LOVE ACCOMPLICE



 手早く衣服を身に着けていく動作には寸分の隙もない。先程までの情事の名残など全く感じられなかった。
「ふん、相変わらず変わり身の早いやつだ」
 未だベッドに体を預けているユーバーが、そんなアルベルトをせせら笑うように言う。
「まあそっちのお前のほうがらしいがな。まさか、冷徹な軍師様、にも性欲があるとはね」
 今度は揶揄うように言うユーバーに、しかしアルベルトは少しも表情を変えることなく返した。
「それはお互い様でしょう。血と殺戮のみに興奮を覚える悪鬼にも、人並みに性欲があるとはね」
「人じゃあないがな。あるものはあるさ」
「人でないあなたにあるのですから、私にあっても少しもおかしくないでしょう。・・・それに」
 アルベルトはそこで、椅子に掛けていたコートに手を伸ばそうとして、しかし一向に動く気配のないユーバーに気を削がれたのか、その手を引いた。
 そして、ベッドの端に腰を下ろして、虚空を見つめたまま底の知れない笑みを浮かべる。
「私はこう見えて、とても欲深い人間なんですよ」
「はっ、知ってるさ、身にしみてな」
 ユーバーは乾いた笑い声を上げた。そしてゆっくり上半身を起こし、アルベルトの横顔に冷えた笑いを向ける。
「それに、そうでもなきゃこんな化け物たちに取り入ってやろうなんて思わないだろうよ」
「化け物・・・それはあなただけでしょう?」
「どうだか。俺から見たらあいつらも充分だ」
「・・・まあ、私にとってはどちらでも構いません。私の野望の足掛かりになってくれるのなら」
「俺には理解できん望みだがな」
 首を振ったユーバーは、ベッドの上を移動しアルベルトとの距離を少し近付けて、ニヤリと笑った。
「だが、もう一つの望みのほうなら、わからんでもない」
「・・・なんのことですか?」
「とぼけるな」
 ユーバーはアルベルトの顔を覗き込み、残虐な本性を隠さず表情に出す。
「俺は、一体誰の代わりだ?」
「代わりなど・・・言ったでしょう、私にも性欲はあると。人の生理現象ですよ」
 きっぱりと切り捨てて、しかし思い直したのかアルベルトは、ユーバーの切れ長の目を真っ直ぐ見返す。
「・・・しかし・・・そうですね・・・近い欲求ならありますね。彼でしか満たすことの出来ないものが、ね」
 アルベルトはゆっくりと口の端を上げた。その瞳にはユーバーと変わらないくらい冷徹な光が宿っている。
 そこに見えるは、嗜虐の悦び。
「悪趣味だな」
 ユーバーはそんなアルベルトを見て、しかし楽しそうに喉を鳴らした。
「だからこそ、あなたと気が合うんでしょうね」
「だろうな。お前の歪んだ部分は、見ていて気持ちいい」
 ユーバーが評したその言葉は、自分を正しく表現しているとアルベルトは冷静に思う。歪んだ、正にその通りだと。
 完膚なきまでに叩き潰す。そのときの彼の表情を思うだけで、アルベルトの体を悦びが支配するのだ。
 苛立ちの中に悔しさを秘めて、口汚い言葉で罵ればいい。抑えられない憎悪で、その身を焦がせばいい。
 そしてそれと同時に、アルベルトは望んでいた。
 いつか彼が、自分に引導を渡してくれることを。間違っていると、自分の全てを否定してくれることを。彼の全てで、いつの日か。
 それは、破滅の願望。終焉への切望。ただ一人によってもたらされる、終止符。
「・・・本当に、面白い人間だよ、お前は」
「お褒めに預かり、光栄です」
「お前の望みがどうなるか見ててやるさ。暇つぶしにはなる」
 ユーバーは玩具を貰った子供のように瞳を輝かせる。退屈を紛らわせる、アルベルトをそんな存在だと思ったからこそ、ユーバーは彼の呼び掛けに応えたのだ。
「それではせいぜい頑張らせて頂きますよ。私は残念ながら、あなたの最後を見届けることは出来ませんからね」
「ふん、俺に終わりがあるなら、な」
 言ったユーバーの言葉に皮肉が混じる。彼もまた、望んでいるのだ。破壊の末の、自らの破滅を。おそらくはアルベルトよりもずっと強く。
 だがアルベルトはそれを感じ取っていながら、ユーバーと体の繋がり以上に近付くつもりはなかった。ユーバーの抱えるものは決して自分では理解出来ないだろうし、またそうしたいとも思わなかったのだ。そしてユーバーも、アルベルトにそれを期待しても望んでもいないだろう。
 アルベルトは立ち上がると、コートを手に取り袖を通した。
「さあ、そろそろ時間です」
 そして、ユーバーに彼のコートを差し出す。
「・・・仕方ない。人間の時間は限られてるからな」
 ユーバーはそれを受け取り、ベッドを降りてから羽織った。
「付き合ってやるさ」
 出口に向かいドアを開け、一度アルベルトを振り返る。そして浮かべた笑みは、いつもの冷徹なものと同じだ。しかし、ほんの少しだけ、違った。
 アルベルトにしか向けない、同じ性を持ったものに対する、多少の憐れみと親しみ。
「・・・感謝、します」
 アルベルトもまた、同じ視線をユーバーに向け、笑った。
 そして二人は部屋を出て歩きだす。
 その先に、求める果てがあると信じて。




END

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痛めつけて喜ぶSと思いきや、やり返されるのが楽しみなMだったアルベルト。
同じ穴のむじなとはいえ、ユーバーは生粋のSですよ。
(とか、どうでもいいコメントしか思い付きませんでした・・・)