little luck, very happy
それは、マルーンがカイルと立ち話をしているときだった。
探していたのだろうか、通路から現れたオロクがカイルに目を留め、一直線に歩いてくる。
「カイル、今晩俺の部屋に来ないか?」
ぶしつけに、オロクはそう言った。
「イヤだよー」
「何故だ?」
オロクはマルーンの存在をまるきり無視する。もしかしたら、そもそもいることに気付いていないのかもしれない。
それだけでもマルーンはムッとするのに、オロクはさらに馴れ馴れしくカイルの肩に手を掛けた。
「いいだろう? 来いよ」
「だからー・・・」
「だめだっ!!」
マルーンは思わず声を荒らげた。
「あぁ?」
オロクは眉をしかめてマルーンを見下ろした。やはり、今初めてマルーンの存在に気付いたようだ。
その剣呑な視線にも、マルーンは負けない。
「カイルは今晩、おいらと過ごすんだ!!」
「・・・・・・」
オロクはマルーンを見下ろし、それからもしかしたら鼻で笑おうとしたのかもしれない。
だがその前に、カイルが口を挟む。
「そうそう、そういうことー。言ったっしょ、オレ今人間よりビーバーに夢中だって」
「・・・そんなでまかせを信じると思うか? 人間がビーバーなんかを」
蔑む、とまではいかないが、オロクはマルーンを見下すような視線を送る。当然嫌な気分がして、何か言い返そうとしたマルーンを、しかしカイルがとめた。宥めるように優しく頭を撫でながら、言う。
「だから、言ったことあったよね、女に飽きたから男に走ったって。だけど、そろそろ男にも飽きてきちゃってさー。だったらいっそのこと、人間以外に手を出してみようかなーって。で、じゃあちょうど仲間にいることだし、ビーバーにしてみようってねー」
カイルは屈んで、マルーンの頭を自分のほうに引き寄せる。
「あ、ビーバーっていうか、マルーンにねー、メロメロ!」
「・・・・・・っ!」
本気で言っているか判断出来ないカイルの口調。だが、オロクにとっては、自分がそんな断り文句で拒絶されたという事実が耐え難かったようだ。
顔を歪ませてから、オロクは苛立ちを隠さず立ち去った。
「・・・はー、助かったー」
それを見送ってから、カイルはホッとしたように息を吐く。そして、マルーンの頭をねぎらうように撫でた。
「ありがとねー。あ、せっかくだから、本当に泊まりにくる?」
「えっ!」
カイル同様オロクを追い払えてホッとしていたマルーンは、思い掛けないカイルからのお誘いに、途端に胸が高鳴る。
「い、いいのかっ!?」
「いいよ、マルーンだったら大歓迎ー」
カイルは笑って言う。
オロクは嫌だけど、マルーンだったらいい。目的が違うからかもしれないが、マルーンは嬉しくなる。
勿論マルーンは、首を縦に大きく振った。
カイルの部屋には、さすが女王騎士様用なのか、お風呂が付いている。
その風呂から、カイルが出てきた。首に掛けたタオルで髪を拭くカイルの、上半身は裸だ。マルーンはなんだか目のやり場に困ってしまう。
狼狽えるように顔をカイルから背けてしまうマルーンに、カイルはその気も知らず近寄ってきた。しかも、目の前にしゃがみ込む。
「そういえば、ミアキスちゃんに聞かれたんだけどー」
「な、なんだ?」
動揺をなんとか隠しながら聞き返したマルーンは、しかし次のカイルの言葉に、思いきり平静を失ってしまった。だが、それはマルーンの責任ではないだろう。
「あのねー、ビーバーと人間ってセックス出来るのか、って」
「・・・っ!!!!」
マルーンはうっかり気絶してしまいそうな衝撃を受けた。だがカイルは、さらに問題発言を続ける。
「せっかくだし、試してみるー?」
「!!!!!!」
気絶はしなかった。だがマルーンは、飛び退るようにカイルから離れた。
カイルはいつもの笑顔で、そんなマルーンに笑い掛ける。
「あはは、冗談だってー」
「・・・・・・う、うん」
