決戦、間近



「はー、これから何しようかなー・・・」
 食後のコーヒーを飲みながら、カイルは呑気な声で呟いた。頬杖をつきながらデザートのモンブランをフォークでちょいちょいつつく。
 カイルは、サイアリーズに貰った下着を部屋に持って帰るときは、疚しいことをしているかのようにドキドキとしていた。部屋のどこに置いておこうかと悩んだときも、非常に落ち着かずかなり挙動不審だったろう。
 ついに、今夜。そう思うとカイルはとても平静ではいられなかった。
 だが。二人に散々付き合わされたおかげでいつもより少々遅くなったが、昼食をとることにしたカイルは食堂にやってきた。そして腹を満たすと、なんだかちょっと気持ちが落ち着いてきたのだ。
 食後の心地よい満腹感を感じつつ、まったり思考で、準備も整ったことだしあとはなるようにしかならないよなーとカイルは思った。勿論、そのときが近付けば、また無闇にジタバタしたくなる気分に襲われるのだろうが。少なくとも今、カイルは久しぶりにリラックスしていた。
 そして冒頭のセリフになるわけである。
 とはいえカイルは、本日非番、というわけでも別にない。特に差し迫った用件は抱えていないが、詰め所に行けばなんらかの仕事があるだろう。
 だが、今日の心境では、書類仕事を静かに黙々と、なんてこといつも以上に出来そうもない。それに何より、詰め所にいたらゲオルグと顔を合わせる可能性もある。カイルにとってはそれが一番困ったことだった。何故なら、ゲオルグとどんな顔して顔を合わせればいいか、わからないのだ。きっとまともに顔を見れないだろうし、他の人たちに怪しまれてしまう言動を取りかねない。今からそうなのだから、明日以降どうなるのか、考えるのも怖いが。
 ともかく、そういうわけでカイルは、今日は詰め所に近寄らないことにしたのだ。そして、ならば何をしよう、と考えているわけである。
 ゲオルグとの約束は、夜7時。身支度には一時間ほど取るとして、6時前に部屋に帰ればいいわけだから、まだ優に4時間はある。
「・・・・・・そういえば、7時ってことは・・・夕飯も一緒に食べるってことだよねー・・・?」
 今さらカイルに浮かび上がる疑問があった。
「夕飯は・・・ゲオルグ殿が用意してくれてるのかな・・・それともつまみが食事代わり・・・? そのつまみもゲオルグ殿が用意してくれてるのかなー?」
 カイルは頭を悩ませた。今回のように、男性に酒を飲もうと部屋に誘われるのは初めてで、いまいち常識がわからない。
 手ぶらで行ってもいいものなのか、何か差し入れすべきなのか、そうだとしたら何を持っていけばいいのか・・・悩むカイルはモンブランがつつき過ぎて形が哀れに崩れていることにも気付かない。
「そういえば、ゲオルグ殿のおつまみって、やっぱりチーズケーキなのかなー?」
 だったらやっぱり差し入れはチーズケーキがいいんだろうか、それともゲオルグが自分でたくさん用意してるかもしれないから余計なお世話かもしれないし・・・とカイルはグルグル悩み続ける。
「うーん・・・うーんー・・・」
 どうしたものかと、カイルは考えた。どうせなら何か差し入れを持っていって気の利くやつだと思ってもらいたいし、どうせならゲオルグの好きなものがいい、やっぱりチーズケーキだろうか。
 考えながら、カイルは何気なく、ふらーと視線を動かした。そして、何かに気付いたように視線をとめる。
 昼時を過ぎて、食堂には昼食よりは間食をとるもののほうが多い。それはどうでもいい。お客にケーキセットを持ってきて、厨房のほうへ帰っていく給仕の姿が目に入って、カイルにはっとひらめくものがあったのだ。
「そうだ!!」
 カイルは早速立ち上がろうとして、しかし浮かしかけた腰を下ろし直す。モンブランを食べかけだったことを思い出したのだ。食べ残しするなんて主義じゃないので、すでに原形をほとんどとどめていないモンブランを、何故だろうと首を傾げつつ平らげた。
 それからカイルは、つい逸る足取りで厨房へと向かう。
「すいませーん、頼みがあるんですけどー」
 遠慮なく中に入って、そう声を掛けると、コックも給仕も一斉にカイルのほうに視線を向けた。女王騎士が厨房に顔を見せるなんて、普通はないことだから、当然の反応だろう。
