an accidental chance
ゲオルグは小さな窓から差し込む僅かなしかし明るい陽の光に覚醒を促された。
だが、すぐに身を起こすことが出来ない。
いつもよりもハッキリとしない思考、いつもよりもだるい体。そして何よりいつもと違うのは、隣にある体温だった。
「・・・・・・・・・・・・!?」
ゲオルグは、その右腕に感じるあたたかさの元に目を遣って、思わずバッと半身を起こす。そして愕然とした。
それは、そこにいるのが人だったからでも、その人物がどうやら自分と同じくほとんど全裸だからでもない。
その人物が、男である点も、この際たいしたことないと思えた。
「・・・酔っていたとはいえ・・・なんてことを・・・」
ゲオルグは苦虫を噛み潰したように低く呟く。
泥酔した挙句、居合わせた誰かと肌を合わせてしまった、それ自体もいっそ問題ではなかった。そんな経験が、実は今までにも何度かあったゲオルグだ。
では一体何にゲオルグが愕然としているか、それは、そこにいる人物が誰か、という一点のみだった。
いくらゲオルグが目をそらそうと、しかし現実はそこに横たわっているのだ。
ゲオルグの同僚、カイルという名の現実が。
「・・・・・・・・・」
女好きを公言しているカイルが相手とはいえ、この状況で何もなかったとは到底思えない。どこまでかはわからないが、それなりのことはしたのだろう。体の倦怠感と同居するスッキリしたかんじが、それを示唆していた。
ゲオルグは、事実は事実として認めざるを得ない。ただ唯一の救いは、どうやら最低でも自分が掘られた側ではないということだ。ならばカイルは・・・と思ったが、カイルの下半身にかかる服をどけてまで確かめる気になどゲオルグは到底なれなかった。
どっちみち、カイルが目を覚ませばわかることなのだ。
それならばと、ゲオルグは昨夜一体何がどうなって現在こうなっているのか思い出そうとした。カイルが目を覚ます前に、自分の身の振り方を定めておこうと思ったのだ。
きっかけを作ったのが自分なのかカイルなのか、によっても対応の仕方は違ってくるのだから。
昨夜、ゲオルグは女王騎士の飲み会に出た。
主催者は、自他共に認める酒飲みのフェリド。そして参加者は、こんな集いに加わるはずもないザハークとアレニアを除く、女王騎士全員だった。
ガレオンは意外にもNOとは言えないタイプらしく、毎回フェリドに誘われるまま加わっているらしい。
おそらく一人静かに杯を傾けるほうが好きだろうガレオンを、何故フェリドがいつもいつも誘うのか、参加してゲオルグはすぐにその理由がわかった。酒を飲んでも己を失わないガレオンは、必要なブレーキなのだ。酒を飲むと次第に暴走し始める、フェリドを含めた残りの女王騎士の。
フェリドの酒癖の悪さはゲオルグもよく知っていた。男女の関係なく、近くにいるものにスキンシップを取り始めるのだ。いや、あれはスキンシップというソフトな表現は相応しくないとゲオルグは思う。あれは、どう考えても、ただのセクハラだった。
しかも酒を飲めば飲むほどそのセクハラはエスカレートしていく。酔っていても好みは忘れないらしく、その範疇からどうやら外れているらしいゲオルグは自分が被害に合ったことはなかったが、そのままの勢いで最後まで食われてしまったやつを何人も知っていた。
そして、どうやら女王騎士の中ではカイルとミアキスがフェリドの好みの範疇に入るらしい。それでも今までカイルとミアキスが無事だったのは、正にガレオンの努力の賜物だったのだろう。ゲオルグは昨夜、そんな老将に心の中で密かに喝采を送ったことを覚えている。
そして、そんなフェリドの魔の手にいつも晒されているのだろうカイルとミアキスは、だが酒癖の悪さではフェリドにちっとも負けていなかった。
ミアキスは、顔色を変えずにひたすら強い酒を飲み続ける。一見すると素面にも見えるが、その言動はいつもよりもさらに容赦がなくなっていた。いつものミアキスが天然サディスティックなら、酒を飲んだミアキスは、真正サディスティックだ。フェリドにすら平気で刃を向けるミアキスは、充分自分で自分を守れるような気もした。
