confession
これっきり、ゲオルグとはもう二度と会えなくなるかもしれない。
現実感を帯びるその可能性に、カイルは耐えられなくなった。
どちらが死んでもおかしくない状況で、これがゲオルグに何かを伝える最後のチャンスになるのかもしれないのなら。
「・・・・・・ゲオルグ殿!」
王子を追っていこうとするゲオルグの背に、カイルは堪らず声を掛けた。
振り返ったゲオルグが、カイルを真っ直ぐ見る。
その、鋭くもどこかあたたかい眼差しが、カイルは好きだった。おおらかで飄々とした性格も、戦闘スタイルも、その強さも、全部全部好きだった。
こんなにも自分がゲオルグを好きなんだと、これが最後になるのなら、知っていて欲しかった。
ゲオルグを正面から見つめて、カイルは思いを言葉にする。
「オレ・・・あなたのことが好きです!!」
そしてカイルは、すぐにゲオルグに背を向けた。
ゲオルグの答えなんて聞きたくない。ただ自分の気持ちを知ってくれればいいのだ。
これでもう心残りはない。カイルは振り返らず、戦場へと駆け出した。
そのときは、勿論、後悔なんてしなかった。
だが、また会えるとわかっていたら、絶対に言わなかっただろう。
もう二度と会うことはないかもしれない。だからこその一言は、また会ってしまうと、これほど気まずいものはない。
そりゃあ、お互いに無事なことはこれ以上ない幸いだと思う。また会えることも、嬉しいことは嬉しい。
それでも、自分の気持ちを知られていると思うと、とても顔を合わせられなかった。
あれからいろいろあったことだし、ゲオルグがあのときの言葉をすっかり忘れていてくれていれば。そうすれば、また今後も気の合う同僚として付き合っていくことが出来る。
太陽宮を逃れてここレインウォールに着いてから、カイルはそればっかり願っていた。
バロウズの屋敷で、カイルは当然のようにゲオルグと同じ部屋を宛がわれてしまった。
嬉しさがないわけではないし、だからこそ困るというのもあるのだが、何よりも気まずいというのが大きかった。
だが、ゲオルグが覚えていなければいいと期待している以上、変な態度をとるわけにもいかない。
自然体自然体、と呟きながら、カイルはゲオルグと二人きりになるのを上手く避け続けた。
夜寝る時間にもなればそうもいかないかもしれないが、カイルは考えてゲオルグが他の人と話し込んでいる間に部屋に戻ってきた。ゲオルグが不在の間に、お風呂に入りそしてベッドにも入ってしまっておくことにしたのだ。
久しぶりに体の汚れを存分に落としてすっきりしてから、用意されていたゆったりした夜着に着替える。これであとは、もう寝るだけ。
というところに、運よくと言うべきか悪くと言うべきか、ゲオルグが部屋に戻ってきてしまった。
「・・・もう休むのか?」
「・・・・・・ええ、まあ、そのつもりですけど・・・」
ベッドにすすすと歩み寄りながら、カイルは自然な口調を心掛けて返事する。
「そうか」
対するゲオルグは、酒瓶2本を器用に提げた右手を上げて見せた。
「酒でも飲もうと思ったんだが・・・まあ、少しくらい付き合わんか?」
「う・・・・・・」
ゲオルグは声を掛けておいて、何故か部屋を出て行ってしまった。取り敢えずついて来いということなのだろう。
カイルは一瞬のうちに逡巡した。
ゲオルグとお酒を飲むのは好きだ。酒の席独特の、距離が近付くかんじが嬉しいからなのだが。今のカイルにとっては、それはちょっと困る。
こうやって誘ってくるということは、ゲオルグはあのときのことを覚えていないかもしれない。それなのに、酔った勢いで地雷を踏んでしまわないとも限らない。そもそも、あのときのことを問いただす為に誘われているのかもしれない。