「・・・は、なんなりとお申し付け下さい」
 4人いる中で、おそらくコック長だろう男が丁寧に言った。カイルが女王騎士として何か命令を伝えに来たと思ったのだろう。
 だがそんなわけでは全然ないので、カイルは少々気まずく思いながらもコック長に近付いた。
「いやー、そういうわけじゃなくて、オレの個人的なお願いなんですけどー・・・」
 カイルは少々声を潜めて、コック長に向かってだけ言う。
「手が空いてたらでいいんですけどー、作り方教えて欲しいものがあるんですー」
「・・・・・・はあ、なんでしょう・・・?」
 まさか女王騎士に料理指南を頼まれると思っていなかっただろうコック長は、それでも問い返した。
「あの、チーズケーキなんですけどー・・・」
「・・・チーズケーキ・・・ですか」
 そう、チーズケーキ。ゲオルグへの差し入れはやっぱりチーズケーキがいいだろう、いくらあっても困らないだろう、それにどうせなら愛情込めて手作りしたいではないか。カイルはそう思ったのだ。
 そんな自分の思考が、コック長に伝わるわけもないが、それでもなんだか恥ずかしくって、カイルはつい言い訳がましく口を開く。
「ほら、女性って甘いもの好きじゃないですかー、だからちょっと習ってみようかなーって思いましてー!」
「はあ、そういうことですか」
 カイルの言い分に対して、コック長は、あっさりと納得した。変に疑われるよりはましだが、身から出た錆なわけだが、女に目覚めかけている身分としては、少々複雑な心境になるカイルだ。
 その気分も、しかしコック長の次の言葉で吹っ飛んでしまう。
「そういうことでしたら、忙しい時間帯を過ぎましたし、いいでしょう付き合います」
「ほ、ほんとですかー!? ありがとうございますー!!」
 喜色を浮かべつつ、カイルは早速コック長に教えてもらいながらチーズケーキを作り始めた。


 夕方6時前、カイルは自分の部屋に戻ってきていた。手作りチーズケーキが入った箱を大事に抱えて。
 初めて作ったにしては、上手く出来たのではないかとカイルは思った。味見するとなかなかの味だったし、コック長も褒めてくれた。重要なのはゲオルグの口に合うかどうかなのだが、カイルは自分がゲオルグの為にチーズケーキを作り上げたという時点で結構満足していたりする。
 それに、チーズケーキの他にもいくつか料理を教わって、充実した時間を過ごせた。おかげでその間は、緊張やら心配やらから解放されていたのだ。
 だが、部屋に戻ってきて、さぁそろそろ身支度をしようとなると、やはりカイルに逃げ出したい思いが再燃してくる。でも逃げるわけにはいかないし、そもそも本気で逃げたいわけでもないので、カイルは準備に取り掛かることにした。準備といっても、風呂を挟んで女王騎士服から私服へと着替え身支度を整えるだけなのだが。
 それでも、いつもとは持つ意味も違うし、気持ちも全然違う。
 カイルは早くも心臓がドキドキし始めるのを感じつつ、まずはシャワーを浴びにいった。そしていつもよりも丁寧に、隅々まで丁寧に洗う。
 それから、体を拭きながら部屋に戻って、サイアリーズに貰った、下着が入った紙袋を手に取った。ガサガサと紙袋から取り出したそれを目にするだけで、カイルの頬が自然と赤らんでくる。
「・・・・・・よし!」
 どうしても気が引けるカイルは、しかしいつまでも裸のままでいるわけにはいかないので、気合を入れてから装着した。カイルの気持ちとしては、女王騎士服よりもこっちのほうがずっと戦闘服に思える。
 こんな女の子らしい下着が、果たして自分に似合っているのか、カイルには自信がなかった。だが、ミアキスとサイアリーズの言葉を信じることにする。相変わらずつけ心地に違和感があり、特にいつものスポーツタイプのパンツに比べると布地が半分以下のような気がして心許ないが、それも我慢する。
 それからカイルは服を着ようとして・・・そこではっと気付いた。
「・・・・・・・・・服!」
 下着を用意してすっかり安心しきっていたカイルだが、それだけでは足りないと、この期に及んで思い至る。
 下着の上に着る、服がないのだ。
 カイルは下着同様、女らしい服など持っていない。女向けの服を買いに行くわけにはいかないし、どうせ部屋の中で着るだけだし、そもそも女性らしいファッションに興味がなかったからだ。だからカイルが身に着けるものといえば、決まって男物のシンプルなカッターシャツにパンツ、だった。
