Specific medicine of love



 フェリドに呼ばれて詰め所に行けば、そこには他にカイルとミアキスもいて。女王騎士の中で、よく言えば陽気な悪く言えば軽いメンツが揃っているから、きっとまた何か下らないことでも思い付いたのだろうとゲオルグは思った。
 そして、どうやらそれは正解だったらしい。
「じゃじゃじゃーん!! 見よ、これが噂の惚れ薬だ!!!」
 懐から出してきた小瓶を掲げてフェリドが誇らしげに言うから、ゲオルグは軽く脱力してしまった。その下らなさは全くフェリドらしいが、しかし一国の女王騎士長が女王騎士を集めての用件がそれとは。
 しかし、カイルとミアキスは、フェリドに飛び付いた。
「さすがフェリド様ー、どうやって手に入れたんですかー?」
「それより、早速試してみましょうよぉ!」
 二人はキャッキャとはしゃぎ、フェリドは非常に満足そうだ。一体自分は何故呼ばれたのかと疑問に思いつつ、ゲオルグは別に忙しいわけではないし、しばらくは傍観しておくことにした。この下らないやり取りが、どう発展しどう終結するのか、若干興味もある。
「よし、じゃあ早速試すか!! 誰がやる?」
「はいはーい! オレがやりまーす!!」
 すぐにカイルが手を上げて、フェリドがやり方を説明する。目を閉じて薬を飲み、次に初めて見た人を好きになるそうだ。
「ミアキスちゃん、お願いするねー」
 そう言いつつ、カイルは目を閉じて、躊躇いもせず小瓶を呷った。
 それもある意味フェリドに対する信頼の証なのだろうか、なんて思いながら見ていたゲオルグに、呼んだわりに今まで放っておいたフェリドが近寄ってくる。
「よしゲオルグ、頼んだぞ!!」
 そして、カイルに届かない程度の声で、そうゲオルグに言ってきたのだ。
「・・・・・・は!?」
 この場で頼むというのは、つまり惚れ薬の実験台その2、惚れられるほうになれということだろう。
「いや、ミアキス殿でいんじゃないか?」
「ダメですぅ。カイルちゃんは元々女好きなんだから、私じゃ効果がわからないじゃないですかぁ」
「・・・・・・・・・」
 確かに、それは納得出来る理由だが。
「・・・じゃあ、フェリド、お前でいいだろうが」
 言い出しっぺが責任を持つべきだろう、ゲオルグは当然そう思ったのだが。フェリドはあっさりと言ってのけた。
「俺にはアルがいるからな!!」
「・・・・・・・・・」
 この無責任野郎、とついゲオルグは心の中で罵った。
「あのー、もう目開けてもいんですかー?」
「お、ちょっと待ってくれ! というわけでゲオルグ、頼んだぞ!」
「・・・・・・・・・」
 ゲオルグは深い溜め息をついた。それから仕方なく、カイルの目の前に立つ。どうせ、フェリド相手では最終的にはゲオルグのほうが負けてしまうのがオチなのだ。
 それに、そもそもの惚れ薬、それだってきっと紛い物だろうとゲオルグは思っている。やっぱり偽物か、でこの下らない集まりもお開きになるだろう。
「もういいぞ、カイル」
「はい、いきますよー」
 そして、パチッと開いたカイルの両の碧眼が、ゲオルグを真正面から捉えた。


 人気のない詰め所で、ゲオルグはソファへ腰掛けて、つい大きく溜め息を一つ。
「おっ、どうしたゲオルグ」
 せっかく誰もいなくて心休まっていたのに、すぐにフェリドが執務室のほうから出てきてしまう。
「カイルは一緒じゃないのか?」
「・・・・・・・・・」
 能天気な顔して問いかけてくる悪友を、ゲオルグはつい見上げて睨んだ。
「他人事のように言うな」
「だがなゲオルグ、言うだろう? 人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られてなんとかって」
「・・・・・・・・・」
 何が恋路だ、とつっこみを入れるのも億劫だった。
