We go on each road.
ハイジは一年半ぶりにロードレイクを訪れた。
随分と緑も戻って、柔らかな太陽の陽を受けて輝くこの街は、とても美しい。荒廃する前の姿にかなり近付いていて、ハイジは思わず顔を綻ばせた。
「・・・殿下」
そんなハイジを、出迎えてくれた声は、一年半で変わっているはずもない。
「ガレオン、久しぶり!」
ハイジは女王騎士服を着ていなくても硬い印象の変わらないガレオンに駆け寄った。
「殿下、益々ご立派になられまして・・・」
ガレオンはハイジにそう声を掛ける。その瞳が僅かに優しく細められていることに、気付けるようになったことをハイジは喜んだ。
「して、本日はどのような御用向きで?」
「あ、単に様子を見に来たっていうか・・・やっと落ち着いて余裕も出てきたし」
何かあったのかと案じるような声色に、ハイジは慌てて首を振りながら答える。今回は全くの私用で、だから一人で来たのだ。もっとも、リオンも来たがっていたので、仕事さえなければ彼女も同行していただろうけど。
「だから、会いに来ただけ。元気そうでよかった」
「殿下もご健勝そうで何よりです」
挨拶を交わしながら、そういえばガレオンとこんなふうに二人で会話するのは初めてに近いとハイジは気付いた。
いつも、近くにはリオンや他の女王騎士がいたのだ。昔を振り返り、そしてハイジは不意にガレオンに聞いてみようと思っていた疑問を思い出す。
「そうだ、ガレオン、カイルが今どこにいるか知らない? ちっとも連絡くれないからわからなくって」
せっかくまとめて休みを貰ったので、ハイジは他にもレルカーやビーバーロッジなどを回ってみるつもりだった。勿論、会えるならカイルにだって会いたい。が、女王騎士を辞めてからレルカーに戻るわけでもなくふらふら旅をしているらしいカイルは、たまに連絡をくれるがほとんど消息不明だった。
「それなら・・・」
そしてそんなハイジの問いに答えたのは、ガレオンの声ではなかった。
「もうすぐ来る頃じゃないっすか?」
「ゲッシュ!!」
振り返ってハイジは懐かしい顔に表情を綻ばせる。ゲッシュもやはりあれ以来で、ロードレイクに来るとき思い浮かべた顔だったから、予想通り会えて嬉しい。
「お久しぶりっす、王子さん」
「久しぶり! ・・・あれ?」
挨拶してから、ハッとハイジはゲッシュの第一声を思い出した。
「もうすぐ来るって言った? カイルが?」
「はい。あいつ、しょっちゅうここに来るっすよ」
問い返すと、ハイジの思いもよらないことをゲッシュは教えてくれる。
「初めは数ヶ月おきだったのが、最近では一月も空けずに。しかも滞在期間も段々長くなっていって、今じゃ旅してるよりここにいる期間のほうが長いくらいっすよ」
「へえー・・・」
余りにも予想外で、ハイジは思わず口を開けて聞いてしまった。
「ここに誰かいい人でもいるんじゃないかって専らの噂っすよ。ねえ、ガレオンのおっさん」
「・・・・・・・・・」
ゲッシュがガレオンに向けた何か含む視線に、ハイジは気付かない。
「へえ、そうなんだ」
「それじゃ、オレはこれで」
「あ、うん」
立ち去るゲッシュを見送ってから、ハイジはガレオンに向き直った。
「でも、意外だなぁ、カイルはてっきり根無し草のような生活してると思ってた・・・」
呟いたハイジは、しかし不意に思い出す。カイルがロードレイクに居ついているのは、なんの前触れもないことでもなかった。
「そういえば、カイルって前から、ロードレイクに対する思い入れがあったみたいだっけ・・・」
事なかれ主義に思えるカイルが、ロードレイクに関する陛下の施策について、アレニアと言い争うことだってあったのだ。
ロードレイクを救う為にも、カイルは進んで力を尽くした。
そして水で満たされたロードレイクを見たときのカイルの顔。そのときのカイルの言葉を、王子は実はずっと覚えていたのだ。
