You are not obedient, you are plain .




 その日は、ソルファレナで十年に一度くらいのとても寒い日だった。めずらしいことに雪がしっかりと積もり、それは勿論太陽宮も例外ではない。
「寒いー寒いー」
 カイルは思わずぼやいていた。中庭に面した廊下は、屋根はあるが外気に触れていることに変わりはなく、かなり冷える。ファレナの温暖な気候に慣れたカイルが耐えがたく思うのも仕方ないだろう。
 が、そんなカイルの気を知らぬものが、隣にいた。
「・・・これくらいで音を上げるな、情けない」
 呆れたように言う声の持ち主は、ゲオルグだ。はぁ、とわざとらしく溜め息をつくゲオルグに、カイルは口を尖らせる。
「だって、寒いんですもん、寒い寒いー」
「そんなふうに繰り返しても、何も変わらんだろう」
 抗議するように言っても、ゲオルグは澄ました顔してそう返すだけで。こんなときでも泰然としているゲオルグがカイルは面白くなかった。
 そりゃあ諸国を旅して回っていたゲオルグは、様々な気候を経験したことがあるのだろう。そんなゲオルグにとっては、こんな寒さなどまだまだ序の口なのかもしれない。
 それでもファレナで生まれ育ったカイルにとっては、充分堪える寒さなのだ。それなのに、気遣うようなことを何一つ言ってくれないゲオルグが、少々恨めしい。
「・・・あー、寒いー、もー寒いー」
 だからわざとらしく寒いと連呼しているのだが、カイルの目論見など知らないゲオルグは、あからさまに呆れた視線をカイルに向け、それから逸らしてしまった。
「・・・・・・・・・」
 面白くない、そう思いながらも、カイルもゲオルグの視線の先へと目を向ける。
 カイルとゲオルグは、何もただぼんやりと突っ立っているわけではなかった。一応、女王騎士長命令なのだ。
「あー、子供は寒さに負けず、すごいですねー」
「・・・大人もまじっているがな」
 感心するようなカイルの声に、ゲオルグの呆れたような声が続く。寒いと震えていても寒さを気にせず遊んでいても呆れるなんて、一体どうしろというのだ、カイルはちらっと思った。
 二人が見つめる先、中庭には雪遊びにいそしんでいる王子とリムスレーア、そしてフェリドとミアキスの姿がある。四人は寒さなんて感じていない様子で、協力して何やら大きな雪玉を作っているところだった。
「うわー、見てるこっちのほうが寒くなっちゃうなー」
 王子とリムスレーア、ミアキスはあったかそうな手袋をつけているが、フェリドなど素手で雪に触っている。見ているだけでカイルの背筋が冷える気がした。
 だが、その四人は本当に楽しそうで。口からもれる白い息まで弾んでいるように見えた。
「・・・お前も、作る手伝いをしたらどうだ?」
 するとそんなカイルの思いを見透かしたように、ゲオルグが言う。
「えー、でもー・・・」
 簡単に満更でない気分になりながら、しかしカイルは躊躇うように、立っているだけで冷えてしまっている自分の手をすり合わせた。楽しそうで参加したいと思うのも本心だが、寒さに弱いカイルは、どうしても踏ん切りがつかない。
 そんなカイルの心情を、どうやらゲオルグは、完全に見透かしているようだ。
「カイル、あれは雪だるまと言ってな、人に似せて作るんだ」
「へー・・・でも、そんな精巧なものに見えませんけどー?」
 カイルは思わず、四人がかりで作っている、どう見ても丸い・・・と言うにもいびつな雪の塊を指差した。
「フェリド以外は実物を知らんだろうしな。フェリドはあの通り、がさつだから、あぁなるのも仕方ないだろう」
「ふーん・・・」
 雪だるまになるらしい物体からゲオルグに視線を移した、カイルの瞳は、好奇心できらきらしている。
「ゲオルグ殿も知ってるんですかー?」
「あぁ。俺も子供の頃は何度も作ったな。フェリドよりもずっとましに作れる自信はある」
「ふぅーん・・・」
 ぐぐっと、カイルに雪だるまへの興味が湧いてくる。ついでに子供の頃雪だるま作りに夢中になっているゲオルグを想像してみて、カイルはついつい笑ってしまった。
「そうだ、ゲオルグ殿! オレたちも作りましょうよー!」
