決戦、その下準備



 その日を明日に控えて、カイルはすでに緊張していた。
 明日の夜、ゲオルグの部屋で一緒に酒を飲むことになっている。恋人同士になって、初めてゲオルグの部屋に、しかも夜、招かれたのだ。酒を飲むというのが目的ではあるが、しかしやはり、そういうことだろう。
 たぶんゲオルグは、カイルのことを、抱くつもりなのだ。
「・・・う、うわぁー・・・どうしよう・・・」
 カイルは、正直、逃げ出してしまいたいくらいだった。今も、自室でシャワーを浴びていて、不意にそのときが明日に迫ったのだと実感し、思わず堪らずへなへなと座り込んでしまった。
 期待、よりは不安のほうが大きい。
 なんせカイルは、これまで性別を偽って生きてきたせいもあって、24歳になってまだ男性経験がない。単純な性行為に対する不安。それから、カイルとは違ってきっと百戦錬磨だろうゲオルグに、つまんないと思われたらどうしよう呆れられたらどうしよう、という不安。
 しかし、
「・・・・・・はー、悩んでも仕方ないかー」
 カイルはもう何度目になるかそう結論付けて、緩慢に立ち上がり、シャワールームを出た。体を拭きながら室内に戻り・・・鏡の前を通り掛って思わず足をとめる。
 全身が映る大きなその鏡には、首にタオルを掛けただけの自分の裸体が映っていた。カイルはじっと眺め、それから、つい溜め息をつく。
 カイルは今まで、剣士としての体作りを心掛けてきた。だからその体は引き締まり、元々長い手足と合わせてすらりとしている。
 だが、果たして女性として魅力的な体かというと、カイルは全く自信がなかった。今までに負ってきた傷だって、あんまり気にしなかったから、跡となって残っているものもある。こんな体に、ゲオルグはガッカリしないだろうか。
 不安は尽きない。それでも、やっぱり今さらどう繕いようもないのだ。ありのままの自分を見てもらうしかない。きっとゲオルグは、優しく受け入れてくれる。
 カイルは自分に言い聞かせながら、鏡の前から離れ、服を着ようと衣装棚に向かった。いつものように下着をつけ、あとは寝るだけなのでさらしは巻かない。それから上着を羽織ろうとし、そこで、カイルはふと気付いた。
「・・・・・・下着・・・っ!!」
 カイルはハッと目を見開く。今まで気を遣ったことがなかったので、カイルは今の今まで気付かなかったのだ。
 カイルが持っている下着といえば、下は機能重視のシンプルなスポーツタイプ。上に至っては、いつもさらしを巻く為、一枚も持っていなかった。
 女の子の常識がいまいちわからないカイルにも、さすがにそんな下着姿で臨むのが間違っていることくらいわかる。
「・・・・・・で、でも・・・ど、どうしたら・・・!」
 カイルは頭を抱えた。女の子らしい可愛い、もしくは女性らしい色っぽい下着など、今まで全く不要だったカイルは、持っていないどころかどこで買えばいいかもわからない。加えて、ゲオルグの好みにもどうせなら沿わせたいと思うが、そんなの益々わからない。
「どうしよう・・・どうしよう・・・!」
 明日の夜までに手はずを整えるなど、不可能に思えた。自分一人の力では、無理だ。
「・・・・・・・・・・・・そうだ!」
 どうにかならないものかと思案したカイルは、はっとひらめいた。
「うん、そうしよー!」
 我ながらとっても名案に思えて、なんだかもう何も心配いらない気になる。カイルは取り敢えずこの場は、風邪引いて体調崩したら元も子もないので、着かけだった服に袖を通した。


 ついに来てしまったこの日。
 カイルは詰め所に入ると、お目当ての人物を見付けて駆け寄った。
「ミアキスちゃーん!」
 視界の隅で、職務中に騒がしい・・・とでも言いたそうにザハークが眉をしかめた気がするが、カイルは見なかったことにし、そしてミアキスも気にしない。
