playing with fire
「あー、ついてない」
溜め息まじりにそう呟いたのは、ザハークの左斜め前に座る同僚、カイルだ。
この左斜め前という距離が、そのまま二人の関係を表している。隣や向かいに座るほど、親しくはないのだ。
ならば何故こうやって同じ部屋にいて同じ席についているのかというと、現在待機命令が出ているからだった。だから騎士の詰め所にいる二人は、いつ呼ばれるとも知れない状況で、何をするわけでもなくおとなしく腰を下ろしているのだ。
「めったにないイベントなのに、何が悲しくてお留守番させられなきゃなんないわけー」
暇を持て余したようにブツブツぼやき続けるカイルを、ザハークは苦々しく見遣る。
「・・・カイル殿、陛下のいないこの女王宮を守るも、女王騎士たる我らの立派な務めです」
思わずザハークが口を挟むと、カイルは目をパチクリとし、それからゆっくりとザハークのほうを向いた。
その視線は、まるで今初めてザハークの存在に気付いたとでも言いたげだ。
そんなカイルの様子はザハークの癇に障る。
それは今だけではなく、最近しょっちゅう覚えるものだった。よっぽどこの男と馬が合わないのだろうとザハークは思っていた。
「・・・ザハーク殿は、行きたいと思わないんですかー?」
そんなザハークの感じている付き合いづらさを、特に感じていないのかカイルは話題を振る。もしかしたら選り好み出来ないほど、余りにも暇なだけかもしれなかった。
気安く話し掛けてきたカイルは、ザハークの返事がなくても構わず続ける。
「だって、闘神祭ですよー? 次はいつになるかわからないのに。一目見たいと思いません?」
「・・・・・・個人の都合を職務に持ち込むのもではない」
言いながら、ザハークは微妙な気分になる。
ザハーク自身、与えられた任は果たす程度で、そこまで職務に忠実なわけではなかった。いわんや、他人の職務態度など、知ったことではない。
だが、ザハークは、何故かカイルの不真面目さだけはどうしても許せなかった。
「・・・別に不服だって言ってるわけじゃないじゃないですかー。ちょっと不満なだけですよー」
カイルはわざとらしく唇を突き出してみせる。そんな仕草も、ザハークの癇に障って仕方ない。
「いい加減、子供じみた愚痴はやめて頂きたい。聞かされているこちらの気分が悪くなる」
嫌悪感を隠さずザハークは吐き捨てた。苛立たしいこの同僚との仲がどれだけ悪化しようがザハークは構わない。
が、カイルはザハークが予想したように不機嫌そうな顔にはならなかった。
それどころか、何かを発見したようにザハークの顔をマジマジと見つめる。
「・・・・・・なんですか? 不躾に」
「・・・別にぃー」
カイルは明らかに何かを含みながら、立ち上がる。
そして、何を思ったか、一つ隣の椅子にかけ直した。つまり、ザハークのすぐ横の席に。
「・・・・・・?」
一体なんのつもりかとザハークは思ったが、カイルの行動にいちいち反応するのが嫌で、反対側に視線を泳がせた。
そして、何故この男と留守を任されなければならなかったのか、自分のほうが愚痴を言いたいくらいだと思う。
ともかく、これ以上この男に関わって無益な時間を過ごすことはないとザハークは結論付けた。
が、ザハークのその思いはすぐに叶わなくなる。
ぐいっと、ザハークは髪を引かれた。最初は無視していたザハークだが、次第にその力は遠慮なくなっていき、頭皮に痛みを覚えるほどになっていく。
「・・・・・・・・・カイル殿!」
ザハークはたまらず振り返った。
すると、思ったよりも近くにカイルの顔がある。ザハークは思わず心なしかうしろに身を引いた。
「・・・・・・離して下さい」
「・・・いいじゃないですかー」
カイルはさらにザハークに向かって身を乗り出した。
その距離、三十センチほど。
「・・・いい加減にして下さい」
咎める響きを隠さず込めて、ザハークは語尾を多少荒げた。
だがカイルは何故か、反省する素振りを全く見せないどころか、口元を綻ばせた。
「・・・やっぱり」
「はい?」
「なんでもないでーす」
カイルは愉快そうに目を細めるだけで、何もザハークに教えようとはしない。
ザハークの苛立ちは益々募った。
だがカイルは構わずマイペースに言葉を継ぐ。
「せっかくこうして二人で留守番してるんだから、ちょっとは仲良くしましょうよー」
「・・・・・・・・・」
ザハークは、もうどんな反応も返してたまるものかと、無言を貫くことにする。
「向こうはきっと仲良く楽しそうにやってんだろうなー。こっちもせめてサイアリーズ様かミアキスちゃんがいたら退屈しないで済んだんですけどねー」
「・・・・・・・・・」
カイルは未だ髪の毛を掴んだままだが、ザハークは敢えてそこからは意識を逸らす。
「それに、何より・・・」
そこでカイルは、その手の内の髪をやっと離した。
思わず安堵したザハークは、しかし何気なく合わせたカイルの瞳から目を離せなくなる。
「ガレオン殿がいないから、オレ、寂しいんですよー」
至近距離で真っ直ぐ向けられるカイルの青い瞳は、思っていたよりも深い色をしていた。
「心も、体も」
「・・・・・・・・・」
あと十数センチ、という距離までカイルが近付く。ザハークは、胸やけに似た感覚を覚えた。
「だから、ザハーク殿、お相手して下さいよ」
「・・・・・・!」
ザハークは思わず息を飲む。
「さっき、思ったんですよー。ザハーク殿の咎め方って、ガレオン殿に似てるんですよねー。それに、今気付いたけど・・・」