 そのことにようやく気付いたが、ゲオルグとの約束の時間まで30分程度しかない。
「・・・ど、どうしよう・・・!」
 カイルは頭を抱えたくなりながら、しかし風邪を引いたら困るので取り敢えずいつもの服に着替えた。それから髪を丁寧に乾かし手入れしつつ、改めて悩むことにする。
「・・・どうしようー・・・・・・」
 カイルは下着のようにまた貸してもらおうかと一瞬思ったが、すかしすぐに却下した。ミアキスの服は入らないかもしれないし、サイアリーズのあのセクシーな服たちを着こなす自信も全くない。
「・・・・・・・・・や、やっぱり・・・このままでもいいかもー・・・?」
 いろいろ考えていたカイルは、不意にそう思った。
 下着に加えて服まで女性らしくするのは、なんだか慣れず恥ずかしい。それに何より、分不相応に気合を入れていると、ゲオルグに知られるのは嫌だった。
 そんな張り切った格好はいかにも、ゲオルグに抱いてもらえると期待しています、と言いたげではないか。いや、実際期待しているのだが、それをゲオルグに悟られるのは恥ずかしくて嫌だった。だから、多少緩んだ格好のほうがいいだろうかと思ったのだ。
「うん、そうしよー・・・ていうかもう悩んでる時間ないしー・・・」
 半分諦めるように、カイルは髪の手入れに専念することにした。今自分が自慢出来る唯一といっていい部分である、繊細なブロンドの髪は、さらさらと指通りがいい。
 この髪を、ゲオルグは優しく梳いてくれるだろうか、想像するとそれだけでカイルは体が熱くなる気がした。
「はぁ・・・どうしよう・・・」
 今日に至るまで何度呟いたかわからないセリフをカイルはしつこく口にした。
 どうするも何も、あとは成り行きとゲオルグに任せることしかカイルには出来ないのだが、それでもついついもらしてしまうのだ。
 どうしよう、というよりも、どうなるのだろう、と言ったほうが正しいかもしれない。あと少し、というところまできて、期待と不安は半々になっていた。
 カイルは経験はないものの、一通りの知識は人並みには持っている。だからある程度は、何をするか・・・ゲオルグに何されるか、想像が付いてしまう。
「・・・あ・・・あぁぁぁぁー」
 カイルはついへたり込んだ。よせばいいのに頭がどんどん想像を先に進めていき・・・といっても経験のないカイルの想像は結構抽象的なのだが、それでもカイルが赤面しつつのたうつには充分だった。
「う、うわー・・・げ、ゲオルグ殿、そ、そんな・・・!」
 やっぱり人から見ればたいしたことのない想像で一人盛り上がるカイルは、しかし不意にはっと気付く。
「・・・じ、時間・・・っ!!」
 時計を見れば、約束の7時を、僅かに1分過ぎたところだ。
「あーもう過ぎてるー!!」
 カイルは慌てて立ち上がり、鏡を見ながら全身を整え、そしてチーズケーキの入った箱を忘れず抱えた。


 カイルはドアを開け、逸る気持ちを抑えつつ、注意深く左右をきょろきょろと見渡す。人気がないのを確認して、素早くカイルは廊下へ出て、それから一直線にゲオルグの部屋の前まで行った。
「失礼しまーす!」
 そして、躊躇なく、ドアを開ける。心境的には、ドアの前でなかなか入る踏ん切りがつかずうだうだしたいところなのだが、女だと一目でわかる格好なので人に見付かるわけにわいかず、迷う暇はないのだ。
 一息にドアを開け、部屋に入って、即座にドアを閉める。無事辿りついたことに、カイルはほっとした。勿論次の瞬間には、違う動悸に襲われることになる。
 おそるおそる、といったかんじでカイルが振り向けば、当然そこにはゲオルグがいるのだ。
「・・・・・・あ、あのー・・・お、お待たせしましたー」
「ああ・・・」
 ゲオルグは、勢い込んで部屋に入ってきたカイルの行動を訝しんだようだが、理由を察してくれたようで、すぐに笑顔になった。
「いや、待ってない」
「そ、そうですかー・・・」
 ゲオルグはそう言ったが、しかしゲオルグのテーブルには、すでに酒盛りの準備がすっかり整っている。お酒と、皿料理数点と、つまみと、そしてチーズケーキ。