だが、カイルの足はいつのまにか、ゲオルグを追って歩き出していた。
やはり、好きな人から誘われれば、勿体なくて断るなんて出来なかったのだ。
ゲオルグは屋敷を裏口から出て、さらに歩く。辿り着いたのは、花の咲き誇る庭園だった。バロウズのものにしてはめずらしく、無駄に派手でなければきつい匂いもなく、月明かりにひっそりと花が綻んでいる様は美しい。
しかし、ゲオルグが酒を飲む場所に選ぶには、ちょっと意外過ぎる。
「・・・ここ・・・ですかー?」
「ああ」
だがゲオルグは、花壇の淵にさっさと腰を落ち着けてしまった。仕方ないのでカイルもその隣に腰を下ろす。
「たまには、こんな場所もいいだろう。血生臭くて深刻な日常をしばし忘れて、な」
「・・・・・・」
つまり、戦況やらその辺りの話はやめておこうということだろう。いつもならカイルとしても、そんな堅苦しい話なんかしたくないから、そのほうがいいのだが。
話題の幅が限られてしまうと、もしかしたらあのときのことに話が及んでしまうかもしれない。
カイルはそれを想像しただけで逃げたくなったが、今さらそんなことも出来ない。ゲオルグが差し出してくるグラスを受け取って、おとなしく酒を注がれ、そして乾杯した。
こうなると、酔わなきゃやってられない心境で、カイルは酒を喉に流し込んだ。素面でもゲオルグと二人きりでいれば迂闊なことを言ってしまいかねない。なら、酔った上の戯言だったと、そうあとから弁解出来るほうがましな気がした。
ぐいっと一杯飲み干すと、ゲオルグがまた酒を継ぎ足してくれる。ありがたくそれを拝借して、また一気に呷ろうとした、そのとき。
「ところでカイル、あのときのことだが」
「・・・・・・・・・・・・え?」
カイルはグラスを傾けたまま、手をとめた。ゲオルグがあまりにも自然に切り出したから、一瞬何を聞かれたかわからなかった。
それから、もしかしてと思ったとたんに、心臓が大きく跳ねる。
いやでもまさか、ゲオルグのほうから蒸し返してきたりなんかしないだろう、カイルはそう思い直そうとしたのだが。
「俺が太陽宮を出る前に、出会ったときにお前が言ったことだ」
「・・・・・・・・・」
カイルはグラスを落としそうなほど動揺しながら、どうにか平静を繕った。
「な、なんのことですかー?」
シラを切って逃げられるものなら逃げたい。カイルは素知らぬ顔で言ってみた。
「・・・聞かなかったことにしたほうがいいのか?」
「・・・・・・・・・」
しかし、ゲオルグにそう言われて、カイルは考えてしまう。
こうやって顔を合わせることがあるとわかっていたら決して言わなかったし、ゲオルグが忘れてくれていればいいと思った。
だが、実際ゲオルグは覚えているのだろう。だったら、知らぬで通しても意味はないかもしれない。せっかく気持ちを伝えたのに、という気もしないでもない。
「・・・・・・いえ、あの・・・それはちょっと・・・」
真っ直ぐ見てくるゲオルグとは目を合わせられず、顔を伏せながらカイルはぼそぼそと答えた。
「それは困るというか・・・勿体ないというか・・・」
「はっきりせんな」
「・・・・・・・・・」
ゲオルグが何故こんなことをはっきりさせたいのかわからない。
が、カイルは二杯目の酒をぐいっと飲み干し、そして開き直った。
「はい、オレはゲオルグ殿が好きです! あのときもそう言いましたー!!」
吹っ切ったように言い切って、しかしカイルは次の瞬間、やってしまったと後悔する。どうしてこんなことになったんだろうと、肩を落として溜め息をついた。
せっかくこの状況なのだから、素直に再会を喜びたかった。
「もー、やめましょうよ、こんな酒のまずくなる話・・・」
「不味くなるのか?」
