LOVE ADVANCE



 ヒューゴは今日も目安箱にたまった手紙に目を通していた。大抵がノンキな話題ばかりなのだが、たまにまともなことを書いてきてくれる人もいる。どっちにしても、多くの人の意見に触れることも英雄の役目だとヒューゴは思っているのだ。
『コーイチより さいきん太ったかなぁ・・(代筆:セシル)』
 だからそんな手紙でも真面目に読みながら、ヒューゴは首を傾げる。
「・・・セシルはどうして犬の言葉がわかるのかなぁ?」
 疑問に思って、しかし自分もフーバーの言いたいことはなんとなくわかるなぁと、ちょっと納得した。
「えーと、次は・・・」
 解決(?)したので次の手紙を手に取り、きちんとたたまれたそれを開く。
 そして宛名を見たヒューゴの、心臓が一瞬跳ねた。
「・・・パーシヴァルさんだ」
 思わず周りを見渡して、誰もいないのを確認してから、そぉっと内容を確かめる。外見を裏切らない流麗な文字を目で辿り、
「・・・・・・っ」
 たった二行のその文章を読み終わった途端、ヒューゴは駆け出していた。


 執務室を飛び出したヒューゴは、当てがないので取り敢えず牧場に向かった。
 走って走って、鍛冶屋の前を通り過ぎたところで、慌ててブレーキをかける。
 ヒューゴの予想はあっていたらしく、牧場のほうからパーシヴァルが歩いてくるのが見えた。
 それなのにヒューゴは、とっさに鍛冶屋と武術指南所の隙間に隠れる。
 パーシヴァルの隣に、ボルスがいたからだ。
 ボルスはクリスと同様に、カラヤの焼き討ちを行った当事者である。敵の策略だったと頭ではわかってはいても、ヒューゴはまだ感情が付いていっていないのだ。
 だから会えば険悪になるだけだと思って、通り過ぎるのを待とうと思った。
 角度によっては丸見えだが、右側に立つボルスはパーシヴァルのほうを向いているので、ヒューゴに気付くことはないだろう。逆に、左に立つパーシヴァルからは、見えてしまうかもしれない。
 気付かれたくない思いよりもむしろ、パーシヴァルに気付いて欲しい思いのほうが強いことに、ヒューゴは薄々気付いていた。
 固く握り締めた手の中で、パーシヴァルからの手紙が潰れてしまうのも気にせずに、ヒューゴは通り過ぎようとするパーシヴァルの姿を目で追った。
 すると、そのヒューゴの視線に気付いたのか、パーシヴァルが足をとめる。
「どうした?」
 同じように足をとめて尋ねたボルスに、パーシヴァルは淀みなく返した。
「そういえば、鍛冶屋に用があったんでした。寄っていくから、ボルス殿は先に戻っていて下さい」
 そう言うパーシヴァルと、一瞬目が合ったのは、ヒューゴの気のせいだろうか。
「そうか? じゃあ、先に行ってるぞ」
「ああ。また」
 なんの疑問も抱かずに立ち去るボルスを見送ったパーシヴァルは、今度こそ視線をヒューゴに真っ直ぐ向けた。
「さて、いつまでもそんなところに隠れてないで、出てきたらどうですか?」
「あ、はっ、はい」
 ヒューゴは声を掛けられて飛び上がりそうになりつつ、ボルスが去った方向を気にしながら隙間から出てきた。
「そんなに顔を合わせたくないですか?」
「え、あ、あの・・・」
 ずばり指摘されて、しかしボルスの仲間であるパーシヴァルに正直に告げるのは躊躇われて、ヒューゴの返事は煮え切らないものになる。
 そんなヒューゴに、パーシヴァルはさらに突っ込んだ。
「とはいえ、さっきの視線は、ボルス殿に向けられていたようには見えなかったですが?」
「そ、そんなことは・・・っ」
 さらに図星で、ヒューゴは焦ってぶんぶん首を振った。
 するとパーシヴァルは笑顔のままで返す。
「そうですか。私に用があると思ったのは勘違いだったようですね。それでは」
「えっ!?」
 パーシヴァルはあっさり踵を返してしまうので、ヒューゴは慌てた。
「あ、あのっ、嘘です! パーシヴァルさんに用が・・・っ」
 引きとめようと手を伸ばしかけたヒューゴは、しかしすぐにパーシヴァルが振り返るので、その手を引っ込める。
 そんな挙動不審なヒューゴに、パーシヴァルは相変わらず心中が読めない笑顔を向けた。
「私に、用ですか?」
「え・・・えっと・・・」
 改めて問われて、しかし散々不審な行動をとったヒューゴは今さら切り出しにくくなる。
「あ、あの、・・・オレ、思ってたんですけど!」
