Love is blind.
「はいどうぞ、召し上がれー」
「では、頂こう」
美味しそうな匂いを漂わせるこんがり焼けたチーズケーキをカイルが差し出せば、わかり易く喜色を浮かべたゲオルグはそれに手を伸ばす。
「どうですかー?」
「・・・・・・・・・」
すぐさま感想を求めるカイルに、ゲオルグはしばらくは答えず、黙って咀嚼した。
それから満足そうに嚥下して溜め息をつき、一言。
「ああ、美味い」
その言葉を証明するように、ゲオルグはまた新たなチーズケーキのかけらに手を伸ばす。一方カイルは破顔した。
「よかったー! ゲオルグ殿の為に作った甲斐がありましたー!!」
嬉しそうににこにこ笑うカイルに、ゲオルグも微笑み返す。
「カイル、さすがだな。お前ならやってくれると思っていた」
その微笑み自体は、カイルもうっとりしているように非常に男前だが、口の端にチーズケーキのかけらが付いてるぞーゲオルグ、とフェリドは心の中でつっこんだ。
そう、ここは女王騎士執務室。そしてフェリドの座るソファーの向かいで、男同士でイチャつく、そんな光景が繰り広げられているのだ。
フェリドがゲオルグと兵の訓練について話し合っていたところに、カイルがやってきた。
その手に焼きたてのチーズケーキが持たれているのだから、ゲオルグの意識がそっちに向いてしまうのは仕方ない。話半ばで、ゲオルグはフェリドの存在を忘れてしまった。
いや、頭の片隅にくらいは留めてくれているかもしれないが、少なくとも後回しなのだろう。ゲオルグにとってチーズケーキは何よりも優先されるものなのだ。そして今のゲオルグにとって、カイルはもしかしたらチーズケーキ以上に大事な存在らしい。
その二つが揃っているのだから、フェリドの存在が綺麗さっぱり忘れ去られたとしても仕方ないだろう。
ただ、訓練についての打ち合わせが途中なのでこの場を去るわけにもいかず、そもそもここは自分の執務室だし、フェリドはおとなしく二人の向かいに座っているのだ。
まあ一番の理由は、好奇心なのだが。
まだ口元にチーズケーキのかけらをくっつけたまま、いつのまにかカイルの肩に手を回しつつ、口をもごもごさせているゲオルグ。この男は、フェリドの昔馴染みで親友で、わざわざこの国に呼び寄せるほど全幅の信頼を寄せている。
だがフェリドの知っているゲオルグは、優しく微笑みながら甘いセリフを吐く男ではなかったはずだ。しかも男相手に。
そして、そんなゲオルグを頬を赤らめながら見つめている男。フェリドがその技量と人柄を認めて女王騎士に抜擢したカイル。
だがフェリドの知っているカイルは、こんなふうに男に肩を抱かれて微笑み掛けられて、頬を赤らめるやつではなかったはずだ。カイルの女好きはとても有名だったのだから。
それなのに、ゲオルグがファレナに来てまだ一ヶ月少々、一体何が起こったのか、二人はデキてしまったのだ。しかもそれ以来、周囲の目を全く気にせず熱々ラブラブっぷりを披露していた。
ザハークやアレニアなどはあからさまに不気味そうに二人を遠巻きに見ている。そして、ゲオルグの旧知の友でありカイルを息子のように可愛がっているフェリドはというと・・・こんな面白いことはない!と大いに楽しませてもらっていた。
フェリドがいくら揶揄っても、二人は狼狽えもせずノロケで返すのだが。フェリドは懲りずに、二人にちょっかいを掛け続けていた。
「おーい、お二人さん、ちょっといいかー?」
フェリドが呼び掛けてみると、カイルが今やっとフェリドの存在に気付いたというかんじで視線を向けてくる。ゲオルグはというと、小さく舌打ちをしたのが見えた。どうやらフェリドの存在をわざと無視していたらしい。
勿論フェリドは、めげない。
「二人とも、そろそろ勤めに戻らんか?」
まっとうなことを言ってみたフェリドに、カイルが即座に返した。
「えー、もうちょっといいじゃないですかー」
口を突き出して言うカイル、相変わらずその肩を抱いたままこくこくと頷くゲオルグ。
「・・・そんなことを言ってもな。そもそも、俺とゲオルグは話し合いの途中で・・・」
「ひどーい、フェリド様オレのことのけものにするんだー!」
フェリドとしては正論を言っただけのはずなのだが、カイルはショックを受けたような顔をする。ゲオルグはそんなカイルを抱き寄せた。
「カイル、こいつはこういう奴なんだ」
「いいです、ゲオルグ殿。オレにはゲオルグ殿がいますから・・・!」