「この光景をガレオン殿にも早く見せたいなぁ、カイルはそう言ったんですよ」
「・・・・・・そうであったか」
どこか感慨深げなガレオンの言葉に、ハイジも当時の思いを振り返る。
「それを聞いて、僕は、自分がなんの為に戦うのか、それがはっきりとわかったんだ」
ゴドウィンを倒す為、大儀を示す為、ロードレイクを救うにもそんな目的が先行してしまっていた。だがそうではないと、取り戻さなければならないものがあるから、だから戦うのだと。カイルの笑顔に、ハイジはそう気付かされた。
「・・・なんだか、カイルに益々会いたくなったなぁ」
あの朗らかさが懐かしくなったハイジは、しかし気を切り替えた。
「そうだ、ガレオン、ちょっと一息つきたいなって思うんだけど。どこか・・・人目が少なそうなところで休ませてもらってもいいかな?」
さっきから実はチラチラ向けられるロードレイクの人々の視線が気になっていたのだ。あとで彼らとも話したいとは思うが、まずは少し落ち着きたかった。
「・・・は、そういうことでしたら」
ガレオンはハイジの思いを正しく読み取る。
「・・・我輩の家でよろしければ」
ガレオンの家は、ロードレイクの一般的な二人暮らし用というかんじだった。ガレオンが両親から引き継いだらしい。ハイジが通された居間には、小さな窓に日差しをさえぎる厚いカーテン、机が一つに椅子は二つ。
促されるままその椅子に腰をおろし、水を飲んで一息ついた王子は、ふと壁に視線を奪われる。
「あれって・・・」
壁には、ガレオンの女王騎士正鎧が掛けられていた。ガレオンにとっておそらく女王騎士であった勲章のようなものなのだろう。だからひどくガレオンらしいと思った。
だからハイジが驚いたのは、ガレオンのそんな行動ではなく、ガレオンの正鎧の横に同じように掛けられているものだった。
「あれは・・・カイルのだよね」
一年ちょっとで忘れてしまうはずもない。そこにあるのはどう見てもカイルの正鎧だ。
それが何故ここに、とハイジはガレオンを見上げた。
「は、処分するのも忍びなくかといって持ち歩くわけにも行かないので、と言っておりました」
「へえ・・・」
だから決まった家を持たないカイルは、ガレオンに任せることにしたのだろう。
カイルは彼なりに女王騎士というものに愛着を持っていた。それは辞めてしまった今も変わっていない、そのことがハイジは嬉しい。
「・・・カイルらしいな」
ハイジが思わず微笑んだ、そのときだった。
「王子っ!!!」
バンッと扉が開くと同時に、懐かしい声が飛び込んでくる。
「カイル・・・!!」
ハイジは思わず席を立った。
カイルが本当に現れた驚きよりも、ただ会えたことに対する喜びが勝る。
以前は毎日のように顔を合わせていたのに、こうやって会うのはもう一年半ぶりになるのだ。
「王子・・・背も伸びちゃってまた一段とリッパになりましたねー!!」
向けられる一点の曇りもない笑顔は、あの頃そのまま。だからハイジは、カイルの変化にすぐには気付かなかった。
「カイルは変わらないね」
「そうですかー?」
カイルは首を傾げ、それから面白そうに笑う。
「もー王子、ダメじゃないですか。こういう変化に気付けないようじゃ、女性にモテませんよー?」
「え・・・・・・・・・っあ!」
ハイジはやっと気付いた。カイルの長かったはずの髪が、肩に僅かに掛かる程度になっている。
「あー、全然気付かなかった。でもバッサリいったんだね、ちょっと勿体ない・・・」
自分のことは棚上げでハイジはつい惜しんだ。カイルの見事な金髪は、短くともその魅力を失ってはいないが、しかし切り落とされてしまった分を思うとやはり溜め息が出る。
だが当の本人はケロッとしたものだった。
「だって、せっかくお揃いだった三つ編みを王子が切っちゃうんですもん。だからオレも切っちゃいましたー! ・・・なーんて、せっかく伸ばしとく必要もなくなったから、いろんな髪型を試してるんですよー。オレのこの美貌を一番引き立てる髪型はなんだろーって!」