むしろ、危ないのはカイルのほうだろう。
カイルは酒を飲むとすぐに顔が真っ赤になる。そして、ゲオルグから見れば充分高い普段のテンションが、さらに突き抜けて高くなるのだ。
そして、フェリドと似た癖を持っているらしく、やたら人にベタベタしだす。「構って下さいよー」とゲオルグに抱き付いては鬱陶しそうに払われ、「ガレオン殿、大好きでーす」とガレオンにすり寄っては冷静に対応されてテンションを少し落とし、また酒を飲んで今度は「ミアキスちゃん今日もかわいいねー」とミアキスに近寄ろうとして、彼女の手に握られた刀に気付いて尻尾を巻いて逃げ、そして最後に辿りつくのだ。セクハラ大王フェリドの元へ。
それまでは杯を片手に呆れながら眺めていたゲオルグも、さすがにまずいかと思う。
ガレオンに目を遣れば、彼はゲオルグに視線で任せたと伝えてきた。「兵士さんたち誘って鬼ごっこしましょうよぉ。わたしが鬼でぇ、追いかけてぇ、こうするんですぅ」と言って、楽しそうに笑いながら刀を振り回すミアキスを抑えるので精一杯らしい。
自分がいなかったとき、ガレオン一人で一体どうやってあの三人を抑えられていたのか、ゲオルグは全くもって不思議だった。
それはともかく、今はあの二人を引き離すのが先だろうと、ゲオルグは立ち上がる。
そのとき、頭がくらっとした気がしたが、ゲオルグはしかし気付かなかった。自分も充分酔っ払っている、ということに。酒によって乱れまくっている三人を見ていると、自分は全くの素面な気すらしているゲオルグだ。だが、いつのまにか相当酒量はいっていて、人並みの強さしか持っていないゲオルグは、すでに酔っ払いと呼べる有様だった。
しかしそんな自覚のないゲオルグは、二人に目を遣る。
カイルは「フェリド様ー、お相手して下さいよー」と頬をすり寄せんばかりの勢いでフェリドにしなだれかかっていた。対してフェリドは、「はははは、可愛いやつめ!!」と大層機嫌よさそうに、胡坐をかいた自らの脚の上にカイルを座らせ、その腰をゆったりと撫でる。
ゲオルグはなんとなくメラッと胸焼けのようなものを感じた。そこでゲオルグは、もしかしたら自分が酔っているのだろうかと少し疑う。だがそうであるかどうかよりも、今はカイルとフェリドを引き離すことのほうが重要だ、ゲオルグはそう思った。
そこから何分格闘しただろうか、かなり苦労してゲオルグはどうにか二人を引き離すことに成功した。
そしてカイルを引き摺るようにして、この場を逃れることにする。さっさとカイルを部屋に送り届ければ、全てが終わると思ったのだ。
部屋を出るとき、ガレオンと目が合った。ガレオンはどことなく心配そうな視線を向けてくる。実はゲオルグの足も結構ふらついていたので、それを案じていたのだろうが、しかしゲオルグはそれには気付かず、フェリドとミアキス二人の面倒を押し付けたようなうしろめたさから、早足で部屋をあとにした。
さてあとはカイルを部屋に放り込むだけだ、ゲオルグはそう思ったが、しかしカイルの部屋までの道のりは困難を極めた。
足元が完全におぼついていないカイルは、ゲオルグとほとんど同じ体格で、体を支えることすら一苦労だ。自覚はないが充分足がふらついているゲオルグだからなおさら。
ましてはさらに歩くなど、ほとんど無理に近い。だがゲオルグは、どうにか一歩ずつでも前進していった。
そんなゲオルグの努力など全く知らないカイルは、せめておとなしく身を任せていればいいのに、不意にゲオルグの顔を覗き込み始める。今さら何がめずらしいのか、いまいち焦点の合っていない目で、それでもじーっとひたすらに見つめてくるのだ。
ゲオルグは思わず足をとめた。しばらく、肩を貸す体勢で、そんなカイルと黙って見つめ合う。
「・・・・・・」
なんだか落ち着かない気分になって、ゲオルグはカイルから顔をそらし、再び足を動かそうとした。
が、耳に届いたカイルの声に、ゲオルグはまた足をとめ、その顔に向き直る。
「・・・・・・ガレオン殿ー?」
