bitter darling, sweet honey





「ホントに、何度見ても変な光景ですよねー」
 まるで珍獣を見るような目つきで、カイルはゲオルグをじっと見つめた。より正確に言うなら、ゲオルグと、ゲオルグの持つフォークと、ゲオルグの前に置かれた皿を、である。
 その皿の上にあるもの、それはゲオルグが愛してやまない食べ物、そうチーズケーキだ。
 甘党で特にチーズケーキをこよなく愛するゲオルグは、休憩時間にいつものように食堂に来てその味を楽しんでいた。
 そんなときに偶然やってきて勝手に目の前の席に座って好きなことを言い始めたカイルを、ゲオルグは当然のように無視する。この至福の時間を誰にも邪魔されてなるものか、とゲオルグはマイペースにフォークを動かした。
 するとカイルもマイペースに続ける。
「そのナリで甘いものが好きだなんて、初めはどんなウケ狙いだろうって思いましたもん。まぁ、今でも充分、見てて面白いですけどー」
「・・・・・・」
 いくら無視しようと思っても、カイルのよく通る声は容易く遮断出来ない。どうしても耳に入ってくるのなら、いっそ酒の肴のごとく、会話を楽しもうかとゲオルグは前向きに考え直した。
「お前のほうこそ、意外だがな」
「オレですかー?」
 ゲオルグは、カイルが首を傾げながら何気なく手を遣ったカップを見る。
 ほどよく甘味を持たせたゲオルグのコーヒーとは違って、そこには砂糖一粒、ミルク一滴すら入っていなかった。
「いかにも甘いものが好きそうな面をしておいて、な」
「甘いマスクもオレの魅力の一つですからー」
「・・・・・・」
「でもゲオルグ殿、人を外見で判断しちゃダメですよー」
「・・・・・・お前が言うな」
 やはりカイルと会話しようと思ったのは間違いだったかもしれない、ゲオルグはついそう思う。溜め息をついてから、ゲオルグは一欠片チーズケーキを口に含んだ。
「全く、この美味さがわからんとは、理解に苦しむな」
 独り言のつもりで落としたゲオルグの言葉に、カイルは独り言とも語り掛けともとれない言葉をもらす。
「好んで食べようと思わないだけで、別に嫌いなわけじゃないんですけどねー。女の子に付き合って食べることもよくあるしー」
 聞き流そうと思っていたゲオルグは、しかしついピクリと反応してしまった。
「・・・お前は、女には付き合えるのに、俺には付き合えんのか」
「・・・・・・」
 思わず渋い口調でゲオルグが言うと、カイルは少し身を乗り出す。
「・・・あれ、妬いてますー?」
「そうではない」
 ゲオルグは、嫌味のつもりで言ったのだ。断じてヤキモチなどではない・・・はずだ。
「ふーん」
 カイルは近付けた距離そのままに、ゲオルグを覗き込むように見つめながら、ニコリと笑った。
「付き合ってあげてもいいですよー?」
 カイルはゲオルグのフォークを持つ手を指差し、次に自分の口を指す。
「ゲオルグ殿が、食べさせてくれるなら」
「・・・・・・」
 カイルのわざとらしく悪趣味な提案に、ゲオルグは眉をしかめた。
「そんな女子供のような真似が出来るか」
「違いますよー」
 御免だ、とスッパリ拒否しようとしたゲオルグのセリフを、カイルは訂正する。
「そういうことするのは、女の子と子供と、それから熱々の恋人同士だけでーす」
「・・・・・・・・・」
 益々してなるものか、ゲオルグは思った。気にせず一人で食べ進めようとしたゲオルグを、しかしカイルが放っておくはずもない。
「えー、違うって言うんですかー? ひどーい、じゃあゲオルグ殿は愛情ないのにオレにあーんなことやこーんなことしたんですかー?」
「・・・・・・」
「オレの体が目当てだったんですねーショックー大人って汚いなー」
「・・・・・・・・・」
 ゲオルグは、フォークをケーキにブスッと指すと、カイルの眼前に突き付けた。
 カイルを黙らせるにはこうするしかないと思ったのだ。まんまと術中に陥ってしまったようで面白くないが。
 そしてカイルは、ゲオルグの心境を読んだかのように、してやったりと笑ってから口をあーんと開ける。