 ヒューゴは視線をしばらく彷徨わせてから、バッとパーシヴァルを見上げた。
「オレたち、ゼクセンの人を鉄頭って言ってたんですが、よく考えたら六騎士の皆さんは兜かぶってないですよね!」
「・・・・・・・・・」
 さすがのパーシヴァルも、一瞬キョトンとした表情になる。
「・・・・・・用って、それか?」
 思わず言葉遣いが素に戻ったパーシヴァルに、ヒューゴは益々テンパった。
「あっ、あのっ、えっと、えっとですねっ」
 わたわたと自分をフォローする言葉を探そうとするヒューゴを、立ち直ったらしいパーシヴァルは笑顔に戻って見下ろした。
 そして苦笑いしながら、ヒューゴの頭をポンポンと叩く。
「落ち着いてください、英雄殿」
「・・・・・・っ!」
 ヒューゴはパーシヴァルの手が自分の頭に触れているという事実に、パーシヴァルの意図と反して余計にうろたえそうになる。
 しかしそれを悟られるのはまずいので、ヒューゴはどうにか平静を取り戻した。
 そして、自分に向けられるパーシヴァルの笑顔を改めて見て、不思議な気分になる。
「・・・パーシヴァルさんはどうして・・・・・・」
 尋ねようとしたヒューゴは、しかし立ち入っていいことなのか迷って、いったん言葉を切る。
 しかし、これからずっとその疑問を抱えていくのも嫌だったので、ヒューゴは思い切って再度口を開いた。
「どうして、カラヤの・・・グラスランド人のオレに、こんなふうに接してくれるんですか?」
「・・・ヒューゴ殿?」
 突然の質問にパーシヴァルは驚いたようだが、構わずヒューゴは続けた。
「他の・・・ボルスさんとか・・・ゼクセンの人たちは、ハッキリと敵意を向けてくることはないけど、でも、素っ気なかったり・・・相手にしてくれなかったり・・・。なのに、パーシヴァルさんは・・・オレに・・・優しくて・・・」
 ヒューゴは疑問を口にしながら、しかし違う方向に行きかけたのでそこでとめた。
 するとパーシヴァルは、困ったように眉を寄せる。
「・・・難しい問題ですね。どうしてと言われましても・・・」
 あごに手を当て少し考えて、自分を見上げるヒューゴに目を戻し、パーシヴァルは気付いたようにゆっくり口を開く。
「それは・・・あなたも同じなのではないですか?」
「オレも・・・?」
「ええ。あなたも、こうして私に話し掛けてきてくれるじゃないですか。それはどうしてですか?」
「そ、それは・・・・・・」
 言葉を変えて同じ質問を返されたヒューゴは、同じようにすぐに答えを返せない。それは、話し掛ける理由がすでに本人に言えないようなものになっているから、もあるが。しかしそれを除いても、確かにヒューゴにも簡単に答えが出せなかった。
「・・・ヒューゴ殿。私はカラヤの焼き討ちに、あなたはイクセの襲撃に、直接関わってはいません。だから、他の人たちよりは、こだわらずに話せるのかもしれません」
「・・・・・・」
「それでも、私は故郷を荒らされ大切な人も何人か失いました。同時に、あなたにとっては私自身も、紛れもない加害者だとわかっています。あなたも、そうでしょう?」
「・・・・・・うん」
 ヒューゴにとって、パーシヴァルが直接関わっていないかったとしても、ゼクセン騎士である時点でカラヤの仇以外の何者でもない。
 それでも何故、憎しみを抱くこともなく、こうして言葉を交わしているのか。いや、憎しみが完全になくなったわけではない。それでも、それ以上の、親愛に似た感情を向けているのか。
 その理由に、ヒューゴはおぼろげながら思い当たる。
「・・・でも、オレは・・・パーシヴァルさんはゼクセン騎士だけど、そうじゃないパーシヴァルさんも・・・」
 上手く言葉に出来ないヒューゴを、パーシヴァルが引き継いで続ける。
「そうです。私はここに来て、あなたの人柄を知りました。あなたという人間を、知りました。私たちと、何一つ変わらないと」
 パーシヴァルはヒューゴを見下ろした。その瞳はとても優しいもので、ヒューゴはそれがいつのまにか当たり前になっていたことに気付く。
 初めは、そうではなかった。パーシヴァルが自分を見る目は、最初は確かに冷たかったことを、ヒューゴは思い出す。
 その変化は、そしておそらく、ヒューゴも同じなのだろう。
「同じ目的の元にまとまらなければならないという状況もあります。しかし、それがなくても、私にはもうあなたを憎い仇と思うことは出来ません。そしてそれが、悪いことだとは、思えないんですよ。困ったことにね」
