いか冗談か、そんな可能性を探そうとしたゲオルグに、しかしカイルは頷いて返した。その顔は、至って本気だ。
 ゲオルグがちらっと周りに目を遣れば、みんな興味半分同情半分の微妙な視線をゲオルグに向けている。
 そんな周りの様子など、全く気になっていないカイルは、捨て犬のような目でゲオルグを見上げてきた。
「・・・嫌なんですかー?」
「・・・・・・」
 嫌だ、とゲオルグは言えるものなら言いたかった。
 しかしそんなこと言ったら、カイルは「ここで」するのが嫌なのではなく、「自分に」するのが嫌だと思ってしまうだろう。それを考えると、拒否権など、ないに等しい。
 ゲオルグは踏ん切りをつけるように一度目を閉じた。それから、極力周りの視線を気にしないよう頑張りながら、そっと、しかし素早く、上向きのカイルに口付けた。
 ほんの一瞬で離れたそれに、しかしカイルは満足したらしく、ぱっと満面の笑みが浮かぶ。
「えへへー、ゲオルグ、大好きですー!」
 言ってガバッとゲオルグに抱き付いたカイルは、自分のこういうところこそがアニエルの言った「相手するのが疲れそう」なところだと、気付いているわけもなかった。


 それから何事もなかったかのように訓練は再開して、カイルはすっかり上機嫌でゲオルグを眺めていた。そんなカイルの隣に、ロイがやってきて座る。
「カイル様、「さっき言ってた」って言ったのは、さっきのオレとゲオルグの会話のことですか?」
 ゲオルグを指差しながらのロイのセリフに、カイルはすっかり忘れてしまっていたことを思い出した。
「・・・あっ、そうだ! ゲオルグ、しんどいとか言ってたー!」
 カイルは思い出して再度ショックを受け、またさっきのように思わずゲオルグのほうに駆けていきそうになった。ロイはこのまま放っておいたら面白いことになるだろうなと思いながら、しかしどちらかというと気の毒さが勝って、カイルを引き止める。
「まぁ、待てって。落ち着いて、はい、深呼吸ー」
「・・・・・・すー、・・・はー」
 子供を宥めるような口調で言ったロイに、気を悪くするなんてことちっとももなく、カイルは素直に深呼吸した。その様子に、呆れるというよりはつい可愛いなぁと思ってしまうのだから、ロイもやはりこの呑気な国の住人なのだ。
「はい、落ち着きましたー」
 ちゃんと座り直したカイルに、よしよしと頷いてから、ロイは口を開いた。
「ところで、カイル様。夜はどんなかんじです?」
「・・・夜ですかー?」
 普通なら、話題を変えるなとつっこみを入れるところだろうが、カイルは気付かず質問に答えるべく考える。
 だがカイルには、そんな漠然とした質問に何を答えればいいのか、わかるはずもなかった。
「・・・どういうことですかー?」
 首を捻るカイルに、ロイは少し身を寄せて、耳元でより詳しい問いにする。
「だから、エロいこと、ちゃんとしてんだろ?」
 少々ニヤっとしながらロイが言うと、カイルは今度はキョトンとすることなく、ちゃんと頬を赤くした。
「・・・はい、それはもー。ゲオルグは、とっても優しくてステキで、うっとりしちゃいますー」
 ピンク色の頬を手で押さえながら、カイルは言葉通りうっとりしたように言う。
 まだまだ子供だと思ってたカイル様が・・・と、少々複雑な気分にならないでもないロイだが、そもそも自分が唆したというか仕向けた部分もあるので、微妙な責任感のようなものも感じた。カイルに対する、ではなく、ゲオルグに対する、だが。だから、ゲオルグが現在抱えている問題を、どうにか解決出来ないだろうかとカイルに話し掛けているのだ。
 そんなロイの心積もりも知らず、カイルはさらにぽーっとした様子で語る。
「あと、寝るときいっつもキスしてくれるんですけどー、キスされると、ふわーっていい気分になるんですよー」
「・・・・・・で、寝ちゃうのか」
「はいー。すっごく幸せ気分になって、そのままつい寝ちゃうんですー。気持ちいいんですよー!」
「・・・・・・」
 カイルが自分にとっての至福のときを教えてあげたのに、何故かロイは変な目つきになってちょっと遠い目をする。カイルにはわからなかったが、それはゲオルグに対する同情の目つきだった。
「・・・なんかおかしいですかー?」
「・・・・・・ん、まあな」
 こんなカイルに一体どう言えばいいのか、ロイは早くもわからなくなった。思うのは、ゲオルグも大変な人を選んだな、という所詮人ごとだからこその感想だ。
 ロイは、立ち上がると、ゲオルグを目で探した。そして、呼び寄せることにする。
「あ、お疲れ様ですー!」
 カイルは状況なんてわかっていないだろが、ゲオルグがやってくるので、嬉しそうに手を振って迎えた。
 同じように状況がわかっていないゲオルグは、それでもロイが促すまま、カイルの向かいに座る。
「・・・なぁ、ゲオルグ」
 そしてロイは、ゲオルグの背を労わるようにポンポンと叩きながら言った。
「カイル様は、この通りだからな。ちゃんと自分で自分好みに躾けたほうが、よさそうだぞ?」
「・・・・・・・・・」
 ゲオルグはロイの言わんとしたことがわかって、少々気まずそうな顔になる。
 一方カイルは、全く何がなんだかわからなくて、ただ首を傾げるだけだった。
「どういうことですー?」
「ほらゲオルグ、カイル様が言わなくても察してくれるような人じゃないって、わかってるだろ? ズバリ言ったほうがいいって、今後の為にも」
「・・・・・・・・・」