いつもの軽薄な笑顔とはどこか少し違う笑いを浮かべ、カイルはまるで囁くような口調でザハークに語り掛ける。
「ザハーク殿の目の色、ガレオン殿にそっくりですね。オレの、好きな色です」
カイルはさらに距離を詰め、ザハークは何故かそれをただ黙って見ていた。未だに、カイルの瞳から目をそらせない。
あと数センチ、吐息すら届く距離まできて、不意にカイルの目が揶揄うように笑った。
「なーんて、冗談ですよー」
軽い口調で言って、カイルはすっと距離を離し、そのまま立ち上がる。
そして部屋を出るつもりか、ザハークの背後を通り抜けようとした。
ザハークに湧き上がる、怒りにも似た感覚。その衝動に従って、ザハークは動いた。
「・・・・・・!?」
気付いてカイルが避けようとしたが、一瞬遅く間に合わない。
ザハークは力任せに、カイルを壁に押し付けた。
「・・・・・・ったー、なんですか突然」
肩と二の腕で壁に縫い付けられたカイルは、それでも平静を保ったままザハークを見返す。
なんなのか、などザハークにはわからなかった。
ただ、我慢ならない。
「ザハー・・・!?」
問うように名を呼ぶカイルの声すら、ザハークの苛立ちを煽る。
だからなのか、ザハークはその声を奪った。
「・・・・・・っ!」
カイルは驚いて、思わずザハークの体を押し返そうとする。だがザハークは力でその動きを封じ、さらに深く、その唇を自分のものにした。
何故自分がこんなことをしているのか、ザハークにはそれを考えることも今は出来ない。
「・・・っん、・・・ん」
カイルが合間に漏らす声に、触発されるようにザハークの胸に焼けるような感覚が広がる。それは怒りや苛立ち、ではないような気がした。
「・・・ぁ・・・はぁ」
一頻りしてから離し、ザハークはカイルが一体どんな表情をしているのだろうと思い見る。
カイルは、まだ少し息苦しそうに呼吸を繰り返していた。だが、ゆっくりザハークを見上げたカイルは、予想に反して不敵に笑っている。
「・・・・・・ザハーク殿、お硬そうに見えて、案外上手じゃないですかー」
ついさっきまで味わっていた唇が、きれいな弧を描く。
「そんなところも、ガレオン殿に似てますねー」
「・・・・・・!!」
ザハークは、体内に渦巻く正体不明の熱が、一気に噴き出す感覚を覚えた。
衝動に任せ、ザハークは右手を振り下ろす。それはカイルの左頬にまともに入り、ふらついたカイルの体を、ザハークは襟元を掴んで引き戻す。
「そんなに言うのなら、試してみてはどうです? お相手して、あげますよ」
言って、ザハークは再びカイルの唇に喰らい付いた。
口内の唾液にまじった微かな血の味が、ザハークに眠る嗜虐性を刺激する。
服を思い切り引けば胸止の留め金が飛んだが、構わずザハークは複雑な革鎧を外しに掛かろうとした。
だが、不意にザハークは動きをとめる。背後に、冷たい気配を感じたのだ。
視線を動かすと、細長い刃が自分の首筋すぐ側に見える。いつの間に抜いたのか、それはカイルの刀だ。
「・・・ザハーク殿が盛り上がってるとこ悪いですけど、オレは遠慮しときます」
カイルに視線を戻せば、言葉とは反対に挑発するような目をザハークに向けている。ザハークにはそう見えた。
それでも、じりじり迫ってくる刃に、ザハークはカイルの服から手を引く。
するとカイルは刀で牽制しつつ、ザハークと壁の間から身を逃がした。
「オレ、こう見えても、意外と身持ちがいいんですよー」
完全にザハークから離れ、カイルは刀をしまいながら軽口のような口調を向ける。そしてさっき飛んだ留め金を拾うと、扉へ向かった。
「オレ、これ直してもらってきますねー。このまんまじゃ、女王騎士として格好がつかないでしょー」
まるでさっきまでの出来事をなかったことにするような態度だ。
しかし扉を開け閉める、そのほんの僅かな間に、カイルはザハークに笑い掛けた。
「そうそう、キスくらいだったら、挨拶みたいなもんだから、オレはいつでも歓迎しますよ?」
わざとらしく唇を舐めて見せたカイルの姿が、扉の向こうに消える。
「・・・・・・っ!!」
一連の行動を突っ立ってただ見ていたザハークは、その瞬間、思わず拳を壁に叩きつけた。
そして、発散されなかったものを逃がすように、肩で息をする。
それでも、ザハークの胸に湧き上がる熱は一向に消える気配はなかった。
今ザハークを支配している、そしてカイルを前にして覚える胸やけに似た感覚。それは怒りでも苛立ちでもない。ザハークにはわかった。
その昂りの原因は、欲望だ。
なんのことはない、ザハークは、カイルに欲情していたのだ。
「・・・ふ・・・ふははは」
ザハークは思わず笑いを漏らした。
カイルが一体どういうつもりなのかは知らない。おそらく暇潰しにザハークを揶揄って遊んだだけなのだろう。
それならそれでも、構わない。
寝た子を起こすようなことをしたのはカイル自身なのだ。その代償は、払わなければならない。
「考えなしの行動を、後悔させてやろう」
ザハークは、カイルを自らに屈服させる瞬間を思って、低く笑う。
闘神祭が終わるまで、時間はまだまだあった。
END
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タイトルは、「火遊び」です。
カイルにとったら、ただの暇潰し。(嫌な奴だ…)
うっかり火傷することになるかどうかは、ザハークの今後の行動次第ですね。
ザハークはヘタレっぽくないので、やってくれるかもしれません(笑)
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