「・・・ならないんですか?」
男に好きだなんて言われても、困るか嫌だと思うか、どちらかだろう。間違っても嬉しくなんてないはずで、蒸し返したいものでもないはずだ。
カイルだってそうだし、だから今まで何もゲオルグには伝えなかったのだ。
言ってしまった今となっては、ああ好かれてるんだな、それくらいの感想を持ってくれれば充分で、あとはそっとしておいて欲しかった。
だがゲオルグは、マイペースに酒を進めながら言う。
「別に、悪い気はせんが」
「・・・え、な、なんでですかー?」
とても信じられず、ゲオルグにはそういう気があるのかとカイルは思わず疑った。
「お前は、俺に言われたら、嫌か?」
「・・・それは、ちょっと違うと思うんですけど」
そりゃあカイルはゲオルグのことが好きなのだから、好きと言われれば嬉しく思うだろうが。
「なんとも思ってない男に好きだなんて言われても、オレは気持ち悪いし嫌ですけどー。男なんて絶対にごめんですもん」
カイルはゲオルグに対して好意を抱いてしまっていてなお、断言出来た。ゲオルグ以外の男なんて、あり得ない。
だが、ゲオルグはもしかしてそうじゃないんだろうかと、カイルは不安になる。
自分のことを嫌わないでくれるのは嬉しいが、かといってゲオルグが男も大丈夫な人だったら困るのだ。ゲオルグが女性を選ぶなら当然だし祝福もするが、自分以外の男を選んだりなんかしたら、つら過ぎる。
是非ともそこは確かめなければ、と思うカイルの気持ちを知ってか知らずか、しかしゲオルグは話題を違うほうに持っていってしまった。
「そんな男嫌いのお前が、何故俺なんかを好きになったんだ?」
「・・・・・・・・・・」
直球で問い掛けてくるゲオルグに、カイルは酒のせいだけでなく顔が上気するのを感じる。
「そ、そんなこと聞いてどうするんですかー?」
非常に居た堪れないのと同時に、カイルは信じられない。話を蒸し返したどころか、そこまでつっこんでくるなんて。
「まあ、好奇心だ」
しれっと言いながら、ゲオルグはまたカイルのグラスに酒をついでくる。
「・・・・・・・・・」
ゲオルグは面白がっているのか揶揄っているのか、わからないが。そろそろアルコールも回ってき始めたカイルは、さらに酒をぐいっと呷った。結構度数の高い酒らしく、喉が焼けるような感覚と共に、頭もぼおっとしてくる。
カイルはそろそろ、本格的に開き直りたくなってきた。どうせ、好きということはバレているのだ。酒席でのやり取りだということも、カイルの気を軽くする。
「そりゃあ、最初はそんな気なかったし、むしろ気に入らなかったくらいでー・・・」
「ほお」
ゲオルグが少し興味深そうにした。
カイルは外面を繕うのを得意にしているから、ゲオルグも気付かなかったのだろう。ゲオルグに対する悪い印象が、たいして長続きしなかったからでもあるだろうが。
「フェリド様が突然呼んできたどこの馬の骨とも知れない男で、しかも妙にフェリド様が信頼しているもんだから、面白くないし・・・」
カイルは正直な当初の感想を述べてから、でも、と続ける。
「フェリド様が頼るだけあって強いし、頭も固くなくて付き合い易いし、話も面白いし、見た目だって美丈夫って感じで逞しくて・・・」
挙げるとキリがない気がして、カイルは途中でとめた。ゲオルグに引かれたら困る。
「とにかく、はっきりした理由なんてわかんないけど、そんなもんでしょー? 恋なんて」
言ってから、カイルは可笑しいような、虚しいような、微妙な気分に襲われてつい笑った。
「はは、おかしーの。男が男に、恋だなんて」
しかも、女好きだったはずの自分が。いや、今でも女の子は好きだと思う。
それでも、それよりももっとゲオルグのほうがいい、カイルにはそう思えてしまうのだ。
