time to say good-bye
雲ひとつない快晴、吹き抜ける風は穏やかで、太陽は燦々と輝やいていた。
「いやー、いい天気だねー」
その陽を浴びながら、ミアキスの隣でカイルが気持ちよさそうに言う。
「こういうのって、前途洋々、ってかんじだよねー。これからを祝福してくれてるかんじ」
二人の、ではなく、それぞれの。
ミアキスにはカイルが言わなかった言葉が聞こえた気がした。
「そうですねぇ」
ミアキスは風になびくカイルの三つ編みをなんとなく眺め、それからその横顔も見つめてみた。
その間、カイルは何も言わない。
めずらしく躊躇っているんだろうかと思うと、なんだか面白かった。
「カイルちゃん、らしくないですよぉ。はっきり言ったらどうですかぁ?」
ミアキスが笑い掛けると、カイルは少し目を丸くしてミアキスを見つめ返してから、眦を下げて笑った。
「いやあ、ミアキスちゃんのそういうとこ、好きだなー」
その軽い物言い、笑顔、空気。ミアキスは心地よくて好きだった。
「はぁい、わたしもカイルちゃんのこと、好きですよぉ」
「うん、オレも好きー」
お互いにとても真剣とは思えない口調で、でもお互いにそれが本心だと知っていた。
ただ、世間でいう「恋愛」感情とは、全く同じではなかったかもしれないが。
「ミアキスちゃん、オレね・・・」
カイルが、また空に視線を戻しながら、少し表情を改めて口を開いた。
カイルが何を言うのか、ミアキスには予想が付く。そしてやはり、その予想は正しかった。
「やっぱりオレ、ここに・・・あの人がいない太陽宮に残ること、出来ない・・・」
「・・・・・・・・・」
それは、わかりきっていたことだった。カイルが誰よりも第一に思う人、それはサイアリーズ。彼女が死んでしまった今、カイルには女王騎士を続けることにもソルファレナに残ることにも、意味を見出せないのだろう。いや、苦痛ですらあるのかもしれない。
ミアキスとカイルが恋人と言っていい関係にありながら、それでも普通の恋人と違うのは、そこだった。第一に思う相手が、他にいるのだ。お互いに。
カイルにサイアリーズがいたように、ミアキスにはリムスレーアがいた。誰よりも大事に思い、一生尽くしたいと思える相手。他の誰も、リムスレーアには敵わない。
だからミアキスには、カイルの決断がわかっていた。そして、そのときがきたら笑って送り出そうと思っていた。
「そうですかぁ・・・」
にこりと、いつものように笑って。
そう出来ていると思ったミアキスは、しかしカイルがつらそうに顔を自分からそむけたのを見て、気付いた。
下を向けば零れてしまいそうなほど、目に涙が溜まっている。
ミアキスは、この期に及んで知ってしまった。一番はリムスレーア、それは変わらない。それでも、躊躇なくリムを選んでカイルを捨てられることが、出来ない。それくらい、カイルのことを好きだと思ってしまっていることを。
「・・・ごめんね」
「・・・・・・」
ひどい男。
ミアキスは、カイルのことをそう思った。
恋なんて無縁だと思っていた自分を、こんなに好きにさせておいて。それなのに、自分よりも、もう死んでしまったサイアリーズを選ぶなんて。
同時に、ミアキスは思った。
ここでカイルに、行かないでとか一緒に行くとか、そんなセリフを言わず、結局はリムスレーアの側にいることを選ぶ自分。
カイルが自分を選んでくれなかったように、ミアキスもまた、カイルを選ばなかった。
わたしも、ひどい女。
心の中で呟いてから、ミアキスは笑った。
「後悔しても、知りませんからねぇ?」
「・・・うん」
泣きはしなかったミアキスの笑顔に、救われたようにカイルも笑う。
「あとでやっぱりやり直したいなんて言ってきても、お断りですからねぇ」
「あはは、手厳しいね」
いつものように軽口を叩き合って、そして笑顔で別れるのが、自分たちには相応しい。お互いにしめっぽいのは苦手だし、今日のこの空にも似合わない。
ミアキスはそう思い、カイルもそう思っていると思った。
「・・・ミアキスちゃん」
そしてミアキスを見つめたカイルの瞳は、愛を囁くときなんかよりよっぽど、真剣で一途なものに見えた。
「キス、していい? ・・・最後に」
「・・・・・・」