カイルはボケた調子で、ゲオルグをじっと見つめながら言った。やはり相当酔っているようだ。
ここで何故ガレオンの名が出てきたのか、はただ単純に、たぶんいつもカイルを送ってくれるのがガレオンだからなのだろうと、そのときゲオルグは思った。
「・・・ガレオン殿ですよねー?」
カイルは相変わらずボケた様子で、ゲオルグを見つめてくる。そして、カイルの酒臭い息がどんどん近付いてきて・・・・・・そして今この状況に至る何かがあったはずだった。だが肝心のそこを思い出す前に、ゲオルグの思考は遮断されてしまう。
「・・・・・・んー・・・?」
ゲオルグが長々しく回想している間ずっと安らかな寝息を立てていたカイルが、やっと覚醒の兆しを見せた。
眉を寄せ、何事かをムニャムニャと呟き、それからしばらくしてようやくゆっくりと目を開く。
どこともなく見ていた視線が、やがてゲオルグを捉えた。その目は、昨夜よりはずっとハッキリとしている。
「・・・ゲオルグ殿・・・?」
名を呼ぶカイルの声は、低く掠れていた。それは寝起き特有のものとはどこか違い、どうしても昨夜あったであろう行為を思わせて、ゲオルグはうしろめたいような気恥ずかしいような微妙な感覚を覚える。
カイルはしばらくボーっとしていて、それからようやく自分の置かれている状況を把握し始めた。おそらくゲオルグがしたと同じことを確認しているのだろう。疲労の残る体、互いに全裸に服を引っ掛けただけという格好。
カイルは自分の体を見て、ゲオルグの体を見上げて、を数度繰り返す。
「・・・・・・・・・え、ちょっと、ゲオ・・・っ!?」
やっと可能性に気付いたらしいカイルは慌てて体を起こそうとし、しかし身を起こしきる前に、体を硬直させてしまった。
「・・・・・・・・・」
カイルはしばらく片肘をついた体勢のままので、自分の身に一体何が起こっているのかを嫌々ながら確認しているようだった。
「・・・・・・ゲオルグ殿・・・」
カイルはおそるおそる顔を上げて、ゲオルグを見つめる。その顔色が優れないのは、二日酔いが原因、ではないのだろう。
「・・・ゲオルグ殿・・・言っちゃっていいですか・・・?」
「・・・・・・・・・ああ」
もう大体予想が付きながら、それでも自分はちゃんと受け止めるべきなのだろうとゲオルグは促した。
カイルは口調だけはいつものように軽く、しかしどことなく悲壮感を漂わせて報告する。
「・・・なんか・・・あり得ないところがあり得ないくらい痛いんですけどー・・・」
「・・・・・・・・・」
そうか、そこまでやっていたか、ゲオルグはそろそろ開き直るべきかと思った。未だ記憶は定かではないとはいえ、男としてしでかしてしまったことの責任は取るべきだろうと。いかんせん相手も男なので、どう責任を取ればいいかは皆目わからなかったりもするのだが。
だが、物事に深くこだわらず後を引かないのがカイルという男だ。「あちゃー、やっちゃいましたねー。ま、一夜の過ちってことで、お互いスッパリ忘れましょー」などと軽く言ってくれるのではないか、そうゲオルグはつい期待した。
が、そんなゲオルグの期待通りには、いかなかったのである。
「・・・な、なんでこんなことに・・・」
カイルは呆然・・・というより悄然とした様子で、おそらく記憶を辿っているのだろう。意外に深刻そうなその様子に、ゲオルグの胸に罪悪感がググッと湧き上がる。
確かに、男に掘られるというのは、どんな能天気な男でもショックなのだろう。自分がカイルの立場だったらと思うと、ゲオルグは確かに立ち直れない気がした。
だがカイルは、頭を抱えて信じられないというふうに、しかしゲオルグの予想とはかなり隔たった呟きをもらした。
「なんでこうなるわけー? うしろのバージンはそのときの為にとっておこうって決めてたのにー!!」
「・・・・・・・・・」
ゲオルグの思考は、思わず一瞬停止した。
それから、気が進まないながらもカイルの言葉を解釈してみる。つまり、カイルにとって問題なのは、自分が掘られたことではなく、その相手が願う人ではなくてゲオルグだったこと、なのだろうか。
