It's too late
「・・・・・・・・・うーん、やっちゃった?」
カイルは壁に向かって呟いた。
頭が重く思考が僅かに霞むのは、昨夜飲んだ酒がまだ残っているせいなのだろう。体が重く動くのが億劫なのは、それも昨夜の酒のせいと、しかしそれだけではないだろう。
背中に僅かな体温を、カイルは感じた。自分の隣に誰かが寝ている。そしてさらに、カイルは素っ裸のようだった。
シーツや壁の色に見覚えはなく、ここがどこか自分がどうしてこんなところにいるのか、カイルに記憶は全くない。
だが状況は簡単に想像が付いた。
酔っ払ってまた誰かおねーさんを適当な部屋にでも連れ込んだのだろう、カイルはそう判断する。
「うーん、覚えてないなんて、勿体ない・・・」
カイルは昨日自分がどんないい思いをしたのか、ちっとも思い出せず嘆息した。しかし今さら悔やんでもどうにもならず、カイルはそれより一体自分がどんな美人を口説き落としたのか知りたいと思う。
「よいしょー・・・・・・・・・あれ?」
体を起こそうと身動ぎして、そこでカイルは、異変に気付いた。
ズキンと痛みが奔って、カイルは思わずもう一度ベッドに身を沈める。冷や汗がダラダラ出てくるのをカイルは感じた。
体の下半身の口になど出したくもない場所に感じる痛み。それが意味するところを、知らないわからない、ほどカイルは無垢ではない。
「う、うそー・・・」
だがカイルは疑いようのないその事実を、信じられないし信じたくない。カイルはバリバリの女好きつまりノーマルなつもりだった。それなのに、何故そんな自分が男と夜明けを迎えているのか、どうしてもわからない。しかも最悪なことに、どうやら自分のほうが下だったようなのだ。
「ゆ、夢だ・・・これはきっと悪い夢だ・・・・・・・・・うわ!?」
寝直したら違う現実が待っているかもしれないと目を閉じようとしたカイルは、しかし加わったドスンという衝撃にそれを阻まれる。
隣の誰かさんが寝返りをうったらしく、その腕がカイルの体に乗っかってきたのだ。
そろりと見れば、その腕はやはり細くも白くもなく、紛れもない男のものである。
「・・・・・・・・・」
カイルは、さすがにもう開き直るしかないかと思う。自分は男と寝た、それが事実なのだ。
だが、その男はどうやらまだ目覚める気配はない。ならば今のうちに逃げれば、形だけでもなかったことに出来るのではないかとカイルは思った。
「うん・・・逃げよう!!」
カイルは決意して、痛みから気を逸らしつつ、腕をそっとどけて体を起こす。
そして、しかしやはり好奇心には勝てなかった。そろーっと、隣で寝ている人物を見下ろす。
「・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!」
カイルは、心臓がとまるかと思った。
そこにどんな男が寝ていようと、ショックを受ける自信はあった。ムキムキの青年や脂ぎったオヤジでも勿論、たとえ女と見紛うばかりの美少年だったとしても、男である時点でカイル的にはあり得ない。
だが、覚悟していたそれ以上の衝撃に、カイルは襲われた。
「・・・・・・ザ・・・ハーク・・・殿・・・・・・!?」
そこにいるのは、常日頃から自分を疎んでいる様子のそしてカイルのほうも苦手にしている、同僚のザハークだ。
カイルは何度も目をしばたたかせた。
だが何度繰り返しても、そこにいる人物が変わることは、勿論ない。
「・・・・・・・・・」
カイルはもうどうしていいかわからず、取り敢えず当初の予定通り、逃げ出した。
行きずりの相手なら二度と会わないことも可能だろう。だが、相手は同じ女王騎士のザハーク。翌日といわずその日のうちに、カイルはザハークと顔を合わせる機会があった。
カイルは、一体ザハークがどう自分に接してくるのだろうかと、ビクビクする。
あれがカイル同様ザハークも泥酔した挙句の出来事だとは、カイルにはとても思えない。ザハークが酒を飲んでいるところを何度か見たことがあるが、彼はどうやらいわゆるザルというやつらしかった。
おそらくは酔っ払ったカイルが自室と間違えでもしてザハークの部屋に入ったのだろう。そして素面だったばすのザハークが何故自分を抱いたのか、カイルは嫌がらせか何か企んでのことなのだろうと思う。
だから次に会ったときザハークが何を言ってくるのか、カイルは身構えていたのだ。
