be in love secretly




 カイルは背が高い。
 だからかどうかわからないが、マルーンはカイルの姿を見つけるのが最近得意だった。
 この日も、城の中をぼんやり歩いていたマルーンは、なんとなく左に目を向け、そこにカイルの姿を発見する。
 駆け寄ろうとしたマルーンは、しかしカイルのすぐ側に人がいるのに気付いてその足をとめた。なんだか、近寄り難いものを感じたのだ。
 カイルに密着するように立っているのは、ゆるいウェーブのかかった髪、どことなく派手さを感じる服を身に着けた男だ。あとでわかった名前は、オロク。
 そのオロクは、壁に凭れるカイルの肩に手をかけた。そして、カイルより少し背の低いオロクは踵を上げる。
「・・・・・・!?」
 そんなに近付いてどうするのかと思ったマルーンの視線の先で、オロクはカイルに口付けた。一度して少し離れ、カイルが抵抗する素振りを見せないことを確かめ、もう一度触れさせる。
 そのうち、腕を組んでただされるに任せていたカイルが、ゆっくりと腕を動かした。
 左手を背に回し右手でうしろ頭を掴んでオロクを引き寄せ、一転して積極的にキスに応え始める。
「・・・・・・・・・」
 マルーンは自分の目を疑った。だが、余りよくない目をいくら凝らしても、ゴーグル越しの二人は、明らかに恋人同士しかしないようなキスを交わしている。
 とても長く、マルーンには思えたその唇の情交は、しかし突如終わりを見せた。
 カイルが、オロクを振り解いたのだ。
 オロクが引きとめようと肩にかけた手を払って、カイルはさっきまでの行為が嘘のように振り返らず立ち去ろうとする。
「・・・・・・っあ!!」
 マルーンは今さら、焦った。カイルはマルーンがいるほうに歩いてきて、このままでは見付かってしまう。
 そして結局、マルーンはどうしようと視線を彷徨わせることしか出来なかった。
 唇を拭いながら歩いてきたカイルの目と、マルーンの目はしっかりと合ってしまう。
「・・・・・・」
 一瞬、カイルが気まずげに顔を歪めたように見えた。
 が、すぐにいつもの笑顔で、マルーンに笑い掛ける。
「こんなところで会うなんて、奇遇だねー」
「・・・・・・うん」
 カイルは何事もなかったかのように、ゆっくりと歩き出した。
 その歩くペースはビーバー族のマルーンに合わせたもので、マルーンはだからそのあとを取り敢えずついていく。
 しばらく、無言が続いた。いつもなら何かしらカイルのほうから話題を振ってくるのにと、マルーンはやっぱりカイルがいつもと違うような気がする。
 目の前を歩くカイルをマルーンは見上げた。そして、口を開く。
「・・・・・・女の人が・・・好きなんだと思ってた」
 何か全然関係ない話題を出せばよかったのかもしれないが、マルーンはさっきみた光景をどうしても流せなかったのだ。
「・・・うん、好きだよー。かわいい子やきれいな人は特に」
 カイルはいつもの軽い口調で答える。
「・・・でも、それとは別問題っていうかねー」
「・・・・・・」
 マルーンには何が別なのかわからない。
「・・・男の人が好きなのか?」
「直球だねー」
 カイルは、肯定も否定もしなかった。
「・・・・・・」
 それ以上何を聞けばいいのかわからなくて、マルーンは口を閉ざす。
 またしばらく無言が続いた。
 その静寂を破ったのは、今度はカイルだった。
「・・・気持ち悪いとか、思った?」
「え?」
 思わずマルーンが聞き返すと、カイルが立ち止まり、そしてゆっくり振り返る。
「マルーンに嫌われるのは、つらいなー」
 いつものような笑顔で、それでもいつもとはどこか違うような笑顔で。
「・・・き、嫌いだなんて!!」
 マルーンは思わず言っていた。
「おいら、カイルのこと好きだよ! 嫌いになんてなんない!!」
「・・・・・・」
 グッと手を握って訴えたマルーンを、カイルはしばらく黙って見下ろした。それから、どこかホッとしたように笑う。
「・・・・・・そっか、よかった」
 そしてカイルは、それ以降、いつものように明るくいろいろな話を始めた。
 だから、マルーンも、これでまたいつもの二人に戻れるのだと、そう思った。


