Please wake me up tenderly !
「ゲオルグ殿、オレって寝起きが悪いんですよー」
「あぁ、よく知っているが」
カイルの唐突な切り出しに、ゲオルグは動じず返す。
いつでもテンションが高いカイルからは想像しづらいが、カイルは朝に弱かった。ベッドを共にするようになって、ゲオルグは初めて知ったのだ。
なっかなか目を開けないし、開けても今度はなっかなか体を起こさないし、起こしても当分はボーっとしてちっとも動き出さない。
仕事がある日など、ゲオルグはそんなカイルを仕事仕様にするのにかなり苦労した。騎士服を着るのを手伝ったり髪を結うのを手伝ったり、目元の朱に至っては完全にゲオルグが入れてあげた。
何故俺が女のような真似を・・・と愚痴りつつもゲオルグが実は結構楽しんでいた、のは措いとくとして。
「で、それがどうした?」
「あのですねー、これ、ちょっと見てくれますー?」
カイルは紙切れを取り出した。
それはカレンダーだった。今月の日付が書き込まれた、何の変哲もないものだ。ある一点を除けば。
「これは・・・?」
「フェリド様がオレに毎月作ってくれるんです」
「・・・・・・・・・」
ゲオルグは受け取ったそのカレンダーをじっと見る。
「・・・この名はなんだ?」
言われてみれば確かにフェリドの字で、日付の下に名前が書いてあるのだ。
そしてその名は、フェリド・ガレオン・ザハークの三名だった。
たまに「休」という文字も見えるが、ほとんど毎日誰かの名が書かれている。
「・・・・・・」
ゲオルグはつい邪推してしまう。他の女王騎士の名もあるのなら仕事関係のなんらかのメモなのかと納得も出来るが。
自分以外の男三人の名がこうもビッチリ書き込まれていると、一体これはなんのスケジュールなんだと問いたくなる。
「・・・・・・ゲオルグ殿、なんか変な想像してません?」
「・・・誤解だというんなら、さっさとわけを話せ」
「・・・・・・相変わらずオレって信用ないんですね・・・ってのはまあこの際もういいや・・・」
カイルは諦めたような溜め息をついてから、ゲオルグからカレンダーを取り返す。
「だいたい、ちょっとくらいは話の繋がりから察そうとして下さいよ。オレ、寝起きが悪いって言いましたよね」
「ああ。毎日毎日こいつらを相手してるから起きれんのか?」
「・・・・・・やっぱりそういう方向に勘繰りますか。たまに本気でゲオルグ殿のこと斬りたくなるんですけどどうしましょうか」
「ふん、お前に安々と斬られはせんから、遠慮なくかかってくるがいい」
「そういう問題じゃないでしょーが」
カイルはまた溜め息をついて、それからカレンダーの「休」の文字を指す。
「これは、オレの勤務が休みの日なんです。全く、女王騎士って休みが少ないですよねー」
「俺に愚痴るな。じゃあ他の名はなんだ」
「それはですねー、話せば長くなるんですけどー」
カイルはそう前置きして話し始めた。
「オレ、勿論女王騎士になった当時から寝起きが悪くてですね、朝の会議に遅刻するどころか、昼過ぎまで寝こけることがしょっちゅうありまして。それで、見かねたフェリド様がこれを作ってくれたんですよー。というわけでこれはー」
カイルは大して長くもなかった話の最後に、カレンダーを掲げて言う。
「オレを起こしに来てくれる人スケジュールなわけでーす!」
「・・・・・・」
ゲオルグは遠慮なく呆れた。
「お前は、天下の女王騎士様に一体何をさせているんだ・・・」
「オレもその天下の女王騎士様なんですけど」
「・・・ならば言い換えよう。天下の女王騎士様が一体何をさせているんだ」
「あはっ、そう言われると返す言葉はないですけどねー!」
「・・・・・・」
ゲオルグは再度呆れる。だがカイルは構わず話を進めた。
「でもねー、さすがにオレも八年も延々と起こし続けてもらってるのは悪い気がするっていうかー・・・」
「大体あいつら、よく八年もそんな下らないことに付き合ってくれてるな」
「それは、ガレオン殿もザハーク殿も真面目ですからねー。女王騎士長様に命令だって言われたら断れないんですよー」
「・・・気の毒な話だな」
「ねー」
「・・・・・・」
お前が同意するな、とゲオルグは心の中で突っ込む。
「そもそも、女官に頼めはいいじゃないか」