そんなカイルに対してザハークは、しかし普段と寸分違わぬ様子で接してきた。いつもの無表情いつもの平坦な声をカイルに向ける。
「・・・・・・・・・なんで?」
そんなザハークを見送って、カイルは思い切り首を傾げた。
だが、それならそれで好都合だとカイルは思い直す。ザハークがそういう態度を取るなら、こっちもなかったことに出来ると、微妙にしっくりしないものを感じつつカイルはスッパリ忘れてしまおうと思った。
それから、ザハークはやはり何も変わらない態度を取り続ける。そしてそれに対し、カイルの何かスッキリしない感はどんどん大きくなっていった。
忘れようと思ったとしても、とても忘れられるような出来事ではない。それなのに、ザハークはすっかり何もなかったかのように平静でいるのが、お前のせいでもあるのにと腹立たしいからだろうか、カイルにはよくわからない。ただ確かなのは、そんなザハークの態度がとにかく気に入らなかった。
だからカイルは、女王騎士詰め所に入ったとき中にザハークしかいないと気付いたので、ここらでハッキリさせようと思う。
「ザハーク殿、ちょっといいですかー?」
椅子にかけて書類に取り組んでいたザハークは、顔を上げてカイルを振り返った。その相変わらずの無表情に、カイルの口調は自然とトゲトゲしてしまう。
「ザハーク殿がどういうつもりか知らないですけど、そういう態度はないんじゃないんですかー?」
「・・・・・・・・・」
ザハークはやはりなんの反応も返さない。カイルはムッとして、口にしたくもないことを思わずズバッと言った。
「だから、オレのケツ掘っといて何事もなかったかのようにされちゃオレもやられ損だ!!って言ってるんですけど!!」
「・・・・・・・・・」
やっぱりザハークは沈黙を保つ。
その様子に、カイルはもしかしてザハークがちっとも覚えていなかったのだろうかと今さら疑った。ザルらしいザハークが泥酔などするはずないと思い込んでいたが、可能性がないわけでもない。
もしかしたらそうなのかもしれないだったら言うんじゃなかった!!とカイルは後悔し始めた。
そこに、ザハークが一見いつもの無表情を貫きつつ、ボソリと呟く。
「・・・・・・夢ではなかったのですか」
「残念ながらね!!」
なんだ覚えてたのかていうか夢だと思ってたのかやっぱり酒でも飲んでたのか!!と思ってカイルは、しかし不自然さに気付いた。
「・・・え、なんで夢とはいえ、オレとしちゃったことをそんな平然と受け止めてたわけ?」
なんだか嫌な汗が出てきながらカイルは問う。するとザハークは、何故か椅子から立ち上がりつつ、いつもの淡々とした口調で答えた。
「・・・夢でなら、何度かあったことです」
「・・・・・・は、え、な、なんて!?」
カイルは相変わらず無機質なザハークの瞳にビビリつつ少し後退りする。
「夢では、今までに何度も、貴殿を抱」
「いや、具体的に言い直して欲しいわけでなく!! ていうか、ザハーク殿、冗談きついっすよー!!」
「・・・冗談で男を抱こうとは思わん」
「!!!」
カイルがさらに後退りすると、背が壁に当たった。
「あ、あの、ええっとー・・・」
カイルは壁に張り付きつつ、予想外の展開に、こんなことならなかったことにしておけばよかったと深く後悔する。そして動揺が外に現れているカイルとは対照的に、ザハークは少しも表情を変える様子はなかった。
「・・・しかし、そうですか」
起伏なく言って、ザハークは一歩、カイルに近付く。
「夢ではなかったのですか」
「!! な、なんで近付いてくるんですか!?」
カイルは逃げたくなるが、うしろは壁でそうもいかない。
「何事もなかったかのようにされては堪らない、そう言ったのは貴殿のほうだったと思うが?」
「あ、あの、その・・・」
ザハークがカイルの問いに答えていないことに、てんぱってきたカイルは気付かなかった。
「それで貴殿は、一体どんな反応を期待していたのです?」
さらにもう一歩、カイルのすぐ近くまでザハークはやってくる。
「あ、いや、もう、いいかなー・・・お互い忘れましょうねー!!」
笑ってごまかそうとしたカイルに、ザハークはそれまでの無表情から、不意に口の端を上げた。
「・・・忘れ・・・られますか?」
「!!」
カイルはとても嫌なものを感じ、逃げようと体を横に向けた。するとそれを利用して、ザハークはカイルを壁と向かい合わせになるように押し付ける。
「うわっ、ちょっとザハーク殿・・・っ!?」
