それでも、変わらぬ愛を
この状況は、結構マズイ気がする。
カイルはそう思った。
ゲオルグに自分が実は女だと告げ、そしてゲオルグはそれを受け入れてくれた。それでも変わらず好きだと、言ってくれたのだ。
カイルはとても嬉しくて、抱きしめてくるゲオルグの背に迷わず腕を回した。当然のように口付け、それはどんどん深いものになっていく。
「・・・・・・ん・・・」
息継ぎする隙もないようなキスに、カイルの喉が鳴った。ゲオルグは身長の差を利用して、カイルの口内奥深くまで侵入してくる。
こんなふうに奪うような勢いでキスされるのは初めてで、カイルはゲオルグにしがみ付いて体を支えるのがやっとだった。
霞が掛かったようになる思考を、しかしカイルは必死で繋ぎとめる。このままゲオルグに流されてしまうと、カイルにとって不本意な方向に行きかねないからだ。
愛を確かめ合った恋人同士が、誰のじゃまも入らない一つの部屋にいて、しかもすぐ側にはベッドまである。果たして、抱きしめ合ってキスするだけで、終わるだろうか。
終わる・・・わけないよなー、と男の気持ちになって考えてみたカイルは、すぐさま答えを出した。
そしてそれを裏付けるように、カイルの腰と背に回ったゲオルグの腕が、不穏な動きを見せる。力に任せて、カイルの体を抱え上げようとしているかのような。
きっとそのまま半ば引き摺るようにベッドに連れて行って、押し倒して、圧し掛かってくるつもりなのだ。そう予想してカイルは、素早くゲオルグから体を逃がした。
「ゲオルグ殿、ストップ!」
「・・・・・・・・・なんだ?」
自分の腕の中から逃げていったカイルを、不思議そうにちょっと不機嫌そうにゲオルグは見返す。やっぱりそのつもりだったんだと確信して、カイルはゲオルグとの距離をまたちょっとあけた。
「ゲオルグ殿、なんか変なことしようとしてません・・・?」
「・・・変なこととはなんだ。当然の流れだと思うが?」
自然な成り行きだろう、そう思うゲオルグの気持ちは、まぁカイルにもわかるのだが。
「その、こ・・・心の準備とかー・・・」
「・・・意外だな、そういうのがお前にも必要か?」
心底意外そうに言うゲオルグだが、カイルも自分がそんなふうに思われても仕方ないと思う。奥手で、性行為に躊躇いを覚えるタイプに、カイルは見えないし、そして実際違う。
カイルは、好きな人と思いが通じ合ったなら、すぐにでも体を重ねたいと思う。ゲオルグとだって、早くセックスしたいと思う。
・・・・・・自分が男なら。
そう、女という自分の性別に、カイルの躊躇の理由があったのだ。だがその理由包み隠さずを、ゲオルグには言いづらい。
「・・・あの、ゲオルグ殿・・・ちょっと言いにくいんですけどー・・・」
だからカイルは違う、それらしい理由で繕うことにした。
「なんだ?」
「はい、あのですねー・・・」
この理由も言いにくいことは確かで、カイルは口にすることへの抵抗感から、自然とモゴモゴする口調で言った。
「オレ・・・経験、ないんですよねー・・・」
「・・・・・・・・・」
ゲオルグは少し目を丸くしたが、カイルは構わず続ける。
「だから、まぁ・・・ちょっとビビってるっていうか・・・」
実際、本当にカイルにはその気持ちが僅かにあった。
経験がないというのは本当だ。今まで男に興味がなかったカイルは、男となんてキスすらしたことがなかった。ならば女となら経験があるのかというと・・・キスを初めとして相手に女とばれない程度にならあったりする。
が、それはともかく、カイルは肉体的にはれっきとした処女だ。誰だって、痛いとわかりきっていたら、多少なりとも怯むだろう。
だが、男同士でするのに比べれば、男女でセックスするのは自然なことだし、そういう意味ではカイルにあまり気負いがないのも確かだった。
「・・・そうか・・・そうなのか・・・」
ゲオルグはカイルをしげしげと見ながら呟く。その表情で見るに、どうやら、満更ではないらしい。
カイルがゲオルグの立場だったとしても、遊びや軽い付き合いの相手なら面倒なだけだが、本気の相手が他に経験がないのは、やはり嬉しいだろうと思う。まあ、ゲオルグほどの男に経験がないのは、逆に嫌だが。
「・・・まあ・・・そういうことなら」
ゲオルグは仕方がなさそうに、だがどこか浮ついた様子で頷いた。
「仕方ないな。・・・この場は引こう」
「あ、ありがとうございますー!」