「・・・・・・俺もか?」
 戸惑ったようなゲオルグに、カイルは当然と頷いて返す。
「フェリド様たちに負けないの、二人で作りましょー!」
 そうと決まったら、冷たいのが嫌だというさっきまでの躊躇いは消えてしまう。カイルは屋根のある廊下から、はらはら雪が舞う中庭へと一歩踏み出した。そしてゲオルグを振り返れば、仕方なさそうに溜め息ついて、ゲオルグも足を踏み出す。
「しかし、さっきまで寒いとぼやいていたのに、それはもういいのか?」
「だって動いたほうがあったまるじゃないですかー」
「確かにそれはそうだがな」
 変わり身の早い奴だと苦笑してから、ゲオルグは自然な口調で言った。
「まぁ、もし冷え切ってしまったら、俺があっためてやろう」
「・・・・・・」
 寒いと連呼していたカイルは、正にそういうセリフを聞きたかったわけで。しかし実際言われると妙に気恥ずかしい。
「わ、ゲオルグ殿、オヤジー! そんなのいりませーん!」
 だからカイルはつい、ごまかすように顔をしかめてから、雪の中へと駆け出した。


「さ、寒い・・・寒い」
 それから数時間後、カイルの本日の口癖は見事に復活していた。
「もうダメです、寒い寒いー」
「・・・わかったから、ちょっと待ってろ」
 口から出る言葉をとめられないカイルに、ゲオルグは仕方なさそうに溜め息をついた。
 雪だるま勝負は結局、大きさはフェリドたち、作りはカイルたちに軍配が上がった。カイルはフェリドのことなど言えないくらい、随分はしゃいでとても楽しかった。あのときばかりは、寒さも冷たさも忘れていた。
 だが、一時間以上雪に触れていたカイルの体が、その間に芯まで冷えてしまっていたのも当然のことで。雪だるまを作り終えて動きをとめた途端、カイルは耐えがたい寒さを覚えてガチガチ震え始めてしまった。
 それは王子やリムスレーアも同じで、親馬鹿フェリドは子供が風邪でも引いたら大変だと室内に戻ることにし、ついでに女王騎士も職を解かれたのだ。
 そして部屋に戻ってきて、冷え切ったらあっためてやろう、と言ったゲオルグは、おもむろに暖炉に火をともし始めた。
 確かにそれもあっためてくれることに変わりはないが、いやいやもっと別の方法があるだろうと、カイルはゲオルグの背を恨めしく見つめる。
 それから、思い付いてその背にゆっくり近付いた。
「・・・カイル、何をやっている」
 予想通りゲオルグが呆れた反応を返したが、カイルは気にせずその大きな背中にぴったりと張り付いた。
「だって、寒いんですもんー」
「だから、火をつけてやったろうが」
「でも、部屋があったかくなるまでには時間掛かるじゃないですかー」
 全く以ってつれない反応のゲオルグにもめげず、カイルは益々強くゲオルグにしがみ付く。
「・・・そんなのいらん、と言ってなかったか?」
「・・・・・・」
 それが照れ隠しだということにくらい、そろそろ気付いてくれてもよさそうなのに、とカイルは少々ガッカリした。
「あのときはあのとき、今は今ですー」
「・・・・・・調子いいな」
 呆れたように溜め息つくゲオルグは、やっぱりちっともカイルの気持ちがわかっていないらしい。自分に巻き付くカイルの腕を解いて、体をカイルと向かい合うように動かし、そしてカイルに向かって腕を広げて、言うのだ。
「カイル、こういうときは、あたためて下さい、だろう?」
「・・・・・・・・・」
 ねだってみせろ、ということらしい。
 カイルはつい口を尖らせてしまった。こういうときは、こっちが何も言わずとも黙って抱き寄せてくれる、べきじゃないだろうか。
 それを、しかもこっちにおねだりしろとは。
「・・・はいはいー」
 不満と、それからやっぱり照れくさいのでぶっきらぼうな口調になりながら、仕方なくカイルは言った。
「どうかオレのことあっためて下さい。これでいんですかー?」
 カイルだって、可愛くねだれるもんならねだってみたい。だが、そもそも女性のように可愛くもない自分がどんなねだり方をしたところで、気味悪いだけだろうとカイルは思う。それでも、そうとわかっていてもゲオルグにねだりたくなってしまう、そんな自分がカイルはなんだか恥ずかしいのだ。