なんだか微妙にショックを受けたゲオルグの脳裏に、不意に思い浮かぶ人物がいた。
「・・・・・・ガレオン殿・・・か?」
思わずゲオルグが声に出した途端、カイルが激しく反応する。
「な、な、なんでガ、ガレオン殿の名前が出てくるんですかー!?」
一目でわかるほどカイルは狼狽し、その頬がどんどん赤くなっていく。
その様子に、ゲオルグはついに思い出した。どうしてこの状況に至ったのか、を。
カイルはボケた眼差しのまま、どんどん顔をゲオルグに近付けてきた。そして、遠慮も躊躇もなく唇を重ねてくる。
そこで、やめろと振り払っておけば、おそらくは事なきを得たのだ。が、やはりゲオルグは酔っ払っていたのだろう。カイルのキスに、あっさり乗ってしまった。それどころか、積極的に舌を絡ませだしたのはゲオルグのほうだったのだ。
カイルの口内はかなり酒臭かったが、同じように酒を飲んでいたせいかゲオルグは全く気にならなかった。むしろ、逆に美味いと感じる始末だ。
二人とも足がふらつくせいで安定せず、ゲオルグはもっと落ち着いてじっくり味わいたいと思い、カイルを壁に押し付けようとした。
が、その壁は壁ではなく扉で、二人はその部屋になだれ込んでしまう。
ゲオルグはとっさに腕を伸ばして、なんとかカイルを下敷きにするのを阻止した。だがカイルは思い切り後頭部を打ってしまったようで、さすがに酔いが少し醒めたらしく、自分に覆いかぶさる人物を見上げる。
「・・・ガレオン・・・殿・・・?」
眉を八の字にして、カイルはゲオルグに、確かめるように手を伸ばそうとした。
このままではヤバい、ゲオルグは何故かそう思う。
ゲオルグは素早くカイルの口を塞いだ。そしてそのまま執拗なキスを繰り返すうち、散っていた熱がカイルに戻ってくる。
カイルの体から力が抜けたその隙を、ゲオルグは逃さなかった。カイルをうつ伏せにしてしまい、そして一言。
「そうだ、俺はガレオンだ」
本人ならば絶対に言わない言葉だ。
だが、耳元で囁いたゲオルグも囁かれたカイルも、その不自然さには気付かなかった。酒の力とは、全くおそろしいものである。
「・・・・・・・・・・・・」
というのがこの状況に至る全てだった。ゲオルグは思わず頭を抱える。
きっかけを作ったのはカイルだが、しかしどう考えてもこうなってしまったのは自分のせいだった。
酔っていたとはいえ何故好き好んで男を組み敷こうなどとしたのだろう、ゲオルグは自分に呆れながらカイルをそっと窺う。カイルはカイルでなにやら考え事をしているようだった。
繕う余裕などないのかそれとももうどうでもいいのか、相変わらず腰回りに服を巻きつけただけの格好である。その肌には、よく見ると、何箇所も鬱血の跡・・・より正確に言うならキスマークが付いていた。
だが、ゲオルグにはそんなものをつけた記憶が全くない。カイルをうつ伏せにして服を脱がそうとした辺りまではなんとか覚えていたが、その先は全くだった。
確かに知っているはずなのに、その肌の感触も熱さも、声も表情も、何一つ覚えていないのだ。
キスの感触だけは、かろうじて覚えている。思い返して、それがとても心地よかった気がするのは、そのとき酔っていたからだろうか。それとも、今もう一度しても、やはり心地よく思えるのだろうか。
ゲオルグはよくわからない方向へ行く思考を、何故かとめることが出来なかった。それどころか、その考えを行動に移そうとする。
「・・・・・・カイル」
ゲオルグが名を呼ぶと、カイルが顔を向けた。
「・・・なんですかー?」
「・・・・・・・・・」
いつもよりちょっとテンション低く答えるカイルに、ゲオルグは手を伸ばそうとした。
が、そのとき、部屋の扉が不意に開く。
「失礼する」
ゲオルグとカイルと、そして扉を開けたガレオンの、時間が一瞬とまった。
「・・・失礼する」
どれくらいのちか、表面上は平静を保ちながら、ガレオンは去っていく。
ゲオルグはようやく、ここが自分の部屋でもカイルの部屋でもないと気付いた。ガレオンはおそらく、二人が部屋に帰っていなかったようだから、心配で探してくれていたのだろう。