それじゃ、って笑顔で行ってしまうのかと思っていた。そんな、センチメンタルなこと、したがるなんて。
「・・・別に、いいですよぉ?」
笑って、なんでもないことを引き受けるように。ミアキスは、そうしないと泣いてしまいそうだったのだ。
「・・・ありがと」
カイルはミアキスに歩み寄り、肩を抱き、そして背を屈めてキスをした。
それはいつもと変わらない動きで、でもちょっとだけいつもと違う。ミアキスの肩を抱く手が、少し強張っていた。
別れることに、少しは躊躇いを感じたのだろうか。自分と同じように。
だったら嬉しい、ミアキスは素直にそう思った。
なんとなく始まってなんとなく続いて、そしてなんとなく終わる、そんな関係だと思っていた。でも、そうでなかったのなら、嬉しい。
触れるだけなのに、いつもよりも長めの口付け。
今までに何度もキスしたことがあるのに。ミアキスは、このとき一番、カイルの愛情を感じた。
愛し合っている。確かに自分たちは、愛し合っていた。
そして少なくともミアキスは、カイル以上に誰かを愛することは、もうないだろうと思った。
世間一般で言う「恋愛」とは違うのかもしれない。でも確かに、これは恋なのだと、ミアキスは思った。
ゆっくり離れてから、カイルは明るく 笑う。
「あはは、なんかオレ、泣いちゃいそうかもー」
「女々しいですよぉ」
「ミアキスちゃんだって、さっき涙ぐんでたじゃない」
「目にゴミが入っただけですぅ」
いつものような軽口を叩き合い、でもたまに合う視線が、互いに何か言いたげだった。軽口で、何かを封じ込めているような。
行かないで、一緒に行こう。
その言葉を、言わずにいられるだろうか。もし、今そう言われたら、本当に迷わずにいられるだろうか。
それは、ついさっきまでは思ってもいないことだった。ミアキスにとっては、リムと離れる以外の選択肢はあり得ないはずだったのに。そして、対象は違えど同じ思いを抱くもの同士、カイルのここにはいられないという思いがよくわかっているはずなのに。
湧き上がりそうになる感情に、ミアキスは戸惑いながらも、笑顔でい続けた。
カイルも、いつものように笑い続けている。心の中では、同じように迷い葛藤しているのかもしれない。でも少なくとも外見はなんでもないように見えるのだから、自分だけそれを見せてしまうのは、卑怯だし、癪だ。
だから笑顔で会話しながらも、やっぱり離れ難さは募るばかりで。
この空のように明るく、なんの曇りもない別れになるとミアキスは思っていた。こんなに、つらいものになるなんて、思ってもいなかった。
でも、そっちのほうがいい。ミアキスは、自分がそんな気持ちになれたことが、嬉しかった。
こんなふうに、リムスレーア以外の誰かを特別に思えることが出来て、嬉しい。
しばらくとりとめのない会話を楽しんで、それからついに、そのときがきた。
「それじゃあ・・・」
少しぎこちない笑顔で切り出したカイルは、すぐに綺麗な笑みをミアキスに向ける。ミアキスもまた、にこりと笑い返した。
「また、ね」
「また、があるかどうかは、わかりませんよぉ?」
「あはは、最後まで手厳しいなー」
そのやり取りは、これでお終いなのだと言い聞かせているようでもあり、まだ可能性はあるのだと思おうとしているようでもあった。
どちらにしても、一先ずはであったとしても、今が別れのときだということに変わりはない。
「まあ・・・そういうことで、そろそろ行くね」
「はぁい、行っちゃって下さい」
「じゃー、ね」
カイルは、よくするように完璧なウィンクを決めてから、くるりとミアキスに背を向けた。
その背に、とっさに口が足が動いてしまわなくて、ミアキスはほっとする。
カイルの前途を祝福して見送る、それは少しの強がりと、そして心からの思いなのだから。
名残り惜しさ、清々しさ、嬉しさ、寂しさ、誇らしさ。
万感の思いを抱きながら、ミアキスはきっと見納めになるだろう、風になびくカイルの飾りタスキを見送った。
END
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カイミアでシリアスは、なんだか恥ずかしいです・・・
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