 カイルはいろんな感情をごまかすように、それと軽い仕返しのつもりで、ゲオルグの首筋に手を伸ばした。触れると、カイルの手にぬくもりが伝わると同時に、当然ゲオルグは顔をしかめる。
「・・・カイル」
 いくら寒さに強いゲオルグでも、冷え切った手で肌に触れられるのは堪らないのだろう。でも愛の力で耐えて下さい、と思えど勿論言えないカイルだ。黙ってもっとしっかりゲオルグの首に手の平をくっつけた。
 それから、たぶん今なら嫌がらせと取ってくれるだろうと思って、カイルはゲオルグに顔を近付ける。頬と頬をくっつけると、さすがにそこはそうあたたかくなかったが、そのことはカイルにはあまり関係なかった。
「あー、あったかい・・・」
 つい、口にする。ゲオルグと触れ合っている、という事実がカイルをあったかくするのだ。
「・・・・・・」
 そんなカイルの気持ちにどうせ気付いていないゲオルグは、きっとすぐに放せと振り払ってしまうんだろう、そうカイルは思ったのだが。
 ゲオルグは、予想に反して、カイルの体を引き寄せ抱きしめてくれた。ぎゅっとされれば、嬉しくて寒さを忘れる。
 そのことをゲオルグに教えるのは、でもやっぱり恥ずかしい気がして、カイルはつい軽い調子で口を開く。
「ゲオルグ殿ー、こういうときはオヤジらしく、俺が熱くしてやろう、とか言うんじゃないんですかー?」
「それは、ねだっとるのか?」
「そ、そういうんじゃないですよー」
 はいそうなんです、と答える度胸はカイルにはまだない。慌てて否定すると、何故かそれきり、ゲオルグが黙り込んでしまった。もしかして気を損ねたんだろうかと、腕を解かれないもののカイルは心配になってしまう。
 カイルはそーっとゲオルグを見上げてみた。
「・・・・・・っ!」
 予想外のゲオルグの表情に、カイルは慌ててぱっと顔を俯ける。
 ゲオルグはどうしたことか、優しく笑ってカイルを見下ろしていたのだ。
 そんな顔を向けられると、カイルはまずは嬉しくなる。それから、微笑まれたくらいでこんなに喜んだり取り乱したりするなんて、となんだか恥ずかしくなる。
 ちょっと前まで寒い寒いと言っていたはずのカイルの体は、もうすっかり熱くなってしまっていた。
 もう一度顔を上げるなんてこと出来ずに、カイルはゲオルグの肩に顔を預けてそっと体を委ねる。ゲオルグはそれに応えるように、もっとしっかりとカイルの体を抱きしめてくれた。
 カイルは思った。もしかしたら、ゲオルグは全部見透かしているのだろうか、と。なかなか素直に出せない、本当の気持ちを。
 全部わかっている。そんなところもちゃんと受け止める。さっきのゲオルグの笑顔は、そう言っているように思えた。
 カイルの都合のいい思い込みだろうか。
「もう、あたたまったんじゃないか?」
「・・・まだ、まだですー」
 わかった上で、そんなこと言ってるんだとしたら、ちょっと意地悪だと思うけれど。でもカイルは、悪い気はしなかった。
「まだ、寒いですー」
 本当はもうすっかりあったまっているカイルが愚痴るように言うと、ゲオルグはカイルの耳元に囁き掛ける。
「仕方のない奴だな。お望み通り、俺が熱くしてやろうか?」
 お願いします、と返せないカイルの本心をゲオルグがわかってくれているのなら。
 カイルはゲオルグを見上げて、口を尖らせた。
「いらないです、ってばー」
 突き出した唇が、文句を言う為のものではないと、ゲオルグは気付いてくれるだろうか。
 ゲオルグが、また優しく微笑む。
「だからー、いらないって・・・」
 拒む振りをしながら、カイルは降りてくるゲオルグの唇を受け止めた。




END

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素直じゃないカイルを、ゲオルグはときには冷たくしあしらいときには揶揄いときには甘やかすようです。
という話に途中から何故か変わりました。
寒さを口実にイチャイチャするだけの話のはずだったのですが…
おかげでゲオルグが情けなくなくなって、妙な達成感で一杯です…!(笑)