「あらぁ、なんですかぁ?」
 にっこりと笑って、ミアキスは持っていた万年筆をぽいっと放った。どうやら書類仕事に飽きていたらしい。
 仕事を中断させて悪い、と思うカイルではないので、遠慮なく隣の席に座った。そしてさっそく切り出そうとしたカイルだが、内容が内容なので、どうしても躊躇いがちになる。
「あの、あ・・・あの、そ、相談が・・・あるんだけどー・・・」
「相談・・・ですかぁ」
 小首を傾げるミアキスに、カイルはこくりと頷いて返した。
 勝負下着、についての相談なんて、女の人にしか出来ない。カイルが女だと知っているのは、ミアキス、そしてサイアリーズとアルシュタートだけだった。こんな相談を、まさか陛下にするわけにはいかず、憧れのサイアリーズにするのも恥ずかしい。なのでカイルは、一番話し易いミアキスに相談することにしたのだ。
「一体なんでしょお?」
「そ・・・それはー・・・」
 しかし、やはり相手がミアキスでも、恥ずかしい。こんな、恋愛事に関する相談をするのは、初めてなのだ。
 そして、頬を少し赤くしてもごもご口ごもるカイルの様子に、ミアキスは感付く。カイルに身を寄せ、耳打ちした。
「もしかしてぇ・・・女の子な相談ですかぁ?」
「・・・・・・・・・・・・」
 ふふふ、と楽しそうに笑うミアキスに、カイルはもうちょっと頬を赤くして頷く。それから意を決して、今度は自分からミアキスの耳元に顔を寄せた。そして小さな小さな声で、相談事を打ち明ける。
「あの・・・お、男の人って・・・どんな、し、下着が好きなんですかー・・・?」
「・・・・・・・・・」
 羞恥心を抑え付けてのカイルの問いに、ミアキスは一瞬キョトンとし、それからその顔を綻ばせた。
「あらあらあらあらぁ!」
 喜色を浮かべ、カイルの顔を覗き込み、真っ赤になっている頬をつつく。
「そぉいう相談ですかぁ・・・カイルちゃんったらぁ!」
「・・・・・・・・・」
 非常に居た堪れなくて、カイルは身を小さくした。だが、ミアキスに頼るしかないので、逃げ出したい思いをどうにか耐える。
「まさかカイルちゃんからこんな相談受けるなんて・・・びっくりですぅ」
「み、ミアキスちゃんー・・・とにかく教えてよー・・・!」
 感慨深そうに言うミアキスに、相手は誰なんだと聞かれでもしたらそれこそ恥ずかしくて逃げ出すこと間違いないので、さっさと相談の答えを聞きだそうとした。
 しかしミアキスは、しばし思案したのち、にっこり笑って言う。
「まぁまぁ、慌てない慌てないー。で、その決戦の日は、いつなんですぅ?」
「え、え・・・えっとー・・・・・・」
 相手を聞かれはしなかったが、答えにくさは変わらない問いを向けられ、カイルはついミアキスから離れるように上体を反らした。が、ミアキスが逃がすはずもなく、カイルの両手をぎゅっと掴む。
「相談に乗ってあげるんですから、ちゃんと答えて下さいねぇ?」
「・・・・・・・・・」
 可愛らしい微笑み、丁寧な口調なのに、どこか有無を言わせぬ響きがある。そもそも、ミアキスに相談に乗ってもらえないと困るので、カイルに選択の余地はないのだが。
「・・・・・・そ、それは・・・き、きょ・・・今日・・・ですー・・・」
 カイルはなんとか言葉にする。そして、そのときがついに今晩に迫っているのだと再確認して、顔を真っ赤にした。対するミアキスは、何やら残念そうに溜め息をつく。
「あらぁ、時間がないじゃないですかぁ。せっかくカイルちゃんとランジェリーショップ巡り出来ると思ったのにぃ・・・まぁそれは今度にするにしてぇ」
「・・・・・・・・・」
 何か不穏なことを言われた気がするが、カイルは聞き流すことにしておいた。