 この日、王子一向は新しく手に入れたハンマーを持ってドワーフキャンプに向かっていた。
 その途中、船の上で、不意にリオンがマルーンを見て言う。
「そういえば、最近よく一緒になりますね」
「えっ、そうか?」
 マルーンは首を傾げたが、リオンは王子にも同意を求める。
「ね、王子もそう思いませんか?」
「うん、そうだね」
 リオンの問い掛けに、王子は頷いた。
「カイルが目に付きやすいから誘って、そうしたら・・・」
「え、何々、オレの話ですかー?」
 すると少し離れたところにいたカイルが聞きつけて会話に加わってくる。
「うん、カイルとマルーンの話だよ」
「最近お二人がよく一緒にいますよね、って」
 マルーンは思わずカイルを見上げ、カイルもマルーンに目を遣る。
 意識したことはなかったが、言われてみると確かに最近カイルと過ごす時間が多い気がマルーンはした。
「そういえば、そうですねー」
 同じことを感じたのかカイルも頷く。
「それで、カイルに声を掛けると、最近はマルーンももれなくついてくるね、って」
「嫌だなあ、それじゃあまるでマルーンがオレのオマケみたいじゃないですかー」
「えっ!!」
 そんな王子とカイルのやり取りを聞いて、マルーンはガーンと思った。
「おいら、じゃまだったのか!?」
「えっ?」
 すると今度はカイルが、わざとらしく驚いてみせる。
「王子、そうなんですかー? ひどいですよー、オレのマルーンに」
 カイルは、ねぇと同意を求めるように、マルーンの頭を撫でた。
 だがそのカイルの言葉に、マルーンはオマケ云々の話はどうでもよくなってしまう。
「・・・オレの!?」
 思わずカイルを見上げたマルーンに、カイルは笑い掛けた。
「うん、オレのかわい子ちゃんv」
「・・・・・・」
 冗談めかした口調に、マルーンは、なんだそういうことかと思う。
 それから、どうしてか自分がなんだかガッカリした気分になっているのに気付いて、マルーンは戸惑った。
「仲良しなんだね」
「そうなんですよー。だから、マルーンをいじめたら、たとえ王子でもオレは怒りますよー?」
「あ、違うって、マルーンをじゃまだとか思ってないから!!」
 などとカイルと王子が楽しそうに会話を続けているが、当の本人のマルーンには、それは耳に入らなかった。
 マルーンは、まだ自分の頭に手を置いているカイルを見上げる。
 じっと見ていると、その視線に気付いたのかカイルがマルーンに笑い掛けた。
「どうしたー?」
「う、ううん、なんでもない」
 首を振って、しかしマルーンはなんだか自分がおかしいと自覚した。