「あはは、相変わらずだね、カイル」
カイルの軽口に、ハイジの頬は思わずゆるんだ。
女王騎士の中でハイジに一番近いところにいたのはカイルで、よくこんな軽口でハイジをときに困らせ、そしてときに慰めときに励ましてくれた。
ハイジはつい、カイルがいた頃を懐かしむ。
思わず口を衝いて出ようとした言葉を、しかしハイジは飲み込んだ。
「それよりカイル、僕はもう王子じゃないんだけど?」
「あ、そうでしたー! えーと、どう呼べばいんでしたっけー?」
カイルは問いを、ハイジではなくそのうしろに立つガレオンに向けた。
「・・・殿下、と」
二人で相談したことでもあるのか、ガレオンはすぐに答えを返す。
「あ、そーでした! 殿下です殿下! でもやっぱりまだ違和感ありますねー」
カイルは眉を少ししかめて笑ってから、もう一度ガレオンに視線を向ける。
「あ、ガレオン殿、ただいまでーす」
「・・・うむ」
ハイジの頭の上で、カイルとガレオンはまるで里帰りをした子供とそれを迎える親のような言葉を交わす。
いや、里帰りなどという大袈裟なものではなく、単なる帰宅のような気安さがそこにはあった。
ゲッシュの言葉をつい思い出し、ハイジの胸が僅かに痛む。だからハイジは逆に口調を明るくした。
「ゲッシュの言う通り、本当にここによく来てるんだね」
「あ、そーなんですよ。成り行きというかなんというかー・・・あ、ゲッシュといえば、オレ王子・・・じゃなくて殿下に見せたいものがあったんですよー!」
「へえ?」
カイルの朗らかな口調に、ハイジの気分も自然と上向く。
「あ、でも着いたばっかりでお疲れですかー? またちょっとあとにします?」
「いいよ、今からで」
ハイジは首を振った。そして足を動かす。
「なんだか、カイルといると元気になっちゃうね」
そう、昔からそうだった。カイルはその笑顔でいつもハイジの心を明るくしてくれていたのだ。
一年ほど前のことなのに、ハイジには妙に懐かしく思える。
「あらー、嬉しいこといってくれますねー!」
通り過ぎて扉を開けるハイジを追い掛けながら、カイルが口調だけはいつものように軽く、それでも心から喜んでいることを滲ませて言う。
「でも殿下、そんな言い方するとガレオン殿が拗ねちゃいますよー? 我輩といても疲れるだけでありましょうか・・・とかって。あ、違うか、疲れるだけにござりますか・・・かな??」
「我輩といても疲れるだけのようですな、でいいんじゃないかな?」
「あ、そんなかんじです! あれーなんか悔しいなー、ガレオン殿の喋り方はオレが一番知ってるつもりだったのにー。でも、殿下も言うようになりましたねー!」
ハイジとカイルは楽しく会話をしながら歩く。
ガレオンはそんな二人をうしろから、半分呆れながら、それでも優しい眼差しで見守っているのだろう。
ハイジは自分が今まるで女王宮にいるような気になった。カイルもガレオンもまだ女王騎士だった頃の女王宮。
だが、すぐにそうではないと、知らされた。
ここはロードレイク。ガレオンの住む街、そしてカイルも、この街にすっかり馴染んでいる。
ガレオンは街の人に呼ばれてそっちに行ってしまった。そしてカイルは、すれ違う人たちみんな顔見知りなのか、軽く言葉を交わしながら勝手知ったるようにハイジを案内する。
街の外れにある畑に辿りつき、そしてそこに植えられているものを見て、ハイジは驚いた。
「これって・・・」
「そーです、ネギでーす!!」
思わず見上げたハイジに、カイルは笑い掛ける。
「ゲッシュに何か植えるかって言われて。オレ、もうこれしかないと思ったんですよー!!」
何故か自慢げに胸を張りながらカイルはネギを見下ろした。
「王子・・・じゃなくて殿下がネギじゃなくなったから、是非ともここは!と思って」
「あはははっ!」
