Stimulate the instinct



「うわー、むさ苦しいなー」
 カイルは思わずそう口にしかけて、慌ててそれを飲み込んだ。
 王子が連れて行くメンバーを変えるときなどに冗談めかしてよく言うが。しかしさすがに密室で二人きりになった相手に言うと冗談では済まないかもしれない。
 たとえ言ったとしても、軽く受け流してくれそうな人ではあるけども。
 そんな男、ヴィルヘルムは、陽気にカイルに話し掛けてきた。
「よう、女王騎士の兄ちゃん、めずらしいとこで会ったな」
「そうですねー」
 カイルも同感で頷いて返す。
 今二人がいるのは、下降中のえれべーたーの中だった。
 めったにえれべーたーを使わないカイルが久しぶりに四階から乗っていたところに、三階でヴィルヘルムが乗ってきたのだ。
 居住区域が違う為普段は全くといっていいほど顔を合わせない二人がこうして乗り合わせたことは、正に奇遇としかいいようがないだろう。
「ヴィルヘルム殿がキレイなおねーさんだったら、運命、って言えるんですけどねー」
「違いねえ」
 カイルの軽口に、ヴィルヘルムは愉快そうに笑って返した。
 やはり思っていた通りの人だとカイルは思う。
 こんなふうに言葉を交わすのは初めてだが、ヴィルヘルムの人となりはカイルの耳にも入ってきていた。
 曰く、粗野で少々品がなく、女好き。
 カイルはヴィルヘルムと違って物腰は柔らかいが、しかしそれでも近しいものを感じていた。
 そして実際に目の前にして、その直感が正しかったとカイルは思う。
 軽薄そうに見えて、本当のところは何を考えているのか、底が知れない。だが、深い付き合いをしようと思わなければ、ただ楽しく言葉を交わすことが出来る、とても話し易い男だ。
 外見は堪らなく男臭いが、一緒にいたくないとは、カイルは思わなかった。
 そしてヴィルヘルムもまた、同じように感じているのかもしれない。
「兄ちゃん、最近どうよ?」
「そうですねー」
 ヴィルヘルムの問いが何を指してのものかは考えずともわかって、カイルは軽い口調で返す。
「状況が状況なんで、あんまり遊び歩くわけにもいかないじゃないですかー」
「おいおい、情けないこと言うなよ。状況がどうであれ、男の本分を忘れちゃあいけねえな」
「あはは。じゃあヴィルヘルム殿は絶好調なんですかー?」
「俺ぁ・・・」
 ヴィルヘルムが返事を返そうとした、そのとき、突然地面がガコンと揺れた。いや、えれべーたーに乗っているのだから、えれべーたーの床が、と言わなければならないだろう。
 そして数度揺れたのち、えれべーたーはピタリととまってしまった。
 どこかの階にとまったわけでもなさそうで、扉も開かない。
「・・・・・・あれ?」
 しばらく待ってみたが動く気配がないので、カイルは試しに手で扉を開けようとしてみた。が、何でできているのかわからないその扉はびくともしない。
「あらー」
「壊れちまったか?」
 振り返れば、ヴィルヘルムは壁に凭れて笑っている。慌てるどころか、成り行きを楽しんでいるふうですらあった。
「緊急事態だっていうのに、随分余裕ありますねー」
「そりゃあ、お互い様だと思うがね?」
「あはは、違いないですね」
 この程度のハプニングで狼狽えるようなやわな神経をしていないようだ、お互いに。
 カイルはヴィルヘルムの隣に、同じように壁に背を預けた。
「まぁ、一緒に閉じ込められたのが女性だったら言うことなかったんですけどねー」
 そして軽口を叩いたカイルだが、しかし予想していたヴィルヘルムの同意の言葉は返ってこない。
 どうしたのかと、何気なく視線を横に向けたカイルは、同じように視線を向けてくるヴィルヘルムと目が合った。
「・・・ヴィルヘルム殿?」
 カイルが首を傾げると、ヴィルヘルムはカイルに視線を定めたまま、ニヤリと笑う。
「・・・そうかい?」
「・・・・・・へ?」
「俺ぁ、悪かねえと思うぜ?」
「・・・・・・」
 カイルはなんとなく、少しヴィルヘルムから体を離した。
「な、何がです?」
「兄ちゃんと、こうして二人っきりで閉じ込められることが、よ」
「・・・・・・・・・・」
 特にごまかすつもりもなさそうなヴィルヘルムの言葉に、カイルはもう少し体を離した。
「い、いやいや、お世辞とかいらないですよー? キレイなおねーさんと閉じ込められたんだったとしたら、直るまでの間にほら、いろいろ楽しめ・・・ます・・・けど・・・」
 言いながら、もしかして自分が墓穴を掘ってはいないかと、カイルは語尾を弱めていく。
