カイルは猫と人間が交じり合った動物でした。
金色の髪の毛と青い目。淡い牛乳色の耳と尻尾を持つ猫です。
同じような姿の仲間が暮らす村で平和に生きていたカイルが人間に捕まったのは、もう一月も前の事でした。




今、カイルは冷たい檻の中に居ます。
カイルを捕まえた人間は、嫌らしい顔をして、ぎらぎら光る宝石をいっぱい身につけた奴でした。
同じ檻に居た動物が教えてくれたのですが、カイルのような珍しい動物を捕まえては誰かに売り払っているのだそうですのです。良い人間に飼われたら美味しいご飯を食べさせてもらって可愛がられるのですが、悪い人間だと殴られたり苛められたりして、ご飯もあまり食べさせてもらえないそうです。
カイルは怯えながら、自分が売られる日を待っていました。
一匹ずつ仲間が減っていきます。とうとうカイルだけになってしまいました。
絶対にもうすぐ自分は売られてしまいます。ここにはもうカイルだけしか居ないのですから。
「どんなにんげんに、かわれるんだろー」
カイルはぽつりと呟きながら、尻尾と身体をくるんと丸めて蹲りました。カイルだけになってしまった檻は寒くてたまりません。他の動物と身を寄せ合って寒さをしのぐ事も出来ないのです。しかも人間はけちんぼで、カイルにぼろぼろの布きれのような服しかくれませんでした。きゅうっと身体を縮めても寒さは和らぎません。
良い人間に飼われたら、こんな寒い思いをしなくて良くなるのでしょうか。でも悪い人間だったらもっと寒い場所に追いやられてしまうかもしれません。寝る場所はどんな所をくれるのでしょうか。もう村に帰る事は出来ないのでしょうか。一体自分はどうなってしまうのでしょうか。
「にんげんにかわれるって、どういうことなのかなぁ…」
カイルは未知への恐怖に耐え切れず、ひとつぶ涙を流しました。