うしろから伸ばされたザハークの手が、カイルの頬を撫でた。男に触られたというのに気持ち悪いと感じない自分の体に、カイルは軽く混乱する。
その間にもザハークの手は、頬から顎を通過し首筋を降りていった。その手を振り払わなければと思うのに、すぐ背後にザハークがいるという感覚に、カイルの体は何故か硬直してしまい身動きが取れない。
「私は、覚えていますよ」
そしてザハークのもう一方の手が、カイルの下半身に伸びた。
「貴殿が私の下で、どんな表情をし、どんな声を上げたのか」
「!!」
耳元に落とされたザハークの囁きに、カイルの体がカッと熱くなる。違うここは青ざめるところだろうと自分につっこむが、しかしカイルの心を裏切って動悸は早まるばかりだった。
そしてザハークの手が、カイルの革鎧を掻き分け服の隙間に忍び込み、そして内側を躊躇なく握る。
「わっ、ちょ、ちょっと、何・・・っ!!」
「貴殿も覚えているでしょう? たとえば私の、指使い」
ザハークは、ゆっくりと扱き始めた。
「っあ、ん・・・!!」
その、ザハークによって与えられる快感に、カイルはおぼろげながら思い出す。
いつも無表情で冷たいザハークが、あの夜は触れる手も囁く声も、どこか優しかった気がする。そしてカイルは、そんなザハークにされるがまま与えられるがまま、まるで喜んでいるかのように声を上げていたのだ。
そう、今のように。
「あ・・・や、やめ」
呑み込まれそうになる自分を、カイルは必死で押し留めようとした。
あの夜は酔っていたからだと言い開き出来る。だが今は、全くの素面なのだ。それなのに男に扱かれて感じてしまうなど、カイルにとっては絶対にあってはならないことだった。しかも、相手が誰であれ御免なことに変わりないが、それでもよりによってあのザハーク相手に。
だが、背後のザハークを押し返そうとするカイルの腕に、力は入っていなかった。
「離・・・し、んっ・・・ぁ」
ザハークの手の動きによってカイルは確実に高められていく。
髪を掻き上げ晒した首筋に、ザハークはねっとりと舌を這わせた。そのゆるやかな刺激にも、カイルは過敏に反応する。
「は、あ・・・ぁあ!!」
ほどなくして、カイルは導かれるままザハークの手に吐き出した。
「はぁ・・・はぁ・・・は・・・あ?」
壁に凭れ掛かるようにして呼吸を宥めていたカイルは、ギクリとする。ザハークの手が、明確な意思を持ってさらに奥へ進もうとしたのだ。
カイルは気力を振り絞って、慌てて力の抜けた体を、それは素晴らしい素早さでザハークから逃がした。
「な、何を・・・」
「わからない、とでも言うつもりですか?」
「・・・・・・」
わからないはずがない。カイルは服を形だけでもちゃんと直しながら、じりじりと後退しザハークとの距離を離す。
「い、言っときますけど、あのときは酔っ払ってたからで、オレにその気はちっともないですから、勘違いしないで下さいよ!!!」
「・・・・・・」
ザハークは、相変わらずの無表情で、さっきまでカイルを扱いていた手を持ち上げる。
「あのときと今は、違うと?」
そして、その手に付いたカイルの残滓を、ぺろりと舐め取った。
「!!!!」
思わずカイルの顔に朱が走る。それから、だからここは青くなるべきところだろうと自分に再度つっこむが、やはり思うようにはならなかった。
「こ、こんなことして、一体何が望みなんですかっ!?」
ザハークの真意が全く見えず、カイルはそのせいで自分がどう反応すべきかわからずこんがらがっているのだろうと思う。
「・・・言ったはずですが。冗談で男を抱こうなどと思わない」
「・・・つ、つまり?」
自然とカイルの心臓が早鐘を打った。
「・・・言ってもよろしいのか?」
「・・・・・・」
「それこそ、何事もなかったことになど、出来なくなりますよ?」
「っ!!」
カイルは気付いた。無表情で無機質に見えていたザハークの瞳。自らを捉えるその瞳には、計り知れない熱が宿っている。
「私は、貴殿を」
「や、やっぱりいいです!!」
カイルは慌ててザハークの言葉をさえぎった。ザハークがなんと言おうが撥ね付けてやればいいのだ、そうわかっているのに、それでもカイルは聞きたくない。
聞いてしまえば、ザハークの本心を知ってしまえば、言う通りなかったことになど出来なくなる気がした。
今ならまだ、単なる一度きりの事故だと過ちだと、そう思って忘れることが出来るはずだ、カイルはそう思う。