「だから、時間がないから、手っ取り早く教えて欲しいんだけどー・・・」
 なるべく手早く話を終わらせたい一心だったカイルだったのだが、ミアキスは楽しそうに笑って言う。
「その相談にはぁ・・・じっくりとわたしの部屋で乗ってあげますぅ!」
「・・・・・・・・・」
 やっぱりカイルには逆らう余地はなく、非常に気が進まないながらも、黙ってミアキスのあとに従った。


「さ、さ、カイルちゃん、早速服を脱いで下さい!」
「え・・・えー・・・!?」
 部屋に入るなりそう言われ、カイルは予想外の要求に驚く。
「あ、あの、オレはちょっと教えてもらえたらいいだけでー・・・」
「いいから、早く脱いで下さぁい」
 ミアキスは聞く耳持たず、勝手に飾りタスキを引っ張って解きに掛かった。焦って逃れようとしても、俊敏さではミアキスには勝てず、キレイな蝶々結びが乱されてしまう。
「や、あの、でも・・・!」
「カイルちゃん、今晩に間に合わせなきゃいけないんでしょお? 仕方ないから今回は、わたしのを貸してあげますぅ。サイズ、合うかみておかないとダメでしょ!」
「・・・・・・・・・」
 やっぱりミアキスには敵わない。
「わ、わかりましたー、自分で脱ぎますー・・・!」
 カイルは諦めて、言われた通り脱ぐことにした。女同士ではあるがなんとなく恥ずかしいので、ミアキスには背を向けて、上着を脱ぎ革鎧を外していく。
「・・・ミアキスちゃーん、上だけでいんだよねー?」
「そうですねぇ、取り敢えずはいいですよぉ」
「・・・・・・」
 なんだか嫌な予感がすることを言いつつ、ミアキスは自分のブラジャーを棚から出してきて机に並べていく。色とりどりのそれらを、なんとなく直視出来ずに、カイルは視線を逸らしながら内着を落とした。
 そして上半身はさらし一枚になったカイルと、自分の並べた下着を、ミアキスは何故だか交互に見比べる。
「・・・ミアキスちゃん?」
「・・・・・・・・・うん、そうしましょお!」
 首を傾げるカイルに構わず、ミアキスは何やら呟いて、ぽんっと手を叩いた。それから、跳ねるように扉に向かう。
「あ、カイルちゃんはそのさらしもちゃんと取っといて下さいねぇ!」
「・・・・・・」
 ミアキスは何を考えてか、そう言い置くと部屋を出て行ってしまった。彼女が理解不能なのは、しかしいつものことなので、カイルはハァと小さく溜め息ついてから、言われた通りにさらしを外しに掛かった。
 それから十分ほど待たされただろうか。扉が開く気配がして、上半身裸でぽつんと立っているのもなんだか居心地悪かったので、ほっとしてカイルは首だけで振り返った。
「どこ行ってたんですかー・・・・・・っ!?」
「聞いたよ、カイル。あたしに隠れて楽しいことしようだなんて・・・悪い子だねぇ」
 にこにこ笑うミアキスの横に、今日も完璧な美貌でちょっと意地悪そうに笑うサイアリーズが立っていた。
「さ、さ、サイアリーズ様・・・!」
 カイルは動揺して、自分の格好を思い出すのが一瞬遅れる。それから慌てて内着を着直そうとしたが、それより早く、素早く背後に歩み寄ったサイアリーズがわきの下に腕を回し、カイルの胸に手を添えた。
「・・・・・・・・・・・・!!」
 憧れのサイアリーズに自分の乳房を鷲掴みにされている、という眼下の光景に、カイルはカッチーンと固まってしまう。
「こりゃあ・・・なかなか立派なものを持ってるじゃないか」
「でしょお? だから、わたしのじゃサイズ小さいかもしれないから、サイアリーズ様に来て頂いたんですよぉ」
 何故サイアリーズがここにいるのか、種明かしをするミアキスの言葉も、カイルの耳を素通りしていった。ミアキスが抱えている籠に、サイアリーズの下着類が入ってるだなんてことにも、当然ながら気付かない。