 カイルとロイがゲオルグの言葉を待ってじっと見つめてくるが、しかしゲオルグはなかなか口を開かなかった。
「ゲオルグ、なんかオレに言いたいことあるんですかー? 不満とかあるんだったら、言って下さいー」
 その黙り込んだ様子に、言いにくいことなのだろうかと、カイルは心配になりながらも促した。
 ゲオルグがもし自分に不満などを募らせているのなら、ちゃんと教えてもらって、直すよう努力したかった。ゲオルグに自分のことで我慢して欲しくないし、それが原因で嫌われるなんて絶対に嫌なのだ。
「もしかして、さっきしんどいって言ってたのと、関係あるんですかー? ・・・オレ、うっとうしいですかー?」
 言ってて、それだけでカイルは涙が出そうになってきた。ゲオルグに鬱陶しいなんて思われていたら、そこを直そうと努力することも出来ないほど、落ち込んでしまう気がする。
「・・・・・・カイル」
 どんどん瞳を潤ませていくカイルを、ゲオルグは少々困ったように、その頬を撫でた。
「そんなふうに、思ってはいない」
「・・・ホントですかー?」
「あぁ」
 しっかり頷くゲオルグに、カイルは早々に気を取り直す。
「よかったですー」
 ほっとしたように息を吐いたカイルは、切り替えの早さを発揮して、すでに何事もなかったかのようにニコニコと笑顔に戻っていた。
 傍で見ていてロイは、おいおいこのままじゃ結局なんの解決にもならないだろ、とちょっと呆れる。
 もう放っといてやろうと思わないでもないが、それはやっぱりゲオルグが可哀想なので、最後に口を挟んでおくことにした。
「カイル様、オレが代わりに教えますよ」
「え、なんですかー?」
 カイルはすぐに食い付いて、反対にゲオルグはあまり言って欲しくなさそうな顔をする。その理由は同じ男としてわかるし、ロイはちゃんとゲオルグの気持ちを汲んで言葉を選んだ。カイルも同じ男のはずなんだけどな、と思いつつ。
「それがですね、カイル様が夜いっつも先にさっさと寝てしまうから、ゲオルグが寂しいそうですよ、って話だったんです」
 ズバリ言って本当のところを理解してもらわないと、根本的な解決にはならないだろうと、ロイも思うのだが。
 キスしていいムードになってきた矢先にカイルが寝ちゃうもんだから、ゲオルグは盛り上がりそうになっている自分を宥めるのが大変なんだ。
 などと、言いにくい。そう思っているなんて、知られたくないだろう。要約すれば、もうちょっと起きていてちゃんと相手してくれ、になるのだから。
 悪く言えばパーだが、よく言えば純真なカイルだ。そんなカイルに、そんな欲望丸出しな言葉、なんとなく言いづらいではないか。同じ男として、ロイにはゲオルグの気持ちがよーくわかった。繰り返すが、カイルだって同じ男のはずなのだが。
 そして、それでもなんとか察してくれないものかと僅かな希望を込めたロイの言葉を、やっぱりカイルは深い意味で捉えてはくれなかった。
「そうだったんですかー。ごめんなさい、ゲオルグ。これからは、もうちょっと起きていられるように頑張りますー!」
 カイルはぐっとこぶしを握って、意気込んで言う。何故夜更かしする必要があるのか、その理由をおそらくもっとお話しする為だとかと履き違えているのは間違いないだろう。
「・・・頑張れ、カイル様!」
 まぁとにかく、もう取り敢えずはそれでいいだろうと、ロイはおざなりにカイルを励ましておいた。心の中では、そっから先は頑張ってどうにか持ち込めよと、勿論ゲオルグのほうにエールを送りながら。
「じゃあ、まぁ、そういうことで」
 ロイは自分に出来るのはここまでだろうと、さっさと退散することにした。
 去っていくロイを見送りながら、カイルは嬉しそうに笑う。
「ロイは前もオレが悩んでたときに相談に乗ってくれたんですよー。いい人ですねー!」
 そしてカイルは、しかしちょっと神妙な表情になった。
「・・・ゲオルグ、もうオレに言っときたいことないですかー? あったら、ちゃんと言って下さいー」
 ゲオルグの目を真っ直ぐ覗き込んでカイルは言う。
「オレ、バカだから、はっきり言ってくれないと、わかんないんですー・・・」
 ちゃんと自覚はあるカイルである。
 だが、こんなふうに言われて、じゃあと不満を並べ立てられる人などいないだろう。加えてゲオルグには、本当にこれといった不満などなかったのだ。
 カイルがこういう子だと知ってて好きになったわけだし。夜に関しては、これからは努力して起きていてくれると言っているのだから、あとは自分の技量次第だし。その辺は、カイルがもうちょっと大人になったら、わかってくれるはずだろうし。たぶん。そう思いたい。
「・・・いや、ない」
 だからゲオルグがそう言うと、単純なカイルはすぐに笑顔になった。
「そうですか、よかったー!」
 もうなんの憂いもないと、カイルはゲオルグに擦り寄っていく。そうするとゲオルグも、優しくカイルの肩を抱いてくれた。
 その仕草にゲオルグの愛を感じて、カイルは益々ゲオルグにぴったりとくっつく。
 周囲を巻き込みながら、カイルの春はまだまだ続くのだった。



END

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なんだか、ロイのキャラを間違ってる気がしますが・・・
(カイルとゲオルグは、もう今さらなので、気にしません・・・!)
しかし、18歳でコレなんだからカイル、大人になれば・・・って儚い希望な気がします。
やっぱり自分で躾けるしかないですよゲオルグ!