 熱々の恋人同士と言いながら、カイルのその動作はむしろひどく子供っぽく、ゲオルグはなんとなくホッとした。今この食堂がほかに誰もいないとはいえ、公共の場でそういうムードになるのには抵抗があるゲオルグだ。
 カイルは色気など微塵もない仕草で、チーズケーキを口に含み、咀嚼し、飲み込む。
「・・・・・・うーん、やっぱり甘いものはあんまり好きじゃないかなー」
「お前な・・・・・・」
 だったら返せ、とゲオルグは大人気なく言いそうになった。
 そんなゲオルグに、カイルはニコリと笑い掛ける。
「でも、オレに甘いゲオルグ殿は、好きですよー?」
「・・・・・・」
 不意打ちのように落とされた、カイルの甘い言葉。そんなことを言って微笑まれれば、思わずキスの一つでもしたくなるところだ。
 が、こんなところでという理性と、またカイルの策にハマってしまったような悔しさから、ゲオルグは行動はせず、代わりに口を開く。
「お前も、俺にとったら、充分甘いぞ? 特にベッドの中ではな」
 言われっぱなしになって堪るかと、ゲオルグはニヤリと笑いながら言った。その言葉に、カイルは目を丸くする。
 それからカイルは、しかしゲオルグの期待からは外れ、こらえきれないように吹き出した。
「あっはははは、ゲオルグ殿、オッヤジー!!」
 カイルはゲオルグを指差しながらケラケラと笑う。
「・・・・・・・・・」
 その様子に、ゲオルグの中の何かがプツリと切れた。
 ここが公共の場だとかはこの際いい、とにかくまだ笑い続けているカイルを黙らせなけらばならない、ゲオルグはそう思う。ガタンと立ち上がってゲオルグは、テーブル越しに、まだ笑い続けているカイルの口を塞いだ。
 大笑いしていた為開いていたのを利用して、濃厚なのを一発、かましてやる。
 それから離れ、ゲオルグはどうだとカイルを見た。突然何するんですかー、などと言って照れるか怒るか、そんなカイルの反応をゲオルグは期待する。
 が、やはりカイルは、ゲオルグの予想通りにはならなかった。今度はカイルのほうが身を乗り出し、ゲオルグのほうに近付いてくる。
「ほら、オレ、そんなに甘くないでしょう?」
 そして、ゲオルグの唇を、ペロリと舐めた。
「ゲオルグ殿のほうがずっと、甘いですねー」
 悪戯が成功した子供のような笑顔を見せるカイルに、ゲオルグは思い切り顔をしかめる。
「・・・訂正する。お前が甘いのは、ベッドの上でだけ、だ」
「・・・・・・・・・」
 渋い声で言ったゲオルグに、カイルは一瞬目を丸くし、それからまた大笑いし始めた。
 そんなカイルを黙らせるのはもう諦めて、ゲオルグはコーヒーを一口飲む。
 ベッドの上で見せる可愛げを、もう少し普段から見せられないのかとゲオルグは思った。だが、普段からあんなふうだと、こっちの身がもたない気も、なんとなくするゲオルグだ。
 甘いお菓子に甘い飲み物は合わない。少し苦味があるくらいのほうが、菓子の甘味がより引き立つ。
 ゲオルグの持論は、カイルにも当てはまるのだろうかと思う。
 だがゲオルグは、愛するチーズケーキとこの男を並べて考えるなどどうかしていると思い直した。
「・・・・・・今晩、覚えておけよ」
「残念でーす。オレ、今夜は見張り当番なんですよー」
「・・・・・・・・・」
 なんの憂いもなく笑うカイルを見ながら、ゲオルグは心の中で、知ったことか、と呟く。
 いつも甘いと思ったら大間違いだ。そう教えてやらねばならん、ゲオルグは強くそう決意した。




END

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こんな話書きましたが、「カイルはどっちかいうと甘党だったらいい」派だったりします。
しかしこの話のカイル、ベッドの上で見せるらしい可愛げが全く想像出来ない…
そして、なんとなく最後の意気込みが空振りに終わる気がするゲオルグ…ゲオルグ…
…これ、ゲオルグ??みたいな…(いや、もうホント…ねぇ)(何)