 本当に待っていないかという不安、自分と飲むためにこんな準備を整えてくれたとこに対する嬉しさ、それから、初めて見る私服のゲオルグへのドキドキ。
 濃紺のシャツに黒のズボンを身につけたゲオルグは、大人の男というかんじで、女王騎士服とは違う魅力に溢れている。
「どうした、いつまで突っ立っているつもりだ?」
 部屋に入ったすぐのところで固まってしまっているカイルを、ゲオルグは面白そうに見上げる。
「は、はい・・・!」
 慌てて返事したものの、カイルはすぐには動けなかった。ゲオルグは、テーブルを挟んで二つあるソファーの、向かって右側に腰掛けている。だったら向かいに座ればいいのかと思ったカイルだが、しかしゲオルグがソファーの隅のほうに座っていることに気付いた。ゲオルグの左隣に、一人分のスペースがある。ということはつまり、そこに座ればいいのだろうか。
 こういう場での常識がちっともわからないカイルは、本当にそれでいいのかと悩みながらも、そーっと隣に腰を下ろしてみた。
 すぐ隣にゲオルグ、と思うととても視線をそっちに向けられなかったが、そんなカイルの気を知ってか知らずか、ゲオルグはカイルの頬に掛かる髪をかき上げ、そのまま頭を撫でる。
「しかしこうして見ると・・・ちゃんと女だな」
「えっ、そ、そうですか・・・っ?」
 カイルはみるみる頬が赤くなっていくのを感じた。ゲオルグの視線は、カイルの体を上から下まで眺めている。そういえば自分も私服姿を見られるのも初めてだと気付いて、カイルは今さら何かおかしいところはないだろうかと自分の格好を見下ろした。
「・・・ああ、こんな言い方は失礼か」
「えっ、そ、そんなっ・・・!」
 カイルは慌てて首を振る。自分が女らしい自信など全くないカイルは、ゲオルグに少しでも女っぽいと思ってもらえたら、それだけで嬉しいのだ。
「も、勿体ない言葉です・・・!」
 ぷるぷる首を振り続けるカイルに、ゲオルグは笑って返してから、視線をカイルの膝の上に移した。
「・・・それは?」
 カイルも視線を落として、力んでいたせいでちょっとへこんでしまっている箱の存在を思い出す。
「あ、あの、これは・・・」
 カイルはテーブルに載ったお店のとっても上等なチーズケーキたちを横目で見て気が引けそうになりつつ、せっかく作ったのだからと、箱から中身を取り出した。
「ち、ちょっと、作ってみたんですけどー・・・」
「ほお・・・」
 ゲオルグの瞳が輝いたが、まだ反応を知るのが怖くてゲオルグの顔を見れないカイルは気付かない。
「食っていいか?」
「は、はいどうぞ・・・!」
 カイルが首を縦にぶんぶん振って返すと、ゲオルグはゆっくり手を伸ばして、ホールのチーズケーキから入れてある切れ目に従って6分の1を摘み出した。
 そしてゲオルグは口に含み味わうが、不味くはなかったはずだと思いながらもカイルは心配で堪らなくて、まだ視線を上げられない。
「・・・あ、あの・・・は、初めてだから、店のに比べると全然・・・」
「・・・初めて作ったのか」
「は、はい・・・」
 言い訳がましいだろうかと思いながら、でもやっぱりカイルは大目に見てもらいたかった。
「俺の為に・・・か?」
「はい・・・っあ、あの・・・・・・は、はい」
 つい即座に肯定してから、恥ずかしくなって、でも本当なのでこくりと頷く。それからそーっと顔を上げれば、チーズケーキ片手に微笑むゲオルグ。
「美味い。初めてとは思えんな」
「い、いえそんな・・・!」
 チーズケーキ通のゲオルグにそんなふうに褒められるほどではないと思うが、確かにいつの間にか、ホールのチーズケーキは半分に減っている。
 さらにその3分の1を手に取り、ゲオルグはカイルの口元に運んできた。
「ほら」
「あ、はい!」
 カイルはつい、目の前のチーズケーキにかぶりつく。それからはっと、こんなこと普通の女の子はしないんじゃないかと思ったが、もう遅いのでそのまま一かけら齧りとった。幸いゲオルグも呆れた様子はなく、手に残ったチーズケーキを頬張る。
「・・・・・・・・・」
 間接キスだ・・・なんてことに気付いて、わけもなくドキドキしてしまうカイルには、ごくりと飲み込んだチーズケーキの味なんてわからなかった。
「美味いだろう?」
「・・・・・・は、はぁ」