それでもしつこく未練を覗かせつつ言うゲオルグに、気を変えられないうちにとカイルは話を終わらせることにする。
「いやー、さすがゲオルグ殿! わかってくれると思ってましたー!!」
手放しで褒めつつ、カイルはベッドからすすすと離れて、ドアのほうに向かった。このままゲオルグには帰ってもらおうと思っているのだ。一緒にいたら、いつゲオルグが気を変えてしまうかわからない。
そんなカイルに、ゲオルグは苦笑してみせた。
「そんなに警戒するな。何もせん、今日は」
「・・・・・・」
今日は、というさりげなく付け加えられた単語は敢えて気にしないことにする。
「まあ、なるべく早く、心の準備を整えてくれ」
「・・・は、はいー」
取り敢えず愛想よく笑いながら、カイルはおとなしく帰っていくゲオルグを見送った。
そして、はぁーと盛大に溜め息をつく。勿論、安堵の溜め息だった。
それから一週間ほどは、「まだ心の準備が・・・」と逃げ切った。
次の数日は、「たぶん今日辺り危険日で・・・」と逃げ切った。
次の一週間は、「今ちょっと月のものが・・・」と逃げ切った。
逃げる為にでまかせを言った、わけではない。下手な嘘をつけば、のちのちに計算が合わなくて面倒なことになるだろう。
ともかく、今までは煩わしいだけだった女特有の生理現象に、カイルは初めて感謝した。こうやってゲオルグから逃れる口実になってくれたのだから。
が、その生理も終わって数日。幸いにもまだゲオルグは何も言ってこないが、いつ声が掛かってもおかしくない。
最初に断ってから、そろそろ一か月近くになる。もう、心の準備が・・・という言い訳は使えないだろう。
だがそれでも本当に、心の準備が整っては、まだなかったのだ。
未だにカイルは、ゲオルグとセックスすることに躊躇いを感じている。
今まで男として生きてきて、それなのに男に抱かれることが嫌なんだろうかと、もしかしたらゲオルグはそう予測しているかもしれない。
だとしたら、それは半分正しかった。
カイルは男として生きてきたが、自分の性別が女であることを否定してはいない。精神的なものはともかく、肉体的に男と女とでは確実に違うのだ。力、筋肉の付き方など、やはり女は男には敵わない。それをちゃんと知っておくことは、戦士であるカイルにとっては必要なことだった。己を過信することは、自分のみならず仲間をも危険に晒すことになる。
だからカイルは、自分の体が女であることをちゃんと認めていた。だが、男に抱かれる、そういう意味で自らの性を突きつけられるとなると、やはり別問題だろう。
女として抱かれてしまったら、今まで男として生きてきた自分は、一体どうなってしまうのだろうか。カイルはそれが不安だった。
何も変わらないのだろうか、それとも変わってしまうだろうか。身も心も女になってしまえば、逆に困らないだろう。
ゲオルグのことは好きだ。だからこそ、後悔したくないのだ。男を受け入れることに違和感を感じて、しなければよかったと思ってしまわないだろうか。ゲオルグを受け入れることそれ自体ではなく、カイルはそれが怖かったのだ。
キスをすれば、気持ちいいと思う。それでも、それ以上に進んだとき、自分がどう感じるかカイルにはわからない。
男に抱かれる、それを心がもしくは体が拒んだとき、ゲオルグへの思いはどうなるのか。変わらなかったとしても、もうゲオルグとセックスしたくないと思うだろうか、それを伝えればゲオルグのほうから離れていってしまうかもしれない。
考え過ぎかもしれないが、それでもどうしても考えずにはいられなかった。万が一の可能性であっても、ゲオルグを失うのは嫌だったのだ。
終わってみれば、こんな心配などただの杞憂で、笑い話に出来るのかもしれない。それならそれでいいと思う。それでも、先が見えない今は、ただ不安でしかなかった。
いっそさっさと終わらせてしまったほうがいい気もするのだが、つい出来るだけ先延ばししようとしてしまう。
だから、今日もカイルは、ゲオルグに声を掛けられなかったとほっとしながら、部屋に帰ってきたのだ。一日無事に終わったと、寝る前に明日はどうだろうと不安になるまでの間、僅かな時間心安らかに過ごすことが出来る。
「はぁー・・・!」
カイルは部屋の扉をパタンと閉めてから、大きく伸びをして息を吐き出した。プレッシャーから解放されたような、清々しい気分だ。