カイルはついゲオルグをじっと見つめた。この男のどこがいいんだろうと思うと同時に、どこもかしこも素敵に見えてしまう。
「ゲオルグ殿ー」
カイルはゲオルグを見つめたまま、そっと手を伸ばした。
「気持ち悪いなら悪いって、言ったほうがいいですよー?」
グラスを持つゲオルグの手に触れてみたが、ゲオルグは何故か嫌な顔をしない。どうしてかはわからないが、そんな態度を取られると、カイルは引っ込みがつかなくなってしまう。
「・・・オレ、調子に乗っちゃいますよー?」
今度はゲオルグの、ちょっと硬質の黒髪を引っ張ってみても、ゲオルグはその手を振り払おうとはしない。それどころか、その手に自分の手を重ねてきた。
「・・・調子に乗って・・・それで何をしたいんだ? 触るだけか?」
「・・・・・・・・・」
ゲオルグは一体何を考えているのか、しかしカイルには段々気にならなくなっていく。すぐ側にゲオルグがいる、触れられる、カイルの思考は急速にそのことだけに支配されていった。
「・・・触るだけじゃ・・・やです」
カイルは正直に答えて、ゲオルグのほうへ身を乗り出す。
触るだけじゃなくて、キスしたり肌を合わせたりしたい。ゲオルグのほうから触ってくれたら、もっと嬉しい。
「ゲオルグ殿・・・」
カイルはゲオルグの精悍な頬に頬を寄せ、動物がするようにすり寄った。それから今度は、肩に頭を乗せ、身を預ける。
「好き、です・・・ゲオルグ殿」
本当は一番、こうやって側にいられることが何より嬉しい。カイルはゲオルグの体つきをぬくもりをその身に感じながら、夢見心地で呟いた。
「好きです・・・好きなんですー・・・大好きです」
まるで一つ覚えのように、カイルの口はゲオルグへの告白を繰り返す。それに対するゲオルグの返事はなく、しかし頭を優しく撫でてくれた、気がした。
酩酊状態のカイルの意識は、いつのまにか一旦遠のいていってしまう。
次にカイルが目を覚ましたとき、どうやらすでに部屋に戻ってきているようだった。ここまで連れ帰り、そしてベッドに寝かせてくれたのだろうゲオルグが、カイルの真上に見える。
すぐに退いてしまおうとするゲオルグに、カイルはつい腕を伸ばした。
「ゲオルグ殿ー、離れちゃやですー」
素面ではとても言おうとも思い付かないセリフが、カイルの口から出てきてしまう。ゲオルグの腕を掴み、そしてまた繰り返す。
「好きです、ゲオルグ殿、好きですー・・・」
「・・・・・・それは、もうよくわかった」
ゲオルグが苦笑した気がした。
再び眠りへと引き摺られていくカイルにははっきりとわからず、ゲオルグが笑ってくれて嬉しい、ただそんなことをぼんやりと思う。
「・・・へへへ、ゲオルグ殿、好・・・き・・・」
懲りずに繰り返そうとしたその言葉を最後に、カイルの意識は今度こそ深い眠りへと落ちていってしまった。
「・・・言いたいだけ言って、俺の返事も何も聞かんつもりか?」
そんなゲオルグの呟きも、カイルにはもう届かない。ゲオルグの顔が降りてきて、カイルの唇にそっと触れてきたことにも、気付けるはずなかった。
翌日、昨夜のことをほとんど覚えていなかったカイルは、しばらくは自分が何かをやらかしていないか心配するのに頭が一杯になってしまう。
そのおかげで、ゲオルグの返事を聞くのが、少し遅くなってしまったのだった。
END
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ゲオルグにはちゃんとカイルに応える気がありますよ。(そうじゃなきゃ酷い)
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