 それでも取り敢えず頷いて返すと、ゲオルグは満足そうに笑って、残りのチーズケーキをぺろりと平らげる。
 あっという間に間食してくれて、カイルは作ってよかったと心から思った。
「ああ、そういえば、済まんな」
「え?」
「酒を飲もうと誘っておきながら、グラスが空のままだった」
 ゲオルグはカイルにグラスを持たせて、酒をつぐ。そういう気遣いは自分がするべきなんじゃないかと気付いてカイルは慌てた。
 だが、ゲオルグはさっさと手酌で酒を自分のグラスにもついで、それからカイルのグラスと淵を合わせる。
「何にがいいか・・・まあ、なんでもいいな。とにかく、乾杯」
「は、はい・・・乾杯」
 カチリとグラスを鳴らし、酒を一気に呷るゲオルグに倣って、カイルも酒を喉に流し込んだ。どうやら緊張でカラカラに渇いていたらしく、染み入るように体に浸透していく。
「・・・・・・はー、おいしー」
 アルコールのおかげか、カイルはやっと体から余計な力が抜けるのを感じた。
 実は、酔った勢いでという展開を避ける為に、度数が低いものをゲオルグが選んでいたりする。だがそれでも、カイルの緊張を解くには充分だった。
「あ、ありがとうございますー」
 空になったグラスにゲオルグが酒をつぎ足してくれるのを素直に受け取りつつ、そういえばそろそろおなかが空いていると気付いたカイルは、ゲオルグが用意してくれているつまみに手を伸ばす。
 緊張が解け、やっとカイルにもゲオルグとの会話を楽しむ余裕が生まれた。それから、ゲオルグの旅の話から最近の出来事などを、語り合い耳を傾け合う。
 いつの間にかゲオルグの左腕はカイルの肩を抱いていた。それが自然な動きだったから、カイルもまた自然に受け入れ、それどころかゲオルグの肩に凭れ掛かり、体を預けている。思考を麻痺させるほどではないが、少々気分をふわふわとさせるアルコールが、心地よかった。
「・・・あ、ゲオルグ殿、口についてますよー」
 ゲオルグの口元にチーズケーキが一かけら付いているのに気付いて、カイルはつい微笑む。ゲオルグの精悍な顔にチーズケーキのかけらという取り合わせが、なんだか可愛く思えた。
 ゲオルグは取ろうとする素振りを見せ、しかし何故か手を戻してしまう。
「カイル、取ってくれるか?」
 面白がる口調で、ゲオルグは言った。酒が入る前のカイルだったらおそらく、そんなこととんでもない、と辞退していただろう。だが、体に染み渡るアルコールと、それから馴染んだ親密な空気が、カイルの手を難なく動かした。
「もー、仕方ないですねー」
 笑いながらカイルはゲオルグの唇に手を伸ばして、人差し指でチーズケーキのかけらを掬い取る。それからどうしようかと、迷って動きをとめたカイルの手を、ゲオルグが掴んだ。
 そして、チーズケーキの破片ごと、カイルの人差し指を食む。指に伝わるゲオルグの唇の感触、思い出すキスの感触。
 カイルの指を離したゲオルグの唇が、今度はカイルの口に近付いてくる。
「・・・・・・ん」
 さっきは指で味わった感触を、今度は唇で受け止めた。啄ばむようなキスが数回、それから次第に濃厚な口付けへ。
 肩を抱く、ついさっきまでは馴染んでいたゲオルグの左腕が、突然存在感を増してカイルに感じられた。アルコールのせいではない熱がカイルに内から湧き上がる。
 ゲオルグが一旦口付けを解き、至近距離でカイルの瞳を覗き込みながら、問い掛けた。
「カイル・・・いいか?」
 その声が、緊張でか僅かに掠れていたことに、カイルは気付かない。ごくりと唾を飲み込み、口を開いたが、そこから言葉が出る気配はなかった。
「・・・・・・・・・」
 だからカイルは、ただ小さく、頷いて返す。それに応えるように肩を抱くゲオルグの腕に力がこもり、再び唇が触れてきた。
 体は熱く、動悸は激しい。カイルには、もう逃げ出したいと考える余裕も、なかった。ゆっくりとゲオルグの背に腕を回す。
 ゲオルグの唇に腕に、カイルは身を預けた。




END

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ここまで来てエロを書かんというのはナシですよ ね ?
・・・そのうち書き ます よ        たぶん  !

しかしこのゲオルグ・・・甘ったるくないですか ?