 フェリドがどこからか手に入れてきたあの怪しげな惚れ薬、だがしかし驚くべきことに、どうやらあれは本物だったようなのだ。
 つまり、薬を飲んだカイルは目を開けて一番に見た人物、すなわちゲオルグに恋をした、らしい。
 いや、らしい、なんて不確定な言い方は相応しくなく。まさしくカイルは、ゲオルグにすっかり惚れてしまったのだ。
 以来、カイルは暇さえあればゲオルグに好きだ好きだと言ってまとわり付いてくるようになった。それは惚れ薬のせいなんだ、と言っても聞きはしない。ただひたすらに、ゲオルグに好意を押し付けてくるのだ。
 だからこうして、カイルのいないときにほっと一息ついていたというのに、そこへそもそもの元凶が現れるもんだから、ゲオルグも苦言の一つも言いたくなる。
「フェリド、お前、責任取れよ?」
 どちらかというと、男に惚れられた自分よりも、男に惚れてしまったカイルのほうが気の毒だとゲオルグは思った。しかも、女好きで男なんて触れるのも嫌だと公言しているカイルだから、なおさら。
 その辺をどう思っているのかと見上げたフェリドは、何も考えていなさそうな晴れ晴れとした笑顔で。
「だが、もしこれを期におまえたちが見事くっついたら、むしろ俺は感謝されるべきだな!」
「・・・・・・・・・」
 ゲオルグは頭を抱えたくなるが、そんなゲオルグに、フェリドはさらに言葉を投げ落としてきた。
「ゲオルグ、だっておまえ、満更でもないんだろう?」
「・・・・・・・・・」
「俺がわからんとでも思うか? おまえ、今、思いっきりカイルのやつに気持ちが傾いとるだろう!」
「・・・・・・・・・」
 ゲオルグは答えずに、こめかみを押さえた。何を馬鹿なことを答える気にもなれない、というわけだったらよかったのだが。
 はっきりと否定が、出来なかったのだ。
 言われた通り、確かにゲオルグは、カイルからのストレートな好意に、次第に絆されかけていた。これまでカイルをそういう目で見たことはなかったはずなのだが、言い寄られたくらいで心が動くということは、そもそも悪からず思っていたのか。よくわからないが、好きだと真正面からぶつかってくるカイルが、ゲオルグにはどうも好ましく映ってしまっているようなのだ。
「だったらなんの問題もないだろう! さっさと食っちまえ!!」
「・・・・・・フェリド、お前」
 ゲオルグは溜め息つきながら、悪友の能天気な笑顔を見上げた。
「忘れてないだろうな。あれは、惚れ薬を飲んだ、その結果なんだぞ」
 ゲオルグに向けられるカイルの好意、それは全て惚れ薬のもたらした、偽物の感情だ。だからこそ、悪くないと思ってしまっているゲオルグは、困っているわけで。
 なのに、言うに事欠いて、食っちまえ、とは。薬の効果が切れたとき、自分が男に迫っていたと知っただけで、カイルは死んでしまうのではないか。キスやそれ以上なんて、カイルの為を思うと、とてもではないがゲオルグには出来ない。
「お前のせいでもあるんだぞ。あいつのこと、ちゃんと考えてやらんか」
 ゲオルグが苦々しく言っても、しかしフェリドはあっけらかんとしたもので。
「今のカイルは、望んでいるようだが? いいじゃないか、キスくらい」
「今のカイルは、では駄目だろう。いずれ、薬の効果も切れる」
 もし一生切れないとでも言うのなら、確かにそのときは開き直ることも出来るが。そこでゲオルグは、確認しておくべきことに今さら気付いた。
「ところで、効果が切れるのはいつなんだ?」
「ああ、そういえば・・・」
 フェリドもすっかり忘れていたようで、思い出すように首を傾げてから。
「確か、2週間程、だったな」
「つまり、あと・・・数日ってところか」
 カイルが自分に言い寄ってくるのは、あと数日だけのこと。これからずっと続くわけではないのだと、ゲオルグはつい確認する。