「あらぁ、サイアリーズ様ぁ、カイルちゃん真っ赤になって固まっちゃいましたよぉ?」
「ほんとだねえ・・・」
 サイアリーズは背後からカイルの顔を覗き込み、にやりと笑って、フゥとカイルの耳に息を拭き掛けた。
「・・・・・・!!!」
 呆然としていたカイルは、耳への優しい刺激に、背筋をぞわりとした感覚が這い上がると同時に我に返る。
「・・・さ、サイアリーズ様・・・! は、離れ・・・離して下さいー・・・!」
 無理やり引き剥がすなんて畏れ多いことは出来ず、言葉だけで抗議するカイルだが、サイアリーズが聞く耳持つはずがない。逆に、手をやわやわと揉むように動かした。
「さ、さ、サイアリーズ様っ!?」
 あんまりのことに声が裏返るカイルだが、サイアリーズの手つきはとまらない。ミアキスも、素知らぬ振りでサイアリーズの下着を籠から取り出して並べ、準備を整えている。
「あ、あああの、は、離れて下さいー・・・!」
 しかも、サイアリーズはカイルの背後にぴったりとくっついていて、おかげで背中にサイアリーズの豊かな胸が押し付けられる形になっていた。素肌にその感触はリアルで、それがまたカイルの羞恥を煽る。同性だから恥ずかしがることはないはずなのだが、何ぶんカイルには女同士で戯れる経験などなく、耐性がなかった。
 背後のサイアリーズだけでも手に負えないのに、さらに、ミアキスが下着を並べたテーブルを引き摺りながらカイルの正面にやってくる。
「・・・でもカイルちゃん、いつもさらしでぐるぐる巻きにしてるわりには、きれいな形してますよねぇ」
「だろう? しかも・・・ここも、綺麗な色してる」
「!!」
 サイアリーズはカイルのピンクに色づいた乳首をつんっとつついた。カイルは卒倒しそうになる。血が頭に上って、ぱくぱくとしか口を動かせなくなった。そんなカイルを、二人はようやく解放してくれる。
「だぁって、カイルちゃんはまだヴァージンですものぉ!」
「その、記念すべき処女喪失の為に、力を貸そうじゃないか!」
 二人は顔を見合わせ笑って頷き、サイアリーズはやっとカイルから体を離した。
 カイルはようやく人心地がついてほっとしたが、しかしむしろここからが本題なのだ。
「さぁて、選びましょお! やっぱりわたしのは小さそうだから、サイアリーズ様のですねぇ」
「どれがいいかねえ。カイル、あんたの希望は?」
「・・・・・・お、オレは・・・なんでも・・・」
 本音を言うなら、ゲオルグが好きそうなもの、なのだがそれを口には出来ないので、カイルはふるふると首を振った。するとミアキスとサイアリーズはカイルを措いて、二人でああでもないこうでもないと楽しそうに選び始める。
 しかし、蚊帳の外に置かれたカイルがほっとしたのも、束の間。
「カイル、これはどうだい?」
 候補が上がったらしく、サイアリーズがカイルにブラを掲げてみせる。黒のレース仕様で、さすがサイアリーズといったかんじの大人っぽいものだ。
「は・・・はあ・・・」
 どうかと聞かれても困るカイルに、サイアリーズはそのブラを押し付けてくる。
「はあ、じゃないよ。ほら、つけてごらん」
「・・・・・・」
 カイルはもう逆らわず、これがいつもサイアリーズが着用しているものだということは考えないようにしつつ、腕を通した。
 正直言ってカイルは、ブラジャーなるものをつけたことが一度もないのだが、それでもなんとか身につける。さらしとはまた違う圧迫感に、カイルはとても違和感を感じたのだが、二人は満足そうだ。
「うん、いいじゃないか。黒がいいアクセントになってる」
「カイルちゃん、肌が白いから、映えますもんねぇ」
 などと言われても、カイルは自分ではちっともわからない。ただ、二人がこれでいいと言うなら、もうこれでいいやと思うだけだった。さっさと決めてこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだ。