 相変わらず口の端を歪めているヴィルヘルムから、カイルはさらに体を離そうとし、しかし肩が壁に当たってそれを阻まれた。
 広くないえれべーたーの中、カイルは自分から逃げ場のない隅に入ってしまったと気付く。
 焦りそうになったカイルは、しかしそもそも逃げる必要はないはずだと思い直した。
 なんといってもヴィルヘルムは、自分と同じく、女好きなのだから。そんな男相手に警戒してどうするのだとカイルは自分に言い聞かせた。
「あっはは、ヴィルヘルム殿、冗談がおじょーずですねー!!」
 わざとらしいほどの明るい口調でカイルは言った。するとヴィルヘルムはぬっくっくっくと不気味な笑い方をし、そしてカイルに同じようにカラッとした口調で言い返す。
「そんなにビビんなよ、兄ちゃん。何も取って食おうなんて思っちゃいねえよ」
「で、ですよねー」
 カイルはホッとして、つい気を抜いた。
 その一瞬の隙を、ヴィルヘルムは逃さない。
「・・・っ!?」
 気付けばカイルのすぐ目の前に、ヴィルヘルムの顔があった。両サイドには、ヴィルヘルムの腕。
 カイルはあっさりと壁とヴィルヘルムの間に閉じ込められてしまった。
「二人で、楽しもう、って言ってんだよ」
「な・・・っ」
 驚いたカイルは、しかし動揺を隠してわざと軽い口調を向ける。
「ま、またまたー、冗談がお好きですねー」
「・・・さっきの答えだけどなあ」
「・・・え?」
 どうにかかわそうとしたカイルに構わず、ヴィルヘルムは自分のペースで話を進める。
「俺もよ、本当のこと言うと、近頃はあんまり遊べてなくてな」
「・・・・・・・」
「溜まってんのよ。あんたもわかるだろ?」
「・・・・・・だ、だったら!」
 カイルは隙あらば押し付けようとしてくるヴィルヘルムの体を手足で必死に牽制しながら矛先を変えようと足掻いてみる。
「さっさとこんなとこ出て、女性を口説きに行きましょうよ! うん、それがいいですって!!」
 カイルの提案を、しかしヴィルヘルムは全く意に介さない。右手で無造作にカイルの顎を掴んだ。
「っ!?」
「今まではじっくり眺めたこともなかったが、こうやって近くで見ると・・・」
 ヴィルヘルムは正に値踏みする視線で、カイルの顔や体を眺める。
「兄ちゃん、あんた・・・いいねえ」
 そしてヴィルヘルムは満足そうに目を細め、舌なめずりをして見せた。さながら獲物を見定めた獣のようなヴィルヘルムに、カイルは身を竦み上がらせる。
「・・・・・・お、女が好きなんじゃないんですかっ?」
 カイルはどうにか声を絞り出した。
「あぁ、好きだねえ」
「だ、だったら・・・」
「俺のモットーは、食指の動くまま、なわけよ、兄ちゃん。ようは・・・」
 ヴィルヘルムは左手でカイルの手を掴むと、自らの股間当たりに押し付けた。
「ここが、反応するかどうか、ってこった。明快だろ?」
「・・・っ!!」
 カイルは慌ててヴィルヘルムに掴まれた手をどうにか逃がそうとしたが、逆に今度は強い力で壁へと押し付けられてしまう。
「そ、そうなんですか、でもオレは女性にしか興味ないんで他当たってもらいたいなーなんて」
 それでもカイルは軽い口調を保ちながら、ヴィルヘルムにその意思はないと必死で伝えた。
 だがヴィルヘルムは、やはり退こうとはしない。
「俺ぁ、あんたはご同類だと思ってたがね」
「か、勝手に決めないで下さいよ・・・!?」
 カイルの手を拘束する左手はそのまま、ヴィルヘルムは右手をカイルの頬に這わせた。そしてゆっくりと首筋へ撫で下ろしていく。
「楽しければ、気持ち良ければ、なんでもいい。違うかい?」
「・・・っ・・・」
 同時に耳元に息を吹き掛けられれば、カイルの背筋はゾクリと震えた。それは、嫌悪感からではない。
 確かにカイルは気持ちいいことが好きだ。だが男にそれを求めることは今までなかった。無意識に対象から排除していたのだ。
 カイルは自分が女好きだと思っているし、周囲もそれを知っている。だから男からアプローチされたことはないし、自ら近付くことも勿論ない。
 そして初めて男に欲を含めて触れられたカイルは、それを自分の体が拒絶することなく素直に受け入れようとしていることに気付いた。
「試しもせずに突っぱねるのは、勿体ないと、思わねえか?」
「・・・・・・」
 カイルには答えられなかった。否定が、出来ない。
 ヴィルヘルムの笑う瞳が近付いてきて、その唇がゆっくりとカイルの唇に重なった。
「・・・・・・ん」
 少しだけなら、カイルは好奇心に負けてそう思う。体の力を抜けば、ヴィルヘルムはそれを察して、遠慮なく舌を差し込んできた。
