LOVE AWAKE



 ゲドの元に、今日もヒューゴが訪れていた。
 ヒューゴは英雄についてそして真の紋章についての疑問や相談をゲドに持ち掛けてくるようになったのだ。最初は距離をとっていたヒューゴが何かと頼ってきてくれるようになったのだから、ゲドも悪い気はしない。
 だから今日もゲドは部屋を訪れたヒューゴを迎え入れていた。今日の相談内容は、真の紋章を宿すと不老になる、という事実についてである。
「・・・ゲドさんはいくつのときに宿したんですか?」
「・・・・・・三十半ばだ」
「だったらこんな悩みなかったですね。・・・英雄やワイアットって人は?」
「・・・ワイアットも確か三十過ぎだ。アイツは・・・二十くらいか」
「じゃあ、その英雄さんも同じこと気にしてませんでした?」
「・・・いや」
「そっか・・・」
 ゲドが問われるまま答えると、ヒューゴはガックリして乗り出していた身を引いた。
「・・・どうしよう、これ以上大きくなれなかったら」
「・・・・・・」
 ハァと溜め息をつきながらヒューゴは肩を落とす。その心配は少しもわからなかったが、本人が真面目に悩んでいることだけはゲドにもわかった。
「・・・そう悩むことはないだろう。体の成長は、自ずとついてくる」
「ゲドさん・・・」
 ヒューゴはその励ましに、ゲドを見上げた。そしてそのまま視線を固定する。
 そのまま数秒、それからヒューゴはゆっくり動いた。
 右手を机につき、腰を浮かして斜め前のゲドの顔に、自分の顔を近付ける。
「・・・?」
 どんどん近付いてくるヒューゴの顔をゲドは不思議そうに見た。
 しかし構わずヒューゴは距離を詰め、あと数センチまでくると、目を閉じる。そして、自分の唇を、ゲドのそれに重ねた。
「・・・・・・」
 その口付けは、軽く触れただけで、数秒で離れる。
 そしてヒューゴは、至近距離で笑った。
「・・・へへっ」
「・・・・・・・・・」
 この年になると、さすがにキスの一つや二つで動揺などしない。だが、この状況、相手がヒューゴだということが、ゲドを困惑させた。
「・・・何を・・・している?」
 だから問うてみたゲドに、ヒューゴは笑顔のままで答える。
「だって、好きな人にはキスするもんなんですよね?」
 ヒューゴの返答は、ゲドの疑問を少しも解決しなかった。むしろ、増えたというべきか。
「・・・・・・好きな人?」
 一連の流れから、ヒューゴのその言葉がゲドのことを差すことは明白だ。だが好きにもいろいろなニュアンスがあり、それによっては大した意味を持たないのかもしれず、もしかしたらカラヤの習慣では特に変わったことではないのかもしれない。・・・などと考えを巡らせる暇なく、ゲドは反射的に聞き返していた。
 それに対するヒューゴの答えは、簡潔だ。
「あ、まだ言ってなかったっけ。ゲドさん、オレ、ゲドさんのこと好きなんです!」
「・・・・・・」
 それはどういう意味で・・・と聞こうかと思ったゲドは、しかしやめた。どういう意味であっても、これ以上この話題を続けるのは不毛だと気付いたのだ。
 が、ヒューゴは気にせず続ける。
「軍曹が教えてくれたんです。オレが最近ゲドさん見てポーってなってるの見て、オレがゲドさんのこと好きなんじゃないかって」
「・・・・・・」
 取り敢えずつっこんどくか、それとも勘違いだろうと方向転換してやるか、どうするのがいいだろうとゲドは思案する。しかしその結論が出る前に、ヒューゴはさらに続けた。
「オレ、今まで人を好きになったことってなくて。思ってたんですよね、人を好きになるって、どんなかんじなんだろうって」
 ゲドを見上げてヒューゴは、いつもの明るいそれとは少し違う笑顔を見せる。
「人を好きになるって、なんだかとっても、あったかくて幸せな気分になるんですね」
 目を細めて、僅かに頬を染める。初めて見た表情は、それでもいつもと同じように感情をそのまま素直に表現していた。
 そんな表情をされると、ゲドはなんだかその思いは勘違いだと切り捨てることが出来なくなる。
「それで、ゲドさんもオレのこと好きになってくれて、幸せだなって思ってくれると、オレはもっと嬉しいです」
「・・・・・・」
 ヒューゴの気持ちは本物なのかもしれない。だとしても・・・いや、だとすれば尚更、受け入れるという選択肢はあり得ないとゲドは思う。
「・・・悪いが、無理だ」
「どうしてですか?」
 聞き返したヒューゴは、次の瞬間何かに思い当たったのか、表情を曇らせる。
「・・・もしかして、やっぱりジンバと・・・」
「・・・・・・そうじゃない」