 が、残念ながら、まだまだ終わらなかった。
「じゃあカイル、今度はこれだ」
 サイアリーズがひらりとカイルの前に掲げてみせたそれは、ブラとどうやらお揃いの、同じく黒いレースのショーツだった。
「・・・・・・・・・え、は、穿く・・・んですかー・・・?」
 まさかと思いながらカイルがおそるおそる尋ねてみれば、二人はにこりと笑いながら頷く。
「・・・・・・・・・」
 穿き替えるということは、つまり一度はすっぽんぽんにならなければならないということで。人の目があるところでそんなこと、カイルにはとてもじゃないが出来ない。
「あ、あの、サイズも合いそうだし、別に着なくてもー・・・」
「・・・・・・わかったよ」
 絶対嫌です、とかなり消極的に訴えたカイルに、サイアリーズは仕方なさそうに溜め息をついて、言った。
「あたしがうしろから押さえとくから、ミアキス、あんたが脱がせてやって」
「はぁい!」
「・・・・・・え・・・!?」
 冗談、ではなく本当にやってしまいそうな二人だから、カイルは焦る。少しずつにじり寄ってくる二人に、カイルは慌てて言った。否、言わされた。
「・・・わ、わかりましたー! 自分で脱ぎますー!!」
 脱がされる前に、とカイルが服に手を掛ければ、二人は満足そうに頷く。
「それでいい」
「もう、素直じゃないですねぇ」
「・・・・・・・・・」
 自分がこの二人にちっとも敵わないのは、一体なんの差のせいなのか、しかし羨ましいなどとは思えないカイルだった。
 二人の視線を気にしないようにしながら、カイルはズボン類も脱いでから、そそくさと穿き替える。飾り気ないシンプルなスポーツタイプのパンツから、大人びたレースの上質なパンティへ。
「・・・・・・は、穿きましたけどー・・・」
 だからもういいですか?と言外に滲ませたカイルを、二人は遠慮なくじーっと眺める。そしてサイアリーズが満足そうに頷こうとした、それよりちょっと早く、ミアキスがハッとしたように声を上げた。
「大事なことを忘れてましたぁ!」
「・・・なんだい?」
 首を傾げるサイアリーズ。カイルはというと、なんだかとっても嫌な予感がした。
 そしてその予感は、残念ながら当たってしまう。
「カイルちゃんの相手が誰なのか、まだ聞いてませんでしたぁ!」
「っ!」
 ついにこの問いが出てきてしまった。カイルは今度こそ本気で逃げたくなる。
「相手によっては可愛い系のほうがいいかもしれませんからねぇ。うっかりしてましたぁ」
「確かにそうだね。あたしとしたことが・・・」
 はぁ、と二人して嘆息してから、ミアキスが気を取り直したように顔を上げてカイルを見つめる。
「というわけでカイルちゃん、白状しましょう?」
「・・・・・・・・・あ、あの・・・オレは別にもうこれでいいと思うしー・・・」
 だから教えなくてもいいですよねー・・・と続けようとしたとき、カイルは背後に気配を感じた。はっとして振り返ろうとしたが遅く、うしろに回ったサイアリーズに腕を絡められ拘束されてしまう。
「さ、サイアリーズ様・・・!?」
「いいから、教えなよ。それとも、どうしても言いたくないっていうんだったら・・・」
「はぁい、任せて下さぁい!」
 張り切って手を挙げてから、歩み寄ってくるミアキスの手が、怪しく蠢いている。
 前門の虎、後門の狼とはまさしくこの状況を言うのではないか、カイルは気が遠のきそうになった。
「・・・・・・・・・な、何するつもりですかー・・・?」
 それでも気力を振り絞って聞いてみると、ミアキスはうふふぅと笑う。
「そうですねぇ、何しましょお?」
 可愛らしく小首を傾げるミアキスは、しかしカイルには非常におそろしい生き物にしか見えない。