「パーシヴァルさん・・・」
 パーシヴァルは少し眉を寄せて笑んだ。
 その笑顔は、いつものきれいな、しかしなんの感情も読み取れないそれとは全く違う。
「オレ・・・オレも、パーシヴァルさんのこと・・・好きです」
 ヒューゴは自分に向けられた笑顔に応える為に、パーシヴァルをしっかりと見上げて、自らの思いを口にした。
「オレがグラスランド人でパーシヴァルさんがゼクセンの人だってことは変わらなくて、やっぱりオレはゼクセンのことを・・・許すことがまだ出来そうにない。・・・でも、でもオレは、パーシヴァルさんのこと好きです」
 ヒューゴは自分の思いをどう表現していいかわからず、ただその一言に全てを込めた。
「好きです」
 お互いの立場や思惑、これまでのしがらみや憎しみ。どうしても消えないそれらを、それでも上回る、生まれてしまった好意。
 今回のことが終わればまた敵同士に戻ってしまうかもしれない。それならばむしろ邪魔になるだけの感情を、しかしパーシヴァルが言ったように、ヒューゴもまたいらないものだとは思えなかった。
 大切にしたいとすら、ヒューゴは思った。
「・・・これは、熱烈な告白ですね」
 ヒューゴの真摯な眼差しに、なにやら耐えかねたのか、パーシヴァルにふっと冗談めかした口調になる。
 なのでヒューゴもはっとして、今さらだが思い切り赤面した。
「あ、あのっ、そ、そういう意味じゃなくって・・・っ!」
 焦ってヒューゴはバタバタと手を振りながら弁解しようとする。するとパーシヴァルは、その様子がよほど面白かったのか、めずらしく吹き出すように笑った。
「ええ、わかっていますよ。冗談です」
「う、うん・・・」
 そうキッパリと言われてしまうと、それはそれで微妙な気分になるヒューゴだった。そういう意味じゃない、わけでもなかったので。
 ただ、そのことよりもパーシヴァルの笑顔に気を取られている自分にも気付いて、ヒューゴはなかなか平静を取り戻すことが出来なくなった。
 しかしパーシヴァルは素なのかわざとなのか、そんなヒューゴには構わない。
「さて、そろそろ戻らないといけませんね」
「え? あ、そ、そうですね」
 今までの流れを断ち切るかのようなパーシヴァルの言葉に、ヒューゴは一瞬付いていけず、それでもどうにか対応した。
「すみません、よくわからないことで呼び止めて」
 そういえばそもそもの目的を果たしていないということを思い出したヒューゴだが、今さら言い出せなくて、少し心残りながらもパーシヴァルを見送ろうと思った。
「それでは、また」
 パーシヴァルはヒューゴに背を向け、数歩歩いて、しかしそこでふと振り返った。
「ああ、そうだ。今日は残念ながら、時間がないですが・・・」
 そして、ヒューゴの右手に視線を遣りながら、笑う。
「そのうち、二人で遠乗りをしましょう。約束ですよ?」
「・・・・・・・・・え?」
 予想外の言葉に、ヒューゴの思考は一瞬とまる。
 そんなヒューゴを、パーシヴァルは今度こそ振り返らず歩いていった。
 そのうしろ姿が見えなくなって、やっとヒューゴはパーシヴァルの言葉がどうして出てきたのかに気付く。
 ヒューゴの右手の中で、その紙はしわくちゃになってしまっていた。それを開いてしわをのばしながら、ヒューゴは呟く。
「・・・バレてたのかな」
 ヒューゴがパーシヴァルからの手紙を読んで、思わず会いにきてしまったことに。
 だとしたら恥ずかしいような、でもちょっとわかってもらえて嬉しいような。
 自分でも判別付きかねる思いに、ヒューゴは胸がぐっと熱くなるのを感じた。
「ど、どうしよう・・・」
 今まで経験したことのない感情に、戸惑う。
 それでもヒューゴは、間違いなくそれ以上に、心地よさを覚えていた―。




END

-----------------------------------------------------------------------------
ちなみに、パーシヴァルからの手紙は、
『―いつか馬の早駆けで勝負しないか? おれの腕前を見せてやる―』 です。
この投書がタメ口なんで、迷ったんですが、結局丁寧語にしておきました。
あ、この二人、丁寧語カップルだ! プラス、馬乗りピカ一カップル。
ありですね!(だから、逆ならあるんだってば・・・)