しかし次の日の朝、突然周囲が騒がしくなりました。
「貴様が行っている亜人の密猟及び密売は違法である!」
ばたーんと扉が開いた音がしたかと思うと、カイルが知らない人間の声が聞こえてきました。
「ま、待ってください女王騎士長閣下!」
これは、カイルは大嫌いな、カイル達を捕まえている人間の声です。
「弁解は牢屋の前で聞こうか?」
「そ、そんな……!」
ばたばたと何人かの足音もします。何が始まったのでしょうか。カイルは檻の隅っこで膝を抱えて丸まりました。耳は物音をよく聞こうと、ぴんと立っています。
「ガレオン、お前は証拠を全て取り押さえろ!」
「はっ」
カイルの頭上で声がしたかと思うと、いきなり檻にかけられていた布が取り払われました。カイルは急に明るくなったので、眩しくて目をぱちぱちと瞬かせました。
いったい何が起こったのでしょう。
檻に顔をくっつけて見ると、カイルや他の動物を苛めていた人間が、黒と金色の服を着た人間に剣を向けられていました。次に上を見ると、先ほどの人間と同じような服を着た人間が布を手に立っていました。長くて、白のような、お水にほんのちょっぴり土を溶かし込んだような不思議な色の髪で、浅黒い肌をしています。片方の手に大きな大きな武器を持っていました。カイルが今まで見てきた人間とは違い、背が高いし、太っても居ないし、にやにやと変な笑い方もしないし、なにより酒臭くありません。こんな人間も居るんだな、とカイルはぼんやりと考えました。
「この檻にはお前だけか?」
話しかけられて、カイルはびくりと耳を伏せて怯えました。カイルを捕まえた人間は、気まぐれにカイルを叩いたり髪の毛を引っ張って持ち上げたりするのです。カイルには怯える癖がついてしまっていました。
それに気づいたのでしょうか。人間は膝をついてカイルと眼を合わせてきました。檻から指を差し入れて、カイルの鼻の上をくすぐります。カイルを宥めようとしているようでした。カイルはそんな真似をされたのは初めてだったので驚きましたが、すぐに警戒を解きました。だって人間の指先はとても優しい感じがしたのです。皮が硬くてちくちくと痛かったのですが、カイルは笑顔を浮かべて人間の指に鼻先を押し付けました。
そうだ。この人間に質問をされていたのです。
思い出したカイルは慌てて檻の柵を両手で握って、人間を見上げて答えました。
「にゃっ。カイルだけですー! ほかのみんなは、うられちゃいました!」
「ふむ。一足遅かったか…」
人間が難しい顔で呟きます。カイルは人間が自分を見てくれなくなったので悲しくなりました。自分に初めて優しくしてくれた人間です。もっともっと優しくしてほしかったのです。カイルは柵の間から手を伸ばして、長い髪を引っ張ります。
「こっちみてくださいー」
「どうした?」
人間はすぐにカイルを見てくれました。
「またおはな、なでてくださいー」
言うと、人間は妙な顔をしました。動きが止まってしまい、カイルを撫でてくれる気配はありません。カイルは諦めずに髪の毛を引っ張り続けました。何時の間にか、大嫌いな人間が部屋の外に連れていかれたようでしたが、カイルはまた優しく触って欲しかったので、それ以外の事はどうでも良くなっていました。
「ははは。懐かれたなガレオン!」
「閣下」
顎に髭が生えた人間が近づいてきました。その言葉を聴いたカイルは、自分に優しくしてくれた人間の名前がガレオンなのだと分かって嬉しくなりました。ガレオン。とても格好良い名前に感じられたのです。ガレオン。ガレオン。何度か呟いて、尻尾を揺らしながらうふふと笑いました。そんなカイルをガレオンは複雑な顔で見ています。
「どうやらこいつ一匹だけらしいな。明日にでもこいつの競りをして、すぐに新しい商品を揃える手筈だったらしい」
「そうでございますか」
「さてガレオン。ここで俺から一つ提案なんだが」
「なんでございましょう?」
「お前、こいつの世話を見てみないか?」
「………は?」
ガレオンが間の抜けた声をだしたので、カイルはきょとんと首をかしげました。
二人は何の話をしているのでしょう。
カイルが嫌いな人間も居なくなってしまったし、分からない事だらけです。
「今は女房にも逃げられて一人身だろう。しかも色めいた気配も全く有りはせんし。だがなぁガレオン、お前も体験していたから分かるだろうが、自分を待つ誰かが居るというのは良いものだぞ! だからこいつの世話をお前に任せよう」
「いや、お心遣いは有りがたいのですが、我輩は…あまり小動物は得意ではございませんし」
「しかしこいつは懐いているようだぞ?」
なあ、と見下ろされたので、カイルはうんうんと何度も頷きました。本能的に、閣下という人間に同意したほうが良いと分かったのです。
「というか密売品は押収し保管をするべきでは…」
「そう。それだ。保管する、とは言うがこれはこの通り生きているではないか。誰かが世話をしなくてはならないだろう」
「しかし我輩は…」
カイルは大きく息を吸って、叫びました。
「カイルはガレオンがいいですー!」
頭上で交わされる会話。カイルのおつむでは理解しきれないくらい難しかったのですが、うんうん唸って頑張って聞きました。全部は分からなかったのですが、なんとなく自分の話をしていると分かったのです。もう嫌いな人間は居なくなって、カイルが売られる事もなくなったというのも分かりました。そして、ガレオンがカイルの世話をしろと言われている事も。
だからカイルは大声で言いました。ガレオンに世話をしてもらえるなら、これほど嬉しい事はありません。きっとガレオンならカイルに優しくしてくれます。
「ほらこいつもこう言っているではないか。……お前の名はカイルというのか?」
髭の人間がガレオンに向けた顔をカイルへと向けて訊いてきました。
「にゃ!」
「カイル、ガレオンの元に行きたいか?」
「にゃん!」
カイルは尻尾をぴんと立てて元気良く頷きました。
髭の人間が檻を開けて、カイルを抱き上げました。カイルは両手両足を宙に浮かせ、なされるがままです。ガレオンがどう答えるのかが気になってしまって、檻を開けられても、抱き上げられても、そのまま両脇を持たれてガレオンの前に差し出されても、カイルはひたすらずっとずっとガレオンを見つめ続けました。
しばらくして、ガレオンが観念したような顔で口を開きました。
「分かりました。閣下がそうおっしゃるのでしたら……」
「おお引き受けてくれるかガレオン!!」
言うが早いか、カイルはぐいっとガレオンの胸に押し付けられました。カイルはここで離してなるものか、と腕と足を使って力いっぱいガレオンに抱きつきました。
人間に捕まって檻に詰め込まれていた時は、怖くて怖くて堪りませんでした。しかし今は嬉しくて仕方がありません。カイルはこれから始まるガレオンとの生活に小さな胸をときめかせました。


取り敢えずフェリド様に、親指を立ててグッジョブ!!と言いたいです。
尻尾を振ってガレオンに懐くカイルの可愛いこと可愛いこと!!
ガレオンもすぐにカイルにメロメロになるに違いないですよこれ!

加賀さん、アホみたいに妄想がとまらなくなる素敵な品を恵んで下さってありがとうございました!!