 そんなゲオルグに、フェリドはにやりと笑って。
「ゲオルグ、惜しいか?」
「・・・・・・・・・」
 全く以って無責任な男だと思う。今カイルがああなのも、そしてゲオルグが今こうなのも、元はフェリドのせいだというのに。いや勿論、軽い気持ちで乗ったカイルと軽い気持ちで付き合ってしまった自分にも、非はあるのだが。
「・・・とにかく、あと数日のことなんだ。放っておいてくれんか」
 しっしと追い払うように手を動かせば、フェリドは仕方なさそうに肩を竦めて、廊下側の扉に向かい。そのまま黙って出て行けばいいのに、振り返って、余計な一言。
「ちなみにゲオルグ、カイルを思って駄目だということは、おまえとしてはしたいということなのか?」
「・・・・・・・・・」
 答えられないゲオルグに、ははははと能天気に笑いながら、フェリドはやっと部屋を出て行ってくれた。


 これでやっとまた、ほっと一息つける、とゲオルグが思ったのも束の間。
「あ、ゲオルグ殿、こんなところにいたんですかー!」
 弾むような声と足取りで、カイルが部屋に入ってきた。そして、ゲオルグの隣に座り、笑い掛けてくる。
 その、側にいられて嬉しい、と言いたげな笑顔。きっと今までは、女性にしか向けたことがなかっただろうに。
 ゲオルグは、不憫な奴だ、と思った。惚れ薬などのせいで、自分なんかを好きになってしまうなんて。
 それとも、惚れ薬などのせいで迫ってくる相手に、その気になりかけている自分のほうが、よっぽど不憫だろうか。
「ゲオルグ殿ー」
 ついじっと顔を見返していたゲオルグに、カイルが呼び掛けてきた。
「もしかして、キスしてくれようとしてるんですかー?」
 その期待に満ちた目から、ゲオルグは視線を逸らさずにはいられない。
「・・・何故そうなる」
「だって、そんなふうにじっと見つめられたら、期待しちゃいますよー」
「・・・・・・」
 少し頬を赤くして、熱を持った瞳で。
 ゲオルグは困ってしまう。これは惚れ薬のせいなんだ、と自分に言い聞かせなければならない、そのことに、一番。
「・・・そんなつもりはない」
「えー、してくれないんですかー?」
 カイルは不満そうに、ゲオルグを間近から覗き込んできて、口を突き出した。
 カイルが元に戻ったときのことを考えれば、してはならないとわかりきっている。だが一方で、ゲオルグは思ってしまっていた。あと、数日しかないのだ、と。
 こんなふうに好意を向けてくるカイルは、数日後にはただの同僚に戻ってしまう。
 今目の前のカイルは、ゲオルグにキスされることを望んでいる。そして、自分は。
 したい。ゲオルグは率直にそう思った。
「・・・正気に戻ったら、殴ってくれて構わん」
 自分はフェリドを殴ろう、などと思いながら。ゲオルグがカイルの肩に手を回せば、カイルは自然と目を閉じて。自分を待っているその唇に、ゲオルグは口付けた。
 一度だけでは済まず、何度も啄ばむように。すっかり身を預けてくるカイルがとても愛しく思えて、なのに同時に罪悪感を僅かに感じなければならないのが、悲しい。
「・・・全く、俺が薬を飲まされた気分だ」
 あのときはまさか、自分がこんなふうにカイルにキスしたいと思うようになるなどと、思ってもいなかったのに。
 思わず呟きながらもゲオルグは、カイルの肩を抱く腕を解けなかった。
「はははははは!! 大成功だな!!!!」
 そんなときに聞こえてきた声に、ゲオルグは一瞬固まる。それからその楽しげな声がした方向に視線を向ければ、そこにいるのは得意満面顔をしたフェリド。
 見てたのか、と呆れるゲオルグだが、フェリドは相変わらずの満面の笑みで。
「カイル、賭けは俺の勝ちのようだな!!」
 そう言うから、ゲオルグはまた一瞬固まった。そして、まさか、とゆっくり口を開く。