「実はぁ・・・カイルちゃんがさっきからあんまりにも可愛いから、悪戯したくて堪らなかったんですよぉ」
「・・・・・・・・・」
 まことにおそろしい。カイルは自然と後退りしようとしたが、すぐうしろにサイアリーズ、腕をしっかりと押さえられ逃げ場はない。
「さぁて、何しましょうかねぇ・・・」
 楽しそうに笑いながら、ミアキスはカイルにゆっくりと手を伸ばしてきた。そして、その手はカイルの背後に。
「まずはぁ・・・これ、外しちゃいましょう!」
 ミアキスの指が、器用にブラのホックをパチンと外した。
「み、ミアキスちゃ・・・・・・っむ!?」
 焦って声を上げようとしたカイルの口を、サイアリーズが塞ぐ。相手の男を聞き出したいんじゃないかと思ったが、サイアリーズは面白そうに笑うだけだ。
 おかげでカイルの右腕は自由になったわけだが、それだけではミアキスをとめることは出来ない。
「えいっ」
 楽しそうに掛け声を発しつつ、ミアキスは肩からぶら下がるだけになっているブラの下に手を入れて、カイルの両の乳房をほよんと押し上げるように手におさめた。
「むーむーっ!」
 やめて下さいーと声にならない声で抗議するが、ミアキスが聞き入れるはずもない。
「あらぁ、やわらかぁい! マシュマロみたいですぅ」
「だろう? これがどこの馬の骨とも知れない男のものになると思うと・・・惜しいよねぇ」
「全くですぅ・・・」
 切なそうにふぅとため息をつきつつ、ミアキスは何気に手をやわやわと揉むように動かした。
「む、むがーっ」
 頭に血が上り、カイルの顔は真っ赤になる。サイアリーズのときもそうだったが、カイルには自分の胸を触られる経験などなかったので、過剰に反応してしまうのだ。
「ミアキス、やり過ぎるんじゃないよ? カイルはまだまっさらなんだからね」
「わかってますぅ!」
 ミアキスは一先ず手を離し、しかしカイルがほっとする隙を与えず、でも、と前置きして再び手を伸ばしてくる。
「なんにも知らないからこそ、教えてあげたくなっちゃいますぅ・・・」
 余計なお世話です、と大声で叫びたくなるようなことを言いながら、ミアキスは胸の谷間にちょんっと這わせた指を、ゆっくり下へと滑らせていった。
 臍を通り過ぎ、さらに下、レースで縁取られた下着の上部に辿りつく。そしてその指で、くいっと隙間を作るように引っ張られ、カイルは半泣き寸前になった。
 が、調子に乗ってそのまま下着を引き下げでもするのかと思えば、ミアキスはひょいっと手を引っ込める。
「これ以上やったらしゃれにならないから、名残惜しいけどこの辺でやめときますぅ」
「・・・・・・」
 ミアキス的許容範囲がいまいちわからないが、これで終わるそうなので、カイルはほっとしておくことにした。勿論、これで二人から解放されるわけではないのだが。
 ミアキスはカイルから離れ、サイアリーズも絡めていた腕を解き塞いでいた口から手を引く。
「・・・で、カイルちゃん、相手は誰なんですかぁ?」
「・・・・・・・・・それはー・・・」
 もうカイルには、二人に逆らう気力はない。が、それでもカイルの口はゲオルグの名を簡単には口走らなかった。
 恥ずかしいのだ。相手がゲオルグだということが、恥ずかしいわけではない。ただ、今までカイルにとって恋愛は他人事だった。それが、当事者になってしまうのは、なんだか決まりが悪い。何より、自分がゲオルグのことを好きなのだと、それを知られるのが気恥ずかしいのだ。
「あの・・・それはー・・・」
「ほら、ちゃっちゃと言いなよ」
 急かすようなサイアリーズの口調には、面白がる響きと、言わないならまた遊ばせてもらうよ、という圧力が込められている気がした。にこにこと笑いながら答えを待つミアキスも、言うまでもなくおそろしい。