わかっている、カイルが冗談以外でそんなことを言うわけがない。だがマルーンは動揺した。自分の疚しい思いを見透かされたのだろうかという不安、それから、あり得ないとわかっていながらの期待。それがマルーンの心臓を跳ねさせたのだ。
「ほら、風呂入っておいでー」
「う、うん・・・」
カイルに促されるまま風呂に向かったマルーンは、しかし気持ちを切り替えることが出来なかった。
思わず自分の体をじっと見る。
人間とは全く違う、ビーバーの体。ふさふさの毛、短く尖った爪が付いた手足。人間とは、キスすら満足に出来やしない。
もし自分が人間だったら・・・と、マルーンはついまた考えてしまった。
「さ、そろそろ寝よっかー」
マルーンが風呂から上がって、しばらく話をして、それからカイルが欠伸まじりにそう言った。意外と規則正しい生活してるのかな、と思いつつも、マルーンは別のことが気になる。
この部屋にはベッドが一つしかないから、一緒に寝るのだろうか。そう思うとドキドキするし、もう一つ気に掛かることが出てくる。
「・・・ふ、服着ないのか?」
カイルはまだ上半身裸のままだった。話をするだけの距離感でなら慣れたが、一緒に寝るとなるともっと接近するだろう。それはちょっと気恥ずかしい。
だがカイルは、気にした様子もなく笑って答える。
「ん? 寝るときはいっつもこうだけど。マルーンだってそうじゃんー」
「そ、そうだけど・・・」
確かにマルーンもズボンを身に着けているだけだ。だが、毛だらけのビーバーと人間ではちょっと違うのではないかと思う。ビーバーと人間だからこそ、気にすることではない、本当はそうなのだろうが。
あんまり気にすると変に思われそうで返す言葉を失ったマルーンを、不意にカイルがじっと見て眉を寄せた。
「でも、確かに毛がくすぐったいかなー」
「・・・・・・もしかして、おいらを抱き枕にでもするつもりか?」
カイルの言いように、おそるおそる確かめたマルーンに、カイルはにっこり笑い掛ける。
「ご名答ー!」
「・・・あのなぁ」
マルーンはちょっと呆れた。何故か自分たちビーバー族は、人間からそんな扱いを受けることが多い。生まれつきふさふさの毛が生えているマルーンは、人間にとってビーバーの毛並みが思わず触りたくなるものだということがどうしても理解出来ないのだ。
「いいじゃない、いいじゃないー」
カイルは笑いながら、マルーンに手を伸ばした。そして、強引に抱き寄せ、そのままベッドにゴロンと横になる。
「はい、おやすみー」
「・・・」
勝手に決めてしまったカイルに、マルーンはちょっと呆れてしまう。だが、異議を唱えたり、カイルの腕から抜け出したりしようとは、マルーンはしなかった。
別に、嫌じゃないからだ。正直に言うなら、嬉しいからだ。
「・・・おやすみ」
だからマルーンは、そう言っておとなしくカイルの腕に収まっておくことにした。
少しして、カイルの寝息が聞こえてくる。すぐ近くで聞こえる心臓の音も、一定のリズムを刻む。
心地よかった。
好きな相手と同じベッドで、しかもこんなに密着して。さらには互いに半裸。自分が人間だったら、きっと大変なんだろうなとマルーンは思う。
だがビーバーのマルーンは、ただ幸福感を感じるだけだった。ドキドキはするが、それも許容範囲内。
やっぱり、ときどき人間だったらと考えてしまう。でも、やっぱりビーバーでよかった、マルーンはちょっとそう思い直した。
END
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一緒に裸で寝ると、爪が当たってちょっと痛そう…?
というか、あの、オロクがこんな嫌な奴だとか思ってないですから…!!
(でもネタを考えた当時は、そう思っていたんだろうか…)
すいません、すいません orz orz
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