「な、なんにも言わなくて結構!! それじゃ!!」
カイルはぶんぶん首を振って、パッと身を翻した。さっさとザハークと二人きりのこの部屋から出なければ、そう思ったのだ。
ザハークから意識を逸らして、カイルは扉に向かった。そして扉を開け半分身を出したと同時に、不意に肩をぐいと引かれる。
思わず、カイルは振り返った。
ザハークの顔がすぐ近くにあり、カイルが目を見開いた次の瞬間、口を塞がれる。
「・・・・・・っ!?」
予想外のことに抵抗を忘れたカイルの唇を、ザハークは簡単ににこじ開けた。そして侵入した舌は、しかしカイルの舌を戯れに擽っただけですぐに引いていってしまう。
「・・・・・・・・・な、何を・・・っ?」
ハッと我に返り抗議しようとしたカイルは、慌てて言葉を呑み込んだ。半端に開いた扉の向こうを、巡回の警備兵が通っていく。
一般兵士に女王騎士同士が言い争う姿を見せるわけにはいかず、そして扉を閉め再び密室でザハークと二人きりになる気にもカイルはなれなかった。
そして兵士の姿が見えなくなったので改めて抗議しようとしたカイルは、しかし再びそれを阻まれる。ゆっくりと閉じていく扉の向こうに、ザハークの相変わらずの無表情な顔が消えていった。
「あ、ちょっと!!」
締め出しを食らったカイルは、扉を開けようとし、しかし結局その手は何もせず下ろされる。もう一度ザハークと顔を合わせて、一体どうすればいいか、わからなかったのだ。
「・・・もう、なんなんだよー」
しばらく立ち尽くしていたカイルは、しかしここにいても仕方ないので歩き出す。
無意識に手の甲で唇を拭うと、頬が熱を持つのを感じた。懲りずにだから青くなるべきなのだとつっこむが、やはり思うようにならない。
「クソー、やっぱりなかったことにしとけばよかった!!」
カイルはそんな自分に苛立ちめいたものを感じ、ついぼやいた。なんだかスッキリしないからとザハークを問い詰めたことを激しく後悔する。
そもそもの事の発端だったあの夜のことは、酔っ払っていたせいで記憶もかなり曖昧で、放っておけばそのうち忘れられた気がした。
が、迂闊にも蒸し返してしまったせいで、思い出したくないことから知りたくなかったことまで知る羽目になってしまったのだ。
ザハークが自分のことをどんな目で見ていたのか、もうほとんど予想は付いて、しかしカイルはハッキリと認識することがおそろしくてまだ出来ない。それでも、今までのようにザハークに対することなど、もう無理だった。嫌われ蔑まれていたほうがどれだけマシだったろう、カイルはそう思う。
それから、ないと思っていたあの夜の記憶。自分を抱くザハークの手や声を、確かにカイルは覚えていた。自分が、ザハークにどんな醜態を晒したのかのも、思い出してしまったのだ。
そして何より。酔っていたわけでもなんでもないのに、ザハークに扱かれて感じ、挙句いってしまった。カイルにとっては、それが一番許し難い。
「あり得ない・・・あり得ないよ・・・」
詰め所に入ってから出てくるまでの出来事全てを消し去りたいとカイルは切に願った。が、そんなことが不可能だと考えるまでもなくわかっている。
「・・・忘れよう。うん、それがいい!!」
するともうそれしか残された道はなく、カイルは決意してぐっとこぶしを握った。
と同時に、忘れられますか、そう言って口元を歪めたザハークを思い出し、慌てて頭を振る。
「大丈夫、忘れられる! だいたい、オレの頭はほとんど女の人で占められてんだから、あの人の入り込む隙なんてないっての!!」
アハハハと笑いながらカイルは、その言葉がどこか虚しく響いていることに、必死で気付かない振りをした。
やはりもう手遅れだった、カイルがそう思い知るのは、そう遠い話ではない。
END
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むっつりスケベなザハークは、調子に乗ると言葉責めを始めるようですよ。なんて有能な攻だこと!!(笑)
ちなみに補足。ザハークは、寝てるときにカイルがやって来ていろいろしてもあんまり抵抗されないし起きたらもういなかったから、「…ああ、いつもの夢でしたか」と思ったんです。
いつもより鮮明だったから、いい夢を見た…フハハ、とか思ってたんですよ、きっと。(ただの変態さんじゃないか…)
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