そんなカイルの耳に、あり得ないはずの声が届く。
「随分、晴れ晴れとした顔だな」
「・・・・・・・・・」
一瞬空耳かと思ったカイルの目の前に、ゆったりと腕を組んで立っているその男、ゲオルグ。
「・・・・・・・・・・・・っ!?」
とっさに、部屋を出て逃げ出してしまえればよかったのだが。余りに予想外のことで、今日もゲオルグから逃げきれたとほっとして油断しきっていたから、反応が遅れてしまったのだ。
「・・・・・・な、な・・・ん・・・っ!!」
そして、なんでこんなところに、と問おうとしたカイルの腕を、いつの間にか目の前に来ていたゲオルグが掴む。
「げ、ゲオルグ殿・・・っ!!」
そのままズルズル引っ張られ、どう考えてもベッドのほうに連れて行かれようとしていると気付いて、カイルは慌てた。
「ちょっとゲオルグ殿、突然なんですかー! 何するつもりですかー!!」
その場に踏ん張り手を振り解こうと頑張るが、それでもゲオルグは動じず足を進めながら、冷静に言う。
「やることなど、決まっとるだろう?」
「・・・・・・・・・」
やはり、この一か月カイルが応じる気配を全く見せないものだから、ゲオルグは業を煮やしてしまったらしい。このまま、強引に持ち込むつもりなのだろう。
だが困る。それは困る。
「・・・げ、ゲオルグ殿、待つって言ってくれたくせにー・・・男らしくないですよー!!」
と抗議してみるが、ゲオルグは一向に取り合わず、ついにベッドのすぐ横まで連れてこられてしまった。
くるりと振り向いたゲオルグは、不敵に笑っている。絶体絶命、という単語がカイルの頭を掠めた。
「一か月・・・俺は充分待ったと思うが?」
「・・・で、でも、オレはまだ・・・・・・っわ!!」
心の準備が、としつこく繰り返そうとしたカイルを、ゲオルグは無造作にベッドに沈めた。そして、すぐさま圧し掛かってくる。
あっという間に組み敷かれてしまったが、カイルはなおも腕を突っ張ってゲオルグを押し返そうとした。しかしその腕を掴まれ、シーツに縫い付けられてしまう。
「一か月待っても覚悟が決まらんなら、待つだけ無駄だろう?」
「・・・・・・いや、でも・・・!」
それでもどうにか言葉で抵抗しようとしたカイルの、口をゲオルグは塞いだ。
「・・・っう、ん!」
初めから、舌を差し込んでくる、深い口付け。遠慮なく舌を吸われ、カイルは頭がクラクラするのを感じた。不快ではない。気持ちいい。いつの間にか腕は解かれているが、その腕で抵抗することは考えなかった。
「・・・カイル、ひとつ確認しておくが」
「・・・・・・へ・・・?」
そのままズルズルと持ち込むのかと思えば、ゲオルグは一旦離れてカイルを見下ろし、意外と真面目に問う。
「嫌では、ないんだな?」
「・・・・・・それは」
確かに、嫌ではなかった。それだけは間違いない。
「いやじゃ・・・ないです・・・」
けど、と続けたくなるのを、カイルはとめた。
嫌ではなく、不安なだけなのだ。ゲオルグのことは好きだし、キスすれば気持ちいい。早くセックスしたい思いもある。
こんな状況になれば、このまま流されてしまえれば、という気持ちにもなる。が、流されて半ば仕方なく、なんてことになるのは本当は嫌だ。
いつまでもじたばたしてるのも、男らしくない。カイルは一つ一つ、自分が前向きに進む為の理由を数えていった。
ゲオルグに求められている、そのことは嬉しい。ゲオルグは懐が大きい男だが、いつまでもカイルに逃げ回られると、面白くないだろう。ゲオルグの為にも、この辺りで応じておくべきだと思う。
それから、自分の為にも。さっさと、ゲオルグと身も心も恋人同士になりたい。
「・・・嫌ではない、そう言ったな?」
確認するように繰り返してから、ゲオルグは再びカイルに口付けてきた。やはり濃厚なキスに、カイルに湧き上がるのは、このまま続けたいもっとしたい、そんな思いだ。同じくらい、不安だったとしても。
カイルは、腹を括ることにした。
To be continued ...
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後半のエロは、色気もへったくれもないかんじを予定しております。
ところでこのゲオルグは、大人げないと思いますか? それとも待ったほうだと思いますか?(微妙)
そしてこのゲオルグ、前話と何か、性格違いません か ?