「・・・それは・・・その・・・ゲ、ゲ・・・」
 カイルは頬が上気するのを感じながら、言わなければきっと服を着ることも許してもらえなさそうなので、なんとか気力を振り絞った。
「・・・ゲ、ゲオルグ殿・・・です!」
 カイルとしては、一大告白のつもりだった、のだが。
 ミアキスもサイアリーズも、何故かにやにやと笑って、そして言う。
「やっぱりそうだったのかい」
「思った通りですぅ」
「・・・・・・・・・」
 カイルは目を見張った。
「・・・し、知ってたんですかー!?」
 誰にも話したことないから誰も知らないと思っていたカイルは驚く。だが二人は、平然と答えた。
「わかりますよぉ、二人を見てるとなんとなくぅ」
「・・・・・・」
「それにねえ、雰囲気だけでなく、一緒にいるときの目つきだけでもわかるもんなんだよ?」
「え、オレそんなにわかり易い目つきしてました!?」
 全く自覚なかったカイルは、端から見てもわかるくらい自分が恋する目線だったのだろうかと、恥ずかしくて堪らない。サイアリーズの言葉が、暗にゲオルグもそうだったと言っていることに、気付く余裕はカイルにはなかった。
「…だ、…」
 大体、知ってたのならどうして聞き出そうとしたのか…そう聞こうとし、カイルはやめた。どうせ、答えを知ることでなく、聞き出す過程が彼女たちの楽しみだったのだろう。嫌でも予想が付いた。
 一方二人は、意外にもゲオルグとのことではさほど揶揄ったりはせず、相手を聞き出そうとした目的を果たそうとしてくれる。
「でもゲオルグ殿だったら、やっぱり別のにしないといけませんねぇ」
「え、そうなんですかー?」
 机に広げたブラを再び眺めながら言うミアキスに、どうせ相手をバラしたのだからその辺も教えてもらおうと、カイルはつい身を乗り出した。
「おやぁカイル、ゲオルグの趣味に合わせようだなんて…健気だねえ」
「…いや…あの」
 サイアリーズに肩に手を掛けられ、結局やっぱり揶揄うようににやーと笑って言われて、カイルは気恥ずかしくて逃げ腰になる。だが反対側の肩に手を掛け、ミアキスが可愛らしく笑う。
「カイルちゃん、わたしたちに任せて下さぁい!」
「は…はぁー…」
 ありがたいのだが居た堪れなくて、カイルは非常に複雑な気分だった。二人はさっそく相談を始める。
「ゲオルグは玄人慣れしてそうだから、逆に清楚なほうがいんじゃないか?」
「わたしもそう思いますぅ」
「………」
 ゲオルグの何をどう判断してそう思ったのか、わからないがカイルは口は挟まないことにしておいた。おとなしく二人の選択に身を任せようと思ったカイルは、もうすっかり疲れきっていたのだ。
「じゃあ・・・どれにしましょうかぁ・・・」
「あたしはあんまりおとなしいの持ってないからねえ・・・これとかどうだい?」
「そうですねぇ・・・でも意外とこっちも捨てがたいですぅ」
 二人はいろいろ言い合いながら、最終的に白地に薄紫色でところどころに繊細な刺繍が入ったものを選び出す。
「さぁてカイルちゃん、これつけてみて下さぁい!」
「・・・・・・はいー」
 カイルは勿論逆らわず、言われるままブラとパンツを穿き替えた。
「・・・うん、いいじゃないか」
「ですねぇ、これで決まりですぅ!」
 サイアリーズは満足そうに頷き、ミアキスは嬉しそうに手を叩く。どうやら今度こそ決まりのようで、カイルはほっとした。
「じゃあカイル、これはあんたにやるよ」
「え、いいんですかー?」
 あっさり言うサイアリーズに、カイルは驚く。カイルの安物の下着と違って、これはたぶん値も張るだろう。だがサイアリーズはやはり、悠然と微笑んで言った。
「遠慮することはない。一生に一度のことだろ? さすがに付き添うわけにはいかないから、これくらいのことはさせておくれよ」
