LOVE ABANDON



 あのときの刃は、ゲドの右目を奪っただけではなかった。
 俺たち三人はバランスを崩した。
 いや、いつかはそうなっただろうそれが、早まっただけかもしれない。
 それでもあのときを境に、俺たち三人の関係は変わってしまった。
 狂ってしまったと、言わなければならないのだろうか。


 ワイアットはまだ少し血の匂いの残る室内に入った。そしてベッドに横たわる人物に目を落とす。
「・・・・・・」
 これから告げることを、彼はどう受け取るのだろう。
 そう考えて、ワイアットは自分がどこか期待していることに気付いた。もしかしたら、自分の望みが叶うかもしれないと。
 早く目を覚ませ、その思いで見つめていた気配に気付いたのか、彼は小さな呻き声と共に目を覚ました。
「・・・・・・ワイアットか」
 掠れ声で呼んでから、彼は身を起こそうとする。
「ゲド、無理はするなよ」
 言いながらワイアットはそれを手伝ってやった。
 ゲドは傷がまだ熱を持っているのだろう、少しぼやけた目でワイアットを見上げる。
「・・・迷惑を掛けたな」
「いや。・・・それよりも」
 ワイアットは告げようとして、少し躊躇う。一生治らない傷を負ったゲドに、このことを教えるのは追い討ちをかけることでしかないだろうから。
 それでもワイアットは、告げるのは今が最適だと思った。全く以って、利己的な理由から。
「ゲド、聞いてくれ。アイツは・・・」
「どうした? ・・・アイツに何かあったのか?」
 ワイアットが口を開くと、ゲドはすぐに反応し、視線で先を促す。
 そんなゲドに、ワイアットは静かな声で告げた。
「アイツは、クリスタルバレーに行った」
「・・・は?」
「ハルモニアが言ってきていただろう。炎の英雄と引き換えに、捕らえたグラスランド人を解放すると。アイツはそれに従った」
 ゲドは、言葉を失ったように、呆然とワイアットを見上げている。その表情には、信じられない、と書いてあった。
「・・・本当だ。もうアイツはここにはいない」
 だからワイアットは、ことさらハッキリと、そう告げてやった。
「・・・・・・」
 ゲドはワイアットの言葉に嘘がないと知ると、ふらりと視線を彷徨わせる。それから、下を向き、未だ呆然としたまま言葉をもらした。
「・・・どうしてアイツは・・・」
「・・・今回の戦いでも多くの人が死んだ。自分が人質に行くことで争いが終わるならと思ったんだろう」
 ゲドの疑問を汲み取ってワイアットが答えると、ゲドは受け入れられないといったように首を振る。
「そんな・・・犠牲が出ることは最初から覚悟の上だったはずだ」
「覚悟していても、それが揺らぐこともある。アイツも人だからな」
「だから、ハルモニアに行ったっていうのか? 俺に・・・一言もなしに」
「仕方ないだろう。おまえは話し合いに出られる状態じゃなかったんだから」
 言いながら、ワイアットは白々しいと思う。
 いくらゲドが怪我で臥せっていたとしても、意見を聞いたり別れの言葉を言ったりは出来た。
 何故そうしなかったか。その理由は明白なのだ。
 英雄は、ゲドに引き留められたくなかった。だからゲドの目を盗むようにクリスタルバレーへ行ったのだ。
 そしてワイアットも本心では、ゲドに引き留めて欲しくなかった。あとで知ったゲドがどれだけショックを受けるかわかっていて。いや、わかっていたから、かもしれない。
「ゲド、アイツの意志は固かった。だからもしおまえが説得しても、無駄だったろう」
「・・・・・・・・・」
 ゲドは何かに耐えかねるように、右手でシーツをギュッと掴んだ。
「・・・俺は」
 そして、目を堅く閉じたまま、搾り出すように言葉を発する。
「・・・アイツのことを、本当には・・・・・・憎んでいるのかもしれない。そう思うときがある」
 ゲドは吐き出すように、英雄への複雑な思いの一端を覗かせる。
 ワイアットがそれをゲドの言葉で聞いたのは初めてだった。
 まだ朦朧とする思考と、聞いた話の衝撃の大きさのせいだろう。
 ワイアットはベッドに淵に腰を下ろし、左手で頭を抱えるようにしているゲドの右肩に手を掛けた。そして、ゆっくりと自分のほうに引き寄せる。
「ワイアット・・・」
 自然とワイアットに凭れ掛かる格好になったゲドは、少し困惑した様子で真横にあるワイアットの顔を覗き込んだ。
 ワイアットも、ゲドの左目を真っ直ぐ捉える。
「もう、何も考えるな」
 そして、出来る限りの優しい微笑みで、囁くように言う。
「忘れてしまえばいい」
 傷の痛みも、英雄の存在も。
 言外にそう滲ませたのが伝わったのか、ゲドは顔を歪ませた。それでもそこにあるのは、拒絶でも怒りでもない。
 縋ってしまおうかと思いながら、そうする踏ん切りがつかない、迷いを含んだ表情だ。
 そんなゲドの後押しをするように、ワイアットはゲドの髪を優しく梳いた。肩を抱く腕に力を込めて、目じりの辺りにそっと口付ける。
「・・・ワイアット」
 ゲドは力なく名を呼んだ。
 誘惑をはねのける気力は、今のゲドにはなかったのだろう。ワイアットがその口を塞いでも、ゲドは抵抗する素振りを見せなかった。
 そのまま口内に侵入し舌を絡め取ると、少しののちゲドがそれに呼応する動きをみせる。シーツに投げ出されていた右手を取って自らの背に導けば、その手はしがみ付くようにワイアットの服を掴む。
 ゲドの心は決まったようだ。
 ワイアットの、望んだ通りに。


 夜明け前くらいだろうか。ワイアットは目を覚ました。
 上半身を起こし隣を見て、ホッとする。都合のよすぎる展開に、夢だったのではないのかと一瞬思ったのだ。
 自分に背を向けるようにして未だ眠っているゲドをワイアットは覗き込んだ。額に手を当てると、少し熱が上がっているのが確認出来る。
 昨夜、少しでも余裕が出来るとゲドが英雄のことを思い出してしまう気がして、その暇を与えないように責め続けたのだ。
 ワイアットは怪我人に無理をさせたという自覚がある。それでも、湧き上がるのは後悔ではなく、悦びだった。
 弱みに付け込む、それ以外の何物でもない行為であっても、それによってゲドを手に入れることを、ワイアットは自ら望んだ。そして期待通り、傷を負い英雄を失ったゲドが、自分に堕ちてきたのだから。
「・・・なぁ、ゲド。俺は・・・」
 ワイアットは口を開いて、しかし自分が何を言いたいのかわからず言葉は途切れる。
 その代わりワイアットは、ゲドの右目に、包帯越しに口付けた。




END

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ひどい男だ、ワイアット。
それ以外にコメントの仕様が・・・。
あ、エロを省略するなよって思いますか?
だとしたら努力はしてみます。