カイルはひしっとゲオルグに抱き付き、ゲオルグは当然しっかりと抱き返す。どうやらすっかりイチャつくだしにされてしまったようだ。
さらに二人は、抱き合うだけでは飽き足らず。
「あ、ゲオルグ殿、チーズケーキついてますよー」
ゲオルグの口元に未だに張り付いていたチーズケーキに、カイルがやっと気付いたようだ。
そして、それを手で取ればいいものを・・・というか本人に取らせればいいものを。
カイルはゲオルグに顔を寄せ、舌でそれを舐め取ったのだ。
唇僅かに外れているだけのそれは、もうほとんど口付けで、二人はそのままキスし始める。
フェリドのことなんてお構いなく、その様子はこのままソファーになだれ込んでしまうのではないかと思わせるものだから、フェリドはコホンと咳払いした。
「こらおまえたち、その前にせんとならんことがあるだろう」
「・・・そうだな」
すると意外にもゲオルグが、すぐに頷きながらカイルとの口付けを解く。
「まずはこのチーズケーキを食べんとな」
「えー」
ゲオルグらしい言葉に、カイルは不満そうな顔をする。だが、ゲオルグが何やら耳打ちすると、カイルの顔が今度はみるみる赤らんでいった。
「も、もう、ゲオルグ殿ったらー・・・!」
体をもじもじさせながら寄り掛かっていくカイルを、ゲオルグは受け止めまたその肩を抱く。
フェリドにはゲオルグが何を言ったのか聞こえなかったが、簡単に想像が付いた。
この続きは今晩じっくりと、とかどうせその辺りだろう。
ゲオルグが再びチーズケーキに手を伸ばすと、一方カイルは時計に目を遣った。
「あ、じゃあオレはそろそろ・・・約束があるのでー」
「・・・約束?」
カイルの言葉に、ゲオルグのチーズケーキに伸ばした手がとまり、若干その顔つきが険しくなる。その約束について、何も聞いていなかったのだろう。
それが面白くて、フェリドは茶々を入れてみた。
「カイル、デートか?」
にやりと笑って言ったフェリドに、ゲオルグは鋭い視線を向け、そしてカイルは軽い調子で答える。
「はい、まあ、そんなところですー」
「・・・・・・・・・」
カイルがにっこり笑いながらぼんやり肯定した瞬間、ゲオルグから遠慮なくぶわっと嫉妬のオーラが放出された。
それなのにカイルはそんなゲオルグを放って、構わずに部屋を出ていこうとする。
こんなゲオルグと二人で部屋に残されるなんて御免なフェリドは、慌ててカイルを呼び止めた。
「おいカイル、なんとかしていかんか!」
「・・・オレを追い出そうとしたの、フェリド様じゃないですかー」
「・・・・・・」
どうやらちょっぴり根に持っているようだ。
「すまん、悪かった。俺が悪かったから、な!!」
フェリドが顔の前で両手を合わせれば、今にも扉から出て行きそうだったカイルが立ち止まってくれた。
そして、肩を竦める。
「もう、仕方ないですねー」
それはフェリドのことを指しているのか、はたまたゲオルグのことを指しているのか。
カイルはゲオルグに背後から近寄ると、ソファーの背凭れに肘を預けつつゲオルグに腕を回し、頬を摺り寄せた。
「サイアリーズ様に付き合って市街に行くだけですよー。変な心配しないで下さいー」
カイルはゲオルグの頬にちゅっちゅとキスをする。すると、ゲオルグの負のオーラがたちどころに霧散した。
「妬いてなどおらんさ。お前が俺以外に気を移すはずないと、俺が一番よく知っている」
とたんに自信ありげに、男らしい笑みを浮かべつつ言うゲオルグだった。そんなゲオルグに、カイルは特に何も疑問を抱かないらしい。
「そうですよ、その通りですー」
何度かゲオルグの唇にキスをお見舞いしてから、カイルは名残惜しそうに離れた。
「・・・じゃあ、そろそろホントに時間なんで、失礼しまーす」
一応フェリドにも忘れず礼をしてから、カイルは部屋を出ていく。
そして、そのとたんに、ゲオルグの口から大きな溜め息がもれた。カイルはサイアリーズとお出掛け、片や自分はフェリドと仕事の打ち合わせか・・・とでも言いたげな溜め息だ。
だがフェリドだって、好きでこうしているわけではない。仕事だから、だ。
「ゲオルグ、さっさと打ち合わせを終わらせようじゃないか」
「・・・・・・いや、ちょっと待て」
しかしゲオルグが、待ったを掛けた。
「これを食べ終わってからだ」
「・・・・・・・・・」
チーズケーキを食べ始めたゲオルグに、何を言っても無駄だろう。フェリドは早々に諦めた。
それにしても確かに、チーズケーキは美味しそうに見える。カイルの愛情がたっぷり入っているからだろうか。