 予想外の名前に、やっぱりってなんだ・・・と思いつつゲドは否定する。それでもヒューゴは余程引っ掛かっているのか疑いを消さない。
「ほんとに? だって、やけに仲良さそうじゃないですか。ジンバに聞いてもいっつもはぐらかすし。なんかあやしい・・・」
「・・・・・・」
 ジンバはワイアットなのだと言えば、ヒューゴの疑惑も晴れるだろう。しかしジンバがまだ誰にもそれを告げてない今、ゲドが勝手にバラしてしまうことは出来ない。
 だからゲドは繰り返すしかなかった。
「・・・とにかく、無理だ」
 ヒューゴの、炎の英雄という今、そしてカラヤ族長となる未来を思えば、考えるまでもなく。
 だがヒューゴにはゲドのそんな思いが伝わるはずもない。
「ゲドさん、でもオレは諦めないですよ」
 ヒューゴは怯んだ様子もなく、力強い瞳でゲドを見上げる。
「オレはこれからもゲドさんのこと好きでいるし、いつかゲドさんにもオレと同じ気持ちになってもらいます! ・・・あ、それに」
 ヒューゴは途中で気付いたらしく、顔を綻ばせた。
「オレもゲドさんと同じ不老になったから、チャンスはまだまだありますもんね。そっかオレ、ゲドさんとずっと、ずーっと一緒にいられるんですね」
「・・・・・・」
 ずっと一緒に、疑いもせずそう言えるのは若さ故か。ゲドはなんだか皮肉な心境になる。
「・・・不老だということが、ずっと一緒にいることの保障になどならない」
 事実、英雄ともワイアットとも離れてしまった。その言葉に一体どれほどの効力があるのか・・・そんなものありはしない。
 簡単に口にしたヒューゴを、ゲドは一蹴してやりたかった。
 しかしヒューゴはゲドの言葉を違う意味で捉える。もしかしたら、無意識に微かに、そんなニュアンスが滲んでいたのだろうか。
「・・・それって、あの炎の英雄とのことですか? あの人、サナさんと生きていく為に紋章を外したんでしたよね」
 ヒューゴは躊躇いがちに、それでもゲドを真っ直ぐ見上げて言葉を継ぐ。
「・・・ゲドさんは、あの人と・・・一緒に生きたかったんですか?」
「・・・・・・」
 ゲドはとっさに目を伏せ、ヒューゴの視線から逃れた。僅かにギシリと軋む胸の奥が、違うと否定しきるのを阻む。
 そんな思いも、少なからずあったのだ。
 ゲドの沈黙を、ヒューゴは肯定と受け取ったのだろう。
「そうなんですか・・・」
 呟くように言って、ヒューゴは少し視線を下げた。
 どちらにしろ否定する必要はなかったのだとゲドは思う。これでヒューゴが諦めてくれるなら、それでいいと、感傷に浸りかけていた自分を引き戻した。
 ゲドが顔を上げるのに合わせ、ヒューゴも視線を上げる。しかしそこにあったのは、ゲドの予想していたものではなかった。
「・・・でもオレは、あの人とは違います」
 その瞳は、変わらず力強い。
「オレは、ゲドさんとずっと一緒にいて、それでいつか、幸せだなって思わせてみせます。絶対に」
 言い切って、ヒューゴは笑った。そこにあるのは、自信というよりむしろ、希望と期待。
 ゲドはその表情に、近頃は重ならなくなっていた英雄を見る。サナを選んだ英雄は、彼女と共に生きていく為に紋章を外した。彼の、ずっと一緒に、その約束は完全に守られたのだ。
 その英雄の強さを、ゲドは今のヒューゴに感じた。
「・・・でも、ということは、オレは英雄としてだけじゃなく英雄さんを超えないといけないんですね」
 ヒューゴはその困難さを思ってか少し眉を寄せる。
 が、やはりヒューゴは怯まなかった。
「よっし、頑張ろう!」
 すくっと立ち上がり、決意するように両の拳をギュッと握る。そしてヒューゴは、ゲドを真っ直ぐ見据えた。
「ゲドさん、見てて下さいね!」
 笑顔で言って、ヒューゴは素早い動きでゲドに顔を近付け、二度目のキスを寄越す。軽い音で離れたそれに満足そうに笑って、ヒューゴは跳ねるようにドアへ向かった。
「また、来ますね。それじゃ!」
 手をブンブンと振って、まるで風が吹き抜けるようにヒューゴは去っていく。
「・・・・・・」
 それを黙って見送ったゲドは、もう一度、昔を振り返った。
 自分の思い、信じたものだけを、真っ直ぐ貫き通すその強さ潔さ。
 あの少年に、かつての英雄と同じ力があるのだろうか。
 ゲドは少し、それを知りたくなった。




END

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終わらせ方を見失ったので、適当にまとめました。
よくあることですが・・・
にしてもこのゲドさん、すでに意外とそう満更でもなさそう・・・?