ハイジはつい声に出して笑う。初めてカイルに自分の三つ編みをネギみたいだと評されたときのことを思い出したのだ。
それ自体はとてもほのぼのとした思い出ではなかったが、それでも今では笑って話すことが出来た。
「よくオレ不敬罪にならなかったですよねー」
カイルも同じことを思い出したらしく、肩を竦めながら笑う。
「うん、何度かそうしてしまおうかって思った」
「あ、やっぱりそうだったんですかー!」
思い出話は、尽きない。
ネギの話題だけで一晩語り明かすことが出来るのではないかと思った。勿論、ネギだけではない。
いいことや悪いこと、たくさあった。それだけ長い時間を、ハイジとカイルは共有してきたのだ。
ハイジは、あぁそうかと思った。
カイルはずっと、ハイジのすぐ近くにいてくれた。だから、カイルが側にいない現実を、心細く思うのも当然なのだろう。
女々しい感情ではなく、昔に戻りたいわけではなく。
ただ、寂しいのだ。
「・・・カイルは、このままここに住み着くつもりなの?」
「え、えっと・・・」
カイルは突然の話題転換に驚いたように、しかしそのせいだけでなく言葉を澱ませる。
「そうですねー・・・そうなんですかねー・・・」
ハッキリとしない答えをカイルは返した。
だがそのうちカイルも、決めるのだろう。そして選んだ道は、きっともうハイジとは重ならないだろう。
やっぱり寂しい。だから昔が懐かしい。
それでもハイジは、戻りたいわけでは、決してないのだ。
ハイジは今、自分で選んだ道を、自らの意思で進んでいるのだから。
「・・・ここに来てよかったよ」
「殿下ー、さっきから脈絡ないですよー?」
不思議そうに首を捻るカイルに、ハイジは笑い掛けた。
「でもまさか、カイルに会えるとは思わなかったけど」
「そうですよー、来るんだったらもっと早くに教えといて下さいよー。会えなかったかもしれないんですよー?」
不満そうに口を尖らせるカイルに、ハイジは躊躇わず言葉にする。
「だったら、カイルもたまにはソルファレナにおいでよ。リムたちも会いたがってるよ?」
戻ってくれば? 今日一度飲み込んだ言葉を、しかしハイジはもう言いたいとは思わなかった。
「はい、そのうち行きますねー、ガレオン殿と一緒に。ねー?」
うしろに視線を向けるカイルにつられて振り向けば、そこにはいつのまにかガレオンが立っている。
「うわっ、びっくりした!」
「殿下ー、ひどいですよ、そんな幽霊見るような目で見るなんてー。ガレオン殿はこう見えてもまだ生きてるんですよー?」
「・・・カイルのほうが酷いこと言ってない?」
「そーですかー?」
そしてハイジとカイルは同時に噴き出した。ネタにされたガレオンは、むうと渋い顔をしてから口を開く。
「・・・殿下、そろそろ街の者が殿下と話したがっておりますが」
「あ、うん、そうだね」
「えー、まだいいじゃないですかー」
不満そうなカイルをガレオンが窘め、ハイジたちは街中へ戻る。
そのとき、ハイジの視界の端を枯れた森が掠めた。
さすがにまだ緑が少ない。だが確実に生気を取り戻し始めていた。違う名で呼ばれるようになる日が、いつか来る。
「王・・・殿下ー、何してるんですかー?」
「あぁ、うん」
先で足をとめて待っているカイルとガレオンにハイジは駆け寄った。
変わらないものなどない。
ならばこの森のようにこの街のように、少しでもいいほうへ、ハイジはそう思った。
END
----------------------------------------------------------------------------
以上、ガレカイの前フリのような話でした。(ぇ)
しかし、微妙に王子→カイルっぽくなった気もしますが。
カイルが現れて以降、王子が明らかにガレオンの存在を忘れ気味になりましたよ…(笑)
ところで、ロードレイクでネギが育つかどうかは知りません。
|