この部屋に鍵などかかっていなかったらしく、見付かったのが兵士などではなくガレオンでよかったとゲオルグは思った。おそらく二人に何があったかは疎そうなガレオンでもさすがにわかっただろうが、ガレオンはそれを言いふらすような人物ではない。
が、しばらくぼうっとしていたカイルは、ハッとしたように立ち上がろうとした。そして、おそらく奔ったのであろう激痛のせいで、またへなへなと座り込む。
「・・・大丈夫か?」
「ゲオルグ殿!!」
さすがに心配になったゲオルグに、カイルは扉を指差して訴えた。
「何やってるんですかー! 早く追いかけて誤解とかないと!!」
「・・・誤解ではないだろう」
今さら追いかけたところで、ゲオルグがガレオンに言えることなど、俺もフェリドのこと言えない酒癖の悪さだったようだ、くらしか思い浮かばなかった。
だがカイルは、ゲオルグに掴み掛からんばかりの勢いで言い放つ。
「誤解です!! だってオレは、ゲオルグ殿とするつもりなんてなかったんですから!!」
「・・・・・・」
ゲオルグはまたなんだかショックを受けた。と同時に、カイルの必死そうな様子から、気付く。昨夜のカイルの行動で充分わかりきっていたことだったが、他に気を取られることが多かったのだ。
「・・・お前・・・ガレオン殿のことが好きなのか?」
「・・・・・・そ、そんなこと・・・っ」
微妙に気が進まないながらも確認したゲオルグに、カイルは慌てて首を横に振って、しかし今さらだと思ったのか、今度はコクリと頷いた。
「・・・・・・・・・」
ゲオルグは、驚くと同時に、なんだかなんとなく面白くない。
だがカイルはそんなゲオルグの気持ちを知ってか知らずか・・・知るわけないだろうが、ぼやき始めた。
「好きですよーそりゃもうずっと前から・・・かれこれ5年?6年?・・・とにかくずっとこっそり片思いしてたのに、こんなとこ見られちゃって・・・あぁ嫌われちゃったらどーしようー」
口調だけはいつも通り軽いが、カイルが本気で落ち込んでいると伝わってきた。
その様子を見てゲオルグは、気の毒にと思うよりも、むしろカイルの思いの深さを目の当たりにしてしまったようで、やはりなんだか面白くなかった。
昨夜自分に抱かれたのはガレオンだと勘違いしていたからか、そう思うともう、面白くないどころではない。そこに付け込んだのは自分だというのに、ゲオルグは身勝手な嫉妬を覚えた。
そう、これはおそらく嫉妬なのだろう。
「・・・カイル、俺が言うのもなんだが、起こってしまったことを悔やんでも仕方ないだろう」
ゲオルグはそんな自分の感情は表に出さず、冷静にカイルに語り掛けた。
「もしガレオン殿がこのことでお前を見損なったとしてもだ、考えようによっては、これ以上評価が落ちることはないだろうから、これを機に積極的に迫ればいいじゃないか」
「・・・・・・・・・」
もうダメだ・・・と言いたげに肩を落としていたカイルは、天の助けとばかりにゲオルグの言葉に聞き入る。
「もしお前のことを見損なったり気持ち悪がったりしなかったとしたら、それこそしめたもんだろう。そっちから攻めればいいんだ」
「・・・そっち?」
「体を使え、ってことだ」
ニヤリ、と思ったとおりに展開していく会話に思わず笑いがもれそうになり、ゲオルグは慌てて真面目な顔を繕った。そしてカイルはそんなことには気付かずに、ゲオルグの算段に知らず手を貸してしまう。
「体? どういうことですー?」
「つまり、まずは体から落とせばいいってことだ。俺は満足してるようだから、お前具合はいいんじゃないか?」
「そうなんですかー? オレは全く覚えてないからサッパリわかんないですけど」
「まあ俺も覚えてはいないがな。何、どっちにしたってこれから上達すればいいだけのことだろう」
そしてゲオルグは、もっともらしく切り出した。自分にとっての、本題を。
「・・・よかったら、俺が付き合ってもいいぞ? もう知らぬ仲でもないしな」
「・・・ゲオルグ殿が?」