「サイアリーズ様・・・」
 サイアリーズはまるで実の姉のように、カイルへの愛情を覗かせる。サイアリーズも、それからミアキスも、面白がってもいるがそれ以上に、カイルを心配して応援してくれているのだろう。カイルは嬉しくなる。
「ありがとうございますー・・・」
 散々遊ばれたことももうどうでもよくなって、カイルは二人への感謝の気持ちでいっぱいになった。
「それじゃあカイルちゃん、そろそろ服着ましょ。風邪引いちゃったら大変ですもんねぇ」
「ミアキスちゃんも・・・ありがとう」
 深々と感謝しながら、カイルは服を着ようとし、そこで思い付く。ここまで面倒になったのだから、せっかくだし聞いてみようと。
「・・・・・・あ、あのー・・・ちょっと聞きたいんですけどー」
「ん? なんだい?」
 すぐに耳を傾けてくれる二人に、カイルは恥ずかしくて顔を赤らめつつも、勇気を振り絞って尋ねてみた。
「あの・・・オレのか、体・・・変じゃないですかー・・・?」
 カイルはずっと、それが気になっていたのだ。自分の体が、果たして女としてちゃんと魅力的なのだろうかと。
 二人はカイルの不安を、すぐに読み取ってくれた。
「何言ってるんだい、こんなに綺麗な体をしておいて」
 まずはサイアリーズが、ちょっと呆れた口調で言いながら、カイルの肩から左腕にかけてを指でなぞる。
「そうですよぉ。カイルちゃんはとっても魅力的ですぅ。思わず悪戯したくなっちゃたくらい・・・」
 続いてミアキスが、カイルの右側に張り付き、腰に腕を絡めながら妙に実感のこもった口調で言った。
「・・・あ、ありがとうございますー・・・」
 二人に体を挟まれて、ほっとするよりもなんだか身の危険をつい感じてしまったカイルは、そろりそろりと体を逃がす。
 幸い二人は追ってこず、カイルはやっと女王騎士服に戻ることが出来た。
「じゃあカイル、これ、持って帰りな」
 着替え終わったカイルに、サイアリーズが下着を紙袋に入れて渡してくれる。ありがとうございますーと受け取って、カイルは目的を果たしたので部屋を出ようとした。
 そのカイルの背に、サイアリーズとミアキスから声が掛かる。
「カイル、ちゃんと報告に来るんだよ?」
「・・・・・・は、はぁ・・・」
 そんなこと御免だが、でもきっと言わせられるんだろうと、カイルは半分諦めながら曖昧に返事しておいた。
 次にミアキスが、瞳を冷たくキラリと輝かせながら言う。
「もしゲオルグ殿に無体なことされたら、教えて下さいねぇ? わたしが、ちょん切ってあげますからぁ!」
「・・・・・・あは、あはははは・・・!」
 笑って返しながら、しかしミアキスの言葉が冗談にはとても思えなかったカイルは、もし何かあっても絶対に何も言うまいと固く誓った。
 引き攣ったような笑いを浮かべながら、カイルは逃げるようにミアキスの部屋をあとにする。
「はぁ・・・」
 カイルはまず、安堵の溜め息をついた。やっと二人から逃れられたこと。そして、問題だった女の子らしい下着をちゃんと手に入れられたことにホッとする。
 これでもう準備は整ったのだ。ただし、心の準備以外は。
「・・・・・・はぁー」
 次のカイルの溜め息は、緊張と不安からだった。相変わらず、逃げ出したい心境に変わりはない。
 つい意識して強く握ってしまう紙袋を、取り敢えず部屋に持って帰ろうと、カイルはのろのろと歩き出した。




END

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何を書いてるのでしょうか私は・・・(でもかなり楽しかった・・・orz)
しかも、「これ、続くんだよね・・・?」ってかんじになってしまった・・・ので、続きが書けたら書こうと思っております。