 野獣のような外見を裏切って、意外にもヴィルヘルムの動きは繊細だ。だが、やはり女性にはない力強さで、カイルの口内を弄る。
「・・・は・・・っ」
 一方的に舌を絡め取られ貪られる初めての感覚に、カイルの頭の一部が次第に痺れてくる。自由な左手は自然と縋るようにヴィルヘルムの肩を掴んだ。
「ん、あ・・・はぁ・・・」
 口内に一通りの愛撫を加えると、ヴィルヘルムは一先ずカイルの口を開放する。
「いいね、兄ちゃん。あんたの声は腰にくる」
 言うやいなや、ヴィルヘルムは再びカイルの唇を食んだ。だが今度は軽く触れただけで、すぐにやめてしまう。
 つい、離れていくヴィルヘルムの口から覗く舌を、カイルは目で追った。
「兄ちゃん、そんな物欲しそうな目で見んなよ」
「・・・!」
 揶揄うような声色に、カイルはパッと視線を俯ける。
 女性にしか興味がない、と言ったその口で、思い切り感じてしまった。それをヴィルヘルムに知られるのはひどく決まりが悪い。
 そんなカイルの耳元にヴィルヘルムは、元々の掠れ声にいっそうの色を込めて囁く。
「なぁ、悪かねえだろ? 知りたくねえか?」
「・・・・・・」
 ヴィルヘルムの手が、カイルの体を服の上からゆったりと撫で始めた。
「この先の・・・もっと強烈な快感ってやつを、よ」
「・・・・・・っ」
 何度目か、カイルの背筋がゾクリと震える。
 男なんかと冗談じゃない、そう思う一方で、確かに興味を引かれている自分にカイルは気付いていた。
 未知の感覚を、味わってみたい。そう思っている自分が、確かにいる。
 ゴクリと思わずカイルの喉が鳴った。
「・・・・・・」
 拒むなら今しかない。だがカイルの口から出てくるのは、むしろ先を待ち望むかのような熱い吐息だけだった。
 ヴィルヘルムに確認するように頬を撫でられても、カイルはその手を振り解けない。
 また近付いてきたヴィルヘルムの口がカイルの唇に触れようとした、その瞬間。
 ガコン、と床が揺れた。
「っ!!」
 ハッとカイルに理性が戻る。
 慌ててヴィルヘルムの体を押し返すと同時に、えれべーたーがゆっくりと動き始めた。
 しばらく下降したのちえれべーたーはとまり、今度は扉が開く。
「あ、やっぱり人が乗ってましたよ! あ、あのお二人とも済みません!! バベッジ先生が歯車を外しちゃって・・・僕はえれべーたーをとめてからにしたほうがいいって言ったんですけど!!」
 と、扉の前で待っていたソレンセンが申し訳なさそうに事のあらましを説明した。
 だがカイルはそんなソレンセンに、気にしてないから、とだけ言ってえれべーたーを出る。一刻も早くヴィルヘルムから離れたかったのだ。
 だがそんなカイルに追い付いて、ヴィルヘルムは馴れ馴れしく肩に手をかけ、耳元で囁く。
「兄ちゃん、このままどっかにしけこむか?」
「・・・・・・・・・」
 カイルはビクリと揺れそうになった体をどうにか抑え、気を鎮める為小さく呼吸した。
「・・・お断りします」
 カイルはヴィルヘルムの手を外しながら、なるべく低い声を出す。
「この世にオレとヴィルヘルム殿の二人だけになったなら、そのときは考えますけど」
 どうにか真っ直ぐ見返したカイルに、ヴィルヘルムはニヤリと笑った。
「そうかい。それじゃあ、気が変わったら教えてくれや」
 意外にもあっさりと諦め、ヴィルヘルムは踵を返し円堂のほうへと消えていく。
 少し拍子抜けしてカイルはそのうしろ姿を見送った。てっきりしつこく誘ってくるかと思っていたのだ。
 ヴィルヘルムという男は、ずいぶんと気分屋なのかもしれない。
 自分もその傾向があると思っていたカイルだが、今余韻を残しているのはむしろカイルのほうに思えた。
 さっきまで体を包んでいたじんわりとした熱や、その先への期待は、なかなか消えてくれそうにない。
「・・・・・・・」
 だがカイルは、首を振って体に燻る官能の火を打ち消しながら、足早に当初の目的地へ向かって歩き出した。




END

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ソレンセンの喋り方がわからなかったんですが、そんなことはどうでもいいですよね。
今後ヴィルヘルムがどうカイルを陥落させるかが見所・・・と言うとザハカイその2と同じような気もしますが。
このカイルが興味があるのはヴィルヘルム本人ではない、のです。体だけー。
そんな続編を書くかどうかは・・・未定。(だってエロだし!!)(笑)