「ダメですよー。女の子にそんな厄介なこと頼めません。それに、寝起きの姿とか、見られたくないじゃないですかー。女の子にはカッコいいオレしか見せたくないんですー!」
「・・・・・・カッコいいねえ」
果たして普段のフラフラ女のあとを追っ駆け回している姿がカッコいい姿なのだろうかとゲオルグは大いに疑問を抱いた。
だがそこに突っ込むのはやめておく。言い返してくるだろうカイルの相手をするのが面倒だからだ。
「で、話の趣旨はなんだ?」
「はい、だから、三人には迷惑掛けてて悪いなーって思ってたんですよねー。ずっとこのままじゃいけないなーって。で、ほら、今オレにはゲオルグ殿がいるじゃないですか!!」
「・・・・・・断る」
ゲオルグはカイルがズバリ切り出してくる前に返事を返した。
「えー、聞いてから決めて下さいよー」
「・・・だったら、言ってみろ」
「はい! これからはゲオルグ殿が毎日オレのこと起こしに来て下さい!」
「断る!」
やはりゲオルグの想像通りだった。やはり即答したゲオルグに、カイルは頬を膨らませる。
「なんでですかー? いーじゃないですかー、寝起きの顔を見れるのは恋人の特権ですよー?」
「見るだけならともかく、ときどきならともかく、だが毎日は御免だ。面倒臭い」
「あ、やっぱりゲオルグ殿、オレの寝顔見るの好きなんですねー。やだー、恥ずかしいなあー」
「話をズラすな」
ゲオルグはニヤリと笑うカイルの頭を思わずはたいた。
「大体、もう八年も世話になってるんだろう。だったらこれからも任せればいいじゃないか」
「えー、ゲオルグ殿はオレが他の男に寝起き姿見られても平気なんですかー? オレぼんやりしてるから、悪戯し放題ですよー?」
「・・・・・・されてるのか?」
「それに、オレ、正直言ってあの人たちに起こされるの、ちょっと嫌なんですよねー。起こし方に問題ありっていうかー。聞いて下さいよー」
「・・・・・・」
ゲオルグの問いはスルーして続けるカイルに、しかしゲオルグは再度問えない。どうせ尋ねたらヤキモチですかー?などと調子に乗るからだ。
「ザハーク殿はですねー、ちょっと思いやりってものが足りないんですよねー」
「・・・起こしにきてくれるだけで充分だと思うが?」
「それは命令だから仕方なくなんですよー。だからいっつも、手っ取り早くオレのこと起こしてしまおうって」
カイルは両手をガバッと上げ、ちゃぶ台をひっくり返すような仕草をする。
「こうやって、力ずくでオレをベッドから落っことすんですよ! ひどいでしょー!!」
「・・・いや、いい手だなと思った」
「ちょっと、やめて下さいよー! オレが腰でも打って痛めたら困るのゲオルグ殿なんですからねー!」
「・・・・・・よし、やめておこう」
「はい、そーして下さい。てわけで、ザハーク殿は嫌なんですよー。しかもザハーク殿、オレを落とすと、仕事は済んだとばかりに行っちゃうもんだから、そのあとベッドに戻ってもう一回寝ちゃったこともあってー」
「どんな寝汚さだ・・・」
呆れながらもそんなカイルの姿が鮮明に思い浮かんでゲオルグは益々呆れる。
「で、それじゃ意味ないだろうが、ってフェリド様に言われたらしくって。今度は、オレがベッドに戻らないように監視しだしたんですよー。オレがちゃんと着替え終わるまでずーっと、ただ見てんですよー? あの目つきで!! もー、怖いやら気味悪いやら気持ち悪いやら・・・!!」
「・・・・・・」
わざわざ起こしに来てくれている人にその言い草はないだろうと思ったが、しかしゲオルグはザハークが気の毒だなどと思わなかった。カイルの着替えをいつもいつも凝視している男になど同情して堪るか。
「よし、そうだな、ザハーク殿はやめておけ」
「ですよねー! でもですねー、ガレオン殿も問題ありなんですよー」
「ガレオン殿もか? 一番まともそうだと思うが」
ゲオルグが首を捻ると、カイルは首をコクコクと縦に振る。
「そうなんですよー。ガレオン殿はああ見えて優しい人ですからねー。オレのことも丁寧に根気よく起こしてくれるんですよー。しかも服着るの手伝ってくれたり髪も結ってくれたり、ほんとにありがたいんですねー」
「・・・・・・」
自分と同じようなことをやっているガレオンに、僅かにムッとした。だがゲオルグは、相手は老人相手は老人、と唱えて自分を納得させる。