「・・・・・・賭けだと?」
 どういうことか、しかしフェリドは説明も弁解もするつもりはないようで、さっさと部屋を出て行ってしまった。そうなれば、ゲオルグの視線は当然、今度はカイルに向かう。
 ゲオルグの視線の先で、カイルはちょっと気まずそうにしていた。
 つまり、ゲオルグがカイルに落ちるかどうか、二人で賭けをしていたということだろうか。いや、ミアキスも含め三人で、惚れ薬も偽物で。
「全部、演技だったのか?」
 そうだとすれば、なんだかとってもショックな気がした。あの好きだと言って笑い掛けてきたカイルが、全部嘘だったことになるのだから。
 だが、カイルは少し頬を膨らませて不満そうに。
「オレが賭けの為に、男に言い寄るなんて、出来ると思いますかー?」
「・・・・・・・・・」
 確かに、女好き男嫌いのカイルに、そんな真似が出来るとはとても思えない。
「だとすれば・・・あの惚れ薬は、本物だったのか?」
「だったら、世の中大変なことになると思うんですけどー」
「・・・・・・・・・」
 確かに、あんなに効き目のある惚れ薬が実際に存在したら、大変だろう。
 と、いうことは。ゲオルグに好きだと言っていたカイルは、演技でも惚れ薬のせいでもないわけで。紛れもない、本物のカイルというわけで。
「カイル、お前・・・」
 果たしてそういうことなのか、ゲオルグが手っ取り早く本人に確かめれば。
「はい、オレはゲオルグ殿のことが、本当に好きなんですー」
 カイルはにこりと笑って、そう言った。その言葉も、笑顔も、今でも惚れ薬のせいではないかと思えるくらい、つまりそこには間違いなくゲオルグへの好意があって。
「つまり、惚れ薬と賭けという体裁を借りた、オレの告白だったわけですー!」
 もうバレてしまったからか、カイルは堂々と爽やかに言い放った。すっきりした様子のカイルに対して、ゲオルグの頭はまだ疑問符だらけで。
「何故そんなややこしいことを・・・」
「だって、惚れ薬のせいにしておけば、好きだって言ってもしゲオルグ殿に引かれたら、効果が切れたって言って元通りに戻れますもん。賭けは、便乗したフェリド様とミアキスちゃんの悪ふざけですけど」
「・・・・・・・・・」
 驚いたようなほっとしたような呆れたような、ゲオルグはどう判断していいのか、言葉も出てこない。そんなゲオルグに、カイルは嬉しそうに笑い掛けてきた。
「でも、望みありそうなんで、よかったですー」
「・・・・・・・・・」
 とにかく、つまり。カイルは、よくわからない手を使ってくるくらい、ゲオルグに好意を持っているということらしい。それにしても、他にやりようがあると思うが。
 だが、カイルの好意が演技でも偽物でもなかったことは、やはりゲオルグにとっては嬉しいことで。ここは素直に喜んでおくべきなのだろうか、そう思いかけてきたところに。
「そうだ、ゲオルグ殿。さっきのゲオルグ殿の言葉ですけどー」
「・・・さっきの言葉?」
 思わず首を捻ったゲオルグに、カイルは満面の笑みを浮かべて言ってきた。
「殴りはしませんよー。だから代わりに、キスして下さい!」
「・・・・・・・・・」
 正気に戻ったら、と言っただろう。それに、代わりにキス、の意味がわからない。
 何からつっこんでいいのか、言葉にならないゲオルグは。だから代わりに、そういえばカイルの肩を抱いたままだったと気付きながら、キスをしておいた。




END

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ゲオカイにおけるゲオルグの基本は、絆される、だと思います。
なんとなく関係持っちゃって、それからちゃんとカイルのこと好きになればいいと思います。
その代わりカイルのほうは、終始一貫愛情だだ漏れで(笑)