さすがに軽く首を捻るカイルに、ゲオルグはやはりさすがに無理があるだろうかと、だが一応畳み掛けてみた。
「一度しちまったんだから、操がどうとか、もうこだわりはないんだろう?」
「はぁ・・・まあ、そうですねー」
「だったら、な」
「・・・うーん」
カイルはゲオルグの提案を受け入れるべきか考えているようだ。
その様子を見て、ゲオルグは思わず、悩むなよと内心でつっこんだ。思い付いたときはいい手だと思ったが、言葉にしてみるととてつもなくあり得ない作戦だと気付いたところだというのに。
そしてカイルは、そのゲオルグのどうしようもない手に、何故だか乗っかってしまう。
「なるほど、そういう手もありですかー。ゲオルグ殿、すごいですねー」
「・・・ふ、まぁな」
感心したようなカイルに、ゲオルグは取り敢えずカッコつけて返してみた。
そして内心では、こいつ大丈夫なのか、と心配になる。よく今まで悪質な奴に引っ掛からなかったな、いやまあだからこうして俺が引っ掛けているわけだがな、などとゲオルグはよくわらからない感慨めいたものを感じた。
そしてカイルは、そんなゲオルグの思いなど、露知らず。
「でもゲオルグ殿、なんで協力してくれるんですかー?」
「それは・・・あれだ、乗りかかった船というか、俺にも責任があるしな」
「ふーん・・・」
うしろめたさで僅かに言葉が澱むゲオルグに、しかしカイルはちっとも疑いを抱かないようだ。
「ゲオルグ殿って、いい人ですねー」
「・・・・・・・・・」
笑顔でそんなことを言われ、ゲオルグは少し良心が咎める。
そしてカイルはさらに、ペコッとゲオルグに頭を下げた。
「じゃー、よろしくお願いしまーす」
「・・・・・・・・・あぁ、よろしく」
ゲオルグはやはり胸がちくりと痛んだが、しかし人間というのは正直なもので、しめしめという思いのほうが大きかったりする。
なんせこれで、また抱くことが出来るのだ。昨夜思い切り堪能したはずなのに全く覚えていない、カイルの体を。
しかし当分は無理だろうから、取り敢えずこの場はちょっとまえの疑問を解消しておこうとゲオルグは思う。
「じゃあ、さっそく、キスの練習でもしてみるか」
「・・・さすがにキスは経験豊富なんですけどー」
そんなふうに返されることなど予測済みだったゲオルグは、用意していた言葉を返した。
「女相手と男相手じゃ、違うだろう」
普通の人になら通用しなくても、カイルだったらこんな理由で大丈夫なんじゃないかと思う。そして、言い切ったゲオルグに、やっぱりカイルは納得してしまった。
「そう・・・言われてみればそんな気もするなー。なるほどー」
「・・・・・・」
単に考えなしなのか、それともゲオルグに対する信頼なのか。それにしてももう少し物事を疑ってかかったほうがいいのではないかとゲオルグは思った。
半分呆れ、しかし半分では、そんなカイルがどうにも可愛く思えてしまうゲオルグだ。
そんな自分をどうなんだと思いつつも、ゲオルグはまあいいかと開き直ることにした。
そして、それよりも今はと、カイルに手を伸ばす。頬をそっと撫でれば、カイルはどうしていいかわからないといったふうに、教えを乞う。
「えーと、オレはどうすればいーんですか?」
「最初だしな、普通にしてろ」
「はぁ・・・普通・・・」
カイルは軽く首を傾げてから、自分なりに普通とは何か考えた結果なのか、目を閉じた。
その自分に向けられた唇を、ゲオルグは遠慮なく頂く。
カイルとのキスは、もうすっかり酔いは抜けていても、それでもやっぱり心地よくゲオルグには感じられた。
END
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エロを省くのはもういつものことなのでいいとして…(よくない?)
このカイルがよく今までフェリドに食われなかったなぁ…とか不思議に思いつつ…
…とにかく取り敢えず、カッコいいゲオルグが好きな人にはゴメンなさい!!ということで(笑)
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