「別に問題はないじゃないか」
「それがですねー、致命的な欠点があるんですよ、これが!!」
カイルは勘弁ならない!というふうに教える。
「五時ですよ! 朝の五時!! ガレオン殿が早起きなのは勝手ですけど、オレまで巻き込まないで欲しいですよー!!」
「・・・・・・起こしてもらっといて、そんなこと言えた立場か」
ゲオルグは今度は素直にガレオンに同情した。だがカイルはさらに訴える。
「まだあるんですよー。しかもそのあと、仕事が始まる時間まで、ひたすら説教されるんですよー!? 女王騎士としての心構えとか、朝ちゃんと起きれるようになる生活習慣を身に付けろとか!! 途中で寝そうになっちゃうけど、そのたびに一喝されて寝られなくって。オレ、もう、それが耐えられないんですよー!!」
「・・・・・・そうだな、ガレオン殿もやめておけ」
カイルに同情したわけでは勿論ない。せっかくカイルの為を思ってやっているだろうに、ちっとも報われていないガレオンがかわいそうだからだ。
「で、最後にフェリド様なんですけどねー。ある意味、一番タチが悪いっていうかー」
「・・・・・・」
フェリドのことならゲオルグもよく知っている。カイルの言うタチの悪さがどういうものか、なんとなく想像が付いてゲオルグは早くも顔をしかめた。
「まず、気持ちよく寝てるオレにあの髭を擦り付けてくるんですよー! ジョリジョリって!! あの感触、思い出しただけでゾッとするし!! 確かに目は覚めるけど、目覚めは最悪ですよー!!」
ひどい言いようだが、ゲオルグには親友をフォローする言葉は思い浮かばなかった。確かに気持ち悪そうだ、としか思えない。
「それで、いっつもオレは起きるからやめて下さいー!って言うんですけど、聞いてくれないんですよー。まだ寝てていいぞーなんなら俺が添い寝してやろうか!!とか言い出したりして。あの人ってほんとに、普段はただの親バカかエロ親父ですよねー!!」
「・・・・・・」
「で、オレが逃げるように起きても、もーいいですって言ってるのに出て行ってくれないしー。着替えてると突然脇腹とか触ってきて、最近ちょっと痩せたんじゃないか?鍛えないと駄目だぞー、なんなら俺が手伝ってやろうか!ってニヤニヤしながら言うんですよー。あれ、絶対セクハラですよねー!!」
「・・・・・・・・・」
他にもーとかカイルが続けようとしたところで、ゲオルグはカイルから明日の日付の下に「フェリド」と書かれているカレンダーを取り上げ、感情に任せてビリビリと破いた。
「あ、わかってくれましたー? だからこれからはゲオルグ殿が起こして下さいよー」
「・・・カイル、こういうのはどうだ?」
「はい?」
首を傾げるカイルに、ゲオルグはどことなく昏い目つきで提案する。
「いっそのこと、一晩中寝なければ、起きなくてもいい。だろう?」
「・・・・・・いや、それはおかしいと思うんですけどー」
カイルが僅かに呆れたように返すが、ゲオルグは構わなかった。
「仕方ない、俺が付き合ってやろう」
「いやいやいや、結構です。結構ですから、立ち上がってこっちに来る必要もないですよー?」
「遠慮することはないだろう。どうせ迷惑掛けるなら、俺にしとけ」
「なんか愛を感じないこともないセリフですけど、こういうところで言われてもあんまり嬉しくないっていうかー、迷惑だと思ってるならしないでいいですよー、だからこの手を離してくれませんー?」
「・・・そろそろ、観念しろ」
毎度のことだが往生際悪いカイルの唇を、ゲオルグはさっさと塞いでやった。
翌朝、起こしに来たフェリドとゲオルグが死闘を繰り広げ、おかげでカイルがその間しばらく安眠を貪れたのは、また別の話になる。
END
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こういうゲオカイが書いてて一番楽しいです。
言い愛どつき愛、みたいな(笑)
そしてフェリド様はこういうポジションが一番似合ってると思う。
揶揄い半分でカイルにセクハラ。そしてそれが面白くないゲオルグ。
嫉妬も恋愛の重要な要素ですよねー!!
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