「ゲオルグ、そのチーズケーキ、俺にも一口くれんか?」
是非ともご相伴にあずかりたくなって、フェリドはそう問い掛けてみたのだが。ゲオルグの返事は、にべもなかった。
「絶対にやらん」
「・・・・・・・・・」
ぴしゃりと断られて、なんて大人げないんだ!!とフェリドは半ば憤慨半ば呆れた。
が、たとえばリムが作ってくれた料理なら、自分だって確かに誰にもやりたくないと思ってしまうだろう。
あんまり人のこと言えない気がして、フェリドはおとなしくゲオルグがチーズケーキを食べ終わるのを待つことにした。
だが、ただ黙って待つのも手持無沙汰なので、フェリドは問い掛けてみる。
「ゲオルグ、一度聞いてみたかったんだが、チーズケーキとカイル、どっちが好きなんだ?」
「・・・そんなの、決まっとる」
唐突なフェリドの問いに、チーズケーキを飲み込んでから、ゲオルグは澱みなく答えた。
「崖からカイルとチーズケーキが落ちそうになっていたら、チーズケーキを助けるが」
「・・・・・・・・・」
フェリドの問いも大概だが、ゲオルグのこの答えも人としてどうかと思う。まあカイルは崖からそう簡単に落ちないから、だろうが。
ゲオルグは相変わらずチーズケーキを頬張りつつ、真面目な顔をして言いきった。
「勿論、どちらをより愛してるかといえば、カイルだ」
「・・・・・・・・・」
男らしい気もするが、何か違う気もする。だが、ゲオルグにチーズケーキよりも愛していると断言させたカイルはかなりすごいなぁ、とフェリドは感心しておくことにした。
しばらくして、ゲオルグはカイルの愛情チーズケーキをようやく食べ終える。じゃあそろそろ打ち合わせをしようか、とフェリドが言おうと思ったそれよりも早く、ゲオルグが口を開いた。
「フェリド、さっさと打ち合わせを終わらせるぞ」
「・・・・・・」
それはまさしくこっちのセリフだった。待たされていたのはフェリドのほうなのに、何故ゲオルグに急かされなければならないのか、フェリドは納得いかない。
だが、ゲオルグの考えていることは、簡単に想像が付いた。チーズケーキを食べ終わったら、もうこんなところには用はないのだろう。さっさと打ち合わせを終わらせて、カイルを追い掛けていきたいのだろう。
「・・・まぁ、そうだな。さっさと終わらせよう」
ここで揶揄ったりおちょくったりしてゲオルグを引き止めるという手もあるが、そんなことをしたらなんだか命の危険を感じる気がする。最近のゲオルグには、カイルに関しては、いまいち冗談が通じないのだ。
兵の訓練についての打ち合わせは、早く終わらせたいゲオルグのおかげで、それはもう早くに終わってしまった。
「じゃあ俺はこれで」
「あぁ、カイルによろしくな」
さっさと立ち上がって部屋を出ていこうとするゲオルグに、フェリドは極めて一般的な挨拶の言葉を掛けたつもりだったのだが。
「・・・ふん、お前と宜しくなんてさせて堪るか」
「・・・・・・・・・」
さすがのフェリドも、つっこみの言葉すら浮かばなかった。何も返せないフェリドに構わず、ゲオルグは部屋から出て行ってしまう。
きっとカイルの気配をどうやってだか辿って見付けだして、迷惑がるサイアリーズになどお構いなく付き纏うつもりなのだろう。
そんな、フェリドの記憶の中のゲオルグがとてもしそうにない行動が、なのに今は容易に思い浮かんでしまう。
ゲオルグをそんなふうに変えてしまうなんて、恋っておそろしい、フェリドはしみじみそう思った。
だが、恋がどんなに素晴らしいものかも、フェリドはよく知っている。傍から見れば単なる色ボケでも、本人たちは至って真剣で、そして幸せなのだ。
「俺もアルのところに行くかな・・・」
なんだか人のことを言えない気がしてきたフェリドは、今でも初めの頃と変わらず大いなる愛情を抱き続けている自らの妻を思い浮かべた。
「・・・・・・いや」
だがしかし、執務中だからと追い返されてしまうのがオチだと、悲しいかな予想出来てしまう。
フェリドは溜め息をついて、揃って色ボケな二人を少々羨ましく思いながら、自分の仕事に戻った。
END
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あんなこと言ってますが、いざというときはカイルを助けようとすると思いますよゲオルグ。(そこはどうでもいい)
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