 マルーンは、自分がおかしくなったのは、やっぱりあのときからだと思う。
 カイルとオロクのキスシーンを見てしまった、あのときから。
 あれ以来、マルーンはしょっちゅうあのときの二人を思い出すのだ。そして、それと同時に、つい思ってしまう。
 もし、自分が人間だったら、と。
 そうしたら、あの男のように、カイルの唇に唇で触れられるのに。
 人間のように細長く繊細な指を持っていたら、その手でカイルの頬や髪に触れたり出来るのに。
「・・・・・・ーン、マルーン?」
「・・・・・・え!?」
 名を呼ばれ、マルーンはハッと我に返った。
 マルーンは向かい合わせでカイルの膝に乗っかるという体勢になっている。どうしてそうなったのか、マルーンは覚えていなかったが、それよりももっとマルーンを動揺させるものがあった。
 自分が、カイルの頬に手を伸ばしているのだ。
 全く自覚のない行動だったマルーンは、慌ててその手を離す。
「え、ええっと・・・」
 それから、なんとか話題を変えようとして、ふとカイルの顔を見てマルーンは気付いた。
「・・・なんだか、疲れてる?」
「あ、わかるー?」
 カイルはマルーンの微妙な挙動不審っぷりは気にならなかったのか、言葉を受けて眉を寄せ笑う。
「あいつさ、しつこくってさー。あ、あいつってのはこの前の」
「オロクって人か?」
 マルーンは、途端になんだか重苦しい気分になる。
 カイルの口からオロクの話題が出るのが、なんだか嫌だった。
「そーそー。うっとうしんだよねー」
「・・・好きなわけじゃないの?」
 窺うように尋ねたマルーンに、カイルはアハハと笑いながらキッパリと答える。
「好きじゃないよー」
「・・・へえ」
 マルーンは、今度はなんだか嬉しくなった。
 そんなマルーンの頭を撫でながら、カイルは溜め息まじりに言う。
「・・・・・・いっそのこと、人間からビーバーに趣旨換えしたって言ってやろうかなー」
「・・・え!?」
 思わずマルーンが過敏に反応すると、カイルはちょっと困ったように笑った。
「なんてねー、冗談だよ、冗談ー」
「お、おいらは!」
 だからマルーンは、思わず切り出す。
「おいらは別にいいよ、協力しても!!」
「・・・・・・」
 カイルは少し目を丸くしてマルーンを見返した。
「・・・あ・・・あの・・・」
 マルーンは変なことを言ってしまってカイルが驚くか呆れるかしてしまったのかと思う。軽い気持ちで言っただろうに、嬉しそうに飛びついてしまった自分が、マルーンはなんだか滑稽に思えた。
「・・・あ、お、おいらなんかじゃ役に立たないよな! ビーバーだもんな!!」
「・・・・・・」
 無理に明るい声を出したマルーンを、カイルが、不意に引き寄せた。
 ギュッとまるでぬいぐるみにするように抱きしめて、肩の辺りに顔をうずめる。
「ほんとに、お前はいい子だなー」
「・・・・・・」
 こんな接触は初めてではない。
 それでも、マルーンはなんだかドキドキした。耳元でする、カイルの声にも。
「そう言ってくれるんだったら、お言葉に甘えようかなー」
 マルーンには、カイルが一体どんなつもりでそう言っているのかわからない。冗談なのか本心なのか、わからない。
 それでも、ただ一つ、わかったことがあった。
「・・・うん、おいらはいいよ」
 マルーンは自覚した。
 オロクに感じていたのは嫉妬だったのだ。自分はそういう意味で、カイルが好きなのだ。
「・・・・・・」
 わかったからといって、どうなるわけでもない。カイルは人間で、マルーンはビーバーなのだから。
 でも、それでも、好きだと思ってしまったのだ。
「・・・おいらで役に立てるなら、なんでもするよ?」
 どうなれるわけでもないから、ならばせめて、役に立ちたい。もっと、ちょっとでも親しくなりたい。
「・・・おいら、カイルのこと好きだからさ」
「・・・うん、ありがとう。オレも、好きだよー」
 カイルは、マルーンが本音で言っていると感じ取ったのか、いつもよりは真面目な口調で返す。
 それでも、マルーンの本当の気持ちは、きっと伝わっていないのだろう。
 それが当然だし、そしてそれでもいいと、マルーンは思った。
 自分はビーバー族で、そしてそんな自分だからこそ、今カイルとこうしていられるのだ。
 マルーンはそう思おうと、決めた。



END

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取り敢えず、オロク好きさんに土下座…orz こんな扱いですみません!!でも次回も…(おっと!)
そしてみなさん、ちゃんとギャグだと思って読みましたか?(笑)
マルーンは至って真剣なんですが。シリアスになればなるほど、ビーバーのくせに!!と笑いが込み上げます。
そして、そんなマルーンが、どうにもかわいいわけです。(ん、末期だな!!)